第10話「新学期」
春休みが終わる直前、涼子に迷彩柄の防刃服と特殊警棒をプレゼントしたのだが、全く喜ばれなかった、どうせくれるなら私が使っているスポーツバッグの方が良いと言われてそれもそうだなと納得した。
新学年でのクラスは記憶だと2年5組で、2年の中では6組と一緒に3階の教室に配置されていた筈なのだが、クラスの振り分けを見ると何故か2年1組で担任は鈴木のまま持ち上がって居たので、作為的な物を感じずには居られなかった。
クラスメイトの中には甲斐と真由美が居て、ガッツにチョコを送った巨乳女子幸田香代も居るのだが、極めつけは涼子が私の隣に座っていると言う事実だろう。
座って居る席は仮の物で鈴木が顔を見せてから正式に決まるのだろうが、今は始業式が始まる僅かの時間を待つだけでフリータームを満喫している。
「沙耶だけが別のクラスか5組だから教室も遠いな」
本来のクラスメイトである沙耶だけが私達のグループから切り離されてしまった、気にしているのは甲斐だけなのだがそれを指摘する程子供では無かった。
「甲斐君は兎も角聡志君と一緒で良かった、知らない男子と話すのって疲れるのよね」
真由美とはホワイトデーの1件以来初めて会うのだが意外と普通に接してくれて居る、涼子が余計な事さえ話さなければ平和なクラス活動が行えそうだ。
「そういや川上と聡志って剣道始めたんだって、意外過ぎて驚きなんだけど」
「それを言うなら甲斐だって陸上だろ全くキャラじゃ無いじゃない」
甲斐が陸上を選択した理由は小学生時代の記録会が影響している、さして陸上に興味が無かった甲斐だが足が小学生としてはずば抜けて速かった。
それを顧問であり1年時の担任でもあった教師に知られており、強引に所属させられてしまったのだ。
「甲斐君も陸上部辞めて道場に来る?厳しく指導して上げるよ」
「川上にしごかれるなんて絶体嫌だからに遠慮しとくよ、それに今更部活を変わるつもりも無いしな後輩も入って来そうだし」
甲斐が本当に入りたかった部活はバレー部だろう、沙耶が女バレに入って居るからそのケツを追っかけたかったんだと思う比喩的表現だけでは無くビジュアル的にも。
「後輩ね、明後日だっけ入学式」
去年は入学する側だったが今年は新入生を受け入れる立場、だからこのクラスでも数人手伝いに駆り出されるのだろう。ちなみに5組だった世界では私は沙耶と供に入学式に駆り出されて居た、新入生で満杯の体育館でストーブの灯油を足したり来場者の受付や案内、式中トイレに行った新入生の誘導なんかが主な仕事だった。
「俺達の知り合いだと美穂と俊輔と務が入って来るのか」
「玲司君と香織ちゃんの事も忘れないであげて」
中原美穂、北川俊輔、斉藤務、池沢玲司、山田香織、5人とも1年後輩で近所に住んでいた仲間達だったが池沢史奈の弟玲司は私立の中学に行ったのでは無いだろうか、中学時代に見かけた覚えも話した覚えも無い。
「玲司君は千葉の私立に受かったって史奈ちゃんが言ってたからうちには来ないよ」
「あらそうなの、池沢先輩とも中学に入ってから疎遠になっちゃったから知らなかったわ」
真由美も私と同じで池沢派では無いようだ、と言っても睦月と仲が良かった記憶もない、誰と仲が良かったのだろうか思い返して見ても私達の他誰かと一緒に居た記憶が思い浮かばない。
どうでも良い話をしていた所に担任である鈴木が教室に入って来て、開口一番級長に私と幸田香代を指名してきた。学級委員になる事は良い小学中学高校を含めたかなりの期間そう言う役職に就いてきた、しかし話した事も無い女子中学生と一緒に委員会活動を行うのは、何か恥ずかしさのような物を感じてしまう。
学級委員に指名された私と香代の最初の仕事は、クラスメイトを整列させて体育館へと移動する役目だった。1学年6クラス2年と3年が集まるので500名強の人間が体育館に入場すると時間も結構掛かる、その間クラスを纏まって移動させる何処にでも馬鹿は居るもので、中学生になってまでそんな幼稚な行動とるなよ思う奴が2、3人居て辟易するが無視するわけも行かずちょっとだけお灸を据えに行く。
