第28話「マーガレット女王杯」

 文化祭の用意はボチボチで構わないのだがそろそろ資金倍増計画の最初競馬でボロ儲けを開催する日取りが近づいてきている、出走直前までどの馬に掛ければ良いのかわからない所が辛い所だ、ダントツ不人気馬が1等でゴールする大荒れレースなのだが一番人気は若手ナンバーワン騎手の乗るアイゼンカグラ、既にG1レース2賞を達成してたから誰しもがこの馬の優勝もしくは2着に入ると予想していただろうそれが最下位に終わった事大荒れになったのだ。


「サトチャン本当に良いんだよな、買った後からやっぱなしってのは駄目だよ」


 今日の日のために前日から京都入りして準備万全で今更やめるつもりなんて更々無い、今日と明日は剣術修行も休ませて貰っているんだ、着いて来ようとする涼子を振り切る事が一番の大仕事だったのだから。


「20番人気のサザンクロスの一点買いね念の為馬券を購入するのはギリギリまで待って欲しいんだ」


 今の所19番人気の馬とはダブルスコアでオッズの差がある出走間際に買い足される事が有っても流石にこの差が覆る事は無いだろう。


「もしサザンクロスが入ったら430倍だからもう年末に株を買う必要もなくなるんじゃないのサトチャン400万持ってきたんでしょ」


 確かにそのままのオッズなら17億以上の払い戻しと言うことになるが私と甚八が高額購入することでかなり下がるのでは無いかと踏んでいる。


「甚八君も買うつもりなんでしょ二人で高額買したらオッズは下がると思うんだ」「そりゃあそうか」


 とは言え天下のG1レースなのだ掛けられる金額も多額で私達二人の購入額程度ではそう下がらないかも知れないなんせ時代はバブルの絶頂期なんだ100万200万の金を掛ける奴1人や2人じゃ無い筈。


「甚八君いくら持ってきたの?」

「1000万だよ、東京の土地を売った金の分前だってもらった金全部一点賭け気分は篠崎教授に全部って感じ」


 2人で1400万かこれはオッズにも影響するかも知れないな、問題は大金を受け取って帰るまでのシミュレーションだ途中で馬鹿に襲われた時私が率先して倒さなければならない、こういう時涼子が居てくれると助かるのだが流石にこんな裏の顔を見せるのは気が引ける。


「リュックを買ってきたけど入り切るかね」


 事前検討で1億が10キロと言う事は判明しているもしオッズが下がらなければ1400万×430と言うことになるので60億以上の払い戻しで600キロと言うことになる常人では運べる重さでは無い、だからリュックに詰めるフリをして収納するつもりでは居るのだが払い戻しの状況が分からないのでそこは出たとこ勝負と言うことになる。


「京都に来たのなんて俺修学旅行以来だよ、サトチャンは?」

「どうだったかな、多分中学の修学旅行が京都奈良だったような」

「今も変わってないのかどうせなら北海道くらい連れてってくれよって思うよねそれか沖縄」


 そうか今の私は京都に初めて遊びに来ている事になるのか、確か2年の終わり頃に京都と奈良を回った今日のように夜中に高速を走ってきたのでは無く新幹線で京都駅に降りてその後はバスでぐるぐる回ったと記憶している。けど修学旅行の思い出なんてろくに残ってない、あの頃はまだ涼子の死を引きずっていた時期だったのでは無かろうか、彼女も居なかった筈だ。


「飛行機を使えるなら台湾とかグアムとかの方が良いよ」

「確かに今ならドルも安いしそれも有りかもね」


 本当の円高はもう少し後にやってくる1ドルが100円を切るどころか80円を下回った事もあったのだ私の金銭感覚だと今はまだ円安気味に感じる。


「そろそろ時間だから買いに行こうか」


 私は安物のスーツを来て一応のカモフラージュをしているが良くて高校生にしか見えないだろう。そう言えば身長は既に170近くになって居るから私の記憶の中2よりは成長度合いが確実に早い。

