第29話「フランベルージュの喫茶店ふたたび」

 競馬で一山当ててからしばらくたったある日東京の後藤明菜から連絡が入った、日曜にダンジョンに付き合って欲しいと言う連絡だったので私も涼子もこ一月余り地獄のような十和子の指導でぐったりだったため気分転換も兼ねて了承した。

 集合場所は明菜の経営する茶店フランベルージュ朝っぱから電車で出かけるのだがうちも涼子の家も特別何も言ってこない、夕方までに帰ると伝えていたし今日までの実績が物を言っているのだろう、私と涼子が付き合っている事も概ね認めている感じだしな。


「リョウ君瞬間移動は使わないの?池袋ならダンジョンが有るからすぐだよ」

「今はまだ辞めとこ、新宿ダンジョンの場所滅多に人は来ないと思うけどあそこでたむろしてるような奴らが居たとしたらろくでもない人間な事は確定だから」


 何れはそんな事構っちゃ居られないような世の中が来るだろうが今はまだ人殺しなんてしたくないし涼子にさせたくもない。電車で移動したって1時間程で着くのだから揺られながら移動すればいい。


「免許が有ったらドライブ出来たのにね」

「18にならないと無理だよ、私が18になったら直ぐに免許とってドライブに連れて行くからそれまで我慢してよ」

「えーっ連れてってくれるんだ、うんその日を心待ちにしてるね」


 何本かの電車を乗り継いて同着したのは8時過ぎ約束の時間まではまだ余裕があるのだがとりあえずフランベルージュに向かう事にした。


店は既にオープンしていて休みだと言うのに朝食を食べに来ている客が居る、入り口から入るとウェイトレスが奥の個室に案内してくれ中には明菜が一人私達を出迎えてくれた。


「二人共無理言ってごめんね、剣道の試合近かったんでしょ」


 国体の時期に同じ会場で行われるのだが私達が戦う剣道の個人戦はプレ大会で正式種目では無い上に国体事態が本来中学3年からしか参加出来ない。それでも日本中学校体育連盟が主催している大会なので学校側も出席扱いにしてくれる。


「10月の11日から始まりますのでまだ大丈夫でしたよ、それに今教わってる剣術の師範が厳しい人で修行が辛いので偶の息抜きは歓迎です」

「レベル上げだけじゃなくて剣術まで習っているの?」

「レベル上げはコスモ君と行った1回きりですよ、大会が終わったら2人で潜ろうかと相談してましたけど。コスモ君が到着してから改めて説明しますけどダンジョンって危ない場所なので本当に命懸けですよ」


 私と涼子がダンジョンに潜らなかったのは時間的に余裕が無いと言う事と技や身体の動かし方を学ばないと強くなれないと言うことが理解出来たからだ。特に私は第2第3ジョブと数字がでかくなる程有効化し難いから十和子から剣術と言う技術を学ぶ事でスキルの性能を引出しやすくなっていた。当然まだ1月少々の学びで完全に物に出来たとは言えないが。


「あの子供が生まれたんですよね、今日一人で置いてきて大丈夫だったんですか」

「愛里子は母が見てくれているから大丈夫、先週からはお店にも出てるのよ」


 愛里子というのが明菜の娘のようだ、この時代では珍しい名前なのだろうけどもう10年もすればありふれた名前でもっと読み辛いキラキラネームが世に氾濫する。


「アリスちゃん?不思議の国の?」

「よく間違われるけど違うの、私の尊敬するテニスプレーヤーから貰った名なのよ」

「アリス・マーブル?」


 愛里子と言うなとテニスプレーヤーから名を貰ったと言うエピソーで思い出した事が有った。


「よく知ってるのね、そう戦前のプレーヤーでグランドスラムを達成した選手なの日本じゃあまり知られて居ないんだけど聡志君はテニスに興味が有るの?」


 愛里子・K・ODA女子テニス界に突然現れた遅咲きのヒロインで2015

年には1児の母でも有って4大大会の内3つを制し残り一つという所で奴らの襲撃が全世界で始まった。当然大会は中止でその後世界から秩序は崩壊し私が生きている間に復活する事も無かった。

 その愛里子のテニスを始めたきっかけと言うのが母親とアリス・マーブルの逸話で繰り返しテレビで流されていたから名前を覚えた居たのだ。


「私も涼子も元々テニス部所属だったので、学校の都合で廃部になったので剣道を始めたんですよ。前もって言って起きますけど今はテニスに興味は有りませんし知ってるプレーヤーもそんなにいません。アリス・マーブルに関しては偶々病魔から復活した軌跡の選手だって逸話を知ってるだけです」

