第45話「ブラックカード」

 月曜の成人式の日かねてからの約束通り甚八と落ち合って車で首都高を回っている、これは盗聴を警戒しての行動で首都高を回る行為に意味は無かった。


「車来たんだね」


 今乗せて貰っている車は普通の物じゃ無かった、以前に購入を決めて居たキャンピングカーで同じ仕様の物をもう1台購入してもらう手筈になっていた。


「こいつベースはバスなんだけど6人乗りだから普通免許で運転出来るんだよね」 とにかくでかい、街乗りだと駐車場を探すのに苦労しそうだ鎌倉ダンジョン地下二階で使う分には問題無いが移動は無理だ、道なき道を走るタイプの車じゃない。

「この車がアズアズ号なわけ?」

「アズアズ仕様の∨MaxマークXenon最強フルコンキャンピングカー発電機を3台も搭載してるから連続100時間電源が確保出来るんだよ。他のキャンピングカーとは物が違うんだよ物がね。サトチャンの方はマークJupiterで青を基調にしてるから」


 Xenon号は真っ赤なカラーリングで大きさも相まって目立つ事この上ない、こんな恐ろしいキャンピングカーを使ってキャンプするアニメなんて何処に需要があるのだろうか。


「車の話は置いといて肝心の本題をお願いしていい」

「Xenon号を自慢するのが本題だったんだけどな、聞きたいのは株の利益の事だよね。目標額には及ばず800億が確定利益だね、それと株式が8000万株程あるから個人じゃ筆頭株主だよ議決権に影響を与える程じゃ無いけど配当だけでも10億近くになるんじゃないかな」


 ちょっと想像してた単価の10倍以上になった、1億円が10キロだから800億の半分だと・・・4t人ひとりで運べる重量を完全に超えている、私の『収納』とレベル19の筋力が有ればらくらく運べるのだがそれを甚八に教えるつもりは無いから現金で所持するのは難しそうだ。


「そのお金ってどうしてるの」

「海外の秘密口座に突っ込んでるだ、そのままじゃあ使いにくいからこんな物を用意してみた」


 甚八が運転しながら取り出した物は一枚の真っ黒なカードだった、受け取って確認すると私の名前が記載されていて私でも知っているアメリカのカード会社の名前が刻まれていた。


「これってブラックカード?」

「性格にはレギオンカードって言うらしいよ、専用の電話番号に掛けるとコンシェルジュに繋がって何でも用意してくれるだってさ」


 コンシェルジュってホテルに居るアレか、電話一本で通じると言われてもその電話が無い場所なら公衆電話で話せと言うことか。


「これサトチャン専用の電話ね」

「携帯電話?」


 昔懐かしい折りたたみ式の携帯電話も手渡された1つ違う点は大型アンテナが着いて居るくらいか。


「それ衛生電話で直通コンシェルジュに繋がるんだって。電池は3日は持つみたいだけど例えアマゾンにだってラーメンの出前も受け付けるとかなんとか」

「何でラーメン」

「例え話だと思うよ、アメリカ人がラーメンなんて食べないでしょ」


 アメリカ人ってラーメンが好きなんじゃ無いのか、一杯2000円のラーメンを有り難かって食べて居た記憶が有るがあれはもう少し未来の話か。


「甚八君もこのカードと携帯持っているの?」

「当然、このXenonとJupiterはコンシェルジュに頼んだからね、そうじゃなきゃこんな特殊な車個人で輸入なんて出来なかったよ。1台1億だったけど安い買い物だよね」


