第43話「顔合わせ」

 短かった冬休みが終わり3年生を見送る時期が近づいていた、去年は送る会の実行委員を努めて居たが今年は何事も無くただ淡々と日常生活を送っていた。


「リュウ君15日どうする」

「どうするって何が」

「成人式の日遊びに行くでしょ」


ああそうかこの時代まだ1月15日が祝日だったな、今年はたまたま月曜が15日だったから連休だったが飛び石連休なんて言葉もあった。


「ごめん先約が有るんだ、日曜なら開いてるけどそれか土曜の午後からとか」

「土曜は鎌倉に行くんでしょ」


 土曜日の午後鎌倉ダンジョンのホームで肥後を含めた4人で顔合わせをする事を決めて居た、行方不明に成った御園の話も聞きたかった。肥後はその件で忙しくしているらしく今年会うのは初めてだ。


「そうだけどそんなに長い時間顔合わせするつもりも無いし、ダンジョンに潜るにしたって一瞬で帰って来れるから。肥後さんは車で来ると思うから帰りにどこか東京のデートスポットで降ろしてもらおうよ」


 本当はもう一週前に集まる予定だったのだが御園失踪事件でそれどころでは無くなったから今週末に集合することに繰り延べしていた。


「東京で遊ぶんだ」

「東京が嫌なら横浜でも良いけど」

「泊りがけで遊びに行くのは?」

「それは不味いと思うよ、泊りがけの遊びは高校に入ってからかな」


 涼子との付き合いはまだキス止まりのままだ、何時までのこの状態が続くのかは分からないが少なくとも中学を卒業するまで私の方から誘うつもりはない。


「じゃあ少しでも早く遊びに行きたいから土曜にする」


 どちらかと言う選択肢を迫った結果土曜だけでデートを済ます事が出来た、涼子の中では両方と言う選択肢外の答えを出す事は出来ないようで助かった。


「今日は十和子先生の所に行って終わり?」

「時間が有ったらハンバーガーでも食べてこうか」


 日課の道場に行った帰りファーストフード店でバーガーを食べる、私と涼子の付き合いは既に学友たちの中では公然化していて道場帰りにバガーショップに寄ったくらいではクラスの話題にも登らなくなっていた。




土曜の午後涼子と二人鎌倉ダンジョン前へと飛ぶ、小屋の鍵を開けるとといつもの風景が現れる中に入ってコスモと肥後を待っているとコスモが『ホーム』へ飛んできた。


「コスモ君お父さんとお母さんどうだった」

「涼子お姉ちゃんこんにちは、お父さんとはもうずっと会ってないからわかんない」


 コスモ両親の離婚は正式には成立していないが大鉄が離婚届にサインをすれば成立する段階にまで迫っている。問題の大鉄が家を出たきり連絡も無いのでサインが出来ないで居るだけでコスモの母親の態度は既に決まっているようだ。

 コスモの家庭の事情を聞いている間に肥後がやって来た、私が気づく前に涼子が気づいた『危機察知』のスキルでは敵対していない人物の察知は出来ないようだ。


「遅かったですね」

「申し訳ありません、道路が混み合って居ましたので遅れました」


 肥後はバカ丁寧に謝罪すると私達が座っている席にやって来て許可を求めてから座った。


「涼子の事は紹介するまでも無いのでコスモ君を紹介しますね、彼が悠木虎守茂君9歳慶王の横浜本校初等部3年生でジョブは商人でレベルは18です」

「悠木虎守茂ですよろしくお願いします」


 コスモは少しビビりながら肥後に挨拶している、彼の顔は怖いから仕方ない。


「ご丁寧にどうも、私は肥後剣人26歳新宿署生活安全課少年係の刑事で巡査です。ジョブは騎士らしいですがまだ実感は有りません。警察の宿舎に1人で住んでます、両親は熊本で暮らしていて恋人も今は居ません」


 初対面の小学生相手にする挨拶としてはどうかと思うが概ね問題無いだろう、涼子が恋人の下りで興味津津になっているから先に本題を話してもらおう。


「聞きたい事、話したい事沢山あるとは思いますが先に御園さん失踪事件の件を伺っても良いですか」

「御園先輩の事件は失踪とされていますが実際には参考人と言う程度の対応です、先輩が警察官で無ければ容疑者として広域手配されたかもしれませんが・・・。状況を聞く限り疑わしい事この上無いのですが明確な証拠は一切有りません」


 失踪事件と聞いていたのだが被害者では無く被疑者?

