第9話「春休み」

 ホワイトデーに関して言うと何も無かった、1人で行動しているのならば嬉しいハプニング的な出来事が起こってもおかしく無かったのだが、お返しを配る最中私の隣には常に涼子が居てわざとらしい態度で、かいがいしく私と一緒にお礼を述べて居る。


「川上さんは変わらないのね」


 久し振りに会った、小川真由美の姿は記憶の中に有る彼女とはまるで別人のように影を帯びている。理由を聞こうにも涼子が居たのでは突っ込んな内容は話せない、チョコの礼だけを言うと別れた。


 終業式は特筆すべき点は無かった、退屈な校長の話を聞いて最後に生徒会で有る美奈子が挨拶して終わった。

 春休みの間にしておきたい事が行くか有った、1つは武器の購入でもう一つは防具の購入なのだが、どちらもそう簡単に中学生が手に入れられる物では無い。


 武器と言って先ず思い浮かべる物は銃だが、当然無理で最初から購入の候補にも上がって居ない。次点でナイフやナタなんかの刀剣類、こっちは買えない事は無いのだが置き場所も無ければ奴らに対抗するのは役者不足だ。最も使い慣れた物は棍だが今なら木刀なんかも役に立ちそうだ、拙いとは言え剣道は着実にレベルアップして居る気がする。だが街中に木刀担いで闊歩するなんていつの時代のヤンキーだって話で警察のお世話に成ることになりそうだ。

 それで何か良い物は無いかと探していたら、特殊警棒と言う伸縮出来る警棒ならギリギリ持って居ても大丈夫だろうと言う事になり、東京で購入する事にする。


 防具に関してはこれと言った案が無い、2025年の世界で私が装着して居た防具はケブラー素材の防刃服と急所部分を守る手製の防具だったが、この時代にケブラー素材の防刃服が市販されて居るのかは判らないし、防具を作ると言うのも難しい。   


 難しい理由は家族と一緒に暮らしているので、見咎められた時に説明が難しいと言う訳で、恥も外聞もなければ中二病全開な防具を作る事は可能だが、生憎私には無理だった。


 道場がやってない平日の水曜日朝から電車に乗って東京に向かう、東京までは乗り換えを含めて1時間半程で目的地に到着出来るが、記憶に残って居る路線図とは若干違うので戸惑いながら移動したため2時間程掛かってしまった。

 花見シーズンまではまだしばらく時間があるのだがチラホラと公園で酒盛りをしてる大人達が目に入る、平日のこんな朝っぱらからなのにどう言う人物達が集まって居るのか不思議でならない。


 駅から徒歩10分程で目的の店に到着した。事前情報で知っては居たが雑居ビルの4階に入って居る店だったので、入るのに躊躇してしまう佇まいだ。雑居ビルに入っている他の店は店名から怪しさ満載でとても中学生が訪れて良い店では無い事が察せられる、『女子高生パラダイス』に『気まぐれ天使』等々風俗感満載の店をスルーして4階にあるミリタリーショップに足を踏み入れた。


「いらっしゃい」


 店に入ると同時に店主から声を掛けられる、店主は40代中頃だろうか自ら迷彩柄の衣服を纏い大柄で厳ついサングラスを掛け頭はスキンヘッド、まるで某有名漫画の海坊主だと言った出で立ちだった。

 店の中をグルグル回ったが正直言って何が何なのか判らない、直接店主に聞いた方が早いと思い話掛けてみた。


「特殊警棒と言う奴が欲しいんですが」

「特殊警棒ね重さと長さは?」

「全然判らなくて、竹刀と同じ長さの物って有りますか」

「37か38だったか残念だけどうちで扱ってるのは900までの36インチしかないよ重さも竹刀の倍程有るから練習には向かないと思うけど」


 店主が並べてくれた警棒を伸ばして振ってみる、確かに重いが扱えない事も無いし棍棒に比べればこれでもまだ軽い。数本吟味して1番手に馴染んだ物を選んだ。


「これ特別製で1万円するけど大丈夫?」

「ハイ平気ですお年玉を貯めておいたので」

「あっそうなんだ、じゃあ他に欲しい物は?警棒を使うならグローブも必要だと思うけどうちの店ケブラー素材のグローブや迷彩の防刃服も扱ってるからお勧めだよ」


 ミリオタ向け雑誌の裏に乗って居た店舗に探していたケブラー素材の衣服が有った、残念ながら迷彩模様で普段使い出来ない事がたまに傷だが、私と涼子との2人分着替えを含めて購入した。