「なんだよ聡志学級委員だからって生意気だな」
同じ学年で生意気と言われても意味が解らんが私の存在自体を彼等は快く思って居ないようだ、その原因の八割方は涼子の存在だろう。
「なんだ学級委員がやりたかったのかよ替わってやろうか、今なら美少女の幸田さんの隣に並べるぞ」
「お前何言ってんだよ、幸田は関係無いだろ。判ったよ前に行けよ大人しくしてるから」
顔を真っ赤にした尖った級友がそんな事を言い出す、彼は香代の事が好きなのだろうか、ガッツとは似ても似つかぬタイプだから香代に相手される事は無さそうだが。
帰れと言ってくれたので私は列の先頭に戻りながら彼の名前を思いだそうとしていた、しかし結局式が終わって教室に戻るまで彼の名前を思い出せないままだった。
教室に戻ると鈴木の指導の元席替えと班決めが敢行される、その段になってやっと彼の名前が判明した、金城龍也恐らく土建屋である金城組の関係者だとは思うのだが私は龍也と市役所での面識が無い。
金城組は市の公共事業も請け負って居る中堅の土建屋で、指名名簿も提出してもらった事が何度も有り、私も工事を発注した事があるのだが龍也は他の道に進んで行ったのだう。
2年1組は全員で43人男子20人に女子23人と若干女子の方が多い、1班は6人と5人の班で構成され全部で8班、1班の構成は女子3人と男子3人か女子3人と男子2人の編成と言う事になる。
私達の班は私、甲斐、涼子、真由美の4人はすんなり決まったが残りの1人無いし2人を加入させる事は難航した、大抵2、3人の男子か女子の集まりで1人浮いて居る男女は居なかった。
そんな中私達の班に所属したいと言う奇特な女子が出て来た、それは巨乳美少女で有る幸田香代だった。
香代が加わった事で金城がうちの班に入りたそうにして居たが既に男子3人のグループを形成為ていたのでそれは叶わず、残り1枠に入り込んできたのは原田頼人と言うこの時点では全く目立たない男子生徒だった。
彼の存在がクローズアップされたのは長女優子が生まれた頃だったろうか、直木賞候補の1人として頼人の名が雑誌等々で取り上げられ、街は原田ブームが巻き起こっていた。将来的には著名人になる彼だが今はまだ冴えない中学生で特別気にすることなく付き合える同窓生に過ぎない。
班決めと席替えが終わると今度は各委員の選出になる、3学期制と連動するように、委員会も学期毎に変わる立候補制で委員を選出して、希望の委員が重なると担任が指名する形で委員が決まっていく。
最後まで希望者が居なかった不人気な委員については、委員会を希望しなかった生徒によってクジで委員を選出した、これが社会科教師の熱血君なんかだと最後まで希望者が出るまで居残りをさせ、民主主義とはこうだと言う形で示すのだが傍迷惑だと言う事に気づいて欲しい。
4月の間は平穏無事に過ぎて行った、学級委員に選出された御陰で美奈子にこき使われるようになったとか、妹が近所のガキ大将をノックアウトしたなんて出来事もあったが些細な出来事だ、私の生活の中心は道場での鍛錬に当てて居たからゴールデンウィークは直ぐに訪れたように感じた。
事前連絡によって集合は新横浜駅に13時と決まって居た、その前の時間で私は中華街に有るかなり怪しい感じの店の前に佇んで居る、本日は1人で来た訳では無く甲斐と一緒に来ていたから店の中に入る事は躊躇しなかった。
「聡志にこんな趣味が合ったなんて知らなかったわ」
「最近少しね、甚八君に教えてもらったんだ」
「ああネモトファームね、まだ付き合いが有ったのかよ俺もシールを交換して貰ってたけど中学入ってから1回も会ってないわ」
チョコ菓子に入って居たシールを集める為に、甚八は大人買いしてチョコ菓子を買い占めた、しかしいつの頃からか店側のブラックリストに乗って購入制限を掛けられてしまった。
それでもどうしてもコレクションしたいシールが有った甚八は、近所の小学生を集めチョコ菓子を餌にして交換会を開いていたのだ。
