第26話「真剣」

「自由に打ち込んで来て良いよ、薫相手じゃ役者不足だっただろ」

「そんな事ないですけど掛かり稽古って事ですか」

「一応打ち込み稽古って事にしようか」


 相手の隙を見つけて打ち込めば良い、と言う事なのだろうけど若干戸惑う、そう言う稽古は十和子から教わっていなかった。あの人は常に実戦形式で、地稽古以外で立ち会う事が無いのだ。


「いつでも良いよ」


 開始の合図も無く始まった稽古ではあったが、遊馬の見せる隙と言うものはあからさますぎて、どうもこの人教える事に向いては居ないようだ。

 それでも私がその隙に打ち込むと褒めてくれるのだが、段々ペースが速くなりだして私も隠していた実力を、発揮せざるを得なくなった。


「すごいぞ聡志、これならうちの署員よりよっぽど使える。将来は警察官を目指してみないか」


 遊馬は警察職員のようで勧誘されてしまった、将来ただの警察官になるつもりはない、もし私が警察官として職務を全うしたとしても、町内の平和を守るのがやっとであの大惨事を免れる事は出来ない。

 選択肢の一つとして警察官僚と言う物はありかと思うが、こんどは私の能力で国家公務員になる自信がない。


「県警の刑事さんなんですか」

「警視庁の警察官だから県警ではないんだ、でも千葉県警に入る事はお勧めしないぞ、なんて言ったって千葉県警の剣道は弱いからな」


 遊馬は機動隊に所属している警察官で、階級は警部補。

 隊内では小隊長を務めて居るのだとか、奴らが襲ってきた時真っ先に向かって行ったのが機動隊だったがほぼ全滅している。

 奴らが襲って来る頃、遊馬は現役の機動隊員ではないのだろうが、危ない部署に配属させられている事は想像できた。


「考えておきますけど期待しないで下さいね」

「待遇に恵まれてるとは言い難いからな、誘っちゃ見たが期待は最初からしてなかったよ」


 打ち込み稽古が終わるとそのまま地稽古の流れになった、ここに来て気づかされた事が有るのだが、スキル『未来予知』を完全に会得したと言うのは間違えだったようで、薫相手には無双できたが遊馬相手だと無数に手が見えて対処が出来なかった。

 外から見ると互角以上に戦っているように見えるだろう、でも実際には速度と体力以外すべての面で劣っている。これが喧嘩か殺し合いのような実践なら、力でゴリ押しすれば勝てはするだろう、しか剣道のルールで戦う以上、今のままでは遊馬に勝てるとは思えなかった。

 もちろん魔法を併用すれば勝ちを拾えるとは思う、しかし私の目的は奴らと渡り合える力を手にする事に加え、将来ダンジョンが崩壊した時、国やそれに準じる組織と繋がりがもてる伝手を手に入れる事で、剣道で無双したい訳ではない。

 魔法を使って遊馬に勝つことに意味はないだろう、それともう一つ新たに手に入れた道化師のスキル『危機察知』も剣道の試合と相性が悪い、どうしても身を安全にしたいが為に、大きく避けてしまう。

 予め予測している攻撃には自分の意思で対応できるのだが、予測できない攻撃に対して場外へと出てしまう事が有った、いずれは制御できるようになるかもしれないが今は無理だ。


