第33話「スカウト」

 ホテルで涼子と一緒に朝食を取りながら今日は何処に行こうかと話あっていた、私が札幌に最初に遊びに来たのは優美子の両親に挨拶しに来たときだから10年以上未来と言うことになる、その頃は北銀の破綻で札幌経済はメチャクチャになった後で観光産業も疲弊していたが今はバブルの真っ最中観光に事欠くことは無いだろう。    

 地元の市場をぶらっと回った後は土産物屋を回って買い物でもすればいいかという結論になった。荷物は私が収納すればいいし金は学生には有るまじき金額を持ち歩いている、朝食を食べ終わって市場に移動すると顔見知りの人物と出会ったが当然挨拶なんかは出来ない軽く会釈をすると相手は戸惑いながらも会釈を返してきた。


「リュウ君知り合いなの?」

「知ってる人に似てただけかも」


 会釈した相手は北海道に逃げ込んだ時世話になった人で避難所のまとめ役を勝って出てくれた元公設市場の職員だった人だ。まだこの頃は現役だったのだろう会うかもとは覚悟していたがまさかこんなに早く出会うとは思わなかった。


「北海道に知り合いが居るの?」

「居ないと思うよ、顔が似てたから思わず頭を下げちゃっただけだよ」

「そうなんだ、向こうの人も不思議がってたもんね」


 見知らぬ中学生から会釈されれば多少は戸惑うか、市場の職員ならそんな事日常茶飯事だと思うがひょっとすると配属されてから間もないのかもな。市場で北海道の幸を買い込みながら荷物が貯まると目立たない場所に移動し収納する、こんなに買い込んだって全部土産だと渡す訳には行かないのだが何かの役には立つだろう。


「リュウ君蟹買って帰ろうよ蟹」

「一箱は土産にしようか、涼子は小遣いいくら貰ってきたの?」

「1万円だよ」


 少ないだろうと思うのは私の金銭価値がイカれているからだろうか、中学生が部活で試合に行くとなるとそんな物が常識の範囲かも知れない。私は親から念の為にと3万円程わたされたが私の両親が親ばかなのかもな。


「買っておくから帰ってから分けようか」

「うんそうして置いて荷物を持つのはリュウ君だもんね」


 魚屋の親父が初々しいカップルを見て微笑んでいる、蟹の詰め合わせをお願いするとかなり値引きしてくれたがそれでも箱いっぱいに詰まった蟹は3万円程の値段になった。

市場で散財してから昼飯を食べる、どうせならと回らない寿司屋に入ってランチのセットを頼む1人2千円程だったが腹が割けそうな程の量で私は全て食べきる事が出来なかったが残した分は涼子が綺麗に食べてくれた。


 午後からは観光客相手の土産物屋を回ってお約束の木刀でも買っていこうかと思ったが既に家には数本木刀はあるし真剣まで所有しているのだ今更土産物に使うような木刀必要ないなと思い直し家族にと友人に無難な物を見繕って買っておいた。

 少し早いが夕方になる前にホテルに戻ると佐奈江が1人ラウンジで紅茶を飲んでいたので私達も混じって一緒にティータイムと洒落込んだ、引率の理事達は会場で打ち合わせ中でホテルには誰も残っていないらしい。そのまま夕食時間が来るまで3人で雑談していると理事が帰ってきて会場でひと悶着有ったと言う話を聞かせてくれた。


「北大の西門にまたヤンキーが集まっているんですか」

「そうなんだよ、それで警察と揉めてね明日はあの辺りを出歩かないようにと運営委員会からのお達しなんだ」


 今日西門に集まってる連中は先日補導された集団とは別で今回集まっているだけで薬物は使用しておらず警察は手を出せないで居るらしい。


「何か目的があるんですかねあんな所に集まって」

「分からないから近づくなと言う結論なんだろうね、危ない場所には近づかないって事が一番の自衛手段だよ。君たちは腕に覚えが有るとは思うけど過信は禁物刃物ならまだしも銃器には剣で対抗出来ないから」


 私も涼子も一対一なら銃器にも対応出来るだろうが多人数相手じゃ流石に無理だろう。それでも涼子1人なら戦う術があるかも知れないが私では魔法を使わない字限りそんな力が無い。忠告に従って明日は別のルートで会場に出入りする事にした。


 朝から女子の試合が行われている、涼子は2戦戦ってどちらもあっけなく勝っていたその内の1人が中学女子剣道会では有名人で強豪校が獲得を目指していたが涼子が圧倒したことでスカウトの目が涼子に向いたようだ。

 午前中早々と準決勝進出を決めた涼子に3校の学校が名刺を渡していた、その内の1校は熊本の神武館高校の物だった。


「佐奈江さんも準決勝進出ですか」

「川上さんとは別の山だからここまで勝ち進めたけど次の試合は勝てそうに無いわね」


 佐奈江の試合は涼子の試合と重なっていたり試合時間が近かった為観戦していなかったが次にあたる選手はかなりの試合巧者で普段町道場で私達と同じ用な剣術主体で教わっている佐奈江には苦手な相手であるようだ。


