第27話「関東大会」

 盆明けの25日関東大会が東京の武道館で行われた、参加者は各県2人から4人の代表が男女それぞれ集まっている。千葉県からは男子は私だけ、女子は涼子と千葉佐奈江と言う3年の女生徒で涼子と決勝を戦った相手だが今日再び会うまで顔と名前が一致しなかった。その千葉がまさか再び涼子と関東大会での決勝の相手になるとは思いもしなかった。

男子の代表戦は私と東京代表の田沼と言う3年それに埼玉の興津と言う3人で全国大会に出場するらしい。決勝は私と田沼で戦ったが一瞬で勝負は決した、田沼と鳥羽上達也と比べた時に達也の方が強いと感じた。やはり他府県でも本当の強豪校は関東大会を事態していたらしいので大会のレベル事態そう高いものでは無かっようだ。トーナメントの仕組み上仕方のない事だが準決勝で当たった興津の方がやり難い相手では有った。その興津は3位決定戦で勝ち残った事で関東代表の座を射止めている。


「おめでとう御座います聡志さんまた千葉さんと涼子さんとの決勝になりましたね」


 私に話しかけて来ているのは応援に駆けつけてくれた美奈子で本日十和子の観戦は無かった。


「そうですね、これで女子は千葉が二名関東代表って事になるんですかね」

「そう言う事になるのでしょうね。聡志さんの目から見て二人の差は詰まってたのでしょうかそれとも更に開いたのでしょうか」


 盆明けから始まった地獄の日々で涼子は確実に成長している、それはもはや十和子がどうこう言う次元では無く確実に女子剣道会で上から数えた方が早いと言う技量をも身につけて居る。にわか剣道で戦った千葉県の県大会とは物が違う、以前のような力任せの試合を観る事は無いと確信していた。


「見てれば分かると思います、私程度の実力では涼子の事を評価出来る立場に有りません」

「関東大会の覇者である聡志さんがですか」


 その後すぐに女子の決勝が始まった、開始数秒で涼子の面打ちが決まったが千葉はキョトンとしているだけでなにが起こったのか理解はしていないようだ。あんな神速とも呼べる動きに対応出来る女子中学生なんて存在する物かよ、審判に即されて開始線に戻って二本目が始まったがやはり一瞬で勝負が終わってしまった。


「強いですね」

「そうですね」

「聡志さんが涼子さんと本気で戦ったら勝てますか」

「無理ですね、今の涼子に勝てる中学生が居るとは思えません、それは男子全員をも含めてです」


 中学生なんて物じゃ無く高校大学社会人を含めても勝てる人間は居ないだろう、既に人の限界を超えて居るもし仮に涼子が100mを全力で疾走すれば10秒の壁所では無く9秒をも超えられそうだ。


「涼子さんなら全日本選手権でいずれ優勝出来るかも知れません」

「女子は18歳からでしたっけ」

「そうです、高校在学中にも参加する事が出来ますから最年少優勝も夢ではなのかも知れませんね」


 年齢制限さえ無ければ今すぐにでも全国制覇出来るだろう、私の方は多分無理だ剣道のルールで戦って上位者に勝てるようになるためにはまだまだ時間が掛かる。


「十和子師範はやっぱり選手権で活躍されてたんですか」

「そう聞いてます、私はとても母の教えについていけませんでしたので素直に聡志さんと涼子さんはすごいなって思っているんですよ」


 十和子の本性を知った今となってはその言葉の重みを充分に理解出来る、美奈子が何時頃十和子の薫陶を受けたのかは知らないが普通の少女が受け止めきれる訳がない。今から一緒に学び直しませんかとは口が裂けても言葉に出来なかった。


「そうですか・・・」


 表彰が終わるとマスコミからのインタビューに答える、マスコミと言ったってテレビやラジオでは無く新聞社のそれも地方欄担当記者との雑談のような受け答えだったがどうやら紙面に乗るようだ。取材が終わり帰り支度をしていた頃コスモが私と涼子の元に顔を出してくれた、試合も見ていたようで興奮した様子で讃えてくれた。コスモから聞いた話では後藤は無事出産を終え女の子を生んだらしい、後藤とはあれ以来連絡も取ってなかったので生まれたんだと言う感想しか無かったがコスモにおめでとうと伝えてくれと言付けを頼んだ。