「普段使い出来るケブラー素材の服ねえ、うちなんかのマニア向けの店じゃ扱ってないね、アメリカから並行輸入で仕入れるしか無いと思うけど俺が知ってる店を教えるから回って見る?」

「ここ以外にもそう言う物を扱ってる所が有るんですか」

「アキバか中野に集中してるけどうちを含めて都内で4ヵ所ほど有るよ。モデルガンやエヤガンを扱ってる所ならもっと一杯あるんだけどな・・・あっあそこなら米軍の放出品も扱ってるか横浜に有るカジタ風雲堂って言うミリタリーショップなら変わった物も扱ってるかもな、中華街の辺鄙な場所に有るからうちの店よりも入り難いかも知れないけど」


 横浜か日帰りするには辛い距離だが幸い志郎の下宿先が存在する街だ、私が最初に横浜を訪ねたのは中2の夏休み、色々有って落ち込んで居た私を慰撫するために志郎が遊びに誘ってくれたのだ。だが今回の目的は夏休み前までに道具を揃えて起きたい、そうなるとゴールデンウィークくらいしか尋ねる機会は無いかな。


「お客さんその鞄にうちの商品詰め込んで帰るつもりかい?」


 横浜の件を考えながら商品を詰め込んでいた私に店主が尋ねて来た、その鞄と言われも私が持って来た物は、小学生の頃に買って貰ったリュックで大量の荷物を運べる物はこの鞄くらしか持って居なかった。


「おかしいですか」

「家出少年に間違われて職質されそうだよ、それで中からうちの商品がごろごろ出て来たって事だと、確実に保護されてしまうんじゃ無いかな。金に余裕があるなら洒落た店で鞄を買い換えた方が良いかも」


 成る程納得のアドバイスだった、とわ言えお洒落過ぎる鞄も怪しいだろう何せ俺は小学生に間違われるタイプの中学生だ、このくらいの年頃だとスポーツバッグにした方が違和感が無さそうだ。

 だとするとスポーツ用品店に寄って鞄を見繕ってから帰るとするか。店主に礼を言ってから、新宿にあるスポーツショップに行こうと秋葉原の駅に向かって歩き出した。


「あれっ?サトチャン」


 アキバの駅前で誰かに呼ばれたいったい誰だと声の方を向くと見知った青年と目が有った。


「甚八君?」

「そうそ俺ジンパッチャン、サトチャンがアキバに来るなんて意外性の塊なんだけど、やっとこっちの道に目覚めてくれたん?」


 根元甚八は俺より10程上のオタクで、俺が知る限り生涯独身を貫いて襲撃の日に死んでしまった。職業は農業を生業とし土地持ちだったので金回りは良かった、ネモトファームの跡取り息子で既にこの頃から農作業に精を出していた筈だ。

 そんな年上の彼と距離感無く話せる理由は、私がまだ小学生時代にはまったとあるシールを廻って交友を温めたからであるが、外から見ると私達の関係は奇異に見える事だろう。


「ちょっと買い物に来ただけだよ、それより甚八君は声優さんのサイン会?」

「アキバじゃ声優のサイン会なんてやってないって、オタク系書店か小さな会場でやるんだ。俺がアキバに来てる理由はエロゲー関係の為だから、パソコン作るのも改造するのもアキバが1番だしさ」


 まだこの時代は電気街の街だったのか、いつの頃からアキバがオタク街になったのか私は知らないが平成元年のバブル絶頂期で有る現在はまだ違うらしい。


「今日の所はそれが主目的でも無くてさ、親父とお袋を乗せて来たのよ新宿まで今は待ち時間って所」

「新宿に何しに来たのまさか買い物って訳じゃ無いよね」

「そのまさかなんだよね、新型のトラクターを買いに来たの。ビックリする事にベンツより高いんだぜ誰が買うんだよって話なんだけどさ。今は円が高いだろだから態々イタリアのランボルギーニ製のトラクターなのよそれを現金一括で購入するってんでディーラーも大歓待してくれてるのさ。それでサトチャンは今から帰り?」


 ベンツより高いトラクターと聞いてそう言えば税務課に居た頃トラクター一台の価格が2000万を超えて税務申請されていた事を思い出した、意外とトラクターって高いんだなと思った記憶がある。


「私はこれから新宿に寄ってから買い物の予定だよ、勿論トラクターじゃ無くてスポーツバッグを買う予定だけど」

「丁度良いから俺の車に乗って来なよ、俺もそのバッグを買おうかな親から土地売った分け前貰えた所だから懐が温かいんよ」


 乗せてやるって言ってるのに断る事も無いので車に同乗する事になった、駐車場まで歩きながら地元の農地を売ったのかと聞いて居たら、東京に持って居た農地を売ったと言う事だった。


