第6話「才能」

「リュウ君これがお金持ちの家って事なのかな」

「お、おう。そうなんじゃないのか・・・な・・・」


 デカイ、でかすぎる何がって何もかもが庶民の住宅と異なって最初の門構えにびびり倒していた。家を囲む塀があるのだが当然私も何十年と東兼市で暮らして来たから塀がある事は知っていた、しかしこれが個人所有の持ち物だと言われるとその存在感に圧倒される。


「そんな所で口を開いてないで中に入るわよ、十和子さんを待たせる訳にはいかなんだから粗相の無いようにね」


 母は意外と大物らしくこんな現代にはあり得ないような門構えにも関わらず平気で中に入っていく、中もただただ広いと言う感想しか無く和風建築の巨大な母屋の脇には土蔵が3つその続きに道場らしき建物があるこれからここに通う日々が続く事になるようだが大丈夫だろうか我事ながら通い続ける自信が無い。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ皆様」


 剣道袴で現れたのは妙齢の女性で考える間でも無く明星十和子なのだろうが思って居たよりも若々しい。母の1つ上だと言う事は41なのでやり直し前の私より10程下だから若いと感じるのかも知れないが私が40の時はもっとおっさんだったと断言出来る。


「十和子さんご無沙汰しております」

「いやだわ恵子さん先日お目にかかったばかりじゃないですか。聡志さんに川上さんですね今日からよろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」


 道場に案内されると既に生徒が集まっているようだ、下は5、6歳の子供から上は私と涼子が最年長のようでメインターゲットは小学生のようだ。動きやすい格好をとジャージは持って来て居たが皆剣道袴を履いていて場違い感が半端無い、今日の所は見学をと言い出そうとしたのだが私と涼子の分の剣道着は既に用意されていた。


 着替え終わり道場に入った瞬間正座するよう指導され、神前にむかって座礼そして道場に対してもやはり座礼を行い館長である十和子に礼をする。私と涼子の2人は今日が初日と言う事とやはり年齢が高い事から別枠で指導が入る事になった、指導してくれるのは十和子では無く、何故か剣道袴姿の美奈子から教わる事になった。


「まさか緒方君がうちに剣道を習いに来るなんて思いもしませんでした、川上さんとは初対面ですねこれからよろしくお願いします」


 美奈子と簡単な挨拶を済ませた後、今からは美奈子を師範代と呼ぶように申しつけられた、私と涼子2人の事は名前呼びするそうだ。


「それぞれ2人の志望動機を聞かせて貰えますか、動機次第では練習内容を変えなければ成りませんので」

「私は自衛手段を習いたかったのと部活に変わる運動をしたかったからです」


 正式な武器の取り回し方法を知りたかったと言うのが本音なのだがそれを言えばドン引きされる事間違い無しなので無難な動機にしておいた。


「将来警察官になりたいのでその事前準備として剣道を習いたいです」


 涼子は警察官になりたい話を披露したが美奈子は深く頷いて判りましたと一言呟いた。


「では2人とも今日一日素振りをしてもらいます、自由に竹刀を振って貰って構いませんもう限界だと思えばそこで終わって下さって構いません」


 難しい事を言い出した、まだ私の方は竹刀では無いが棒状の物を振るった経験が有る、なんせ世紀末を50に成るまで逃げ続けて来たのだ、追いつかれて絶体絶命となれば戦うしか無い。

 人型の奴らや獣型の奴ら何とも形容しがたい姿の奴らとの戦闘経験が有る。


 竹刀を握った感想を述べるなら軽くて短い、実戦じゃ槍や棍を使った方が良いがこれは実戦じゃなくて戦う準備だと想定して竹刀の束を雑巾を絞るように握ると大上段に振り上げると一気に振り下ろす。

 確実に私のフォームは剣道の素振りでは無いだろう、そんな事は回りの子供達を見て居れば判ったがそれでも自分のフォームで降り続けた。


「お二方とももう結構です、大変優秀すぎて私が教える事が無さそうに思います。ですが剣道は武道であると供に礼節を学ぶ場でもあります。私の指導は礼節担当になりそうですね」


 何度竹刀を振り下ろしただろうか、200を数えた先の記憶が無い。私の回りには汗が滴り落ちていて身体から湯気が出て居る、握った竹刀が手から離れないので1本づつ指を美奈子が剥がしてくれる。掌はマメが出来それが破れて血が出ていたが武器を握ると言う事はそう言う物だろう。


