第24話「コスモ商館」
「広くなったね」
「たぶん建物の大きさは変わってないと思うけど」
コスモが作り替えた商店に入ってみた、建物の正面入り口にカウンターが有って、あそこには本来受付嬢が並んで買取や小規模な販売を行うのだろう。エントランス風の広間には大きなテーブル席が有り、商談に来た商人が座って順番を待つのだろうか。
奥の部屋には個室が並び、そこで重要な商談が行われる、個室に案内されないようでは商人として大成出来ない。一番奥の部屋は従業員の為の休憩室だろうか、生活感がりここまで再現する必要があるのか、と疑問に思えた。
トイレは一階に2か所存在した、どちらも洋式で少しクラシックな陶器製ではあったが使用には耐えそうだ。
一階に風呂場とシャワールームは無かったので、二階に上がる。
二階は宿泊するための個室が並び、宿泊者のランクによって部屋の質も変わっているようだ。最上級の部屋には複数の寝室と個別のトイレはもちろん風呂場まで完備されていた。
私たちが入った風呂はこの個室の部屋ではなく、なぜ商館に存在するのかと疑問に思うほど立派な大浴場に、男女別れて入る事になった。
「このお湯どこから来たのかな」
「温泉か地下水を沸かした物だろうね、ここには水道は来てなかったから」
電気は使えるらしい、元の小屋に電気が使われて居た為だろうか、水道水は地下水を使った物だと思うが確証は無い。
水質検査をしていないので、飲用するのは辞めて置いた方が良さそうだ。外構を確認すると排水処理は浄化槽でおこなれている、元の小屋が何時建てられた物なのかは分からないが単独浄化槽が埋められて居たらしい。
浄化槽に本来必要な年一回のメンテナンスは、行われて居無さそうなので、使用頻度が高くなれば掃除と消毒薬を入れて置いた方が良さそうだ。
「このままずっと沸かしぱなしなのかな」
「それはコスモ君のスキル次第なんだろうね、元の建物にボイラーなんて無かったと思うし、コスモ君自身でもわからないのかな」
「うん、判るのはこの拠点は商会員なら誰でも利用できて合言葉を唱えると玄関前に移動できるって事くらいだよ」
「移動できるってどこから?」
「何処に居ても移動できるんだって、ダンジョンの中からでも拠点には飛べるみたい」
「それって例えば北海道からでも瞬間移動できるって事なのかな」
「うん、そうみたい。地球の反対からでもひとっ飛びだって」
電車賃が節約できラッキー、どころの話じゃないぞこれは、瞬間移動の使いようによっちゃ簡単に密輸ができる。
法的にまずい物じゃなくても、例えば金を輸入すると普通なら税金がかかるが、それを丸々無視して運び込めるって言う話だ。しかしそんな真似をすれば出国した記録はあるが入国の記録が無いので、後から問題になりそうだから実現は難しいのか。
だが飛んだ場所に戻れる機能が有れば、問題は解決出来るからコスモに出来るのか聞いてみた、そこまで便利な機能は無いらしい。
「分かんないから無いと思う」
「さっき商会員って言ってたけど、私と涼子はその商会員って事なんだよね」
「うん僕から商品を買ってくれたし、ゴブリンとホブゴブリンの素材を納入してくれたから、聡志お兄ちゃんは最上位メンバーだよ」
私だけが最上位の商会員で、涼子は違うのかと思ったが口には出さないでいた。
「使用料とか必要ないの?」
「だってここ涼子お姉ちゃんのお家の土地なんでしょ、僕は間借りしてる店子だからお姉ちゃんに賃料を払わないと駄目なんだよ」
「詳しいね」
「うん。パパのお仕事でマンションを買う時に賃料を払ってない店子は簡単に追い出せるけど、居座り屋が賃料払い続けてる物件は難しいっていつも言ってるからね」
コスモ君の親父さんひょっとして地上げ屋でもやっているのか、この先バブルが崩壊したらコスモの生活水準が下がりかねない、会って話したく無いタイプの大人だが近いうちにコスモ君の家族に接触する必要が出てくるかもしれない。
私はコスモを、生き残る為の仲間に引き入れる気満々だったから、多少の面倒ごとでも積極的に首を突っ込まない訳にはいかない。
この拠点ひとつをとってみても十分にその価値がある。
我ながら自己都合優先で、特段コスモの親父を更生させような気はさらさらない、コスモの母親が離婚してそれで解決するならば、手っ取り早く別れさせるのも良いかなんて考えている。自分自身が情けないとは思うのだが・・・残された時間は有効に使わなければ生き残れない。
「お兄ちゃんは新しい力に目覚めなかったの?」
「目覚めたって言えば目覚めたんだけどね、それがどういう効果がある力なのかはまだわからないかな」
「そうなんだ僕の鑑定で分からないかな」
「今はまだ使う気も無いからいいよ、今日は疲れたし風呂から上がったらコスモ君を学校まで送って行かないとね」
私の得た賢者のスキル名前は『言語の加護』と言うものだった、まさか奴らと交渉しろなんて事言わないよな。
