第11話「梅雨入り前の中間考査」

 学業の本分である定期考査が迫ってきていた、私は二度目の授業なので相当有利であることは否めないのだが逃亡生活中は活字に触れる事も少なく、しかも大学を卒業すると同時に文章入力はパソコンで行って居たためか、小学生レベルで覚える漢字すらマトモに書けなく成っていた。

 やむをえず今更ながら漢字ドリルを繰り返すはめに陥っていた。


「リュウ君一緒に勉強しようよ」


 涼子が勉強会を誘ってくるのだがそんなのは建前で一緒にいるといちゃついて勉強になりはしない、こんなのは一人で黙々とこなすことが近道だと改めて実感した。


「漢字の書き取りが終わったら、遊んであげるからそれまでは一人で勉強しててよ」

「一人だと遊んじゃってだめだから一緒に勉強しよって誘ってるの。一緒の高校行けなかったらリュウ君だって嫌でしょ」


 一緒の高校って思い返すと涼子の学力ってどの程度あるのか知らない、前回の世界では中2で死んだ涼子は高校を受験していない。定期テストの結果を聞かされた覚えもあるのだが、そんな事ははるか昔だここいらで学力を確認しておいたほうがいいかも知れない。


「涼子って櫻東は受けられそうな感じ?」


 櫻ヶ丘東高等学校通称櫻東、私の母校で県下では2番手の公立進学校だ、卒業生の半分は公立大学もう半分は関東の私学に進んで行く。

 東大京大は数年に一人レベルで良くも悪くもまじめな学生が通う学校だと言われている場所も東兼からひとつ隣の街にあり、私や涼子の家からだと自転車で30分ほどかければ通学できる。


「ちょっと無理かな」

「じゃあ西校」


 東兼西高等学校東兼市内の西の端にある学校で、隣町の櫻東よりも遠く通学するためにはバスを使わなければならない。偏差値的には50前後とぎりぎり進学校と呼べなくも無い高校だが、卒業生の半分は専門学校に進学する、部活動が盛んな学校でも有り私の両親がぎりぎり進学を許せるのがこの西校だ。


「猛勉強すれば何とか」

「どこが本命なのさ」

「東女・・・」

「女子校なんて私が行けるわけ無いじゃん、高校は別の学校にいくしかないね」


 東亜女子短期大学付属高校、私立の学校で高等部には看護科、商業科、家庭科の3科が有り当然看護科のレベルが一番高い。一番レベルが高い看護科でも県下では下から数えた方が早い学校で、突然今年から共学になったとしても私が進学する事は無いであろう。


「じゃあさじゃあ、落葉工業は」

「工業高校を受けるなら横浜高専にするよ、志郎君も進学した感じの良い学校だったし」

「無理無理無理無理、理系なんて無理」


 落葉工業も理系なのではと思うのだが、あそこは学科によってレベルの差が激しい、ただ女子が通っているのは建築学科と工業デザインしかいなかったが、どちらも西校より偏差値は高かったはずだ。


「わかっただったら特待生を狙うしかないね推薦がある私立に絞ろう、剣道の大会に出て優勝したら誘いが来るでしょ」

「剣道の強い学校なんて県内に有ったかな」

「そんなの東京でも良いでしょ、志郎君が行った横浜よりはだいぶ近いし」


 東京なら剣道の強豪高校もあるだろう、ただそんな学校は男子校がほとんどだと思うがやる気をそぐことも無い、最近は強くなりすぎていて鍛錬に手を抜いていることが感じ取れるから。

 それでも師範の攻撃をかすりもせずよけられる涼子は、町道場のレベルを超えてしまっているのだろう。

 押し切られる形で一緒に勉強会を開いたのだが結果は懸念したとおりで涼子の会話につき合わさることなり夜にまた一人で勉強する事になった。


 テスト前の短縮授業期間に真由美の提案で勉強会を開くことになった、場所は真由美の実家小川医院の敷地内参加者は私、甲斐、涼子、沙耶、香代、頼人に真由美を加えた7人ここで久しぶりに沙耶とまともに会話をする事になった。


