第22話

あれこれと考えながら歩いていけば、目的地には着く。

相変わらず突然切れる木々の中、ぽっかりと空いたそこで、ぼんやりとした明りに照らされて、彼女が昨日と変わらぬ様子で、望遠鏡を覗き込んでいる。

星の瞬きなんて変わらないだろうに、それこそ過去の光。

毎日見たところで何か変わるんだろうか。

そんなことを考えながら、さらに歩みを進めれば、向こうがこちらに気が付く。

わざわざ足音を小さくして歩く趣味もないし、ランタンも手に持っている。

音も光もあるのだから、まぁ、気が付くなというのが無理な話だろう。


「こんばんは。今日も晴れていていい夜よ。」

「うん。こんばんは。」


随分と珍しい挨拶だ、そんなことを感じてしまうが、とりあえず返事だけして、いつもの切り株に荷物を置く。


「なんだか、元気なさそうだけど。」

「そうかな。」


ほとんど面識のない相手にも分かるくらい、表に出てしまっているらしい。

普段ならそういった物は頑張って、それこそ感づかれないようにと、どうにか取り繕っているけど、この場所だと、そうもう行かない、そういった事もあるのだろう。


「うん、何となくだけどね。」

「そっか。まぁ、気にしないでよ。そっちは今日も、うん、変わってない感じだ。」

「ええ、まぁ。むしろ昨日よりも体調がいいかな。ちゃんとしたもの食べたし。」

「今日も持ってきてるから、後で食べなよ。」

「ありがとう。なんだか申し訳ないと、どうしてもそう思ってしまうけど。」


何となく切り出せずに、そうとだけ言って、食べ物は流石にと彼女が先に敷いているシートの上に乗せる。

今日も中身が見えない容器で、中に何が入っているか分からないが、それなりの重さがある事には変わりない。


「中は、後でもいいかな。」

「うん、その、私はもらう側だから。」

「んー、お腹が空いてれば、先にどうぞ。」

「そういう訳にはいかないよ。」


そうして手を振る彼女に、先ほどふと疑問に思った事を聞いてみる。


「毎日見てるけど。」


そう切り出せば、彼女は一つ頷く。

どうやらよくある疑問であるらしい。


「うん、そうだよね。毎日見てる。星空なんて変わらないように見えるから、不思議でしょ。」

「まぁ、そうだね。特にあのあたり、カラス座だったかな、あれでも半世紀位前の光じゃなかったっけ。」

「そっか、事典は見たんだもんね。でもよく覚えてるね。」

「神話とか、そう言ったのは面白かったし。」


そう肩を竦めて応えれば、彼女は笑いながら説明を付け足してくれる。


「そうだよね。やっぱり星座としてみたら、そっちの方が興味を引くものね。

 全部じゃないけど、一番近い星はアルキバ、48光年だったかな、そのまま上に行けばちょっと左の方に逸れるけど、一番明るいギェナー。こっちが150光年くらい。

 人じゃ、少なくとも私達じゃとてもたどり着けないところにあるんだけど、こうして毎日観測してるとね、やっぱり公転に合わせて少しづつ動いているのが分かるし、回りの星の影響で、見え方、明るさが変わったりするんだ。」

「そう、なんだ。」

「うん。そういった星は流石に簡単に気が付ける物じゃないけど、太陽系の惑星とか、そういった物は結構、うん一月位写真を撮って、並べてみると、本当に変わっていくんだよ。」

「そうなんだ。」


その言葉は、少し意外に聞こえてしまう。

確かに調べたとき、書籍によって見た目が違う事はよくあったけど、てっきり機材の都合とか、そんなものかと思っていたら、それだけではなかったらしい。


「事典とかに乗ってるのは、おすすめの一枚ってことなのかな。」

「どう、だろう。その、学術的価値、例えば月だと観測しにくいクレーターがはっきり映ってるとか、そういった基準もあると思うし。」

「そのあたりも含めて、一番いいの、って事じゃないかな。」

「そうだね。きっとそうだ。」


何やら、難しいことを言い始めた彼女の言葉を遮って、そう告げれば、なんだか彼女も腑に落ちたようで、少しきょとんとしたような、そんな表情を浮かべた後に、そうして笑いだす。

暫く声を出して笑っていた彼女だが、僕がギターを引っ張り出して、弾きはじめるころには、それも少しは落ち着いたらしい。


「それにしても、ぱっと出るのがからす座なんだ。」

「うん。一応、近くにおとめ座とか、うみへび座があることくらいは覚えてるけど。」

「黄道十二星座が後に来るんだね。」

「おとめ座の物語って、正直あんまり印象に残ってなくて。」

「からす座の方も、その、あんまり趣味がいいとは思わないけど。」

「だから逆に覚えたんだよね。」

「ああ、確かに、印象には残るよね。」


指をのんびりと動かしながら、そんなことを話す。

星だけを追っているのかと思っていたら、それに付随することも彼女は知識としているようで、興が乗ったのだろう。さらに関連する話をこちらに振ってくる。


「他には、えっと、好きな星とかは。」

「好きな星。」


言われて少し考える。

これまでそんな風に見たことはないなと。そして、それをそのまま口に出す。


「うん、考えたことが無いかな。」

「そっか。」


そうしてみれば、彼女は少し落ち込んだように見える。

ただ、頭に、ぱっと浮かぶ星の名前は、直ぐに出た。


「でも、直ぐに出るのは、フォーマルハウト、かな。実際に見たことはないけど。写真で見た時、すごくきれいだったから。」

「リング、かな。うん、流石に簡単にはみれないからね。」

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