「親父が先祖代々の田畑売る訳が無いじゃ無い、売ったのは東京に持ってた畑だよ1500坪ほど有ったから大もうけだよ。税金でガッツリ持って行かれたみたいだけどそれなりに渡してはくれたな」


 1500坪の農地と言うと農家からすれば猫の額の土地程の広さでしか無い、田んぼで言えば5枚の広さなのでそこから上がる収益はまあ言わずもがなだ。だが東京の土地でこの時期に売れたと言う事は莫大な価格である筈だ。

 世間全体が好景気に沸いていたので長者番付には載らないかも知れないが、捨て値で売っても坪30万一等地なら300万からの話になる。

 通りで不景気な時代でも、ネズファームの懐事情が明るかった筈だ、とてつもない内部留保を抱えて居たから事業を拡大出来たのだろう。


 駐車場で俺を出迎えてくれたのはいつもの軽トラでは無く巨大な軍用車の民需品、この車確かに高級車と言っておかしくない価格なのだが、実際に乗っている奴がこんな近くに居るとは思わなかった。


「この車買ったんだ・・・」

「良いでしょ、戦国異世界大戦の徳大寺隼斗の愛機マッハタイガーワンのデザイン元なんだよ。ラゲッジルームに積んだM2をヒロインの愛子が撃つんだけど運悪く敵の魔法攻撃に被弾してさ怒りのゲージが天元突破した隼斗がタイガーワンと討伐したレットドラゴンの魂を融合させてマッハドラゴンマークエックスに憑依進化させて敵を薙ぎ払うんだ」


 車中ではずっとアニメ語りを聞かされ続けたがその戦国異世界大戦とやら、絶対に流行ってないだろ今の今までそんなアニメがあった事聞いた試しが無い。

 それは甚八からも聞かされて無いので、一過性の視聴に終わったに違い無い。

 そしてそのアニメが終わったと共にこの車も売られてしまったのだろう、私が知っている甚八の愛者は軽トラとフィアット500の二台だけだった。


 新宿に到着すると巨大でお洒落なスポーツショップに入る、有名メーカーのバックパックを購入した高校時代イケてるサッカー部連中が使っていた持ち物なので、今の私が持ち歩いて居ても違和感は無いだろう。

 同じ物の色違いを甚八も購入していた、甚八が奢ってくれると言うので遠慮なく頂いて置いて、その代わりに甚八両親の宴会が終わるまで2人で時間を潰すハメになったが、そのごは家まで車で送ってくれた。


 春休みの間に新たな出会いもあった、道場に新入生が入って来た学年は様々だが私達のように学期の途中に入って来たのは初めてだったらしい。明星道場の歴史は浅くこの春でやっと1年目が終了する事になるから私達も1期生と言う事になる。


「タックンね聡志兄ちゃんと一緒が良い」


 新入生の男の子に何故か私がロックオンされてしまった、可愛いタイプの涼子も美人タイプの美奈子もタックンにはお気に召さなかったらしい、何故私に懐いてきたのかは謎だが、そう言う事もあるかと納得したフリをして2人が居ない所で何故2人が駄目なのか聞いて見た。


「師範代は怖いの、それでね涼子ちゃんはもっと怖くて近寄れないの」


 美奈子を子供が怖がるのは判らないでも無い気がする、本人の醸し出す雰囲気も勿論だが余りに美人過ぎ冷たい印象を受けると言うのは納得だ。

 その一方の涼子が子供に怖がられるのは珍しい、愛嬌のある可愛い系女子で女の子供に好かれる事は有っても怖がれる事はない。タックンが涼子のどの部分を怖がっているのかは謎だが、1つ思い当たる点があるとすれば練習内容だろう、既に師範とも互角以上の腕前で戦う涼子の姿は私であっても怖いと思う場面があった。

 だがそれも師範との模擬戦の中だけであり、普段の練習風景は鬼気迫るような物は無いのだが。


 タックンに慕われるようになってから、その保護者のお母さんと話すようになってタックンの正体が知れた。横田武、私より7年後輩で市役所に入庁してきた部下だった、部下だった時期は4年程で私の目から見ても優秀な人材で、何故彼が田舎の市役所に入ってきたのか理由は知らなかった。

 ひょとすると、彼もしがらみが多すぎて、外の世界に出て行けなかった部類かも知れないな。


 短い春休みが終わり私は2年に進級した、この夏休み前涼子に何事かが起こり永遠に会えなくなった、その事件を無事に解決すれば未来が私の知る物とは変わって行く予感がしていた。

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