第12話「推薦話」

 梅雨明け間近の日曜日私と涼子の二人に十和子が練習後残るように伝えて来た、その場には私の母と涼子の母二人も呼ばれている。


「涼子さんにはすでに伝えて有るのですが夏休み早々に始まる全国中学校剣道大会は通常団体戦でかつ中学の剣道部に所属していないと参加できません。

 ですが3年後を目処に全日本剣道選手権を模した個人戦の大会を行おうとする動きが有ります。その試験を兼ねたプレ大会が今年開かれる事になり、プレ大会で涼子さんと聡志さん御二方が好成績を収められたら千葉市にある慶王高校に推薦する事が出来ます」

「うちの涼子が慶王ですかなんだか信じられない話です」


 涼子の母はしきりに私と涼子の存在を気にしている、子供の前で話し辛い事と言えば費用の話だろう。継父の手前、涼子に死んだ父親の遺産があっても、自由に使えないのかも知れない。まさか生活費に組み込むような事はしないだろうが、京子の母親にとっては涼子の弟浩助も可愛い子に違いない、平等に育てたいなら涼子の父親が残したものも浩助に使ってやりたい気持ちも判る。


「十和子さん慶王に伝手があるんですが、じゃあどうして美奈子さんは地元の公立に?」


 母が美奈子のことを気にして聞いている、美奈子の進路はどこだったのか記憶に無い、進路どころか美奈子存在すら忘れていたのだ仮に同じ高校だったとしても覚えちゃいないだろうな。


「美奈子は地元で交友を広げなければなりませんでした、少なくとも高校までは外に出すつもりは有りませんでした。それは美奈子も納得してくれておりますので問題は御座いません」


 明星家は地元の名士として不動産業で稼いで居た、幼い頃から外に出てたんじゃ伝手が狭まってしまうか、そういう物の考え方もあるのだなと思った。ここいらで名の通っている学校といえば千葉しかないか、あそこなら年寄りでも名前くらいは知っている、慶王付属じゃそうはいかないかもな。


「大会の期間は中学総体の県予選が終わった後、8月1日から3日までの3日間優勝すると関東大会に出場することになります」


 うちの母親は全体的に乗り気で、涼子の母親は金銭的負担がどの程度になるか次第と言う所か、具体的な条件の提示として私は県大会のベスト8で涼子は県大会優勝が絶対条件になるようだ。私と涼子で条件が違う理由は基礎学力の違いもあるが、我が県の女子剣道レベルが低くて男子剣道は全国レベルの選手が数人存在しているかららしい。

 俺と涼子は先に帰るよう言われ後は大人だけでの話し合いが行われた、話の内容は母から聞き出した断片的な情報を元にした推測なで完全ではないが、ほぼ事実だと確信している。

 元々この話は涼子だけにもたらされた話で、私は涼子のついでに誘われて居るようだ、涼子と私の実力差を考えると最もな話で十和子も私が県大会のベスト8は無理だろうと踏んでいる。

 万に一、私が好成績を収めたらスポーツ推薦枠でペーパーテストと併用しての入学となる、しかし涼子は特待生枠を検討されているため面接だけで合否が決まり学費も免除される事になる。


 その日からの涼子の力の入れようと言えば私がついていけない程厳しく禁欲的な内容になった、私は襲撃に備え生き残ろうと言う意思があるので厳しい訓練だろうと構わないのだが涼子はその情熱の根源を知りたい程に練習に打ち込んでいる。



 7月始め期末考査が始まる、私はいつも通り涼子は剣道に重きを置いてテスト勉強会に参加していたので居眠りするような事も有った。

 テスト結果は予想通りで涼子の順位は芳しい物では無かった、しかし剣道の腕前は師範を軽く追い抜き、もはや師範では練習相手に不足だと言うほど上昇していた。私の方も師範とどうにか打ち合いが出来る程度までには上達して居た、竹刀を握り締めて半年でよくここまでたどり着きましたと褒められては居たが、どこまで信じていい物なのやら。