「リュウ君佐奈江さんご飯食べに行こうよ席が無くなっちゃうよ」


 涼子に手を引かれて食堂に向かってランチを頼む、涼子と佐奈江の2人はランチだけは足りないようでうどんを追加で頼んでいた。2人ともよく食べるなと関心するがそれだけエネルギーを消費しているのだろう昼食が終わって短い休憩時間が終わると午後の部が始まってそれぞれが準決勝の舞台に上がる。

 試合会場はそれぞれ隣同士で行われ両方の試合が観戦出来た、開始早々涼子は一本先取すると続けて二本目も取ってあっけなく決勝進出を決めた。一方の佐奈江は決めてに掛けるようで中々試合が終わらない3分間の試合時間で両者一本も取れず延長戦に突入した。延長でも中々一本が取れずに居たが最終盤に佐奈江が一本取られそこで試合が決した。


 決勝は涼子と東北代表の葛西と言う3年で行われるのが結果は目に見えている、葛西は佐奈江との試合で疲弊しているしそもそもの地力が違いすぎて1時間の休憩時間後決勝が行われたのだが早々に涼子が二本先取し優勝を決めた。

 着替え終わった涼子が私と佐奈江と3人で表彰が行われるまで時間つぶしをしていたら決勝で戦った葛西が涼子を尋ねて来た。


「川上さん初めましてって言うのはおかしいけど青森代表の葛西亜希子です、川上さんて2年生なんだよね、もう進学する学校とか決まっているのかな」

「リュウ君と一緒に慶王の付属落葉高校に行きます」


 腕を引っ張られてそう宣言してしまった、まだ内々の話なので宣言するのは不味いのだが。


「慶王って男子校じゃ無いの?」

「横浜の本校は男子校ですが千葉は共学です、ついでに言うと東京には女子校もありますよ」


 恐らく涼子は知らないし興味も無いだろうから私が代弁しておいた。


「そっか、でも残念川上さんなら紫苑院の特待生になれると思ったから。私は来年京都の紫苑院に進んで日本一を目指すの、川上さんが居ればそれが夢ではなくなると思って声をかけさてもらったの。千葉さんはセレクションで見かけて無いから紫苑院には来ないのよね」

「私も川見さんと同じ慶王の千葉校に進むつもりよ、今日は負けたけど次に会う時は負けないように精進しておくわ」

「そう、2人が揃うと怖いわね私も負けないよう腕を磨くわね」


 そう言い残すと葛西は去っていった、佐奈江は燃えた目をして再戦を誓っていたが俺と涼子はそんな事全く興味が無いのだ大丈夫か?それよりも佐奈江が付属に来るなんて初耳だそんな事だれも教えてくれなかった。


「千葉さん付属に進学するんですか」

「そんなつもり全く無かったのよ、でも川上さんが付属に来るって中西先生から聞かされて返事は今日まで待ってもらってたんだけど決心がついたわ。私も付属に進んで日本一を目指す」


 暑苦しいが中西って誰だよ、そんな人物私や涼子は面識が無いぞ。


「涼子は中西先生って知ってるの?」

「知らないよ」

「中西定子先生は高等部の女子剣道の顧問の先生で 大学時代に選手権準優勝した剣道家でもあるの。私の父が営んでいる道場に中西先生が通っていて子供の頃から面識はあったの。小学生の頃にも誘われたんだけど東京の国士院の方が強豪だったから、今でも女子は国士院の方が全国常連校なんだけど優勝に絡めるほどの力は無いから」


 国士院は中高一貫校で文武両道の学校だ、系列校として大学も存在しオリンピック選手も排出している東京の名門校の一つだ。中学から在籍して高校は他校へと進学するのは一種裏切り行為に近い、大学のバリューで言えば慶王の方が上だがかと言って慶王大学の女子剣道部が強いのかと言うと残念ながらそんな話を聞いたことが無い。どうしてその強豪校に進学した千葉がプレ大会に出ているのかと言えば単純に東京の地方予選で敗退した為だった。


「涼子が行くから決めたって事ですか」

「それが私としては一番の理由だけど、私以外にも関東の有望選手に声を掛けてるみたいよ、93年が女子部創部50年で男子部は100年の節目の年でそこに向けて人とお金を集めているみたい」


 男子が100年と言うことは女子はおまけだろうな、創立年度に違いが有るのは女子を受け入れてからまだ50年しか経過してないためだろう。


「お金って寄付金?」

「OBOGに連絡が回っているんだって、うちの道場にも付属出身者が居ないわけじゃないから」


 叔父の所にも連絡が行っているんだろうか、しかし叔父だ大学からなので付属とは無関係か、私が進学した折にはそんな話も出るかも知れないが知ったことでは無いな。


「川上さん千葉さんそろそろ表彰式が始まりますので集合して下さい」


 涼子と佐奈江が呼ばれていった、私は最後まで表彰式を見学していたがスカウトが只の1人も現れない事にショックを覚えつつ皆と一緒にホテルに戻った。


羽田行きの飛行機は翌朝一番の物で早朝にホテルを出ると私は飛行機の中で眠ってしまった。飛行機の中で涼子と佐奈江の仲が良くなって居て落ちる頃には2人とも名前で呼び合っていた。


