第44話「レベル上げ」

「ここがダンジョンですか」

「ダンジョンの中じゃ普通の時計は使えませんのでこれ使って下さい」


 日本円をクレジットに換金して最後の一本をコスモ君から購入すると肥後に渡した。


「アナログ式なんですが止まってしまってますね電子機器と言うわけでも無いのに何が原因なのでしょうか」


 ネジ巻き式の時計を持っているようだ、なんの為にそんなレトロな腕時計をしているのか知らないが電子機器だけでは無く時間を知るための装置そのものが使えなく成っているのかも知れない。


「この地下1階層はゴブリンかホブゴブリンしか出ません、肥後さんはゴブリンと言う存在をご存知ですか」

「北欧に伝わる精霊とだけ」


 肥後はなかなかマニアックな趣味をしているらしい、指輪物語のトールキン以前のゴブリンの伝承を知っているようだ。残念ながらダンジョンに出てくるゴブリンは醜悪な小鬼なのだが。


「暫くはコスモ君と一緒に着いてきて下さい、稀に後ろから襲ってくる事もありますが私のスキル『危機察知』で対応出来ますので慌てない事を第1に行動して欲しいです」

「判りました」


 涼子と私を先頭に立たせる事なんて出来ないと変な正義感でも振りかざされるかと心配したがそれは杞憂に終わった。5分程歩いた所でゴブに遭遇して涼子と私が瞬殺した、最初の遭遇で運良く肥後のレベルが3に上がったジョブがアクティベイトしたことによって最初のスキルを覚えたらしいのだが寄りにも寄って『騎乗』スキルだったので現状全く役にたたなさそうだ。


「身体の調子はどうですか」

「信じられない位に快調です、鉄の盾では無くもうひと回り位大きい鋼鉄の盾を使う事もできそうな程ですよ。帰ったら握力や背筋なんかを計測してみます」


 そういう数値で検証した事が無かった、計測器具が手元に無かった事が理由で金に不自由しなくなった現在購入しても良いのだが購入するタイミングを失っていそのままに成っていた。

 最初のモンスター部屋にたどり着くまでにレベル4まで上がっていた、私や涼子それにコスモは1階でレベルを上げる為には相当数のゴブやホブを狩らなければ上がらない。


「あの部屋には罠が仕掛けられて居て中に入るとモンスターが召喚されます、少し強めなのですが今の私達には敵では有りませんので心配は無用です」


 部屋に入った瞬間奴らが召喚されてきた、見慣れたホブが三匹居る経験値が高めのモンスター遭遇で運が良いと言えば良いのか、それとも強めの三匹が現れて運が悪いと言うべきか。

 真ん中後方に居た一匹は私の魔法で葬ると涼子が前衛二匹を一瞬で葬り去る。3匹のホブはレベルが高めだったらしく肥後のレベルが10を越えて11まで上がっていた。


「2つもスキルを覚えてしまいました、『統治』と『盾』です」


 統治って政治がらみのスキルだろうか、後でコスモに詳細な鑑定を行ってもらおう、もう一つの方は割と理解しやすいスキルで良かった、ただ肥後は盾使いの経験者だったからどの程度効果が有るのかは不明だが。


「前線に立って見る?援護はするけど自己責任だからね」


 涼子の安い挑発に乗った肥後は先頭に立ったので陣形を変え私が最後尾に付く、次の部屋までの通路で低レベルのゴブリンと戦闘になった、後方を警戒しつつ肥後の戦いを観察する。


手慣れて居ると言えば良いのか戦いが上手い、涼子は埒外として私が最初に奴らと戦った時とは比べ物に成らない程安定感が有る。私が最初に戦った時は無我夢中で優美子が羽交い締めにして止めてくれなければ体力が尽きるまで死体を金属バットで叩き続けて居た事だろう。


左手に持った盾を巧に使いゴブリンの攻撃をいなしつつ右手のショートソードを突いて確実にダメージをそれも攻撃を受けないで与えている。剣道経験者に有る大きな動作は鳴りを潜め細かな攻撃を終始与える、ゴブリン程度ならレベルでゴリ押し出来る存在なのだがそれも初戦は緊張するもの、刑事と言う事を考慮しても完勝で初戦を終えた。


「流石刑事さんですね」

「剣人おじちゃんすごい」


 20代の青年におじさん呼びは辞めて欲しい、心にズシリと来るものが有る。


「私なら秒で終わらせたけどね」


 涼子が珍しく私以外の事で感情的に成っている、肥後と涼子の相性が良いのか悪いのか、恋愛感情の一旦と言うなら少し妬けてしまう。


「これがスキルのレベルの力なのですか、今なら山内君が有頂天になった理由が判ります」


 山内グループの誰もが肥後程練達の戦士として戦えたとは思えない、レベルが上って無双出来るなら既に私達と変わらないレベルのコスモがレベル11の肥後に勝てるとは思えないからだ。


「今のは格下のゴブリンでした、次は小部屋の同格もしくは格上のモンスターが出てきます。一対一になるよう涼子に周りのモンスターを倒して貰って私も魔法で援護しますが怪我を負う可能性が低くは有りません。それでも挑戦してみますか?」

