第3話「憂鬱な月曜日」

 自宅から学校まで歩いて30分、私は普段涼子と甲斐それに沙耶の幼馴染4人コンビで一緒に通学している。しかし甲斐と沙耶は部活の朝練が始まったらしく珍しい事に涼子と2人きりで通学路を歩いている。

 途中友人が合流してくる事も有るので、何時までも2人きりと言う訳でも無いので、2人だけの内に道場の件を切り出し伝えた。


「剣道って竹刀を持ってするあの剣道、どうして突然そんな話になったの?」

「涼子は警察官になりたいんだろ、だったら剣道か柔道が必須になるから今から習って置いた方が良いんじゃないかって思ってさ」

「そんなの習わないと刑事になれないの?だったら辞めとこうかな」


 涼子は運動が苦手な訳じゃ無くむしろ得意な部類だと言える。私と一緒にテニス部に入って最初の大会で新人ながら地区大会の決勝まで進んでいた。

 テニスは個人競技なのでド新人の私達も大会に参加する事が出来た、私は1回戦の相手に6-0,6-0のストレートで負けて敗退した。

 この頃の私は、運動音痴じゃなくて成長が遅いだけだと自分に言い訳して居た。

 中1の終わり頃私の身長は160センチと回りに公称していたが実際には158.5センチしか無く165センチの涼子よりだいぶ低い。

 私の成長が加速したのは高校に入った頃だった、中学最後の春休み170センチまで成長した私は高校を卒業した頃には180センチに迫って居た。

 高校時代何を思ったのか世間の流行に乗ってバスケ部に入り、3年の最後の大会で地区大会の予選を何十年かぶりに突破して県大会に出場すると奇跡の1勝をもぎ取って競技人生を終了させた。


「入る事にしたから涼子もどうかなって勧めてるんだけど・・・やっぱり駄目かな」


 突然の誘いに驚いていたようだが前向きに検討してくれるようだ、その後通学路上で友人達と合流して学校を目指したので剣道の話はお終いになった。


 昇降口で涼子達とは別れ下駄箱から上履きを出す、下駄箱には可愛くラッピングされた袋が入って居て、手早く鞄の中に袋を入た。だれにも見つかって居ないかとドキドキしながら上履きに履き替え、教室へと向かうのだが教室の場所を覚えて居ない。        

 1年1組だと言う事は辛うじて覚えて居たが、クラスメイトの顔さえ思い出せない。


「サトチンお早う」

「おおお、ガッツ久し振り」


 私に声を掛けて来たのは相場勝、野球少年でガッツ有るプレイを信条にしてたから通称ガッツ、1年と3年の時には同じクラスで仲が良かった。


「土曜も会ったじゃんかよ、どうしたのよサトチンテンション高いじゃん」

「うんまあそうなんだけど部活終わったの?」

「朝練はランニングだけだったんよ、野性のゴリが来なくってさ警察に捕まったんじゃないかって先輩が言のさ、そんな訳無いじゃんかよう」


 野性のゴリラ事矢野浩治、野球部の顧問で高校時代に甲子園に出場している。女子受けは全く無く、嫌われ、嫌悪の対象になっていた。それもそのはずでセクハラは日常茶飯事、可愛い子には露骨に贔屓し、その反面ブスには異常に厳しい。

 後年と言うか今から5年後、野球部のガッツの先輩達が言うように警察のご厄介になる。罪状は児童買春防止法違反、中学生相手に金を払って夜の相手をさせて居た、余罪が天こ盛りに有ったようでこの時代でも現在進行形で犯行を犯して居るのでは無かろうか。


「それよりさサトチン、チョコって貰った?」

「涼子から毎年貰ってるけど」

「そう言うんじゃなくってさ、もういいや教室着いちゃったからこの話はまた後でな」


 教室で私の席まで案内して欲しかったのだがガッツは自分の席に向かって行ってしまった、仕方無く教室にゆっくり入って行くと見覚えの有る同級生がお早うと声を掛けて来てくれたので私も挨拶を返す。

 自分の席は何処だろかなと彷徨いて居ると1人の少女に目が行く喉元まで名前が出掛かっているが出て来ない。

 しかし彼女の姿は覚えて居る、何の行事だかは覚えて居ないが一緒に外が暗くなるまでどこかの教室で作業を続けて居たのだ。フラフラッと彼女の隣の席に近づく、すると机の横に巾着袋が掛かっていて見覚えが有る、見覚えが有る所か私が使っていた袋に違いない、兄弟お揃いで母が作ってくれたものだ。


