第7話「公休日」

 職員室の惨状の片付けは教員に厳命され私と校長そして鈴木の3名は校長室で密談を行って居た。


「つまり校長は金で無かった事にしようと言うわけですか」

「当然島田君には辞めて頂きます。危険な目に合ったのですから慰謝料を貰う事も社会の仕組みの1つでしょう。島田先生から200万、騒動の切っ掛けを作った教頭から50万、監督責任者で有った私が100万。そして騒動を仲裁出来ずに見過ごした教員の皆様から見舞金として50万合わせて400万で示談にして欲しいと言う話です」


 校長として自らの出処進退については教育委員会に一任し島田は何が有っても辞めさせると言う事は約束していた。だが彼のポリシーとし、全共闘時代のトラウマが残っている世代だからだろうか、学内に警察権力の介入だけはどうしても許せない事だったらしい。


「島田の奴が辞めますか校長」


 鈴木は島田の事をかばう気が無いようだ、どちらかと言えば嫌ってるようにも見える。


「それは必ず辞表を書かせます。彼は教育者に向いて居なかった、それは今回の1件で充分に証明されましたから」

「緒方、私は金を貰って無かった事にするって事は良く無い事だと考えて居る。だがここで警察を呼んで表沙汰にする事が最良だとも思わん。校長から金を貰って島田の事を無かった事にしてしまうと後々良心の呵責に苦しむ事になるかも知れない。私も何が正解なのかと断言出来ない情けない大人だよく考えてから答えを出して欲しい」


 鈴木は意外と熱血の人なんだなと言う感想を得たが実際問題資金の確保は懸念事項として考えて居た、中学生がアルバイト出来る訳も無くそれにあのクソッタレな世界を回避するのにいくらでも資金が必要になるだろう。棚ぼた的に資金が舞い込むならこんなにありがたい話は無い。


「それって先生もらっても税金とか大丈夫ですかね」

「緒方私はお前はもっと・・・いや何でもない教員からの見舞金は替えの制服費用だと思って受け取っておけその格好で登下校するのは目立って仕方ながないぞ」


 何の事だと思って制服を確認すると採点用の赤インクの原液がベッタリと張り付いて居る見ようによっちゃ大量流血をして居るようにも見えた。


「本当ですね気づきませんでした、だからあの先生慌てて私の身体を確認してたんですね」


 制服の用意は急には間に合わず、と言って夏服で登校するには早すぎる誰か知り合いのお古でもと思うのだが私のような子供サイズを着ていた知り合いに心当たりが無く制服が出来上がるまでしばしの休みを頂く事になった。


 教師と言う物は口が上手い者達が着く職業のようで事件は完全に隠蔽されもみ消された、私の制服は職員のミスでインクがぶち撒かれたと両親に伝えられその際に怪我を負ったかも知れないと病院に連れて行かれ検査までして居る。

 私としては怪我は無かったつもりだったが飛来物をいくつか食らっていたらしく打ち身や擦り傷を負っていた、治療は直ぐに済んでその他の検査でも軽傷の診断で制服が届く事になる火曜までは公休が適用されるらしい。


「教頭先生低頭平身で謝って居たわね制服代と治療費を貰っても良かったのかしら」

「そうだね、怪我したのも制服が着られ無くなったのも学校の所為だから良いんじゃ無いの、それより急に暇になってどうしようかな」

「十和子さんの所に行ったら良いんじゃなの身体を動かしても良いって岸本先生も言ってたし」


 私を治療した外科医の岸本は父の同僚だ年は父の方が10も上だが岸本は市民病院でそこそこの影響力を行使出来る身分らしい。校長の口ぶりからすると裏で教育界の重鎮と繋がって居るらしく将来的には大学病院の教授のポストを約束されて居るらしいがその約束は守られる事は無い。何故ならあの襲撃が有った日岸本は市民病院に在席して居り、病院が壊滅した時岸本達は逃げ延びて市庁舎で救護活動に当たっていた。


「じゃあ日曜と火曜は道場に行こうかな月曜は・・・大人しく家で過ごすよ」


 その日夕食を食べた後私の様子を見に涼子がやって来た、完全に恋人気取りで私の世話を焼こうとするが今一その気に成れない。

 ここで涼子と一線を越えてしまうと優子と明雄の2人に会えなくなりそうな気がして成らなかった所為だ、逆に言えばそれが無ければ涼子と付き合う事に何の躊躇いが無い自分の気持ちにも気付いてしまった。


 日曜は朝から道場に涼子と出かけ剣道の練習に励む、私1人基礎練習を積んで涼子は実戦を中心にカリキュラムが組まれて居る。私の指導と言うよりはトレーニングルームの管理の為に新たに人員が追加された、彼女は元高校の体育教諭の森永秋子陸上選手でもあったが結婚を機に教諭を退職してたそうだ。年齢は三十路前らしいが口ぶりからすると29だろうトレーニング器具一通りの正しい使い方を教えてもらい午前中は基礎トレーニングに終始した。