 一方の涼子だが素振りを初めて直ぐにたどたどしい型では無くなり無理の無い自然なフォームに変わった。竹刀を振る速度は私の何倍も速く素人の女子中学生が出来る素振りでは無くなって居る。一言で言うなら天才、美奈子が発した讃辞の声の大半は涼子に向けた物だっただろう。


 滴り落ちる汗を拭う為更衣室に移動してシャワールームが有ることに気づいた、純和風の建築だと思って居たが所々近代的な手法が取り入れられている、この道場が思ったよりも最近建てられた建築物らしいと言う事を察した。

 着替えは一式持って来てあるのだが残念ながらパンツの替えは無い、汗だくのパンツを履くのは嫌だなと風呂場で手洗いしてよく搾ってからパンツを履く。違和感が仕事しだして歩き難いが履いている内に乾いてきて強引に着替えを行った。


「聡志さん、涼子さんの事を少しお訪ねしたいのですが宜しいですか」


 更衣室を出たところで美奈子に捕まった。


「良いですけど直接聞いた方が早いと思いますよ」

「涼子さんって何か身体を動かす事をされて居たのですか」


 私の進言は聞き入れて貰えないようでそのまま質問を切り出された。


「半年くらいは一緒にテニス部で活動してましたよ、新入生で地区予選の決勝まで行けたのは涼子だけでしたね。ちなみに私は初戦敗退です」

「地区予選の決勝ですか、それは・・・すごいのですよね」


 全くすごく無いように聞こえるのは気のせいだろうか、その後に続く県大会には学校全体で棄権していたので地区大会優勝が涼子最終成績だ。


「剣道の動きに特質して才を発揮したと言う事でしょうか」


 ぼそりと呟いた言葉から嫉妬心を感じ無かったのは意外だった、私は美奈子と言う人物の本質を捉える事が出来て居ないようであった。


「2年5組の事で心を痛めておいでだと伺いましたが、何が問題だと思われますか」


 涼子の質問は前フリで本題は送る会の話だったようだ、しかし私は心など痛めて居らず5組の事を気にしていると言うより仕事が増えるのが嫌だなと言う程度の話だ、5組の事は涼子が話したのだろうか秘密にしていた訳でも無いから構わないのだがらしくない。


「担任の島田先生だと思います」

「池沢さんでも西村さんでも梶原さんでも無く島田教諭ですか、理由をお聞きしても構いませんか」


 史奈と西村はさておき梶原って誰だと思いながらも島田の事をオブラートに包んで話した。島田の空回りするやる気を特に念入りに話た。


「責任者に池沢さんを押し付けそこに脚本担当に無能な西村さんを指名した、と言うことがそもそもの失敗だと仰りたい訳ですね。納得の行く説明です、島田先生はドラマを見て教員を目指した世代なのでクラス運営を色々試したかったのでしょう。何が出来るか判りませんが私も動いて見ます、それで聡志さんの肩の荷が少しでも軽くなるなら幸いです」


 肩の荷と言う程重苦しい物でも無かったが小さな棘と言う程には心苦しい問題だった、本気で行動すればどうにか出来る程度の物だったが私はそこに労力を割くつもりは無かったそれよりもあの日をもう少しましな形で迎える事の方が大問題だったのだから。


 涼しい顔の涼子も着替え終わったらしく最後に全員で道場の清掃をしてから帰宅する、だけなのが母が師範に捕まって居る為しばしの時間を待たなければ成らなかった。

 剣道道場が開いて居るのは火曜、金曜、日曜の週三日時間は火曜と金曜は午後から日曜日は終日道場を開けて居る、月謝は3000円と良心的でとても利益が出るとは思えない。自宅に帰ってから自転車で通うことになり夜の1人歩きは絶体駄目って事で必ず涼子と一緒に帰るよう厳命された。


 翌月曜に担任教師鈴木の計らいで数学の時間を潰してロングホームルームが開催され、送る会での発表順の紹介と合唱する選曲へと移っていく、名前も忘れて居た級友が何の曲でも構わないのかと尋ねて来た。

 原則何の歌でも構わないと言って置いたが3年生の誰か1人でも見送りたい気持ちがあるならそれに相応しい曲を選んだ方が良いと但し書きをすると少し考えて彼は判ったと返事してくれた。