「そうなんだちょっと残念から2人ならウィンブルドンのセンターコートに立てそうなのに」


 それはどうだろうか、レベルを上げすぎるとボールを破壊するほどの打撃になって試合が成立しないのでは無いだろうか、上がった能力を制御する労力と才能が無ければ駄目だと思う。


「後藤さんがレベルを上げてテニス界に復帰したほうが可能性有ると思いますけど。やってたんですよねテニス」

「高校の部活と大学時代に少しねでも怪我で辞めたからテニス歴は4年と少しかな」


 小田愛里子が後藤の娘なのか本当の所はわからない、なにせ私は愛里子の年齢や出身地も知らないのだ、アメリカに在住していて1児の母で結婚後にブレイクしたと言う事しか知らない。今は89年だから2015年には26と言うことになるのかもう少し年が行っていたようにも思うが確かめる術は無いか。

テニスの話をしてるうちにコスモがやってきた、今日も電車で一人ここまでやって来たのだがどうも先日見た時と態度が違う。おどおどしてないと言ったら良いのだろうか、相変わらず涼子の事は恐れているようだがそれだけだ。卑屈さやうつむき加減と言うマイナスの要素が消えて居る。


「聡志兄ちゃんお早う」

「うんおはようコスモ何か良いこともでも有った?」

「何にも無いよ、聡志兄ちゃんと涼子お姉ちゃんから貰った素材が無くなって悲しいくらいだよ」


 素材と言うのは小鬼の死体の事だろう、商店の仕入れの為には素材が必要だと言う話だったから何か仕入れて売り捌けたのかも知れない。対価はクレジットとして受け取って居るので素材を何に使おうともコスモの自由だ。


「大内とか言う子をやっつたとか?」


 涼子が発言するたびにビックっとなるの辞めて置いて欲しいのだが、涼子は気にしてないようなので良いとしておくが、そう言えば大内とか言ういじめっ子が居たって言う話を聞いた気がするが覚えちゃ居ないよく涼子が覚えていたもんだ。


「やっつけては無いけど学校は辞めちゃったよ、お父さんの会社が潰れちゃったんだって」


 親の権力で好き勝手していたと話だったから親の経営する会社が潰れて権力が消え同時に学校側が見てみぬフリを辞めたか経済的に行き詰まったかその両方かまあそんな所だろうな。


「それより聡志兄ちゃん今日中にレベル15まで上がるかな」

「今日は無理かな、後藤さんがレベル5になったら帰るつもりだから。はっきり言うと後藤さんとコスモ君2人を守りながらダンジョン攻略する自信が無い。後藤さんもそれで良いんですよね」


 後藤からダンジョンでのレベル上げの話を聞いた時にその事は伝えてある足手まといを2人も連れてダンジョンを進む自信が無いと、いざとなったら真っ先に見捨てる事になるがそれで良いかと確認と取ると良いと返事が来たので今この喫茶店に集合しているのだ。


「レベルが上ってスキルを得ても直ぐに使えるようにはならないのよね」

「スキル次第だと思いますよ、私は無理でしたけど涼子はある程度初っ端から使いこなしてましたし」

「ごめんねコスモ君今日は私に付き合うって事で許してくれないかな」

「そうなんだ、ちょっと聡志兄ちゃんと2人だけで男同士の話がしたいんだけど良い?明菜お姉ちゃん涼子お姉ちゃん」


 男同士の会話ね、ちょっと予測がつかないが後藤は笑いながら了承し涼子も特段気にせず席を外してくれた。涼子と後藤が部屋から出ていくのを確認したコスモが部屋の外を気にしながら話し始めた。


「あのね僕5人目を見つけたの」

「5人目って私達と同じダンジョンに入れる人間?」

「うんそうなの」


 コスモは毎日鑑定を使って仲間探しを行っていたらしい、私の方はと言えば当然鑑定の事なんて忘れていたし仲間を探すつもりもなかった。


「それでジョブは?」

「多分ナイトだと思うんだけど警察官吏ってカッコ書きがしてあって、でも怖くて声が掛けられなかったの」

「涼子みたいに怖いって事?」

「うーうん、顔が怖かったの、あの人絶対にヤクザだもん」


 つまり容姿にビビって声が掛けられなかったから女性陣にそんな情けない姿を見せたく無かったと言うことが子供でも男の子そういう気概は嫌いじゃない。


「そっかそれは仕方ないよコスモ君はまだ小学生なんだからヤクザみたいなおっさんには声を掛けられないのが普通だよ」

「明菜お姉ちゃんと涼子お姉ちゃんには言わないでね」

「なんで?」

「怒られたら怖いから」


 コスモは後藤に懐いてる物だとばかりに思っていたのだがそうでも無いのだろうか?