「聡志さんと涼子さんは私達と一緒に昼食は如何ですか、お二方には子供達の面倒を見て頂いて居るのでそのお礼を兼ねてと言う事で」


 私も涼子も良く知らない家で食事をご馳走なんかには成りたく無い、こう言う事に躊躇の無い人間も居るのかも知れないが少なくとも私は気を使ってしまうタイプだ。

 私と涼子が辞退を申し出ている間に師範が私と涼子の親に連絡を入れて居て完全に断れ無い状況に追い込まれたので不承不承ならが了承する他無くなった。


 一旦着替えてから案内された場所は母屋の客間と言う事だったが私の知る客間は6畳もしくは8畳の部屋なのだが明星家の客間は最早会議室で30畳は超えて居るのでは無いだろうかソコに私の他涼子、美奈子、十和子そしてトレーナーの秋子の5人がテーブル席に座っている料理を運んで来たのは家政婦だかメイドだかのお手伝いさんらしい。濡れた着替えは選択され今は乾燥機に入っているらしく午後からもまた稽古が出来るようだ。


 配膳が終わって食事が始まる、料理は和食のランチセットのような物で仕出屋で見かけるような物が並んで居てご飯と味噌汁は家政婦さんがおさんどんしてくれる。食事中に会話らしい物は無かったが食事を済ませた後お茶とお茶請けが運ばれてから歓談タイムが始まった。


「そうだ美奈子先輩2年5組の件有り難う御座いました」

「私は何もして居ませんよ、ですが問題が解決したようで良かったですね。送る会も無事開催出来そうで生徒会でも胸をなで下ろしてました」


 島田が暴れた直接の原因はクラス運営に口出しされた為だったらしい、学年主任が島田のクラスに乗り込み劇の演目を既知の物へと強引に誘導し反発した島田を生徒の前で叱り飛ばしたようだ。

 そこに美奈子が関わっているのか確証は無かったが前の学生生活で教員が突然居なく無なったと言う記憶はなく明星家の力が働いたとしか思えなかった。


「そう言えば島田さんの所の俊夫君学校を退職されたそうですね、今朝島田さんから連絡が有りました」

「島田さんって県教育長の島田先生ですか?」


 秋子が島田と言う名前に反応して十和子に問い返していた。


「はいその島田さんのご子息が美奈子達の中学校で教諭をされて居たのですが昨日付で退職届けを出されたそうです」


 校長は第一の約束島田を退職させる事は実行してくれたらしい後は口止め料が支払われるかが問題なのだが。


「相変わらず十和子さんの交友関係には驚かされますね、子息と言えば聡志君、君って恵子さんの息子さんだってね。お母さんと違って真面目でビックリしたわよ」

「森永先生は母をご存じなのですか」

「ええ勿論、私も千葉市の秋葉台で生まれ育ちましたから、十和子さんや恵子さんにはお世話に成っていたのよ」


 話を詳しく聞いてみると母の実家に近所に生家が有るそうだ、場所を聞いて見るとそんな家も有った気がした。母方の祖父母が死んでからも叔父とは盆暮れに交流が有った、交流が途絶えたのは襲撃が有った日以降だ。


「お世話をしたって程の事では無いですよ、精々町内清掃を一緒にやったくらいで秋子さんは神社で巫女のお手伝いをして貰って居りましたからどちらかと言えばお世話に成ったのは私の方ですね」


 話題の中心は十和子に移って私や涼子は相づちを打つだけの存在になり、たまに話を振られるのだが答えにくい事ばかりで囲炉端会議に参加させられた哀れな中学生に成り果てていた。


 午後からは私も打ち込み稽古に参加したがさっぱりだ、師範には当然敵わないし師範代の美奈子相手にしても稽古がかみ合わない。

 私には対人戦の経験がなさ過ぎると言われた、でも本気の殺し合いと言うものを経験している数はこの道場に居る誰よりも多いだろう。しかし剣道の経験は殆ど無いことも確か、経験者相手には私のなまくら太刀筋が簡単に予測出来るようだ。


 私が島田を圧倒出来たのは、防具が無かった事と島田が私よりも暴力に慣れて居なかったに過ぎないらしい。私と涼子との実力差は、涼子が手を抜いて居るから形には成っているがとても打ち込むような事は出来ない、体感的に言うと涼子と師範が互角で数段落ちて美奈子、そしてド素人よりは多少ましな私と言う順だろう。

 稽古が終わって掃除の最中に美奈子に接近し、島田の話をもう少し詳しく聞いてみた。


「島田先生どうして辞めたんですかね」

「さあ私は聞いてませんが彼教員には向いて無かった見たいですね、学外でも傷害沙汰を起こして居たようなので」


 あの性格なら判る気がする、以前起こした事件では示談が結ばれ警察沙汰に成らなかったので教師を続けられて居たのだろう。しかし今回の件は私が有耶無耶にする事を許さず、保身に走った校長によって教壇から排除されてしまったと言う事で間違い無い。