「千葉さんと何かあったの」

「佐奈江ちゃん?いい人だから仲良くなっただけだよ佐奈江ちゃんの道場に遊びに来てって誘われたんだけどリュウ君も一緒に来てくれる?」

「それは構わないけど私が一緒に邪魔にならない?」

「一緒に練習しようって誘われたから大丈夫だよ」


 飛行機を降りると迎えが来ていた、私の母と一緒に涼子の母美智子も来ている何故だか美智子は上機嫌で浮かれているのが離れていても分かる程だ。


「ただいま母さん、涼子のおばさん上機嫌だけど何か有ったの」

「何を言ってるのよ、聡志も涼子ちゃんも優勝したから喜んで居るんじゃない、もう結果くらい報告しなさいよ」


 家に電話する事を忘れていた、美智子が上機嫌な理由は涼子が優勝したからなのだろうか、実績を上げれば浩助も付属に入れるかも知れないと煽りはしたがそれだけが理由では無い気がする。


「2人ともお昼ごはんはどうする」

「機内食食べなかったから食べようかな」

「私も食べたい」


 涼子は機内食を食べていた気がするがアレは朝ごはん代わりだったのかな、寝ていたのでいつ頃配られたのかは知らない。


「今日はお祝いだから好きなもの食べて良いわよ何が食べたい?」


 気持ち悪い程のテンションで美智子が聞いてきた、羽田まで車を出したのも美智子らしく見知らぬ車が駐車場に停まっていた。美智子の運転でレストランに到着すると4人で席に座って注文を終えると美智子の上機嫌な理由が判明した。


「フェアリス女学院から推薦のお話があったの、勿論お断りさせて頂いたんだけど嬉しくて」


 フェア女は横浜に有る名門女子大で神奈川の女子憧れの学校だったらしく鎌倉出身の美智子も憧れ入学を希望していたらしい。我が娘が憧れの高校から推薦の話が来て舞い上がっているようだ、夫の実家に気を使っている美智子では有ったが涼子の事も気にかけているようで私はホッとした。


「女子校なんて行く気無いよ私」

「そうね、涼子はそれで良いと思う」


 昨日の内に涼子宛に数件の学校から推薦話が舞い込んでいたようだが美智子のおメガネに叶ったのはフェア女だけのようだ。


「聡志にも連絡が有ったわよ」

「えっ何処から?」


 付属以外に行く気は無いが私にもスカウトが来たんだと嬉しくなって聞き返した。


「慶王付属落葉高校の剣道部の顧問の先生から、冬休みに見学会があるから来て欲しいって事付だったわよ。道具は一式持ってきて欲しいって」

「それだけ?他の高校からの推薦話は?」

「他には鈴木先生が明日登校するなら表彰状と盾を持って職員室に来なさいって電話が有ったくらいよ」


 肩透かしを食らってがっくりした、冬休みは甚八と仕手戦を仕掛ける段取りだったから他に出かけたくなかったのだが何日かは剣道部に顔を出さなければならないらしい。


若干ふてくさり気味で家に帰って部屋に戻ると荷物を整理して洗濯物は洗濯かごへ土産物はリビングと台所に置いて涼子の分の生鮮食品を持って隣の家へと出かけていく、玄関でチャイムを鳴らすと美智子が出てきた。


「これ涼子と一緒に市場って買ったお土産です」

「まあ有難う、聡志君が持って帰ってくれたのね、こんなに沢山重かったでしょお茶を出すから上がって頂戴」


 リビングに招かれると先客が居た、誰かは分からないが会釈して挨拶すると地元新聞社千葉日報の記者だった。


「じゃあ2人は幼馴染で一緒に剣道をはじめてわずか1年足らずで揃って全国制覇したと言う訳ですね」

「全国制覇と言ってもプレ大会なので本当の強豪校は不参加だったみたいですが」 


 涼子ついでに私もインタビューを受けた、何故涼子がこんなに注目されているのかと言えば涼子が2回戦で勝った優勝候補の相手中学3年生で有りながら高校の女子チャンピオンは元より日本選手権に出場していた大学生相手にも勝った事のある本物の強豪選手だった。それが名も知られていないぽっと出の涼子が瞬殺した事により俄然注目されたと言う訳らしい。一方の男子はと言うと注目されるような選手は居らず注目度は断然低かったようだ。


「内藤さんは神武館高校に進学が決まったそうですが川上さんはどこか希望校は有りますか」

「慶王付属千葉高校に進みたいです」


 進学希望先なので答えても問題ないだろう、流石に涼子もその辺のさじ加減は理解していると思いたい。


「付属千葉も千葉では古豪の名門校ですね、既にどこからかお誘いは有りましたか」


 これは下手な答え方をすると不味いと思い私が横から口を挟んだ。


「「ありません」」

 美智子と返事が被ってしまった。


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