 一体全体どういう事なのだろうか肥後の話の続きを促すと事件の概要を教えてくれた。


「1月3日の正午近くに菊池雅道の死体が練馬で発見されました、死亡してい時刻は3日の午前6時から8時の間現場にはおびただしい血痕が有り被害者以外の血痕も残っていたようですが血痕から犯人を特定するような物証は上がりませんでした」


 菊池が死んだのか、それでも練馬であの練馬ダンジョンの近くで有れば私と肥後が疑われる可能性が高い何せ指紋を拭き取るような事はしてなかったからな。


「安心して下さい死体発見現場は繁華街の地下道です、発見したのは通勤途中の会社員でした」


不安げな表情をしただろうか、肥後に感情を読み取られてしまったらしいポーカーフェイスを気取っていたのだが人生経験の浅い肥後にばれるなんて顔から火が出そうだ。


「菊池の所持品の中で山内君が写真を持ち込んだと言う内容の手帳が有りました、その手帳の中には山内君の他に御園先輩と私の名前、そして最後に緒方君の名前が有りましたので後藤田課長が緒方君に接触したのだと思います」

「御園さんが姿を消した理由は菊池を殺したからなんですか」

「刑事課の皆さんはそう考えて居るようです、私には理由までは教えられて居ませんので推測する事しか出来ません。御園先輩が菊池を探して居た事は公然の事実です、そして菊池が殺されると同時に御園先輩と連絡が取れなくなりました、その2つの事実から事件に関係していると疑われて居ます」


 疑いも何も犯人としか考えられないのだがそれでも指名手配されないのは具体的な証拠が無いのだろう。


「目撃者とか監視カメラの映像は残ってなかったんですか」

「監視カメラですか、駅前の地下街にそんな物は設置されて居ないと思いますし目撃者証言は今の所無いようです」


 渋谷のセンター街に防犯カメラが設置されたのは何時頃だったろうか、よくよく考えてみれば録画手段がビデオの今大量のカメラの設置なんて現実的では無いと言うことに気がついた。


「どうして私の名前が菊池の持っていて手帳に書かれて居たんでしょうか」

「それは緒方君が菊池と揉めた時に名乗ったのでは無いのですか」


 そもそも菊池が私と涼子にカツアゲしてきた事が不自然で何かの目的を持って仕掛けて来たのだと考えて居たのだが今となっては死人に口なし菊池から真相を聞き出す事は永遠に出来ない。


「名前は名乗ってないですし涼子は私の事を子供時代のあだ名で呼んでいるから会話を聞かれても私の名前に繋がる事は有りえませんよ」

「それは・・・状況だけを聞くと御園先輩がますます怪しくなりました」

「肥後さんは御園さんが犯人では無いと考えて居るんですか」

「勿論です、御園先輩には菊池を殺す動機が有りません。山内君を探すために暴力を使って脅す事が有っても殺してしまっては話が聞けなくなりますので」


 本気で肥後は御園が犯人では無いと考えているようだが基本的に御園の事は私達には関係が無い、山内の件でダンジョンの事を嗅ぎ回られると面倒だが私は究極的にはダンジョンを秘匿するつもりは無い。むしろダンジョンの事を政府側と共有し攻略を全国的に行って欲しいとさえ思っているのだ、つまり御園の事は放置すると言う結論に達し私の名前が菊池に伝わって居た謎は残るが御園の話はそこで打ち切る事にした。