「聡志君お姉ちゃんが遊びに来てくれなくて寂しがってるよ」

「剣道を始めたからなかなか忙しくてさ、由希子さんには沙耶からよろしく言っといてよ」

「そんな話は後後、今は少しでも内点上げて推薦もらえるようにしないと駄目なんだから」


 私と沙耶との話を遮って涼子が勉強を促してくる、進学先に危機感を抱いたようでここ数日はまじめに勉強していたようだ。


「涼子ちゃん行きたい学校決まったの?」


 沙耶が涼子に尋ねると、涼子から意外な学校の名前が挙がった。


「慶王付属にリュウ君と一緒に行くんだ」

「おいおいまてまて、慶王なんてどこからそんな話が出て来たんだ?」


 慶王大学付属高等部千葉高、名門慶王大学の付属高校で県下一番の難関校偏差値は70を超え涼子は当然私も受ける事すらおこがましい学校だった。


「十和子先生が大会で優勝したら推薦してくれるって約束してくれたの、リュウ君も慶王なら良いでしょ」

「入れたら最高だけど私の学力じゃだいぶ厳しいよ、うちの学校から付属に入った人っていないんじゃないの」


 慶王の話でしばらく盛り上がって居た所で、それまで静かに話を聴いていた頼人が語りだし始めた。


「10年くらい前に第一中から付属に入った人が居たらしいよ」

「へーぇどんな人なんだ?」


 興味が有るのか無いのか、甲斐が社交辞令のごとく誰だが聞いて居た、しかし私には該当する人物に心当たりがった。


「嘘か本当かは知らないけど休日は軍用車を乗り回して居て、普段はランボルギーニで畑を荒らしまわってるんだって」


 荒らしまわっている事意外はほぼ正解だろうさその人物が私のよくしるあの人なら、彼はランボルギーニで畑を耕しているのであって荒らしているわけではないからな。


「嘘くせー」

「やっぱりそう思うよね、僕もこんな話信じてないもの。ただこの話を教えてくれたのが近所のお兄さんでね、与太話なんてする人じゃないからもしかしてって思っただけなんだ」


 事実は小説よりも奇なり、近所のお兄さんってのが甚八の友人か知り合いなのではないだろうかしかし甚八が慶王か、とても慶王ボーイには見えないがそうなると彼は所謂3高ってやつになるのか高学歴高身長高収入、あやかりたいものだが真似はしたくないな。


「そろそろ始めましょっか、涼子さんは推薦狙いだとしても私も含めて他は試験に受からないといけないしね」


 真由美の冷静な突っ込みで勉強会は始まった、そこから2時間ほど机に向かって学習していたが涼子と甲斐の集中力が目に見えて切れてしまった。

 他の5人にしたって多かれ少なかれ集中力が落ちている、そろそろ一回休憩を挟んでも良い頃合だ。私が舵を取って休憩をと切り出す前に、山盛りのお菓子を持ってきた真由美の母真耶が部屋に入ってきた。


「皆さんそろそろ休憩はどうかしら、頭に当分を補給したほうが勉強も捗ると思うわよ」

「母さん入って来ないでって言ったのに、お茶とコップは私が運ぶから母さんはそのお盆を置いたら部屋から出て下さい」

「わかっているわよ、おばさんは早々に退散しますよ」


 感覚的には数十年ぶりに見る真由美の母真耶は微笑んでいた、最後に見た真耶は疲れ果てた表情だったが真由美の母親だけあって美しい女性だった。


「ご無沙汰してます」

「まあ聡志さんお久しぶりですね、もっと遊びにいらっしゃってくれれば良いのに」


 真由美と沙耶がコップと飲み物を取りに行ってる間、少し真耶と話したがやり直し中の世界では真由美はドロップアウトしていない、何がきっかけで彼女は落ちて行ったのかそれは真耶との会話では計れなかった。


「私もそろそろ学校を決めなきゃ駄目なんだよね」


 休憩中の会話は進学先の話へと揺り戻った、沙耶は姉ほど勉強が出来るわけではなく高校は西校に入り、甲斐は綾南工業の機械化だったので結局沙耶との恋愛は不発で終わった。

 真由美は公立高校の受験はボイコットし、私立の高校に入ったが二ヶ月もしない内に辞めたと聞かされた。真由美の学力で公立を選ぶとするなら、名門千葉高校か櫻東の二択だったろうから今、回は一緒の学校に行くことになるかも知れない。

