第34話「凱旋」

 次の日学校に表彰状と盾を持って涼子と2人登校する、登校途中コンビニで千葉日報を買ってから学校の職員室に入ると教師陣から拍手で出迎えられそのまま校長室に案内されるとカメラを持った複数の男女が室内で待ち構えて居た。


「2人ともおめでとう」


 校長から祝福の言葉と共に花束を贈呈されシャッターが切られフラッシュが焚かれる。状況を説明して欲しい所なのだが花束を持って硬直している所に賞状と盾を持って並んで立って欲しいと逆にお願いされ校長も乗り気でさあと催促したので仕方なく賞状を広げ盾を持って涼子と2人並ぶとやはりシャッタが切られた。


「2人が剣道を始めた切っ掛けを教えて貰えますか」


 これは小ぢんまりとした記者会見だったかと思い至たったのは見覚えのある役所の職員を発見したからだ。まだ合併前の東兼の町役場で働いていたこの職員合併後そのまま市の職員にスライドし私が新卒で入庁した際の指導職員だった。合併前には広報の仕事をしていた事があると聞いた覚えがあるので今まさに広報の仕事をしているのだろう。


「ずばり将来の夢はなんですか」

「お嫁さんです」


 定番の答えに記者も職員も笑っている、私の夢は聞かんのかいと心で思いながらやはり話題の中心は涼子で男女ダブル優勝と言う快挙は添え物にすぎないようだ。

1時間程の取材が終わると私と涼子は開放され職員室に移動し事の経緯を聞くため鈴木を捕まえた。


「2人とも優勝おめでとう。2時間目の授業が始まるんだけどな、少しくらい遅れたって仕方ないか。それで何が聞きたいんだ緒方」

「新聞記者を呼んだのは誰なんですか」

「役場の人間だよ、東兼で地方欄とは言え新聞記事に慶事が載るなんて滅多に無いからな。今日はヨンケイ新聞だったが明日は朝売り新聞の取材が有るらしいぞ。賞状と盾はしばらく学校に預けて置いて欲しいんだそうだ」


 マイナースポーツの剣道でこれだとメジャースポーツの高校野球の優勝校だとどんな扱いになるんだろうかきっと新聞社だけでは無くテレビ局も取材にやってくるんだろうな。


「授業は3時間目から出れば良い、公休扱いで休みにはならんから授業が始めるまでそこらのソファーにでも座っていろ」


 そう言うと鈴木は数十分遅れて授業に向かっていった、教室には数人の教員が残って居たが大半は授業に出ていて殆どの席が開いている。職員室の来客スペースに置いてあったソファーに座ると鈴木の言う通り3時間目が始まるまで大人しく座っておいた。

2時間目が終わると同時に職員室を退出して教室に向かう、2時間遅れて到着した私達をクラスメイトはやはり拍手で迎えてくれた。


「聡志君、涼子さんおめでとう」


 教室でも花束を渡され祝福される、結婚祝いでもあるまいにと内心つぶやいたが北海道の土産話をせがまれたが特別何も無かったなと思いながらクラスメイト全員に北海道銘菓を一袋ずつでは有るが配って回る。


「北海道ってもう雪があった?」

「まさかまだ振ってなかったよ、でも暖房が必要なくらいには寒かったよ」

「飛行機ってどんなだった」

「あー機内食が出たけど普通だったかな、席も狭かったし」

「羆って見た?」

「札幌の中心から出てないよ私達2人共」


 白い感じの恋人のお菓子を食べながら土産話を聞かせていたが直ぐに3時間目の授業が始まり甲斐や真由美達と話せるようになったのは昼休みに入ってからになった。


「聡志君文化祭は大丈夫なんでしょうね、今更出られないって言われると本当に困るんですけど」

「それは大丈夫だと思うけど今週末が本番だっけ」

「そう今週の金曜が文化祭当日で土曜が後片付け」


 まだこの頃週休二日制は導入されてないから土曜もきっちり半日授業があるが4時間掛けて後片付けが行われる、大道具小道具含めて焼却炉で焼いて居るので処分するのにだいぶ時間がかかる。


「セリフは覚えたけど演技には自信が無いな」

「今日と明日の2日間で動きも覚えてね」


 午後からは文化祭の準備で授業は無い、明日は一日完全に文化祭の準備が行われる、各クラス最終の確認は体育館を使って練習し金曜日には本番がやってくる。

 他の演者と比べると私は丸一週間練習を行っていなかったのであからさまに練度が低い、それでもどうにか2日間の一夜漬けでセリフと行動は覚え本番の金曜にも間違えずにセリフを全て話す事が出来た。


「リュウ君セリフがロボットみたいだったよ」

「間違わずに言えてタイミングも狂ってなかったからアレで充分だよ」


 演劇の失敗で揶揄されるより校舎に掛かった二本の垂れ幕の方が恥ずかしい結局大手新聞3社の地方欄と千葉日報のスポーツ面にデカデカとインタビュー記事が掲載された。公共放送の地元局で私と涼子の名前が読み上げられたらしいがその放送は目にしていない。

 

 土曜になって後片付けが行われたが私と涼子の2人は学校を休んで千葉市内にある連盟千葉支部で慰労会と表彰に参加してた。表彰には十和子も駆けつけてくれ道場で優勝を報告するつもりが連盟の会館で報告するハメになった。


「2人ともおめでとう御座います。きっと2人なら優勝してくれると思って居ました」

「有難う御座います、師範の指導のおかげで活躍することが出来ました」


 県の連盟で何を表彰するのかと不思議に思って居たが連盟からの激励金と県と町から図書券が貰えた。知らないおっさんとおばさんで辟易していたが十和子の他に2人関係者が私と涼子を祝福してくれて居るのだ。