 売り場はマークシートでの記入では無く窓口で購入するシステムのようだ、私の知っている競馬場の姿は今より5年程未来の話なのだが、そう言えばはじめの頃は窓口で口頭注文していたか記憶が曖昧だ。


「6番単勝1000万と400万で」

「はい6番単勝ですね、どうぞ」


カバンから1000万と400万を取り出して窓口に渡しているのにそう悪目立ちしてない、他にも札束で馬券を買ってる人間が何人も居るのだ。バブル崩壊後に競馬を始めた私としては信じられない光景がそこには広がっていた。


「驚いた?ここ大口専用の売り場だから時には億単位で賭ける人も居るらしいよ」 


 京都競馬場に来たのがそもそも初めてだ、馬券の購入窓口がいくつもあるなんて初めて知ったからまさか大口専用の窓口があるなんて知らなかった。

 出走時間が迫って来る中オッズが330倍にまで下がっていたそれでも19番人気とは100倍以上の差があるのだが。馬券の投票が締め切られいよいよ出走間近と言う段になってオッズが310倍にまで下がっていたまだ確定していないので更に下がる可能性もある。

ゲートに馬が続々と入っていって一番人気のアイゼンカグラが最後に入って用意が整った。ゲートが開くと各馬一斉にスタートした。最初に飛び出したのはアイゼンカグラ我らの6番サザンクロスは2番手集団で第一コーナーに突入した。

 第2コーナーまでは事前評判通りアイゼンカグラがトップ争いで上位陣で猛烈に競い合っていた、その頃サザンクロスは2番手集団を抜け1番手集団の最後尾につけていた。

そして運命の第3コーナーに入った時事件が起こった、先頭を競っていたアイゼンカグラが失速したそれに釣られるよう上位陣のペースが狂う。団子状態になった1番手集団から抜け出したのがまさかのサザンクロスそのままサザンクロスが1馬身差をつけてゴールした。

最終オッズは300倍丁度馬券が舞う中審議の文字が、1分2分経過した頃1等6番サザンクロスの順位が確定し私と甚八はそのそっと払い戻しの窓口に移動して馬券を渡すと別の部屋へと案内された。


「おめでとう御座います、42億の払い戻しになりますがお支払い方法はどうされますか」

「現金でよろしく」

「全部で420キロの重さになりますがよろしゅう御座いますか」


 まさかの現金一括払いに対応してくれるとはさすが天下の中央競馬そのまま車で持って帰ると伝えると車を横付け出来る場所へと誘導され私と甚八の2人は車へと札束を積み込んでいった。


「名前すら聞かれ無かったね」

「納税する気が無いから当然だね、こんなの一時所得で申告したら7割方持っていかれて終了だよ」


 職員もその事を分かっているのか何も聞かないのだ他の所なら免許証の確認くらいは有ってもおかしくないのだが競馬場を出た私と甚八はそのまま名神高速で東京方面に向かっている。


「それでどんなイカサマだったんだい今日のレースは」

「イカサマするならもっと小口でやると思わない?あんな目立つやり方で馬券なんて買わないよ」

「それもそうか。じゃあどうしてあんな20番人気でG1初出場の馬を買う気になったのか教えて欲しいもんだ」

「感だよ感ただの感、前になんか色々説明した気がするけどあんなのウソウソ、あぶく銭がある内に一勝負したってだけだから次のレースも教えてってのは無しね多分外れるよ」


 直近の大穴レースを覚えているのは1993年の高田記念タニマチゼファーが1着、2着はカミダノミーおかしな名前の馬なので着順と馬の名前を覚えて居るたしかG1レースにも関わらず万馬券だったので100倍以上の配当が着いたはずだ。私が本格的に競馬をやり始めたのは95年以降なのでそれまでに覚えて居るレースはそう多くないから占い師気取りで勝ち馬を予言する事は出来ない。


