第69話「二つ名」

 夜中と言うにはまだ早い時間の22時、私は約束も取り付けずパジャマ姿のままで東兼支店へと飛んだ、飛んだ先には誰も居ないが2階に上がって肥後の部屋をノックする。肥後と森下が組んず解れつしてたら嫌だな、と思いながら暫く待っていると扉が開いて、肥後が部屋から出てきた。


「どうしたんですか緒方君こんな時間に約束もせず」

「少し相談したい事が有るんですが宜しいですか」

「ええ、勿論構いません、あまり片付いてませんが中へどうぞ」


 そう言えば肥後の部屋には初めて入る、同じ仕様で有る森下の部屋へは荷物に取りに行かされたり、書類の整理を手伝わされたりと何度か出入りした事が有るのだが。

 肥後の部屋は森下の部屋とはだいぶ印象が違い、調度品は白と黒でまとめられて居た、リビングダイニングに据えられたダイニングテーブルの席を勧められ、珈琲を出してくれた。


「それで私に相談とはどのような事なのでしょうか」

「少し長くなるので順序立てて話して行きます」


 私は肥後に昨日から起こった出来事を自分自身整理しながら話た、流石に佐伯の件については若干濁して話したが、花村達に行った暴力行為まで事細かく説明した。


「あの爆発は公安が裏に隠れて居たのですか」

「淡路さんは自爆したって仰ってましたけどね」

「公安が爆発物を見過ごすとは思えません、何か残して置きたくないような物が、花村組の事務所に存在したと考える方が自然です」


 私は淡路の説明に言い知れぬ違和感を抱いて居た、それが何なのか解らなかったので、公安の事を知る肥後にアドバイスを求めに来たのだ、どうやらその判断に間違いは無かったようだ。


「それにですよ、こんな事を伝えるのは心苦しいのですが、その花村達が本当に生きて居るのかも判りません。緒方君は彼らの姿を確認して居ないのですよね」

「はいそれはそうなんですが、私に花村達が死んだ事を隠す必要なんて感じませんけど」

「取引材料の1つです、ダンジョンに死体を捨てれば完全犯罪は成立したでしょう、ですが証人も証拠も公安が握って居ますから脅すまでは行かなくても、公安のお願いを聞かなければ成らなくなるような、そんな事態も考えられます」


 公安からのお願いね、そんな事考えもしなかったな。人生経験では肥後や森下とは比べ物に成らないほど豊富だが、専門知識なんて無いに等しい誰かに相談すると言う基本的な事が抜けて居た。


「SDTF上層部に話を通した方が良いと思いますか」

「公安も独自で動いているようですが、SDTFはそもそもが寄り合い所帯です、利用する事はかまいませんが、頼り切るには危ない組織のように思います」


 肥後はSDTFに思う所が有るようだ、それが個人的な理由なのか、警察組織に席を置いているからなのかまでは解らないが。

 結局の所肥後だって解らないと言うのが本音のようだ、しばらくは様子を見ると言う結論になり、この話は涼子とコスモは当然として森下にも話さない事に決めた。




 立てこもり事件が解決したのは明け方の5時過ぎ、昨日の夕方には未定だった本日の授業だが登校時刻を繰り下げ10時から始業する事に決まった。登校は保護者同伴の元、近所の子供たちと連れ立って集団登校の様相で出発する、いつもなら30分程で到着する学校に40分程かかって到着した。


涼子と一緒に教室に入ると既に教科書類が山積みに成っていた、昨日の内に教員達で手分けして運んでいたようだ。教室には既に担任で有る小田切が教員用の机に座っており、私は手招きされ小田切に呼ばれた。


「今日授業は有りません、教科書の配布と昨日決める筈だった班決め、それに委員会の委員を決めたら給食を食べて、掃除をしたら解散です」


 犯人は捕まった筈だが学校も混乱していたことだろう、今日の登校自体が朝決まった事のようなので、教員達は始業時間よりかなり早く出社していたのだと思われる。


「それと花村君、川合君、下村君、笠間君、熊田君、荻野君、南君の7人が転校する事に成りました、私も詳しい理由までは聞かされて居ませんがそのつもりで班や委員を決めて下さい」

「他のクラスから補充されるって事は無いんですか」


 そんな事を聞いて置きながら、クラス再編なんて話は聞いた事が無い、42人のクラスから7人減って35人のまま卒業まで行くんだろうな、


「私も教頭先生や、学年主任の磯村先生にも聞いてみたんだけど、過去にクラスの半分が災害で引っ越ししちゃってもクラス編成はそのままみたいだったの。お役所仕事って感じは否めないんだけど、学校教育も結局お役所なのよね」


 過去の事例に従うのが公務員の常、小田切が不満を持っている事は解ったが、それでも今は35人でクラス運営をどうするか考えないとならない。


「6人の班が5に5人の班が1って感じに振り分けますか」

「そうね、前向きに考えて行かないと。男女比がだいぶ狂うけどそこはもう諦めましょう」


元々男子の方が少なかったのだが、これで男子13人、女子22人と9人も男子が少なくなってしまった。

小田切と打ち合わせをしている内に、篠崎も登校してきたので3人でどうすれば良いのか話合いが予鈴が鳴るまで続いた。



「色々噂を耳にした人も居ると思いますが、花村君、川合君、下村君、笠間君、熊田君、荻野君、南君の7人は引っ越す事に成りました。3組だけ少し人数が少ないですが、皆さんが卒業するまで35人で頑張って行きましょう」


 表向き人数が減って大変のように見えるが最底辺の7人が消え、クラス全体のレベルは相対的に爆上がりしている、腐ったみかんが取り除かれた状態だから評価は上がるしか無い。