「甲斐は部活が忙しかったから会わなかったんだろうね、私は暇にしてた頃数回出会ったよ」
子供が集まる場所に甚八も用があったのだから、そりゃあ会う機会も増えると言う物だ、ただ未来の世界からやって来た俺はあの日以降子供が群れるような場所には足を踏み入れて居なかった。確か田丸屋と言う名前の店だったか、店じまいする前に尋ねてみるのも良いかな。
店の中には甲斐も興味を引かれるモデルガンやエアガンが並べて有った、私の目当ての物は普段使い出来る防刃服なのだが、店主に聞くまでも無く商品は目に入った。
その価格は中学生が手軽に手に取れる物では無い、Tシャツ1枚に一万五千円は甲斐の手前購入する事は出来なかった。
「お兄ちゃん今こんな飾り気の無い型遅れの商品が一万五千円もするてボッタクリやないかいって思たやろ」
中学生には高いとは思ったが法外な値段だとは思わなかった、特殊な素材だし今はまだ大量生産してるわけでもない、もし私が一人で来ていたなら迷わず購入していただろう。
「並べといてなんやけどわしもそう思う そやから兄ちゃんらには特別どれでも500円にしたるで」
私が口を挟む前に店主らしき関西弁の男がそう話を続けてきた。
「それなら俺も買いたい」
甲斐は無邪気に安いと喜んで居るが私は不信感しか抱くことが出来ない、腐りもしないものを捨て値で売ることなんて無いんじゃないのか、それに安値で買わせて後から怖いお兄さん方の登場なんて願い下げだ。
「こちらのお兄さんが素直でよろしいな、それよりそっちのお兄さんは納得できてないみたいやから説明しとくとこの店地上げにおうてなわし追い出されてまうねん。
地上げや言うてもまともな部類の地上げ屋みたいやし、ちゃんとわしにも立ち退き料払ろてくれるんや。ただそれがゴールデンウィーク明けに出て行け言う話で商品の保管場所確保出来んかったんよ。
売れ筋商品のモデルガンやエアガン、それにミリタリー商品は仲間内でさばける目処がたったんやけど、ぱっと見普通の服は引き取れんって話になってしもーたんや。わし大阪にも店があるんやけど、そっちはガチガチのミリタリーショップでこういう普段使い出来る防刃服なんて絶対に売れんのよ。捨てるのにもお役所は産廃費やっていうてごっつう手間賃もっていきよるから、お兄ちゃんらに買ってもろたらそれだけわしの助けになるっちゅう寸法やな。
これがまさに売り手良し買い手よし世間良しの三方よしってこっちゃな」
口上を聞けば聞くほど怪しく成っていくが、だまされたとしたって私たちにデメリットは無さそうだ。じゃっかん違法コピーのブランドっぽいロゴが見え隠れしたような気がしないでもないが、私は何種類かある洋服を片っ端から買い物籠に入れていく。
「これを志郎君のお土産にしちゃだめかな」
私が涼子の分を吟味していたところに甲斐が名案だという風で提案してきた、高校生が普段着に使うにはシンプルすぎないかと思うのだが、男子校みたいなもんだし良いかと軽い気持ちで大きめのシャツやチノパンも購入していくことにした。
「毎度あり、全部で29点の1万4500円、消費税はオマケしとくわ」
買い込んだ品物をスポーツバッグに詰め込んで行く最中に、帰りに買えば良かったよなと言う思いが浮かんできたが支、払いも済ませた後じゃ祭りにもなりはしない。
横浜で志郎と甲斐と私の3人で食べ歩きツアーを実行して満喫した、2泊3日で切り上げて自宅に戻る途中もう一度あのミリタリーショップを覗いてみたが。すでに工事中の看板が立っており帰りに寄ってたら購入できなかったのだと運の良さに感謝した。
GW明け突撃してきた涼子に、どうして置いて言ったのだと小一時間説教されたのだが、私と揃いの防刃服をプレゼントしたら一瞬で機嫌が直った。
この服の値段と、防刃服だと言う事は伝えない方が良いだろうな、ということくらいは私にも理解できた。
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