「まあもう充分稼いだから良いんだけどさ、年末の大勝負はどうするつもりなんだい」

「あれこそ勝ち確のイカサマゲームでしょ、このビッグウェーブに乗るしか無いっしょ」

「サトチャン面白い事言うね、種銭は充分出来たしこれなら2人だけで仕手を仕掛ける事も無理じゃないけど怖いのは税務署だよ。証券会社に口座を開設しない事には株なんて買えないしそうなると種銭の出処も追求されちゃうかも知れない」


 突然一般人が40億もの金を手に入れたとなると税務署も黙っちゃ居ないか、口座を押えられたらどうしようもない現物を押さえようと家宅捜索を掛けるってんなら収納で異空間にしまってしまえばどうやったってバレる心配は無いのだが。


「そのあたりの方法と手段は考えておくよ、それはそれとしていくらかは持っていくでしょどう分ける?」

「分けるって私が12億で甚八君が30億なんじゃないの?」

「出資金は確かに俺の方が多かったけどさ情報はすべてサトチャンの物じゃない、俺がやったことって言うと車を出したくらいの事だしさ。当然儲けは折半で良いんだけど42億全部株に突っ込む事は無いでしょって話、サトチャンだってお小遣いは確保しときたいでしょ」


 確かに現金でいくらかは残して置きたい、今回400万の現金を用意するためそれまでに使っていた分の金を補充するためお年玉の残りや盆に里帰りした際に貰った小遣いで補填していた。装備を充実させるためには金は有った方が良いに決まっている。


「それなら1億ずつ手元に残して置くのはどう?例え40億が消えたとしたって1億有ったら充分って気もするし」

「1000万が1億ってのも相当な設けで有ることは間違い無いか、分かっては居ると思うけど念の為確認するよ1億円口座に入れなくても保管する方法は大丈夫だね」

「それは勿論大丈夫、両親にも見つからない場所で保管出来るから」

「じゃあ1億ずつ手元に置いとこうか俺は1億くらい口座に有ってもおかしくない程納税してるし」


 車の中で一波乱有るかと後をつけてくる車の存在を気にしているのだが変わった車は見当たらない。途中養老インターに止まってトイレに交代で向かったが因縁をつけてくるような反社の人間も居ない、かなり目立つ行動だったのだと思うのだがテレビドラマみたいな事そうそう起こらないだとがっかりしている自分が居た。


「深刻そうな顔してどしたの?」

「着けて来る不審者か強盗が居ないかと警戒してるんだけど」

「そんなの競馬場には居ないんじゃない、こんな現金持ち歩いてるバカなんてそうそう居ないよ、換金した足で金融機関に駆け込むのが一番安全だし」


 そもそも競馬で40億当てたって奴の話を聞いたこと無いがそれにしちゃあ競馬場の職員連中落ち着いてたな。


「高額当選って珍しいよね」

「10億掛けて15億持って帰った猛者が居るって言う話は聞いた事あるよ、よくもまあ1.5倍なんて本命に掛ける気になったなって思うけど。大穴でこんな大金当たるやつはそうそう居ないと思うけど高額当選事態はそこそこの数が居るんだと思う表に話が出てこないだけで」


 1.5倍でもオッズが着いて幸運だな昔1.0倍なんて配当が本当にあったからな確か7割の掛けが1番人気に集中したのだとか、下馬評通り1番人気が勝ったから良かった物の負けてたら暴動が起きるんじゃないかと思った。


「その人何がしたかったんだろう」

「競馬がしたかったんじゃないの、それか贔屓の馬に掛けたかったとか雲の上の世界じゃ10億なんて端金て事かな」


 流石に10億が端金なんて大金持ち日本には居無さそうだけどアラブの石油王は実際小遣いで有名サッカーチームを買収してたそういう金持ちの遊びに巻き込まれたくは無い物だな。

そのまま車で移動を続け海老名のサービスエリアでやっとまともな飯を食べたその間甚八には内緒で42億は収納してレストランに入ったが甚八の落ち着き様は尋常じゃない変人だ変人だとは思っていたが金に対する執着心とか無いのだろうな。そうじゃなきゃここまで普段通りには出来ないと思う。