 5000万位だと言う話が倍に成っている、400億から1億減って399億でも変わらないと言えば変わらない、使い方を試す意味でも何か注文してみるか。


「何処かの駐車場に停車させて何か頼もうか、珈琲とサンドイッチでも」

「流石サトチャンコンビニで帰るような物をわざわざ注文するなんて、そこに痺れる憧れる」


 甚八を無視したい所だが車を運転しているのは甚八だ、首都高のパーキングエリアに止めてもらうと携帯電話の通話ボタンを押すとワンコールでコンシェルジュに繋がった。


「USエキスプレス社緒方聡志様の専用コンシェルジュ早坂ユリコで御座います。ご用件を承ります」

「道玄坂のパーキングエリアに止めて有るXenon号にホットコーヒー2つととびっきり美味しいサンドイッチを二人前大至急で」

「直ぐにお持ちします」


 電話の感じだと20代半ばから30代前半の女の声だった、時計を確認すると時刻は午前8時58分、30分以内にデリバリーが完了するなら優秀だと評価出来そうだ。


「珈琲の豆は選ばなかったんだ」

「そんな事まで指定するの?キリマンジャロでもブルーマウンテンでもコナでも味に違いを感じないんだけどな」

「キリマンジャロとブルーマウンテンは難しいけどコナは味の違いがハッキリしてると思うけど、豆を選ばないならオリジナルブレンドで持ってくるんじゃないかな。でも期待しちゃって良いと思うよ」


 スタバの珈琲より美味ければ問題無い、まだこの1990年にはシアトル系の珈琲ショップは日本に展開してないからエスプレッソが出て来る事は無いだろう。珈琲談義を車内で行っていると扉がノックされて外を見るとタイトスカートスーツを来た女性が立っていてこちらに向かいお辞儀をしてきた。


「おまたせしました聡志様、ご注文のお品をお持ちしました」


 思わず時計を確認すると9時03分おおよそ5分で珈琲とサンドイッチを持ってきた事になる。運転席と助手席で食べるのもどうかと後部にあるテーブル席に移動した、入り口のドアを開けるとスーツ姿の女性がテキパキと給仕を行ってくれる。


 サンドイッチは有名ホテルの物だろう並べられた際にホテルのマークが入っている事が確認出来た、珈琲は香り高い物で一口飲んでみると全く初めて口にする味だった。喫茶店系の味だとは思うが苦味よりも甘さが先に立つ、オリジナルブレンド珈琲だそうだがこの豆を持ち帰りたいと言うと直ぐに用意してくれた。


「甚八君私達着けられてた?」

「そんな事は無いと思うよ、電話した場所から最寄りの人員を手配したんじゃないの。先に言っとくけどあの女の人コンシェルジュじゃないよ」

「そうなのてっきり早坂さんだと思ってた」


 しまったな『鑑定』しとけば良かった、ついつい人物を『鑑定』することを忘れてしまう。


「コンシェルジュの名前ってコードネームみたいなもんで偽名だからそんな人間何処にも居ないよ。早坂ユコリの名前着けたのって俺だし、俺のコンシェルジュが早乙女ケイコ二人合わせてユリ&ケイのラッキーペア。サトチャンも宇宙女海賊ラッキーペアくらいは知ってるよね」


 全く知りませんが・・・甚八の戯れ言は放置しておいてコンシェルジュが365日24時間体制で対応するなら1人で対応する事は難しいだから数人が活動すると言うことは理解出来る、24時間戦える人間なんていやしないのだから。


「ご馳走さま」

「珈琲のお代わりはいかがですか」

「うんもらうよ」


 珈琲を二杯飲んでから下がってもらった、ブラックカードの力に驚きはしたが無事に活動資金を手に入れる事が出来て一安心した。


「Jupiter号をどうするサトチャン、うちの畑の済にコンテナハウスと一緒に置いといたけど」

「鍵だけもらえたら取りに行くよ、中に入る時には甚八君に声を掛けたら良いかな」

「勝手に持ってっても良いよ、親父とお袋には言っとくから」


 Jupiter号の鍵を貰って首都高周回は終わりを告げた、甚八のドライブテクニックは私が考えて居るより上らしく巨大なフルコンを自由自在に運転し高速を移動していた。




「煽って来る馬鹿って何処でも居るんだよね」


 首都高から千葉に向かって東関道に進むと強引に追い越して割り込んできた車が前で蛇行運転を行っている、何をイライラしているのか所謂あおり運転と言う奴だろう。


「どうする?」

「ミサイルでも発射したい所だけど残念ながらXenon号にはミサイルは積んで無いだんよね。Jupiter号なら量子ミサイルが6発積んで有るのにね」


 甚八の冗談だとは思うが物騒な武装な話が出てきたしあおり運転野郎も面倒なのでエンジンに魔法攻撃を仕掛ける為減速するよう甚八を誘導すると距離が離れた瞬間を狙ってエンジンに火炎魔法をぶち込んだ。