 1年1組の選曲はまあ無難な物で纏まった、5曲選出して5曲とも他のクラスとも被りそうだがそうなるとまた決め直しになるのだろうかそれとも私と弥生が独断で決める事になるのだろうか、そんな事を考えつつ日常通りの学生生活をも送っていく。


 火曜日、涼子と2人で道場に出かけたのだが師範代である美奈子の姿は無い、生徒会長である美奈子がそんなに早く帰って来られる訳でも無いので当然と言えば当然で本日は館長でもある師範が1人で教えてくれる。

 そこで始まったのが涼子と師範による立ち稽古、いくら天才的に剣道の才能を発揮している涼子であろうとも師範に勝てるわけも無く防戦一方なのだがやがて時間の経過と供に何十回に1度は反撃を試みるまでになっていた。


 私はと言えば素振りと筋トレ、筋トレはちゃんとしたマシーンが別室に完備されて居て、小学生が使う訳も無いので私1人の独占状態なのだが師範の目が届かない事を良い事に小さな子供達が私に甘えて来る。

 何故私に子供が甘えて来るのかそれは溢れんばかりの父性がと言うわけじゃ無く中学生にしては低い身長に関係してる事は容易に想像出来る。子供達をあしらいながら筋トレを続けて居ると涼子と師範代の立ち稽古が終わったようなので冷やかしに行ってみた。


「川上さんは日本選手権に興味がありますか」

「そう言う大会とかは興味無いです、先生やリュウ君それに子供達と一緒に楽しく身体が動かせられて、ついでに刑事になれれば言う事ありませんが成れないなら成れないで構いません」


 冷やかそうかと思ったが後ずさりして筋トレに戻った。


 週末の土曜委員会の集まりが有って私達の送る会の実行委員も空き教室で合唱曲の話合いを初めるのだが先制を切って睦月が2年5組の演劇の題目が決まったと発表した。


「2年5組は『洞穴暮らしのジモッティー』を演じます、予定上演時間は45分です」


 なんだよそれと言うタイトルの演目だったが学生演劇界では割と有名なタイトルで出演人数の少なさと舞台が洞穴なのでセットが作りやすく出来て居るそうだ。

 結局オリジナル台本で行くと言う話は消えてしまったらしい。予定は未定、素人が行う演劇で練習時間も短い、上演時間が押す事は間違い無いだろうなそれにだ演劇部が行う『風と共に去りぬ』あれ1時間で収まるような内容では無い午後からの1時間半2つの演目をやりきる事は出来ないだろうなと思ったのは俺だけでは無いようで送る会の責任者高野は頭を抱えて居た。


 午後の部のプログラムは完成し午前に行われる合唱曲の選曲が行われ居る、私達1年1組は被りの無かった2曲を歌うことに決まった、両方の時間を合わせると13分持ち時間は15分なので丁度良いと思う。決まった楽曲の譜面と歌詞を準備するのも実行委員の仕事でこの費用は学級費から補填されると鈴木から聞かされて居る。もう少し時代が進めばネット検索してプリントアウトすれば終わりなのだが今はそうは行かない。


 粗方楽曲も決まって後は僅か3クラスが抽選で楽曲を決めて居る、5曲中5曲被った3クラスなのでクジに負けたクラスは何を歌うのか気になる所だ。が私と弥生はする事も無いのでこの後早々に歌詞カードと譜面をどうするのか相談する事にした。


「譜面は図書館で借りられると思います、歌詞カードはレンタルビデオ屋さんでCDを借りて紙に書き写せば良いですか?」

「図書館は弥生さんが行ってくれるかな、私は歌詞カードの方を担当するよパソコンを使えば時間は掛からないから」

「はいじゃあ手分けして取りかかりましょう」


 最後のクラスの楽曲が決まってプログラムは完成した、後はパソコンで清書してコピーすれば綴じるのは各クラスが担当する、送り出す3年の分は2年生が送るので1年生が気にする事では無い。

 送る会の実行委員会が終わったので担任の鈴木に連絡を入れる、当然携帯なんか無いので職員室を訪ねて行くのだが職員室には立ち入り難い雰囲気が充満して居た。


「どうして私が教育センター送りになるんですか、こんなのおかしいじゃ無いですか」


 騒いで居るのはスーツを着た男性教諭で見覚えは有るが何処のクラスの担任で何を教えて居るのかは判らない。教育センターと言う所がどんな場所かは知らないが良い場所では無いのだろうと言う事は想像出来た。