「後藤さんの事はよく分からないけど涼子ってそんなに怖い?」

「うん怖いの明菜お姉ちゃんは早くレベルを上げたいから仲間を増やしたいって思っているから僕が仲間を見逃したって分かったら怒られると思うの。涼子おねちゃんは何だか分からないけど怖いの」


 確かに後藤はレベルを上げる事に執着している事は感じていた、子供の未来を守りたいと言う彼女の言葉に嘘偽りは無かったように思うのだがそれだけが目的では無いのかも知れない。


「つまり涼子の勇者としての力、暴力性なんかの人としての根源が怖いって事でってそんな言い方したら分からないか。戦車やロボットが怖いって言う感じで涼子の強さが怖いって事で良いかな」

「・・・」


 答えが帰って来ないのは私の解釈が間違っているのかそれともまだ私の考察が伝わって居ないのかどちらとも判別がつかないので後藤の話に切り替える。


「後藤さんってなんでレベルを上げたいのか知ってる?」

「うーんとね、多分だけど怪我が治ったからテニス選手になりたいんだと思う」


 怪我が治った・・・テニスは怪我の所為で引退したって言う話だからそりゃあ怪我が治れば復帰だって考えたくもなるだろう、だが現実には時間の経過によって若さは浪費されていく。今更体調が絶好調に戻っても選手としてのピークの時期は随分と前に終わっている筈だしかしレベルが上がってピークを押し上げたらおそらく世界1になることも不可能では無いだろうそれは私自身の身体能力の上昇で確信出来る。


「怪我が治ってたんだ」

「うん僕のお薬で治ったって言ってたよ、腰と膝が治って重たい荷物を持てるようになったって喜んでたもん」


 薬ってあの魔法薬の事かてっきり初期妊娠期間の不安定な時期に使ったのだとばかり思っていたが古傷の治療の為にコスモから購入していたのか、私の第一印象からかなりズレ始めて居る後藤に手の内を晒すことは辞めて置いた方が良さそうだ。


「よし分かった、コスモ君はこの話涼子と後藤さんには言わない方が良いね。もしバレても私が後藤さんと涼子に説明するからコスモ君は私の背中で隠れて居れば良いよ。一応確認の為に聞いておくけどそのナイトさん特徴とか名前なんかは鑑定出来たのかな」

「ありがとう聡志兄ちゃん、ナイトさんの名前はヒゴケント26歳で熊本出身みたい。それ以上は怖かったから読めなかったの」


 謎の渡世人ヒゴケントか、26歳ってまだまだ若造なんだがコスモからしたらオッサン以外の何物でも無いだろう。身体的特徴は顔が怖かったと言う事以外何も覚えて居ないようだ、背丈は大きかったと言うのだが恐怖心を抱いた相手ってのは大きく見えがちだから信頼性に掛ける情報でしかない。この広い東京で偶々会う確率なんてそうは無いだろう、ヒゴケントの事は無かった事にした方が良さそうだ。


「じゃあそろそろ行こうか、あんまり待たせると涼子が怖いし」

「うん」


 コスモとの男同士の会話が終わったと言うことにして早々に鎌倉目指して出発する、電車じゃ無くて後藤が運転する車で高速道路で1時間半、鎌倉に到着するとコンビニで食料と飲み物を仕入れた。収納してある荷物の中にも当然食料は存在する、前回鎌倉から帰って直ぐにマグカップにお湯を入れ収納し時々取り出しては温度を測るが外気に触れて温度が下がる以外はそのままだまだ98度を保っているので時間が止まっているか限りなくゆっくりと流れて居るのだろう。


「車が有ると楽で良いねリュウ君」

「バスで来るのは大変だったしね、車で送ってくれた後藤さんに感謝だよ」


 私と涼子の心にもない嘘くさい話が車内で繰り広げられる、涼子の転移スキルがアレば車なんて本当は必要ないのだがこの事は後藤に知らせる必要性を全く感じなかった。


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