奴らが独自の言語で会話し意思疎通を行っているのではないか、という話は早い段階で予測されたが、私が逃亡生活を送って居る中で会話に成功したと言う話は聞いた事が無かった。
仮に会話が成立したとしても、人間を食う奴らとの会話なんてぞっとしないし取り持つ気も無い。
「涼子お姉ちゃんも新しい力を貰ったのかな」
「どうだろうね」
ゆっくりとしすぎて逆上せ気味で長風呂になった、女風呂に一人入っていた涼子の方は早々に風呂から上がり、私が購入していた微妙なセンスの防刃服に着替えている。
元から来ていた服の言い訳を、涼子の母親になんと説明すれば良いのか、頭の痛い話なので、どうにか血汚れだけは落としたかった。
「二人とも男の子なのに遅いよ、レディーを待たせちゃダメだって教わらなかった?」
私とコスモが揃って頭を下げて謝ると、涼子の機嫌も若干持ち直した。私たちが風呂から上がる前、建物の探検をしていた涼子は、私とコスモをまだ入った事の無い部屋へと手を引いて連れて行った。
「コスモ君ここは図書室って事になるのかな」
「分かんない、ここに置いて有る本って涼子お姉ちゃんの家の本じゃないの?僕外国語の本なんて初めて見たよ」
「お祖父ちゃん小屋の中に本なんておいておかないと思うよ、もう何年も小屋の中には入って無いって言ってたし価値のある物は全部持って出たって」
コスモが外国の本と間違えたのその本のタイトルは魔法辞典だった、私はその本を開くと最初のページから読み進める。
そこには、魔法の成り立ちや使い方種類等が細かく分類され、魔法を使える人間には特殊な才能が必要で、攻撃魔法を使える人間は攻撃魔法だけ、回復魔法を使える人間は回復魔法だけ、補助魔法を使える人間は補助魔法だけと、それぞれ才能が分かれて居る物だと記述されていた。
ただし神から特別な力を与えられた者だけは別で、複数の種類の魔法を使う事ができる、私の賢者と言うジョブはその特別な力を持った人間と言う事になる。
この本が書かれた世界では、過去に数人しか賢者は現れなかったと記載されていた。
「リュウ君読めるの?」
「・・・読める・・・ような気がする。内容はなんとなく理解できるんだけどそれがどういう文節や文脈それに文法なんかはお手上げだよ。再現して書けと言われても絶対無理なんだけど・・・内容だけが頭に直接入ってくる気がするんだ」
試しに、この異世界語らしき文章を日本語のあいさつ文を参考に記述しようとした、指が勝手に動いて文章らしき物を書きなぐっているのだが、私はその文章の構成をまるっきり理解してない、手癖で文字が書き紡がれて居るだけなのだ。
「それってダンジョン世界の文字って事なの?」
「さあどうだろ、ここを生み出したコスモ君の方が詳しいくないとおかしいんだけど、私もこの文字を読みこなせている訳じゃないから判断できないかな」
言語の加護か、この文字を使っている連中が居たとしても、それは奴らではないだろう。ゴブリンにしろホブゴブリンにしろ、筆記用具を使って文字を書けるような手の構造になっていない、もし書けるとしたってもっと大きな字になるはずだ。
「異世界の住人が居るのかな、エルフとかドワーフとかそう言うの」
少なくとも私は見たことが無いがどこかには居るのかも知れない、そのどこかと言うのはダンジョンの中と言う意味ではなく、どこか別の世界でと言う意味でだが。
「図書室はもう十分見たでしょ次は台所を見に行きましょ、ここで私がリュウ君の為においしいご飯を作りますからね」
怪しい本や異世界人に興味の無い涼子は私たちを次の部屋へと連れて行った、そこは台所と呼ぶにはあまりに殺風景で水道の他には調理器具は竈しかなかった。
しかし、カセットコンロか電気コンロを持ち込んだら、簡単な料理くらいは出来そうだ。
建物を一通り見回ってから、私はあの魔法書に書かれていた魔法を一つ試した。それは汚れを落とすための魔法で、3系統の魔法のどれでもない生活魔法と呼ばれる物らしい。
『クリーニング』
分かりやすい発動の言葉で魔力を流すと、血だらけだった衣服が綺麗になった、ただ生地のほつれなんかはそのままなので、クリーニングの魔法で直す事は出来ないらしい。
「うわーありがとうリュウ君、こっちの服に着替えてくるね」
俺も同じく着替えるために個室に入った、上等そうな部屋3室を私と涼子とコスモの部屋と決めこれからは使っていく取り決めをした。
「じゃあコスモ君の学校に向かおうか」
着替え終わった私たちは、忘れ物が無い事を確認するとm商館に鍵を掛けて移動しうようとした。
「元の小屋になっちゃったね」
「鍵の所為?」
私の口は開きっぱなしになってしまった、鍵を閉めたとたんコスモ商館が元の山小屋に戻ったのだ。
涼子が試しにと鍵を開けるとコスモ商館が現れる、私は涼子から鍵を見せてもらったが、それは最初に涼子が使っていた鍵とは全く別物で有る事に一目で気づいた。
「魔法の鍵にでも変わったのかな、コスモ君鑑定できるかやってみて」