 期末考査が終わると夏休みまでの短い期間は短縮授業が行われ私と涼子は毎日のように道場に通い続けた。


 夏休みに入る前、鈴木からいくつかの提案がクラスにもたらされた。それは文化祭での演劇の勧めで、投票の結果演劇に参加する票が過半数を超えた事からエントリーすることが決まった事だ。


 面倒くさいなと思いながら代表を誰にするか決めなければならない所に意外な二人が立候補を表明した、一人は幼馴染でもある友人の真由美、もう一人は目だった活動にはこれまで参加してこなかった石井と言う名の男子生徒だった。


 石井良平、学区が別で中学からの同級生らしいのだがまったくもって彼と接点を持ったことが無い、本来の世界では私は5組だったから3年間彼と一緒のクラスになったことは無い筈だ。

 今回同じクラスで3ヶ月今日まで一緒に学んでは居るのだが、仲間内で固まり過ぎた事と剣道の道場に通っている為、他のクラスメイトとは疎遠になりがちだった為彼の事は殆ど知らない。


「級長二人は一緒に来てくれるか、他の皆はしばらくは自由時間を堪能しておいて欲しい」


 鈴木が私と香代を率いて進路相談室に招き入れる、そこで鈴木が私たちに座るよう勧めて来たので遠慮なく席に座った。


「今回の件私としては投票では決めたくない」

「理由をお聞きしても良ろしいですか」


 香代が鈴木に理由を確かめているがそんな事聞かないまでも判る話だ。


「今二人を選らぶとするなら能力では無く人気投票になるそれが気に食わない」

「でも選挙ってそういう物なのでは?」

「演劇の代表を決める事と選挙は同じだと幸田は考えて居るのか」

「そういう訳では有りませんけど」


 話を摩り替えられて居る事に香代は気づいていない、今は選出の方法を投票で決める事が悪いか良いのかという話で有って、そこに代表を決める選挙の話を持ってくる事事態に意味が無い。


「演劇の能力ってどうやって判断すれば良いんですか、私には良くわかりませんけど時間も無いのですよね」

「その通りだ競い合わせて能力を測る時間は流石に無い、二人とも演劇部に所属しているわけじゃないしな。だが二人の自主性を私は重んじたいから君たち二人のように私が指名することも今回はしたくないのだ」


 今の状況で投票を行えば確実に真由美が選ばれるだろう、そんな事は普段のクラス状況を見ていれば予想することは簡単だ、鈴木の思惑は普段能動的な石井が何をきっかけにしたのか自発的に動こうとしている。

 少し背中を押してやれば、例え失敗したとしても石井の成長につながるそう考え、私と香代を丸め込んでクラスメイトを説得しようと言う魂胆が丸見えだ。


「小川と石井二人が何をしたいのか、脚本を書きたいのか演出をしたいのか、それとも配役や舞台衣装に舞台装置役割を分担したって構わないのかと私は思うのだが幸田はどう思う」

「それは、私も役割が分担できるのなら構わないと思いますけど」

「幸田は賛成なんだな、じゃあ最初から黙っている緒方はどう思う」


 香代を丸め込んだ鈴木は私の返事を求めて来た、もしこの件に真由美が絡んでいなかったら私は鈴木の話を黙認していただろう。だが真由美が絡んでいるからには下手を打ったら被害は私にまで確実に回ってくる、こんなどうでも良い些事にかまけている暇なんて私には無いのだ。


「責任者は必要でしょう、そうじゃなきゃ去年の2年5組の二の舞になると思います。脚本や演出を誰がやるのかそれは責任者とクラス全体で話し合って決めれば良い事で、こんな所で私たちが専断することは間違って居ると思います。ですから投票で代表を決めれば良いと思います、これは演劇の能力云々より責任感やフォローする人員の多さに掛かって来ますので人気投票が妥当なんじゃないですか」