「島田先生落ち着いて下さい生徒も見てますから、それに教育センターでは無く千葉教職員研修センターです。組合も認めて居る立派な施設で研修を終えればまた学校に配置されると聞いてますよ」


 騒いで居たのが2年5組の担任島田だったらしい、年の頃なら25,6かまだまだ子供気分が抜けて居ないのだろう教頭相手で抗議と言うより恫喝を行って居た。当時の私なら兎も角社会人経験を積んだ後終末を生きて来たのだ、おおよその事情は察したがそれで彼が何をわめこうが気にしなかった。


「お前何を見てるんだ、俺の事を馬鹿にしてるんだろう」


 教頭の一言で恫喝する相手が私に変わったようだ、これには流石に傍観していた他の教員達も黙ってられなくなったようで動き出そうとして居る。


「馬鹿になんてしてませんよ、あなたに興味が有りませんので」


 私のその一言で島田は切れたようだ、机に飛び乗って私目がけて一直線で向かって来る島田を制止しようとして居た教員達の動きが僅かに間に合わなかった。


「指導してやる」


 机から私目がけてダイブしてきた島田を軽やかに躱すと手近に有った箒を手にして島田に向かって打ち付けてやった。


「痛い、辞めろ、教師に向かって何を、痛い、痛い、痛い。辞めろーーーーーー殺すぞ」


 冷静さ失った島田が私に向かってそこら中の物を投げつけて来たが躱しながら箒で打ち続ける。私に投げつける物が無くなった島田と一瞬目が有ったので私はこの箒で喉元を突き破ると言う明確な意思を向けて構え、そして島田の目を凝視した。

 すると島田は頭を抱えその場に丸くなると号泣して許しを請いだした。その瞬間を見逃さず教師陣が島田を拘束し職員室から連れ出してしまった、取り残された私と箒の立場の無さは尋常では無かった。


「緒方悪かったな、怪我は無いか」


 私に声を掛けて来たのは担任の鈴木で平然としていた、戦中派の面目躍如かあの程度の事では動揺なんてしないようだ。


「怪我は無いですが驚きました」

「そりゃあビックリするわな」


 私と鈴木が普通の会話をしていてる間に混乱から回復したであろう女性教諭が私の元に駆け寄り、怪我は無いかと私の身体や頭をなで回している。


「なんで島田が緒方に殴りかかって行ったと思う」

「恥をかかされたと思ったんじゃないですかね、それとも納め所が無かったのかな教頭先生が逃げ道無く追いつめて居た見たいですし。どう言う伝えたかをしたのか知りませんが職員室で言い渡す必要は無かったんじゃないですかね、他の先生方が見て居てやっぱり恥をかかされたと思ったんだと思いますよ」


 あのままなら教頭が殴られてその後はどう成ったろうか、おそらく警察を呼ぶような事はしないのでは無かろうか私なら部下に殴られたと言って警察を呼ぶような事はしない。


「そこまで判って居て興味は無いは頂け無いな」


 じゃあ生徒に向かって島田が殴りかかったらどうするのだろうか、教頭の心情としてはやはり警察を呼びたくは無いだろう。じゃあ目の前に居る鈴木はどうであろうか、やっぱり警察沙汰にはしたくないだろう。


「本心でしたから」

「武器を使って反撃するって事がどう言う事になるのかも判って居るよな」

「正当防衛として処理されるんじゃないですか」

「日本の法律では武器を持って反撃すると過剰防衛として緒方が逆に裁かれる」

「本気で言ってます?それとも警察を呼ばれたくないから脅して居ますか」


 どこの世界に子供が襲い掛かられているのに過剰防衛なんて持って来る警察が居るのか、13才としては小柄な私が怒り狂った島田に襲われてたのだ箒を持ったくらいで過剰防衛に問うような事はしない。そんな事誰が見ても一目瞭然の事だったが中学生には判らないかも知れない。


「脅している訳じゃないがそう云う事もあり得るって話だ、これだけの目撃者が居て未成年の緒方が裁かれるって事は無いがそれでも武器を使うのはやりすぎだと指導しなきゃならない立ち場だ。いくら校長でも流石に内々で処理出来ないだろうからな」

「学校内で起きた事に警察に介入されるような事は避けたいのですが」


 私と鈴木の会話に介入してきたのは事無かれ主義の校長だった。

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