コスモが鑑定を使う前に私ももちろん試していた、私が見えたのはコスモ商館の鍵と言うごくごく当たり前の説明文だった。
「召喚キーって書いて有って商館を呼び出せるんだって。鍵のスペアは3本って書いて有る、あっアイテムボックスに入ってたよ」
コスモ君からスペアキーの内一本を私がもらった、コスモ商館同盟の盟主はコスモで次席は私で三席が涼子、ただし元の建物が涼子の祖父の建物だと言う事でマスターキーは涼子預かりという事になった。
元の山小屋に戻った事で安心して小屋を離れられる、行きは負ぶらないと着いてこれなかったコスモだったが、レベルが上がった事で歩くペースは私や涼子に着いてこられるまで成長していた。
「運動会や球技大会で、本気を出す前に手加減してから始めないとまずい事になるかも、その理由は判るよね」
「うんでもいじめっ子に反撃したら駄目かな」
「それは良いんじゃない、でも大人の目の届かない所でやらないとややこしい事になるかも。クラスにいじめっ子が居るのかい?」
「うーうん、うちのクラスじゃ無いけど大内って子」
どうもその大内は親の権力を笠に着て小狡い悪さを学内で行なって居るらしい、あんな私立の名門校でも、そんな事が起こって教員が見て見ぬふりをするのかとがっかりした。
子供の悪さなんて大人の目からすると一目瞭然だろうに嫌な話を聞いた。
「何か行動する前に私に連絡してくれるかな、何か力になれるかもしれないから」「うんそうする」
霊園からバスに乗って今度は横浜行の電車に乗り換える、コスモの通う付属初等部はこの時代とは言えセキュリティーがしっかりしていて、部外者の私たちが入る事は出来なかった。
「聡志お兄ちゃんレベル上げするときには連絡してね」
「お盆までは動けそうにないけど、盆明けに一度は連絡するから、コスモ君も一人でレベル上げしようなんて考えちゃ駄目だよ」
「うん判った」
学校の前で別れると、私と涼子は駅に向かって歩き出し千葉行の電車に乗った、帰りは特急ではなく通勤快速に乗り込んだ。座る場所も無かったし、電車内で会話できる雰囲気でも無かったので無言だ。
千葉駅に到着したころには僅かに日が落ちて、夕方と呼べる時間になったがまだ外は明るい。
涼子からどこかで話したいと言われたので、喫茶店に誘い涼子の話を聞く事になった。
「私ね新しいスキルを覚えたんだけどなんだと思う」
当ててみてという男女の会話か、こんな話を涼子とするようになるなんて、思いもしなかったな。
こういう時、適当に返事を返すと碌なことにならないのは、経験上わきまえている。
「勇者のスキルなんだから電撃系の魔法か全体回復魔法とかかな」
某有名タイトルのRPGだと、なぜかその二つが勇者固有の魔法として設定してあった、剣での攻撃が最大ダメージである勇者には、その両方共に空気のような存在に成り下がるのだが。
「勇者ってそんな魔法が使えるのが普通なの?」
「まあ私の知ってるゲームならね」
「私が覚えたスキルは移動魔法だよ、登録されたダンジョンの入り口まで運んでくれるんだって」
ああそう言えば、そんな魔法も設定されていたが、あのゲームでは魔法職なら大抵使えたから勇者専用では無かったかも。
「それって涼子一人しか移動できないの?それとも仲間全員を移動させられるのかな」
「試してみないと分かんないから今から試してみない?自宅前も登録されてるから帰れるよ」
自宅前に突然姿を現したら不審に思われないか、まさか相手も瞬間移動してきたなんて考えはしないだろうけど、それでも変だとは感じるはずだ。
中には常識に囚われず騒ぎ立てる輩も出て来そうだから、ダンジョンの入り口に飛ぶのとは、リスクの高さが違いすぎる。
「家の前に誰かいたらどうなる?」
「分かんないけど大丈夫だと思う、何でって聞かれても答えられ無いんだけど、スキルがどうにかしてくれる予感がするの」
それは涼子の直感なのか、スキルが教えてくれる答えなのかはわからないが、いざという時使えないのでは話にならない。夏休みとは言え、平日の夕方家の前なんて人通りも少ないのだ、試すには丁度良いかもしれない。
さすがに喫茶店から飛ぶのは無理、と言う事で会計を済ますと喫茶店から出て、近くの家電量販店に入ると非常階段へと移動した。
街中の死角で有る非常階段前には人がおらず、ごく稀に学生カップルが中でいちゃついている場面に遭遇する事もあるのだが、今回は何事もなく無人の非常階段に出られた。
「いける場所は自宅と新宿ダンジョンそれに鎌倉ダンジョン、神無山ダンジョンは攻略しちゃったけど飛べるの?」
「カンナ山も候補には入ってるみたいよ、先にカンナ山を試す?あそこだと本当に人通りは無いと思うし」
「自宅前に飛んでみよ、それで今後移動のスキルが使えるか控えなきゃダメなのかが判明するから」
「うん判ったじゃあ飛ぶね」
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