「大きいだけで変わった物がある訳じゃ無いのか」


 サービスエリアに様々な店舗が入り始めたのは2000年の終わり頃では無かろうか、まあ2015年には高速のすべてのサービスエリアが封鎖されたのだが。


「まずくは無いと思うけど駄目なの?」

「カツ丼なら牛松の特上牛ヒレカツ丼の方がうまいでしょ」


 牛松と言うのは地元の高級焼肉店でランチに丼物を提供しているのだがこの時代にランチ2000円と言う値段で流石にバブル期だとしたって高すぎるだろう、東京でならそのくらいの価格設定でも勝負できそうだが。


「普段そんな所で昼飯食ってるの?」

「普段は行かないよ一人で入れる店しか、そうなると吉牛かラーメン屋だからさ偶に外で飯食う時は旨いものを食べたいって言う気持ちな訳よ」

「パソ通の友達とは行かないんだ」

「オフじゃ会わないよ、大学時代の悪友か無線仲間と年に1回くらいは外で会うかもって感じだよ」


 私も結婚してからはそんな感じだった、それ以外だと役所の歓送迎会か年末年始の忘年会新年会くらいかそれだって子供が出来てからはほとんど行ってない。


「甚八君いくつなんだっけ」

「今年で24」

「若いのにもう枯れてるんだ」

「サトチャンに若いって言われても困るな、サトチャンなんてまだ13か4でしょ」


 誕生日は夏休みに終わっている、祝ってくれたのは紀子と徹と涼子くらいのものだ、今年は剣道の大会でバタバタだったから誕生日どころの話では無かった。


「甚八君って大学は日吉キャンパス」

「基礎教養は日吉で専門学は矢上だよ、三田の方が面白そうだったけど理系はだいたい横浜から出ないね」


 湘南藤沢キャンパスが出来るのは来年か再来年か甚八の頃は情報系の学部なんて無かったのだろうな甚八は電子工学より情報系の学部の方が向いている気がする。


「じゃあさ横浜で本格的に晩飯とかは?」

「サトチャン横浜の吉牛が食いたいの?それに海老名から横浜なんてすぐだよ食べれない事も無いけど今日はもう良いかな」  


 横浜の店に詳しいのかと思って気を使ったのだが失敗したようだ。実際海老名のSAから横浜市内まで1時間程で到着出来る距離らしい、私は普段千葉県内は車を使っていたが東京を越える場所なら電車を使っていたので高速には疎かった。


「学生時代はパソコンと無線に有り金突っ込んでたから飯食う金なんて無かったよ」


 確かに大学時代は時間は有ったが金なんか無かった、何処で何をしてたのか面白おかしく過ごしていたような気がするのだが大学4年間でやったことなんて中身が薄すぎて思い出にもなっていなかった。


「残りは休憩無しで帰る感じ?」

「2時間くらい掛かるから途中で一回くらいはトイレ休憩が必要なんじゃない」 


 今は21時を少し回った時間なので東兼に着く頃には23時を回ってしまうか私も腹が減ってるわけでも無いからこのまま家に向かう事に不満は無いが電話で帰宅時間くらいは知らせておいた方が良いだろうと公衆電話から電話を掛ける。

 電話に出たのは紀子で母に変わってもらうまでそこそこのやり取りが必要になった。


「11時か12時になるのね、根元さんには改めてお礼に行くけど聡志もお礼を言っておくのよ」


 電話を切ってから甚八の元に戻って頼み事が増えた事に申し訳無い気持ちになる。


「どうしたのサトチャン」

「どこかお見上げ買える場所に連れてって」


 紀子に言われて居たお見上げを買い忘れていた事に気付いたのは電話での会話だった。


「そんなのここで買って帰れば良いんじゃない八ツ橋でも赤福でも売ってると思うけど」


 そう言われて土産物コーナーを覗くと伊勢名物や京都のお見上げが売っていて俺以外にも買い忘れた土産を買う人間が居るんだろうなと思いながら有り難く土産物を物色し家路に着くこととなった。


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