「これで中学二年ってんだから末恐ろしいな、もう2、3年すれば俺じゃあ相手にならなくなりそうだ」


 地稽古が終わってから遊馬から練習の感想を聞いていたが、多分にお世辞が含まれて居るのだろう。


「遊馬さんって警察でも剣道を続けてるんですか」

「剣道を続けられるから警察を選んだって言う口だから、当然身体が動く限りはやり続けるよ。とは言ってももう選手権に出場できる程の体力は無くなっちまったけどな」


 剣道の全盛時代は20代後半から30代前半にかけての頃で、本来ならまさしく遊馬の年齢が全盛期なのだそうだが、階級が上がるにつれ練習量が減ってしまうらしい。

 警部補と言う階級は、現場に出られる最上位の階級で、その一つ上の階級である警部になると管理職の色合いがさらに濃くなり、現場には出なくなるそうだ。


「選手権って全日本剣道選手権大会ですよね、どこまで勝ち進んだんですか」

「27の時に準優勝したのが最高位だったな、そこからはもう都大会に出場する事もできなくなっちまったよ。体力の衰えってんじゃ無くて、仕事が忙しすぎたからな。最近じゃ、テロ対策なんて物が、漫画やテレビの中の出来事だけじゃなく、現実にまで起きちゃってな・・・今は後輩をしごいて俺の果たせなかった夢を託している訳だよ」


 夢と言うのは選手権で優勝することなのだろうな、私はそんな重荷これ以上背負う事は出来ないから、やる気十分の薫を鍛えてやって欲しい。

 遊馬との雑談に薫が混じりに来て、もう一人の三十代の青年も加わった、名前は後藤田正臣やはり警察官で階級は警部、警視庁勤務の38才所轄の課長さんだった。


「剣道家って警察官になるしか無いんですか」


 素直に疑問をぶつけて居るのは薫で、私は気配を消した、薫の質問は子供ながらの無遠慮さだ。


「自衛官とか海上保安庁とか学校の先生とか、警察官だけがすべてじゃないぞ」


 公務員以外の選択肢は無いようだ、趣味でやるだけならどんな仕事でも構わないのだろうが、剣道で一角の人物になるためには肉体系の公務員ってのが最適なのだろう。


「働き出すと夜が遅くなるから、町道場通いってのも難しい。職場に最低限道場と防具や竹刀をおける場所が無いと、選手権に出る事は難しくなるぞ。同じ警察官でも後藤田さんのように刑事になると、選手権に出る事もできなるから機動隊が特にお勧めだ」

「私だって最初は機動隊所属だったさ、途中階級が上がって所轄に回されてから選手権は諦めたけどな。遊馬は交番勤務後すぐに機動隊一筋だったか、それでも次は別の部署に回されるだろうな」


 警察と言う組織も同じ部署に長い間留まる事は出来ないらしい、特にキャリアとなると出世する内に全国津々浦々回わらないとだめらしいから、警察官僚になることは避けた方が良いのかもしれない。

4人で話している内に練習時間の終わりが来て、最後に神社の社務所でお茶とお菓子を頂いた、その時ちらっと十和子の母親小夜子と挨拶をしたのだが、先方は私の事を知らされていたようで「いつでも遊びに来て下さい」と言われてしまった。



3日程祖父母の家で過ごした後帰宅すると、既に涼子は帰っていて海で遊んでいたのか真っ黒に日に焼けていた。


「鎌倉の海で遊んできたの?」

「鎌倉じゃ無くて湘南だよ、リュウ君が居ないからつまんなかったし、人が多すぎて泳げなかったのよ」


 海に行って泳ぐと言う感覚はなかったな、中学高校時代もしくは大学の頃まではそんなはしゃぎ方もしてたのかも知れがないが、もう何十年も海で泳いだ事なんて無い。


「来年は一緒に遊びに行けばいいよ、高校には無試験で入れそうだし二人で泳ぐのが恥ずかしいなら、甲斐や沙耶を誘っても良いし」

「そっか受験勉強しなくても良いのか、じゃあ今年の夏も遊び放題出来るね」


 私自身、中学高校で学んできた事が必ずしも役に立って来たとはと言い切れない、算数レベルの計算ならともかく、二次関数や微分積分を社会に出て一度でも使った事なんて無い。

 しかし基礎学力という物を学んでこなかった人間の、行き着く先も知っている、今じゃあ思い出したくも無いが、そういう掃き溜めにたむろする連中の多くが、中学の勉強どころか小学校で習う漢字すらまともに読めないのだ。