「成る程緒方の言う話も最もだしその方が成功する確立は高いのだと思う。しかしな緒方私は学生時代には失敗したって良と思うんだ、大切な事は挑戦することそして周りがそれを支えてやれる事という物が何よりも大事だと私は考えている」


 良い話風にまとめようとしているがそんな事今の私の心には何の響きも起こらない。


「鈴木先生、文化祭での失敗なんて何の成長にもなりませんよ、ただ心に傷を負うだけでそれが回復するのは大人になってから。成功させてその体験をもってしてしか成長なんて有り得ません。先生にとっては何十回とある文化祭かも知れませんが私たちにとっては唯一無二の中学二年生の文化祭なんです」


 鈴木の説得に対して私なりの正論で返してみた、実際文化祭が失敗しようが成功しようが大半の生徒にとってはどうでも良い思い出で、幾人かの連中に癒されない傷か学生時代の勲章かを与えてくれるに過ぎない。


「もし石井が代表になったら緒方お前は手助けしてやれるか」

「私は、私自身と回りの事だけで精一杯です、石井君が困って居たら石井君の友人が手を差し伸べてくれるんじゃないですか」

「では小川が助けを求めて来たらどうする」

「私の出来る範囲で手助けをします、真由美は幼い頃からの友人ですから。ですが今は本当に余裕が有りません学外での活動に力を注いで居ますので」


 鈴木は難しい顔をしながら考え込んでいる、ここまで話を聞いて鈴木の本意が私を文化祭の責任者もしくはそれに準じる位置を期待しているのでは無いかということだと思い始めた。


「責任者の選出方法は緒方に一任する、もちろんその後のフォローは私が行っていくから好きにしてもらっても構わない。二学期にまで二人に級長をやれなんてことを言うつもりは無い、二学期は選挙方式でクラス委員を選出しても良い時期だろう」


 教室に戻ると何事も無かったかのように振る舞い、真由美と石井を前に招いて方針と決意をそれぞれに語ってもらって、後は投票用紙を配り無記名で適任者の名前を書いてもらった。

 集計するために一旦私と香代は教室から退出して空き教室で集計しようとしていたら鈴木も追いかけて来て3人で開票作業を行った。


「有効票30の内小川が27で過半数を得たな」


 正直に言えば、もっと圧倒的な数を取得するものだとばかり思っていたのだが意外と真由美はクラスに敵が多かったようだ。


「10人の人が聡志君に票を入れたのよねどうしてかしら」


 クラス43人の内私と香代は棄権して真由美が27票、石井が3票、私が10票で白票が1票と言う結果だった。一学期の間無難にクラスをまとめて来た自負は有るがまさか私に10票もの票がくるとは思いもしなかった、最後の白票の1票と言うのが誰かは知らないが真由美の事も石井の事も押したくない人物が居るらしい、彼もしくは彼女は明確に反対意思を表明したのだ。

 投票の結果一番落胆していたのは鈴木であろう、こんなクラス状況で鈴木の言うように二人体制で仕切っていたら、鈴木のサポートを以ってしても失敗したのではないだろうか。


 クラスに戻って結果を発表したが、投票数のことについては触れずに有効票の過半数を真由美が取ったと言う事だけを伝えると、残り時間は真由美に託され早々に主要な配置が行われた。

 脚本は私は当然知らなかったが有名な演劇作品で登場人物は6人、演劇時間は30分と言う事なので学生劇としては無難なチョイス。端役で私にも出演オファーがあったので二つ返事で了承しておいた、台詞は二、三個しかなかったので覚えるのも簡単だと思う。

 真由美の立ち位置は演出家兼出演者ということになった、当然主演ではなく不人気な老婆の役なのだが重要なポジションだったので自分でということなのだろう。大道具、小道具、音源なんかの代表者を選出して残りの子方は代表者が選んで決めて行った。

 大半のクラスメイトがなんらしかの役割を負って、投票に負けた石井は小道具の子方になっていた。その事に関して鈴木から何かしらの発言があるのかと思ったが何も無くホームルームが終わっていった。

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