「今日は最初に教科書の受け渡し、それから班分けと生徒委員会の委員の選出、時間が残れば修学旅行の概要を説明します」


花村達が居なく成り、残りの生徒は優等生と普通の生徒だけ、私語も無く淡々とホームルームが進んでいく。


「以上の班分けに成りました、次は委員会活動の委員を選出していきます、希望の委員会が有る方は挙手をお願いします」


 班分けで私の班は、男子は宮沢が入り女子は涼子、あずみ、ここまでは想定内のメンバーだったが、学級委員の篠崎好子と長期欠席中の佐伯弥生が一緒に成ったことは想定外だった。


「1学期の委員の選出は以上となります、後は小田切先生にお任せします」


 委員の選出も予定時間をかなり前倒しして終わった、残りの時間は小田切が修学旅行の説明に充てあっけない程順調にロングホームルームは終了した。

昼食の時間班ごとに別れて食事を取る、給食当番の一番目は私達の班からで給食にありつけたのは1番最後だった。


「弥生さんのお見舞いに行こうと思うんだけど、篠崎さんと涼子さんも一緒にどうかな」


 あずみが弥生の見舞いに篠崎と涼子を誘っている、会話の最初に『捨吉達が居なくなったし』と言う枕詞が着いて居そうだから、当然男子の俺と宮沢はお呼びでは無い。


「弥生って佐伯さんの事だよね、私あんまり知らないけど大丈夫かな」

「大丈夫よ、弥生さん良い子だから、絶対涼子さんも仲良く成れるって」

「私は是非ご同行させて欲しいです、佐伯さんの事は去年から気になってましたので」


 佐伯と篠崎は以前からの知り合いのようだ、篠崎が私達の班に所属した理由に、欠席中の佐伯を班に入れた事が大きいように思う。勿論佐伯を班に入れようと言い出したのは、私では無くあずみだったが。


「僕と聡志は行かなくても大丈夫なのかい?」

「宮沢君と聡志君は遠慮してくれないかな、今日の所は女同士で行きたいの」

「OK了解、いつでも手が居る時には声を掛けてよ、部活の練習がない時ならいつでも開いてるから」


 宮沢が休みの日なんて存在するのか、昨日今日は強制的に部活が休みだったが県大会優勝候補に上げられている野球部のエースが、簡単に休むとは思えない。


「ありがとう期待してるわね」


給食を食べ終え片付けも当然給食当番の仕事で、全員が食べ終わるまで教室で待ちぼうけだ、気の早い連中はそれぞれの受け持ちだった掃除場所へ移動を始めている。


 給食の時間が終わり、流石に小学生のように放課後まで給食を食ってる奴は居ない、小田切は食べ残しに煩い方では無く、苦手な物は食べずにそのまま残飯と化していた。

食器と給食の鍋やお櫃をカーゴに積み込んで、給食専用のエレベータの有る配膳室へと移動させる。他のクラスのカーゴも幾つか見受けられたが、早く持ってきた方だったようだ。


「私達の掃除場所は調理室だったわよね、私鍵を取りに行ってくるね」

「じゃあ調理室の前で待ってるよ、雑巾だけ持って行けば良いんだったよね、あずみさんの分も持って行っておくよ」

「お願いね聡志君」


 あずみは職員室へ、残りのメンツは教室に雑巾を取りに行く、昼休みは無く掃除が終わればショートホームルームが有って、本日は解散になる。


「聡志ちょっと聞きたい事が有るんだけど良いか」


 教室に戻って調理室に移動する間に、宮沢が声を掛けて来た。


「どうした」

「うん、佐伯さんってどんな人かと思ってさ」


 聞きたかったのは佐伯の事のようだ、しかし私は一年のそれもほんの僅かな間しか接触がない、やり直す前の事はほとんど記憶にも残ってないし、やり直してからは2ヶ月程しか一緒に過ごしてない。


「普通の良い子かな、それ以上の印象は無いよ」

「そうなのか、そっか聡志が言うなら良い子なんだろうな。御免な変な事を聞いて」


 イマイチ何を聞きたかったのか理解出来なかったが渡り廊下を歩くと、特別教室の有る別棟に到着し、目当ての調理室に到着した。




「リュウ君アレ凄いね」


 調理室に到着してあずみを待っている間、下級生の宮沢ガール達に見つかり、宮沢がアイドルよろしく囲まれて居た。


「流石はハーレムエースですね、噂通りのハーレム野郎です」

「ちょっと何それ篠崎さん」


 私が苦言を呈したが、涼子はこらえ切れず笑っていた。


「宮沢君のあだ名ですけど、おかしかったですか」


 おかしく無い訳が無いだろうと突っ込みたかったが、篠崎の表情を見ているとそれ以上の事は言えなくなってしまった。


「ねえ、そんなあだ名リュウ君も有るの?」

「有りますけど、本人を目の前にしてあんな卑猥な言葉は言えませんよ」


 私のあだ名は卑猥なのか、どんな卑猥な言葉なのか想像も付かない。


「それじゃあね、ガッツ君のあだ名は?」

「ガッツ君ですか?」

「そう相場勝君」

「ああ相葉さんですね、オッパイ星人です」


 涼子は腹を抱えて笑い出したが、私は笑えない、オッパイ星人を躊躇なく口にした篠崎が卑猥で口に出来ないあだ名と言うのが気になって仕方ない。


「好子ちゃんって面白いのね、私好きになっちゃった」


 涼子と篠崎の仲が良くなった頃あずみが鍵を持って調理室の前にやって来た。





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