「御園さんの事は警察におまかせするとして肥後さん他に何か質問は有りますか」「ダンジョンの事を教えて下さい」


 疑問に思うのは当然だろう私だってもっとダンジョンの事を知りたいと思っている程だし、なぜなら私達がダンジョンの事について知っている事は少ない。一番の問題は攻略せずに放置すると中から奴らが溢れて来ると言うこと、ダンジョン内とは違って外に出てきた奴らを殺してもレベルやスキルが得られる事は無い。

 それは身を持って経験しているから間違いない事だったがその話は肥後は勿論涼子にだって言えなかった。


そもそもレベルやジョブやスキルが得られる理由すら判っていない、超常的な存在が関係している事はなんとなく判っては居るが直接彼らの啓示を聞いてすら居ない。今更ダンジョン生成の理由を問うても意味の無い事では有るが感情的には何かやむを得ない理由と言うものが有って欲しい物だ。


「今の所ダンジョンを見て入れるのはジョブを得た人だけで中に入ってモンスターを倒すとレベルが上がる。レベルが上がると異能の力スキルを得られて常人では得ることの出来ない身体能力を獲得する事が出来る。後はダンジョン内で武器や防具それに道具が宝箱に入っているくらいですかね判明している事は。最後にダンジョンを長期間放置していると良くない事が起きるかも知れないと言うことがありますがこれは未確定情報なので真偽は私達にも不明です」


 ダンジョンから奴らが溢れてくる事は確定情報なのだがその事は私1人しか知らないし説明のしよが無い。


「モンスターと言う存在と共存する道は無いのでしょうか」

「意思の疎通は取れません、私はスキルによって奴らの一部が発する言葉を理解出来ますが敵愾心以外の感情は無いと思います」

「会話は成立しませんか」

「どうでしょうか、試した事は有りませんけど無理だと思いますよ」


 ダンジョンに付いて聞かれるまま答えて居たが結論として肥後のレベル上げを兼ねてダンジョンに入る事にしようと言う話で纏まった。かなり最初の段階で涼子とコスモは私達の会話から離れ二人で遊んで居た。


「聡志兄ちゃんうちの回りに居る刑事さんの事聞いてくれた?」

「忘れてたごめんねコスモ君。肥後さん悠木家の回りに警視庁公安部公安第9課第四公安捜査1係って人達が見張っているんですが何か聞いてませんか」

「公安9課ですか、公安は第4課と外事4課までしか無い筈なんですが。そもそもどうして悠木君のうちの回りに公安警察が居る事が解ったのでしょうか」

「スキルのちからですけど肥後さんが知らないと言うことは公になってない部署って事ですかね」

「秘密部署ですか、公安ならありえなくは無いのでしょうがちょっとにわかには信じられません。ですが同じ警察官ではありますが公安部との接触は殆ど無いのです。一応以前に居た部署が警備部だったので全く知己が居ない訳では有りませんがそれでも内情を知っていると言うほどでは有りません」


 秘密部隊なんてドラマの世界の物ばかりだと思っていたのが意外すぎる返答にどう答えたら良いか解らなくなってしまった。


「じゃあ帰りにコスモ君を送って欲しいと思ってたんですがそれも避けた方が良いですか」

「何処で何をしていたのかは聞かれそうですね、休日とは言え管轄外に出て居た理由を考えなければ成りません」


 知らなかったのだが警察官は所属している都道府県から移動するときは届けが必要だと言うことらしい、しかし実際には隣県に移動する程度では出さない警察官も多いらしいが公的に調べられて嘘の供述をしたとなれば痛くもない腹を探られてしまう。


「聡志兄ちゃん僕駅まで送ってもらえたら1人で帰れるよ」


 普段横浜の本校まで電車通学しているコスモが横浜駅まで送って貰えれば帰れると言うので帰宅問題は一応解決した。


「そう言えば皆さん駅からここまで歩いて来たのですか」

「違うよ僕たち『ホーム』で飛んできたんだよ、剣人おじちゃんも僕の商会に入ってくれる?」


 まさかのコスモが肥後にデレた、居なく成った父親の代わりだろうか一見怖い見た目の肥後だったが人当たりは優しい、彼から父性が感じられると言っても差し支えは無いだろう。後藤と比べる事すら失礼な事だが肥後の善良性がコスモにも伝わったのだ、人は見た目だけが全てじゃないと解ってもらえて安心した。