 関東大会が終わると直ぐに夏休みが明けて2学期が始まった、登校初日校門に入ると同時に垂れ幕に私の名前と涼子の名前を見つけうんざりした。垂れ幕には祝関東大会優勝おめでとうと書かれて居るのだが部活動でも無い個人の活動で学校側が無駄な予算を使うものだと呆れた。案の定教室に入ると私と涼子二人が囲まれたが騒ぎになったのは登校初日だけで明くる日からは文化祭の練習でそれどころの話では無くなったのだ。


「出番が増えてるんだけどどう言うことなのかな」


 一言二言だったセリフもかなり増えて居てモブ役だった私の役目はいつの間にやら主要人物の一人に格上げされていたのだ。


「ごめんなさい聡志君」


 私の問い掛けに謝っているのは真由美の下で脚本を担当していた西村さゆりと言う女生徒で私は名前と顔くらしか知らない。真由美とは仲が良さそうなので私の知らない交友関係があるのだろうなと言う感想しか無い。


「私から説明するからさゆりは脚本の直しに集中してて」


 真由美に手を引かれ他の生徒が居ない場所へと連れて行かれて事情の説明を受けた。


「宮沢君は知ってるわよね」

「ガッツの友達の宮沢正治君だっけ野球部のエースだって話は聞いてるけどそれ以上の事は知らないかな」

「それだけ知ってれば充分よ」


 宮沢正治はいわゆるリア充って奴でバレンタインにもらったラブレターとチョコの包装紙でゴミ箱がいっぱいになる男と噂されているモテ男だ。今回の演劇でも主要人物中の主要人部役で主役じゃ無いのは女性主役であるためでそれでも話の根幹に関わる役だ。


「県予選で準決勝までうちの野球部が勝ち進んでたの知ってる?」

「初耳だけど」

「気の早い校長が関東大会出場の垂れ幕を発注したんだけど残念なことに準決勝で負けて得失点差って言うの?それで関東大会には出られなくなったの」


 あの垂れ幕は余り物かよ、予算も無いだろうにどうしてだと言う疑問が有ったのだがこれで理由は解決した。


「それ出番の出代に関わって来る話なの?」

「うちの学校全く野球部には期待されてなかったの、それが宮沢君の好投で一躍秋の新人戦の優勝候補筆頭に繰り上がって当人はもちろん野球部全体が浮かれてて朝練は勿論昼休みも放課後もずっと練習をしてるからクラスの演劇に集中出来ないんだそうよ」

「私だって全国大会が迫ってるんだけどな」


 剣道の個人戦全国大会は秋の国体でトーナメント戦を行う事で話がまとまったらしい、そのしらせはうちじゃ無くて十和子の所に回ってきた話なので口外しないよう口止めされてはいる。


「まさかと思うけど聡志まで配慮してくれなんて言わないわよね」

「そんな事は言わないけどやっぱ野球部って優遇されてるんだね」


 野球部が活躍していた記憶なんて無いのだがセレクションで高校に入学したのはガッツ以外に誰か居ただろうか、宮沢とは本来の中学時代では同じクラスになってなかったら本当に知らないのだ、宮沢が新人戦で前評判通りの活躍をしてたなら私の耳にも入ってきていた筈なのだが。


「見に行って見る?宮沢ガールがグランドを取り囲んでいるけど」

「宮沢ガール?」

「そうファンの女の子達ね3年も居るって話よ」


 俺が驚いたのはそのバブル感満載の呼び方だったのだが真由美は勘違いしたらしい、私もどんな状況になっているのか興味本位で覗きに行く事にした。昇降口で下足に履き替えてグランドに移動すると確かに宮沢ガール達が囲って居る、ニヤケ顔が止まらない私の脇腹を真由美がツネって注意する。


「小川さんにサトチンこれみてよ俺レギュラーに選ばれたんじゃんかよ」


 グランド前バックネット裏に移動すると目ざとく私と真由美を見つけたガッツが近寄って来て背番号付きのユニフォームを着ている。


「夏の大会大活躍だったらしいね」

「サトチンこそ関東大会で優勝したんじゃん、そっちの方がすげーよ。それで今日はどした?」

「噂の宮沢ガールを見学に来たんだけど期待のエースは何処に居るわけ?」

「いま外周を走ってる。ピッチャーは足腰が重要だって野生のゴリが張り切って自転車で追いかけてるけどオーバーペースじゃ無いかって心配じゃん」


 聞けば毎日20キロ走らされてしかも投球数も200を超えるらしい、そんな事をすれば壊れない方がおかしいだろう、矢野も一応甲子園出場選手らしいがどうせベンチ要員だろうそうじゃなきゃ公立の中学教師なんてしない、いや矢野の目当ては女子中学生だから経歴とか全く関係ないのか。