 幸いだったのは私の情報が明星親子に伝わって居ない事でホッと胸を撫で下ろした。


「それと借りっぱなしの道具ですが自分用の物を買い揃えないと行けないですよね」

「今はまだ道場の道具を使って下さい、続けて行く確信が持ててからでも遅くは有りませんから」


 涼子と2人で自転車で帰って私は疲れから風呂に入って夕食を食べると早々に眠って仕舞った。朝母に起こされ目が覚めた。学校も休みだし寝かせてくれよと時計を確認すると10時を回って居る、昨日眠ったのは20時か21時だったので半日以上眠って居た事になる。


「聡志お客さんよ、校長先生と鈴木先生がおいでになって居るのよ、着替えて降りてらっしゃい。それと髪も寝癖がひどいから髪を梳かすのも忘れずにね」


 何を着たら良いか迷ったがジーンズにYシャツと言う無難な格好にカーディガンを羽織ってから客間に向かった、家の客間なんて明星家とは違い和室の6畳の部屋でしかない。


「お早う御座いますお待たせしました」

「元気そうで何よりだ、早速だけど今日明日分の課題を持って来たこれを持って部屋で勉強をするんだぞ。それとこっちは見舞いの品だ、生物だから早めに食べてくれ」


 紙袋に入った課題はどっしりと重かった、見舞いの方は包み紙からカド屋のケーキだろう私は苦手だが徹と父の好物だ2人が片付けてくれる事だろう。校長と鈴木それに私と母とで10分程会話をしただろうか、その後私は部屋から出され3人で何事かの話を行うと言う事で私は課題を片手に部屋に戻された。


 嫌に重い課題の中身を部屋で確認すると確かにプリントが2日分入って居たが底には更に厳重に封をされた紙袋が存在した。紙袋を破って中身を確認すると万札が入っている、束に成った物が4本口止め料が堂々親の目前で支払われた事になる。


 30分程で校長と鈴木が帰って行った、私は万札を机の置くに仕舞うと何処か別の場所で保管しなければ成らないと頭を廻らせて居た。

 両親からは何をして居ても干渉される事は無かったが、流石に万札が400枚も有れば問い詰められる事も有るだろう。

 ハッキリ覚えて居るのは、私の学生時代隠して置いたエロ本や怪しげなビデオテープの類が、キッチリと並べられ机の上積まれて居た事が有った。母親と言う物は息子のセンシティブな部分に容易に踏む混んでくる生き物だ、それは男子クラスメイトの話を聞く事で確信を持てている。


 2人が帰ってしばらく経って朝食件昼食のブランチに呼ばれた、食事をしながら2人は何の用件で来たのかと尋ねて見ると保険申請の手続きの話と月曜は表向き病欠とさせて欲しいと言う事だったと返事があった。


「治療費と制服代を貰ったんじゃ無かったの?」


 病欠の件は母もそれはそうかと納得していたようで後で涼子に口裏を合わすよう頼まないと成らない、月曜に涼子が口を滑らすとややこしい事になる。


「そうなんだけど学校の備品も壊れたので一緒に申請しないと保険が下りないんだって。だから協力して貰えませんかって話だったから私の方でサインして置いたけど問題無いわよね」

「良いんじゃ無いの」


 昼食を食べ終わって1人部屋に戻って金をどうするのか考える、最も見つかりにくいのは銀行に預けると言う方法だ。うちで使って無い銀行に口座を開設出来れば両親が気づく事は無い筈だ、銀行口座開設って本人確認が結構厳しかった記憶があるが現在はどうなのだろうか、試しに数千円持ってお年玉の残りだとか言って開設してみるか駄目でも怪しまれる事は無さそうだし。


 思いついた足で自転車にまたがり駅に向かって移動を開始する途中三文判を購入し、流石に東兼町内の銀行は知人の目が多すぎる為電車にのって近隣の中核市に移動し都市銀最大手の窓口に並んだ。

 順番が回ってきて呼び出されたので窓口の担当に口座を開設したい旨を説明した。


「お年玉の残りを貯蓄されたい訳ですね、印鑑を登録致しますのでお預かりします」


 身分の確認なんて一切無かった、こんなんじゃ犯罪に口座を使われ放題だろうだから本人確認の厳格化と言う物が進んだのだろうな。私が用意した4千円を快く通帳に入れてくれて何時でも引き出せるようにとキャッシュカードを持つ事を勧めてくれた。


 通帳とキャッシュカードを受け取り即座に電車に乗り込むあまり遅い時間になると母に何を聞かれるか判ったもんじゃない。駅前のバーガー屋でカモフラージュにハンバーガーを購入してから家に帰った、家に帰るとコッソリ自室に戻って1人バーガーのセットを食べて居ると紀子が押しかけて来てお兄ちゃんだけずるいと母に言いつけに行った。


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