「お早う御座います緒方君」

「お早う佐伯さん」


 苗字で呼ばれて口に出たのが佐伯と言う名だった、佐伯弥生、彼女は私を緒方と苗字で呼ぶ数少ない同級生だ。

 弥生とは中学で出会ったので小学校は学区が違う、彼女と一緒になったのは1年の頃だけでそれ以後学生時代に接点は無かった。

 弥生が何処の高校に進学したのかすら知らなかったが、何故か印象に残っている。


 弥生の名を再び目にしたのは、市役所で働き初めてからだったから22か3の頃だろう。職員名簿に彼女と同じ名前が記載されて居た、数年で名前が消えて居たので退職したのだと思う。私と弥生は同じ市役所に勤務しながら会うことは無かった、弥生は保育士として専門職で私は総合職で初任課は税務課で本庁勤務だったと記憶している。保育士の弥生とは偶然でも無い限り会う事は無かったのだ。


「緒方君、3年生を送る会の資料は生徒会室に有るんだそうです。放課後一緒に探しにくれませんか」


 そうだ、3年生を送る会だった。弥生と一緒に遅くまで作業していたのは3年生を送る会のプログラムを2人で清書していたのだ、この頃まだデジタルコピーを生徒には使わせてくれず手回しの輪転機を回してわら半紙に複写していた。

 あんなレトロな物に触れたのがアレが最後だっただろう。


「今日の放課後で良いのかな」

「はい今日でお願いします」


 事務的な会話を弥生と行って居たら予鈴が鳴って、しばらくすると担任の鈴木が現れた。鈴木は数学の教員でそれ以上の思い出は無い。

 朝のホームルームでチョコレートを持ち込むなと言うどうでも良い話をした後、女子からブーイングが起こりるが14日の定例行事なのだろう。


 1限目は鈴木の担当する数学で、そのまま鈴木は教室に残り授業開始のチャイムが鳴ると退屈な授業が始まった。

 図形の問題が並んで居たが授業にはついて行けそうで、この内容なら今直ぐ定期テストが始まってもそれなりの点数は取れそうだった。


 2限目は現国、3限と4限は理科、今の所学習状況に問題は無い、少し不安が残るのは国語だったが平均点を目指す分には大丈夫そうだ。


 昼になって給食が始まる、幸い食事当番では無く並んで置かずとご飯を受け取ると何故か飲み物が牛乳なのだ。これがパン食なら判らなくも無いが、何故ご飯と一緒に牛乳を飲むのだろうか、誰も疑問に思わず給食を食べている風景が不思議でならない。

 昼食は班毎に机を寄せ合って集団で食べる、そう言えばこんな事毎日してたっけかと薄い記憶が甦って来た。


「サトチン牛乳好きだろ俺のも飲んでくれよ」

「嫌いじゃ無いけど今日のおかずには合わないよな」


 昼食中に話掛けて来たのは同じ班の佐藤と言う少年で苗字くらいしか覚えて居ないが彼からは度々牛乳を貰って居たような気がする。


「だろ、俺牛乳嫌いだからって言う訳じゃ無いけど、ご飯と味噌汁と煮物に牛乳は合わないと思う」

「残しちゃ駄目なの?」

「そんな事したらまた鈴虫の戦争話が始まるから、お願い今日だけ本当に頼む」


 鈴木は戦中派だったか、私の両親より一回りは上であろう鈴木は少年時代を戦火で過ごしているらしい。飽食の国現代日本に思う所が合っても不思議じゃ無いな、私は佐藤の牛乳を受け取ると飲み干して空箱を返してやった。

 そのうちアレルギー関連でお残しが許されるようになるのだが、それは私達の学生生活が終わった後の話だ。


 昼食を食べ終えても席を立つことは許されて居ない、昼休みは昼食後30分経過した後だったらしいがそんな事全く覚えて居なかった。


「前田先輩、海浜第二の番長とタイマン張って勝ったんだってさ」

「前田先輩って誰?」

「サトチン知らないの?うちの学校の番長だよ」


 佐藤の話は本当にどうでも良い話で耳にしても全く頭に入ってこない、私は視線を同じ班の女子リーダー横田あずみに向けた。


「前田牛乳の前田公彦先輩の事よ、聡志君小学校の頃児童会で一緒に活動してたでしょ」

「ああ公彦君の事なんだ」


 佐藤が大袈裟に話しているだけで前田公彦は不良でもましてや番長でも無い、ただ中学生にしては体格がデカイだけで普通の生徒に過ぎない。

 小学生時代に児童会で活動なんてしてたのかと疑問に思うのだが、あずみが言って居るなら間違い無い筈だ。


「サトチンすげー番長の事名前呼びなんだ」


 前田は襲撃の有ったその日に死んだ、彼は県警の強行犯係に居たから前面に出て奴らに狩られた。私が彼の死を知らされたのは襲撃から数日経った後の事だが役所に設置された防災本部で聞いた話なので間違い無いだろう。