「ぜひお願いします」


 部屋に付くまでにもう一度ゴブリンが襲ってきた、後方から来たゴブは私が瞬殺し前方に現れた内一体を涼子がもう一体は肥後が盾を使わずにショートソードで一太刀で葬った。二戦目だと言うのに肥後はもう戦い方を修正していた。



 モンスター部屋の中に現れたのはレベル15のホブゴブリン1体とお付きのゴブリンが2体、ゴブリン2体は涼子が部屋に入るなり瞬殺してホブを一体のみ残した、私は魔法で肥後の守りを強化すると様子を伺いながらコスモに『鑑定』結果を知らせるよう促した。


「剣人おじちゃん、そいつはレベル15のホブゴブリンだよ、弱点は冷気で炎に強いから。後ね『体術』のスキルが有るから素手だけど用心してね」


無手のゴブリン相手に強引に突進するかと様子を伺っていたが肥後はコスモの忠告に従い盾を使った防御主体の攻撃でホブゴブリンに迫る、ホブの重い攻撃を盾で受けた肥後は1m程後退させられたが大きなダメージを負った様子は無かった。

 ショートソードでチマチマとダメージで与えて攻撃することで時間は掛かったが怪我を負うこと無くホブゴブリンを撃退してしまった。


「レベルが上がって私も調子に乗ってしまったようですこれじゃあ山内君の事を笑ってられませんね。1人でダンジョンに入って居たら死んでました」


 怪我らしい怪我を負ってない肥後に念の為回復魔法を掛けてまだ行けそうだったからダンジョン内を周回してレベル上げに専念した。


 レベル上げの結果は肥後のレベルが15まで上がり新たなスキル『頑強』を手に入れた『頑強』は戦士だった後藤も取得していたスキルで防御力が全体的に上がるパッシブスキルだと思われる、盾使いの肥後には適正なスキルだと思える。

 帰り際にホブゴブリンを葬った後コスモのレベルが1つ上がり私達と同じ19になった、それで何が変わったと言う訳では無いが1階層でも回数を重ねればレベルが上がる事が判り私と涼子がレベル20に成るまでは鎌倉ダンジョンの地下1階でレベル上げを続ける事を全員が同意した。


「ダンジョンの外に出ると本当に時間が経過して居ないのですね」


 外に出ると同時にダンジョン内で動作しなく成っていた時計が動き出す、代わりにダンジョンで起動していた古めかしい腕時計は時が止まる。


「すべてのダンジョンがここと同じかどうかは判りませんけどね」

「ここでグズグズしてないでシャワーを浴びに行こうよ、お昼から東京で遊ぶんでしょ」


 涼子に引っ張られるようにして拠点に入る、流石に男女別で浴場に入るから一旦涼子とは別々になって男3人で汗を流した。


「聡志兄ちゃん貯まったクレジットはどうする?」

「クレジットですか?」


 肥後にはコスモ商店の事を詳してくは説明してなかったか、私が知る限るの事を肥後に説明したが追加でコスモが商店に新たに並んだ物を説明してくれた。


「新しい防具と武器が追加されたんだ」


 今まで商店に並んでた物は明らかに現状購入出来る価格帯の物では無かったがコスモのレベルが上がった事とこれまでの取引実績から適正価格の物が並ぶようになっていた。


「ライトアーマーが3000クレジットか人数分買っておこうか」

「うん解ったよ」


 4人分で1万2000クレジット所持していたクレジットの8割を消費したが手製の防具とは安心感が違って何よりライトアーマーは軽かった。


「変わった素材ですね、対テロ特殊部隊が使うタクティカルベストより軽量でそれでいて防御力は高そうです」


 ライトアーマーの硬さを確かめて居た肥後がそう呟いた、まだこの時代警視庁のSATは設立されて居ないようだ。


「コスモ君が今まで使ってい居た装備はどうする?」

「聡志兄ちゃん達と同じので良いよ、値段は安いけど性能はこっちの方が高いんだ」


 コスモの言葉で『鑑定』を実行してライトアーマーを調べる、残念ながら私にはライトアーマー防御力中としか出ていなかったがコスモの『鑑定』では数値として防御力が可視化出来て居るらしい。


 武器の更新には至らなかった、現在使っている鋼の剣2本と鋼鉄のショートソードに代替する剣は販売していなかったし。1本1万クレジットを越えるコスモ商会の初期武器は鋼の剣程の攻撃力は無かった。


 風呂から上がってきた涼子がライトアーマーを見ながら可愛くないと宣ったが防具に可愛さなんかは必要ないと断じて涼子と私の分は『収納』しておいた。コスモは自分の分は同じく『アイテムボックス』に収納したが肥後の装備一式は剣と盾を含めて拠点で保管する事になった。


スペアキーの最後の一本を肥後に渡した事で拠点の鍵はすべて使ってしまった事になる、後藤に渡さないで本当に良かったなと思ったのは私だけでは無いはずだ。


「じゃあ肥後さん私達を駅まで送ってもらえますか」

「新宿駅で良いのかな」

「コスモ君はそこで良いですが私達二人はオススメのデートスポットで下ろして下さい」


涼子がそう言うと肥後は笑って表参道の有る渋谷駅まで送ってくれた。


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