「ごめんないよく分からないので説明してもらえませんか」


肥後にスキル『ホーム』の特性と帰還のキーワードを教え鎌倉ダンジョン前のこの場所に帰って来る方法を教えた。試しにと少し離れた場所で『ホーム』の帰還スキルを発動しようとしたが不発に終わった、何故だと疑問に思った私が肥後と同じ距離まで離れて発動すると拠点に帰る事が出来た。近すぎて発動しなかった訳じゃなく肥後のジョブがまだアクティベイトしてない事が原因では無いかと言うことになり鎌倉ダンジョンに潜ってレベル上げをする事になったから事前準備を始める。


「肥後さんの足の状態ってどんな物なんですか」

「これはもう4年前の怪我ですから一朝一夕にどうにか成るものでは有りません、痛みが無いと言えば嘘に成りますが歩く分には支障が有りませんから後は毎日のリハビリ次第だと言われて居ます」


 ダンジョンに潜るに当たって走れないのは致命傷だろう、コスモですら直接戦う事こそ行って居ないが私達が移動するペースに遜色が無い速度で着いてくる。


「まずは怪我の治療から試して見ましょう」


『守り手たる騎士の古き怪我を癒し給え』


 頭に浮かんできた力ある言葉を唱えると魔力が放出されていく事が判る、菊池の仲間に使った時にはもっと単純なワードだったこの辺りのさじ加減は誰が行っているのか気になる所だ。


「足の具合どうですか」


 肥後がえっという表情を出し膝を曲げたり伸ばしたりしまいには屈伸運動を始めて何を思ったのか上半身裸に成って身体を確認し始めた。


「信じられません痛みが無くなった所か手術痕すら無くなってしまいました、これはうかつに医者に見せると大変な事になりそうですね」


 言動とは裏腹に表情には笑顔が溢れて居る、冷静沈着が売りのような肥後だったが本来はこのように明るい性格だったのかも知れない。


「怪我の具合は大丈夫そうですね」

「はい緒方君ありがとうございます、この御恩は一生忘れません」


 感謝してくれるのは有り難いが面映ゆい、身体の調子が治った所で装備品をどうするのか話し合う。


「肥後さんも剣道をやられていたんですよね」

「はい、私は巧とは違って剣に生きようとは思って居ませんでしたのでこだわりは有りません。それでも怪我を負うまでは機動隊に所属してましたので剣道だけでは無く柔道も行っていました」


 後藤の代わりに前衛を努めて欲しいそれも剣だけでは無く盾を持ってパーティーの壁役を任せたい。


「肥後さん盾の使い方なんて判りませんよね」


 ダメ元で盾の事を聞いてみた、後藤は街場の道場で盾の使い方を学びはしたが向いてないようで結局先陣を切って斧を振り回して戦っていた。


「機動隊で盾の使い方は一通り学んで来ましたが盾が必要なのですか」


 機動隊ってそんな事までするんだと関心しながらこれまでに得て使っていなかった盾を見せて使い勝手が良さそうな物を選んでもらった。盾は鉄の盾に決まって武器はどうしようかと言う所で飛び道具の話に及んだ。


「肥後さん用意出来るんですか」

「狩猟用の物なら手に入りますがこれから取得しようとすると1年は掛かります」 


 狩猟免許を取ってその上で銃の所持適正を調べられる、肥後は警察官だから弾かれる事は無いとは思うが今すぐに手に入る物では無いらしい。


「ダンジョン内で使うと音に寄ってくるかも知れませんし使わない方向でお願いします」

「ではこの鋼鉄のショートソードを使わせて貰います、丁度竹刀と同じような長さみたいですから」


  鎧代わりに着る防具類も欲しい所だったが様子見と言うことでそのままダンジョンに潜る事になった。


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