 ドカンっと大音量が伝わって来ると同時にあおり運転を行っていた海外製のスポーツカーが炎上している、距離を取っては居たが危うくこちらまで巻き込まれそうに成った。パトカーと消防が何台も駆けつけ大騒ぎとなった、あおり運転を行っていた運転手は一命を取り留めたが重度の火傷を負いしばらくは病院暮らしをすることになり、目撃者で有った甚八と私は警察から聴取を受ける羽目になり一日を無駄に潰す事となった。


「距離を取った途端にエンジンが燃えたと言うことですね」

「そうなんすよ、びっくりしちゃって本当に爆発炎上ってあり得るんすね」


 あおり運転を行っていた相手は警察界隈では有名人であおり運転からの事故も今回が初めてでは無いらしい、ただ政治家の息子でこれまで罪はもみ消されて来ていた、今回も自爆扱いなので法で裁かれる事は無いのだが二度とハンドルを握る事は出来なくなりそうだと気休めに言われた。


「君たちもお気の毒様だけども少し付き合って貰えるから事故の実況見分もやってしまいたいし、それとね事故相手の名前吹聴しないよう気をつけて下さい特に週刊誌なんかと関わると面倒な事になりますから」


 私の事は誰も疑っていないようだ、側に居た甚八でさえそんな素振りを見せて居ない魔法なんて荒唐無稽な物言い出す奴は流石に居ないか、事故は無謀運転と整備不良として処理された。


「甚八君神埼源一郎って知ってる?」


 事故を起こした神埼の父親の名が源一郎大物政治家だと言われたがピント来なかったから甚八に尋ねてみた。


「民自党の議員で防衛大臣を何回がやってる事くらいは知ってるよ」


 私は恥ずかしながら神埼の名前すら知らなかった、今は民自党の大物議員らしいが私が選挙権を得た頃になると下り坂だったのでは無いだろうかそんな名前の議員に心当たりは無かった。


「千葉選出の議員なの?」

「サトチャンくらいの歳なら知らないか、俺だって二十歳まで知らなかったし。神埼の地元は千葉で一応千葉1区だよ。東金は3区だから選挙区はうちらとは別だね」


 現在の選挙制はまだ中選挙区制で行われて居るらしい、馴染みの有る小選挙区比例代表併用制はまだ導入されていないようだ。


「甚八君選挙なんて行くんだねちょっと意外だったよ」

「積極的に行きたい訳じゃ無いんだけどしがらみって奴、うち農協とは一線を画してるんだけどお役所とは仲良くしたいじゃん。だから政治家ともお付き合いって奴があるのよ、サトチャンにも二十歳に成ったらお願いに行くかもだからそんときは宜しくね」


 甚八一家が押している議員もはやり民自党の議員で聞き覚えの有る名前だった、件の神埼とは別派閥で敵対とまでは行かないが仲は良くないらしい。今回の一件も神埼陣営最大の弱点である息子が絡んでいる事から警察の尋問が終わってすぐ連絡を入れたようだ。


 甚八に自宅近くまで送ってもらい私は1人自室で今日起こった出来事を反芻する。ブラックカードの一件は正直助かった、面倒な手続きをすっ飛ばして物品が手に入るようになったから活動がしやくすなった。

 事故の一件は私が引き起こした物だが事件には成ってないからやりたい放題出来るとも言えるが標的は大怪我を負ったものの生きては居る、つまり車のエンジンを炎上させるだけでは事故は起こせても確実に標的を消すことは出来ないと言うことになる。


 懸案が有るとすれば政治家との関係性だ、一見無関係に思えるが実は将来的には一番重要な相手になる。私一人が生残るだけならこんな七面倒臭い事をやる必要は無いが生活圏をある程度残して幸運な未来を迎えるためには彼らと接触を持たねば成らない。

 現状では彼らと接触する事は難しいが大学を出た辺りで多少なりとも顔見知りになっておく必要が有る、金で解決出来る事なら良いのだが金で転ぶような政治家はこちらから願い下げだ、矛盾しているが金品の授受意外で信頼関係を結ばなければならない。


 今の内から政治家との接触を図りたい所なのだが残念な事に私が必要とする相手は少なくとも10年先に権力を持っている相手と言うことになる、今彼らが何をしているのか知らないし私が接触することに寄って政治の道に進まなくなるかも知れない、そういう事情を考慮した結果今は動かずにレベルを上げる事を主眼とする事に決め政治の事は一旦棚上げにする事に決めた。

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