 給食の時間が終わると三々五々クラスから人が散って行く、私は机を元に戻して1人机の中に入って居た読みかけの小説を読んでいた。

 内容なんかは問題じゃなく教室から人が減っていく事を待つために読んでいる、当然この小説は既に読破澄みで犯人の誰だかと言う事も覚えて居るが、時間潰しに丁度良い。

 人が減ってきてそろそろ鞄に入れた箱の差出人を確認しても良い頃だろうと立ち上がった、すると教室の出入り口でガッツが私に向かって高速で手招きしている姿が目に入る。


 仕方無くガッツの方へと移動すると腕を握られ無言で校舎の裏手へと引っ張られて行く、二月の半ばなんて真冬の真っ只中で寒いのだがガッツの言いたい事は予想が付いたので大人しく着いていく。


「サトチン今から言う事絶体に誰にも言わないって誓えるじゃんか」

「誓う誓う、それで誰からチョコを貰ったの?」

「サトチンひょっとしてハンドパワーが使えるんか」


 あんなに分かり易い行動と言動を取って居たのに本当に伝わって居ないとでも思っているのだろうか、思春期真っ只中の中学生の事を見誤っていたようだ。


「で誰よ」

「3組の幸田香代」

「御免本当に知らないわ」

「サトチンが知らないのも無理無いかも、夏休みが終わった頃に越してきた子だし」


 夏休み中じゃなくて終わった後に転入してきたのかそれは随分と珍しい、後で情報通のあずみに聞いて置こう。


「それで付き合いたいとかそう言う相談?」

「付き合うって何すんの?」

「そりゃあデートとか家に呼んだりするんじゃ無いの」

「サトチン、デートなんてやった事が有るんじゃん?」


 デートって2人きりで出かけるって事だよな、涼子と一緒に遊びに行くときにはこぶつきだったし、沙耶の家に遊びに行くと由希子が居た、そう考えるとこの頃はまだ女の子と2人で遊びに行った事は無いな。


「無いかも」

「だろ、じゃあ何して良いか俺も判らないじゃんか」

「そもそもガッツはその幸田さんだっけ、そのこの事好きなのかそこが最重要だと思うんだけど」

「好きか嫌いかって言うと好きだけど大好きって訳じゃない。のんぴーとならマッハで付き合う」


 のんぴーと言うのは甲子園入場曲を史上初めて3期連続で採用されたアイドル高橋法子の事だ、うん確かにこの頃ならスーパーアイドルだ。

 後年の落ちぶれっぷりを見れば100年の恋も冷めるだろうが、ガッツが真っ直ぐな目でのんぴーを好きだと言う事は理解出来た。


「どうやってのんぴーと出会うんだよ、ガッツが高校野球で活躍したって会えないからな夢みたいな事言ってちゃ駄目だろう俺達中学生なんだよ」


 我ながら臭い台詞を吐いてしまった、中学生なんて夢見がちな少年少女の集まりなのにな。


「本気じゃ無いって、でもさ幸田香代っ美人でさオッパイも大きいじゃんか」

「そうかオッパイがでかいのかそれは揉むしか無いよね」

「揉んでも良いの?」


 駄目に決まってるジャンかそんなの、でもまあ中学生男子の夢だよな、中にはそんな行為すっ飛ばす奴も居るだろうけどそれは私達の事では無い。


「よし行って玉砕してこようか」

「玉砕しちゃ駄目じゃんか」


 騙されてはくれなかったか、チョコレートをもらってるんだしオッパイ揉んでも100に1つくらいは許されるのでは無いだろうか。確率的には99の方を引く可能性が大だが、ひっぱたかれるくらいで収まればヨシだが、その後エロイ噂を流されるとガッツの青春は終わる。

 恋愛相談が終わるとその後は午後の予鈴が鳴るまでオッパイ論議を繰り広げた、最終的に3年の元女バレのキャプテンが最強と言う事で結論が纏まった。

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