「私は宿題が残ってるから一緒に遊べないね、涼子は誰かと遊んでくると良いよ」「私も宿題やってなかった、リュウ君と一緒に勉強する」


 前言を翻して勉強すると約束してくれた、今日の所は帰ったばかりだし、明日からと言うことになり、ナゼダカ涼子の家で夕飯をごちそうになっている。

 涼子の母美智子は付属の話を聞きたそうにしていたので、夕食後涼子と浩助が夕食の後片付けを手伝っている間に、叔父から聞いた話を少しオブラートに包んで説明した。


「まだ涼子は付属に入学している訳もないので、浩助君が狙うのは中学受験と言うことになりますよね、それまでに涼子がインターハイで好成績を収めればひょっとしてと言う事らしいですよ。親子三代や四代通って初めてそういう枠に引っかかれるらしいですから、私や涼子の兄弟と言う事だけでは優先枠は難しいみたいです」

「やっぱり難しいわよね。私も無理に浩助を付属に通わすつもりは無いのよ、本心では。でも浩司さんのお義母さんが、姉弟なら同じ学校に通った方が良いって言い出して、お義母さん元々は東京の人だから、慶王に何か憧れみたいな物があるのかしら。お義兄さんの所は地元の学校に通わせて居るのに、私にそんな事言われてもどう仕様もないわよね」


 最後は愚痴を聞かされるハメになった、こんな話子供に聞かせるなよと思ったし、そう言えば涼子が死んだ後川上一家がどうなったか、記憶が不鮮明だ。

 ただ引っ越したような記憶も無いので、ずっと隣に住み続けては居たのだろう。涼子の弟浩助とは年も離れて居たので、涼子の死んだ後どういう生活を送って居たのかは知ろうともしなかった。


「私は涼子が部活で好成績を出すことを期待するしか無いって事ね、それなら応援してれば良いから気が楽かも。聡志くん変な事頼んでごめんなさいね、涼子も浩助も私の大切な子供達だから、二人共平等に守ってあげたかったの。実家の母から、涼子を養子に頂戴なんておかしなことを言われてたから、余計に焦って居たのかも」


 養子って何のことだと聞こうとした所で、皿洗いを終えた二人がお茶を持って戻ってきた。2人がリビングに居るので、美智子は会話を終わらせた。明日にでも涼子から直接聞けばいいかと思い、お茶を飲み干してから夕食の礼を述べて家に帰った。


「リュウ君走った方が早くない?」

「早いだろうけどそんなの不審者だよ、通報されるのも馬鹿らしいからこのまま自転車で行けば良いよ」


 涼子の家で夕飯をごちそうになったその日の晩、十和子から用意が終わったので明日、道場に来るよう電話が掛かってきた。

 それで今、涼子と二人で道場目指して自転車を漕いでいるのだが、2人ともママチャリに毛が生えた程度の自転車なので、私と涼子の力を支えるにはママチャリは役不足だった。


「リュウ君宿題って持ってきた?」

「ああ、うん、まあ、持ってきてたかな」


 昨日は宿題が終わってないなんて言う話をしたが、既に大半の宿題は終わらせて居た。まだ終わらせて居ない物は読書感想文と日記くらいのものなので、どちらも適当にでっち上げて提出するつもりでいる。


「涼子そう言えばさ鎌倉のお祖父ちゃんの家に行ってたって言ったでしょ、何か帰る理由でも有ったの?」


 流石に養子云々の話を直接聞ける程神経が分厚くないので、遠回しに聞いてみる事にした。


「お祖母ちゃんが寂しいからって言う理由だったみたい、お母さんの実家は鎌倉で和菓子屋さんをしてるんだけど、伯父さんにまだ子供が居ないから孫に会いたかったんだって」

「まだ居ないって涼子の伯父さん若いの?」

「お母さんの3つか4つ上だからリュウ君のお父さんと同じくらいだと思う」

「結婚は最近?」

「浩助が生まれた頃だったから6、7年前かな」


 私の父と同じ位だと40代中頃、奥さんの年齢次第だから結婚して6,7年子供が出来てないとなると難しいのかも知れない。


「その伯父さんが和菓子作りをしてるの?」

「伯父さんは学校の先生だよ、和菓子を作ってるのはお祖父ちゃんと伯父さんの奥さん、それにお店で働いてる人だよ」


 また難しい関係性だな、しかし涼子の伯父は教諭だったのか、それにしちゃあ涼子の成績はかなり厳し目な物だったが、伯父が勉強出来るからと言って姪が勉強出来る訳もないか。