「緒方君初めましておめでとう、君が入学してくる再来年を楽しみにしているから。冬休みの学校見学会の事を少し打ち合わせしたいから後で時間を貰えるかな」


 1人は高等部男子剣道部の顧問でもう1人は当然女子部の顧問の中西と言う教師だ。名乗りもせずに本題に入った顧問に時間が欲しいと言われたがこの後食事会に強制参加させられるしその後県庁職員からインタビューに答えて欲しいとも言われているのだが。


「すみません今日は昼食までの時間くらいしか自由時間が無いのですが」

「そうなのか急かすようで悪いんだけど今打ち合わせをしてしまおうか、おっと忘れてた私は慶王大学付属千葉高校の社会科教員で剣道部の顧問でもある氏家直弥だ。本来なら中等部の部活に参加して欲しい所なんだけどそれは流石に止められたから高等部の見学と言う名目で部活に参加して欲しい、予定では20日から30日までの10日間なんだけど何日参加出来そうかな」


「学校の終業式が25日なので参加できるとしても26日からですね」


 仕手戦は25日までで終わらせてしまったほうが良いか、本当は年内ギリギリ大納会の前日くらいに仕掛けたかったが仕方ない、甚八と連絡を取り合って期日を早めるとしよう。

私の方はその程度の話で済んだのだが涼子への勧誘は今すぐにでも転向して欲しいと言うような態度で流石に行き過ぎるだと感じた十和子が女子部の顧問中西と涼子の間に入っておさめてくれた。

祝賀会が終わって帰りの車の中涼子が疲れたと言い出した、無限の体力を誇る涼子でも精神的疲労には対抗出来なかったらしい車中で明日からの訓練をどうするか十和子に相談してみる事にした。


「毎日行っていた稽古を減らして欲しいんですが駄目ですか」

「駄目じゃないですよ、休息も必要ですし学生の本分は勉強だと言う事も理解出来ます。すでに聡志さんと涼子さんは此花咲弥流の初伝と中伝までは完全に会得されています、手とり足取りお教えする段階はずっと以前に終わって居ますからこの先は自由に道場に来て下さい」


 此花咲弥流の伝位と呼ばれる階位は初伝、中伝、奥伝、皆伝、秘伝と5段階に解られているが秘伝は失伝し皆伝に至っても継承者は居ない。十和子が会得している奥伝も完全なものでは無く文献から得た知識で習得したものでそれが正しいのかは十和子本人にも分からないらしい。先代当主の小夜子は大戦時に青春時代を過ごしていた為中伝までしか教わっていないようだ。

 基本的に週2日、子供達に剣道を教えながら自分の修行を行う事で十和子と話が付いた、あの辛い訓練の日々を送らなくて良いかと思うと心が弾むのだが十和子に悟られないよう平常心を心がけた。


「話したい事が有るから部屋に来て欲しいんだけど良いかな」


 自宅前まで送ってもらった後涼子にダンジョン攻略の話を打ち明けるべく部屋に来て欲しいと伝えた。


「勿論大丈夫だけど・・・今からそれとももっと遅い時間にかな」

「今からでも良いよ」

「そうなんだ、うん分かった」


 涼子には期待を持たせてしまったかも知れないがまだ涼子の身体に手を出しては居ない。キスまでは既に済ませて居たがその先に進む踏ん切りがまだついて居ないのだ、優美子との事は薄情なようだが気にはなっていない。しかし優子と明雄の事を考えると未だに胸が張り裂けそうになる。


「じゃあ着替えたら直ぐに行くね」

「うんお願い」


 私も家のドアを開けて母に帰宅の挨拶をすませると着替えて涼子が来る事を待った。30分程待っただろうか涼子がノックもせずに私の部屋に入ってきたが気にせずベットに座るよう促した。


「話って言うのはダンジョンの事なんだけど、攻略を前提に潜ろうと思うんだ。前に話していた通りレベルを上げたいって気持ちもあるんだけど札幌に下級ダンジョンが有ったって事は他の場所にも有るって事だと思うんだ。だから少しでも情報を仕入れる為にも鎌倉ダンジョンを攻略したいんだ」

「良いけど後藤さんとコスモ君にもその話をするの?」


 コスモに伝える分には構わないのだが後藤に伝えるのはどうかと思う、しかし少しでも戦力は補強して置いたほうが良いから一緒に攻略するつもりなら連れて行っても構わないだろう。


「連絡は入れて置くよ、今日から毎週土曜の午後に鎌倉ダンジョンに潜ろう、最低私と涼子2人がダンジョンに入れる状態ならコスモ君と後藤さんが来なくてもダンジョンに潜るって事にしたい。今日はもう暗いしイレギュラーだけど明日の日曜にダンジョンに潜ろうと思うけど良いかな」

「うんリュウ君の思うようにすれば良いよ、私はリュウ君に着いていくだけだもん」


 涼子の了承を得たがわれならがずるい事をやっている自覚は有る、私の意見に涼子が反対しないだろうと言う確信を抱いて居ながら相談と言う言い訳の形式を取っているのだから。

 その後後藤にダンジョン攻略の話を電話で行ったら二つ返事で了承を得た、待ち合わせは現地集合で集合時間は午後から後藤は車で鎌倉へ直行し私と涼子は瞬間移動を使って移動する。

コスモの家に電話を掛ける時少し緊張したが電話に出たのはコスモの祖母で直ぐにコスモに変わって貰え明日は行けないが来週の土曜日からは参加したいと言う返事を得た。


「後藤と鉢合わせになって瞬間移動がバレるのも嫌だし早めに鎌倉に行こうと思うんだけど涼子は大丈夫?」

「じゃあお弁当作るから午前中はピクニックだね」


 私の考えより遥かに早い時間に出発する事になりそうだ。


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