 香代と頼人の高校は知らない、頼人本人の希望は東京の私立だが親は地元の公立を勧めているらしい。香代は半分高校選びはあきらめているようだ、親の転勤が中学在校中にもう一度有りそうだということでそうなるとどこの県に行くことになるかわからない。全寮制の学校も視野にして探すということだが、本人の希望としては頼人と同じく東京近郊の学校で探したいようだ。


「涼子の冗談は置いとくとして、聡志はどこの学校に行きたいんだ」

「無難に櫻東と言いたい所だけど少し心境の変化があってさ、千葉も視野に入れて幅広く探してみるつもり。慶王はかなり無謀っぽいけど行けるもんなら行ってみたいとも思うよ」


 慶王なら伝作りにはもってこいだ、学部を選ばなければ大学なら狙える。ただ学費が馬鹿高いし生活費だって必要だ、医学部に紀子が入ることを考えると資金を増やす方法も考えて行かなければならない。


「それりゃあ俺だって行けるなら行きたいとは思うけどよ、まあ無理じゃん」


 落葉工業が駄目で、綾南工業まで落とした甲斐には夢も希望も無いことはわかるが、二度目の中学生の私なら万が一ということも有りえる。記念受験を兼ねて受けてみるのも一興ではないか。


「身内に出身者がいると入りやすくなるみたいですどけ」

「俺の身内には居ないな、お袋は高卒だけど親父は中卒だって言ってたし」

「うちも居ないかな、叔父さんは慶王大学には行ってるけどそれじゃ駄目なんだよね」

「大学からじゃ駄目みたい」


 高等部でも弱くて初等部もしくは付属の幼稚園から通っている生粋の慶王っ子の推薦があれば考慮されると言う噂は私も聞いた事がある。


「聡志の叔父さん慶王かよやっぱ医者の身内ってすげーんだな」


 母方の叔父なので医者の身内と言うのは違う気がする、叔父は山師的なところが有って父の生き方とは剃りが合わなそうだが私はかわいがってもらった気がする。


「あら私の所も医師の家系なのだけど」

「真由美の叔父さん叔母さんもすごいのか」

「父も私と同じで一人っ子なのだから親族と言うと祖父の兄弟って事になるわね。学歴は知らないけど漁師をしていたから大学には行ってないんじゃないかしら。医者の身内と言ってもみんなと変わらないわよ」


 真由美の大叔父が漁師だった事は知っているが、所謂網元というやつで船団を抱えた大きな組織の長だ、漁業組合の組合長も勤めていたので数回役所関係の仕事で会ったことがある。私が20代の終り頃に亡くなってしまったが。


 進路の事で雑談していたがネタが尽きたころまた試験勉強に戻った、さらに二時間ほど勉強するとその日はお開きになり試験が始まる前々日まで勉強会は続いた。

 毎回真由美の家で行うのは悪いということになって、一度うちで行ったのだが紀子が邪魔しに来て集中できないということになり、やはり真由美の家で勉強会が続けられた。


 中間考査はあっけなく終わった、さすがにテストの内容は覚えて居なかったが、一度受けていた物だったから私はかなりの高得点をたたき出し、やっとやる気を出したかと鈴木に褒められてしまった。

 テスト明けの教室で話した内容を整理すると私、真由美、頼人の3人は学年でも上位の成績、香代と沙耶は中位、甲斐と涼子は下位と言う順だった。

 勉強会の成果か甲斐と涼子の順位は数十人単位で上がっていたようだが、それでも中位とは呼べない順位で進学先は予定調和で終わる気がする。だがこのまま成績が上がっていくと甲斐は希望していた落葉工業に合格することが出来るかも知れない、また一つ私の知っていた現実とこの世界の出来事が変わって行く。


 6月の終りごろ例年通り激しい雨が降り出して入梅する、海の近い東兼では海難事故や暴風雨で大荒れの天候になるのだが、そんなものは毎年の出来事なので気にしても居なかった。

 私の唯一の心配事は前の世界で夏休みに入ってすぐ涼子が死んだと言う事、あの時は死ぬ前日涼子は訳のわからない事を言い出して、そして私は何も出来なかったが今回はそれに備えて準備を重ねている。


 だが私と涼子の関係が変化したことにより、この世界ではあの会話がなされない可能性すらある、涼子の行動をそれとなく見張っていなければならないのだ。

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