「伯父さんが和菓子屋継がなかったんだね」

「伯父さん甘いもの苦手だから和菓子作りなんて無理だよ、伯父さんの奥さん未可子おばさんって言うんだけど、元々お祖父ちゃんの所でずっと働いてたんだって」


 菓子作りに不向きな息子が従業員と結婚して、店を継承してくれる所までは万々歳だったのだろう。まさか二人の間に子供が出来ないとは、考えもせず、跡継ぎの事で不安を覚えたのでは無いだろうか。

 これで息子が菓子作りをしていたなら、離縁して若い女と再婚と言うことも取り沙汰されたのかも知れないが、菓子作りの継承者は嫁だ離婚なんて出来る訳がない。     

 姑としては身内から、次世代の後継者を早い内に確保して、安心したいのだろうが涼子が和菓子作りに向いているとは思えない。


「涼子のお母さんって和菓子作れる感じ?」

「料理は上手だけど和菓子を作ってる所は見たこと無いよ。リュウ君が食べてみたいなら私が作ろうか、簡単な和菓子の作り方ならお祖父ちゃんに教えてもらったから作れるよ」

「甘いものは苦手だから遠慮しとく」


 既に和菓子の作り方まで習得していたか、それなら涼子の祖父母が期待する気持ちも分からなくはない、基本的に涼子は勉強以外の実践には器用にこなすタイプだ。   

 この先の未来があんな事にならないのであれば、和菓子作りの道に進む事を応援出来たのだが、今はとにかく強くなる道を模索しなければならない。


 涼子と話している間に明星家の道場に到着した、ママチャリでもかなりの速度を出して居たようだ。

 改装が終わり、今でと変わった所は一目瞭然、庭にテレビで見るような試し切り用の藁人形が並べてあった。


 緊張しながら道場の門を叩いて中に入る、既に十和子が一人道場の真ん中で正座で瞑目して座っている。十和子の脇には日本刀らしきものが置かれていて、うかつに話しかけられる雰囲気では無かったが、何時もの如く涼子が道場に入って一礼し神棚にも一礼すると、元気よく十和子に挨拶していた。


「十和子先生おはよう御座います」

「はいおはよう御座います涼子さん、いつも通りの平常心で大変結構です。聡志さんも緊張なさらないで座って下さい」


 私と涼子が十和子の指示に従って道場の床に正座で座ると、十和子から日本刀をそれぞれ一振りずつ手渡される、こんな状況下に平常心で居られるような中学生、恐ろしくてお近づきに成りたくない物だ。


「お二人に渡した打刀は木花咲耶流で使う2尺の刀です、その刀はお二人に使ってもらう為に拵えた物です、遠慮なさらず手足の延長のように使って下さい」


 刃物を扱うのはこれが最初というは訳では無いが、やはり緊張するものだ。手足のように使えと言われてでも、何が何だかサッパリわからない。手間取っている私に比べ、涼子はあっさりと打刀を鞘から引き抜くと、軽く振るって見せた。


「十和子先生この刀短くないですか」

「はいそのとおりです、本来の打刀は2尺2寸3分から8分の物が殆どです。女人向けに伝承されてきた木花咲耶流は、その性質上他の流派より短い物を使います。基本の技が他流派とは異なりますが、今の世で他流試合もあるはずも有りませんので、剣術を学ぶ理由は各々が心の内で見つけて下さい」


 十和子の言いたい意味はわかるが、私と涼子はその戦う術というものを身に着けたいのだ、モチベーションなんて温臭い事を気にしている余裕はない。


「刀の持ち方抜き方収め方、抜身を持っての移動の仕方、まずはこの4点を覚える所から始めます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る