「あっ帰ってきた」


ガールズから黄色い歓声が上がって宮沢が爽やかに登場する、私と真由美があっけに取られて居た所に宮沢が近づいて来て話しかけて来た。


「小川さん聡志文化祭の準備手伝えなくて悪い」

「劇の事は良いのだけど・・・そんなに汗だくだけど大丈夫なの」

「矢野監督の指示通りだから大丈夫だよ、あの人ああ見えて甲子園のグランドに立った人だし」


 過信し過ぎはどうかと思うな、奴の頭の中ではどうにかガールズを食ってやろうと虎視眈々と狙っているのでは無かろうか、そのため宮沢を必要以上に指導しているのかも知れない。


「この後実践形式でバッピーするんだけど聡志打って行かない、全国大会決まってる聡志に文化祭で負担かけちゃうからバッティングセンター気分でどうかな」

「嬉しいけどボールが前に飛ばないと練習にならないんじゃない?」

「10球だけだから軽い気持ちで頼むよ」


 おかしな話になりだしたぞ、そもそも私は野球が下手だテニスだって上手くなかったし球技系のスポーツに向いてないのかもしれない、でも噂の宮沢の球を見てみたいと言う気持ちが勝って打席に立つ事にした。


「じゃあ行くよ」


 へっぴり腰の私が打席に入ると練習投球なしでいきなり宮沢がストレートを投げた、アレが噂に聞く棒球って奴だろうか初心者相手にとは言え流石にこれなら私でも打てるだろう。

ボールを引きつけ腕力でバットを振るうとボールに当たって球はグランドの隅を超え無人のテニスコートへと吸い込まれて行った。がっくりと肩を落とし膝を付いた宮沢の周りに内野陣が集まって俺の元にはガッツがやってきた。


「サトチン野球経験が・・・ある訳ないよなあんなスイングじゃ。なんであんなフリでボールが場外まで運ばれるのか驚き過ぎて声も出せなかったじゃんよ」

「宮沢が項垂れてるけどアレって本気じゃ無いんでしょ」

「本調子が無いけど本気じゃんか、正治の球を外野に飛ばせるのなんてうちの野球部には居ないし」


 しまったレベル補正と未来予知の結果か、金属バットに焦げ跡のような物もあるしあの軟球が無事だと良いのだが。


「練習のやり過ぎじゃないのか、素人の私にボールがバットに当たったのは偶々だとして球威が無いのは疲れのせいだよきっと。適当に休みながらやった方が良いじゃないかって宮沢に伝えといてよ。私達は教室に戻るから」

「了解」


 その後落ち込んでいた宮沢がどうしたかと言えば両親に不調を伝えると整形外科へと連れて行かれ検査の結果再起不能一歩手前まで披露が蓄積されて居たらしい。宮沢自身は1周間程療養して学校に戻ってきたのだが野生のゴリラ事矢野は1週間学校を休んでそのまま退職していった。矢野が辞めさせられた理由は勿論宮沢の両親の抗議も効いていたのだが一番の理由はそんな事だろうと思っていたガールズに対するセクハラ容疑だった、詳しい話はわからないのだが実際に矢野が行っていた行為はセクハラという単語では済まされない行為で警察沙汰にこそならなかったが私達が矢野に会うことは二度と無さそうな結果に終わった。

しかし本来なら刑事事件として立件され懲役まで食らっていた矢野が野に放たれて自由に行動して行くことに一抹の不安を覚える。


「小川さんごめん勝手な申し出何だけど演劇に参加させて貰えないかな、何かやってないと落ち着かなくて」


 宮沢のリハビリは続いている投球なんかはかなり制限されて居て打ち込む物が欲しいのだろう、勉強に打ち込むのが学生の本文だがそんな事出来る奴なんて何人居る事だか。


「元通りって訳には行かないけどそれでも良い?」

「勿論」


 脚本担当の西村さゆりが頑張って直しては居たがそこは素人の悲しさセリフを弄ると物語の整合性が取れなくなって四苦八苦している。頼人に頼りたい所だが彼はまだ作家志望だと言うことを表立って公言していないので私や真由美が頼みに行くことは不自然すぎる。まだ文化祭まで日があるんだ焦る必要なんて無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る