第21話

「じゃ、行ってきます。」


昨日と同じく、祖母からなにかの食べ物をまた持たされて、見送られる。


「はい、行ってらっしゃい。」

「うん。」


いつもならその声を背に、ふらりと出かけるのだけれど、今日は祖父の頭から離れないため、足取りが重い。

手癖で出来る課題の類と違って、今日は外をふらふらと歩いている間にも、その言葉が常にどこか重さを与えてくれた。


「どうかしたの。」

「まぁ、うん。じーさんから言われたことをね。」


そう、色々考えてしまう。

あってから決めようだなんて、そうして先送りにしても、こうして時間が近づくたびに、奥底にしまい込んだはずがふわふわと浮かんでくる。

面倒だ、どうしても、そう感じてしまう。良くない事だと分かっているのだけれど。


「そう。」

「うん。どうしようかなって。」


そうして肩を落として祖母に伝えれば、祖母はただ笑って返してきた。


「好きにしたらいいのよ。」

「でも。」

「誘っても、断るかもしれない。お爺さんはね、その子も心配しているだけなのよ。」

「僕があの子を追い出せば。」

「そうね、解決したかもしれないわね。それとももっとひどい方向に行ったのかしら。」

「それは。」

「だって、その子は別の場所を探すでしょう。今度は、これまで危ないと避けた道を選んでしまうかもしれないもの。」


祖母にそう言われて、僕は初めて気が付いた。

彼女も目的があるからここに来ているのであって、一つ所が駄目と言われて、直ぐに帰るとも限らないのだ。


「そうかも。」

「そうなのよ。」


あの人は昔から言葉が足りないから。

祖母はそういってため息をつくと、僕に話しかける。


「本当に好きにしたらいいのよ。それこそ何時から何時まで、それだけ聞いてもらえば、その前後で私から聞いている連絡先に確認して、無事かどうか確認すればいいんだもの。

 あなたが、合わなかったら、その時に対応すればいいんだもの。

 ただ、私達は出来る事が有るから、やってあげてもいいかな、そう考えてるだけよ。」

「難しいね。」


祖母の言葉は難しい。

無かったことに、見なかったことに、そうするのが一番簡単だと、それくらいは僕にもわかるから。


「難しく考えるから、難しいのよ。」


祖母は変わらず笑いながら話しかける。


「そう、かな。」

「ええ。」


祖父の言葉が足りないと、そういう祖母の言葉が足りている気もしない。

それについては僕が言えたことではないと、そういった自覚はあるけど。


「あってから、話して、それで。」

「ええ。それで。あなたはきちんとしてるから。」

「そうでもないと思うけど。」

「そうでなきゃ、初めて会った相手に連絡先なんて、教えないわよ。

 きっと悲鳴を上げて逃げているわ。夜中に山の中、見知らぬ人に会ったら、怖いでしょう。」


祖母がそういって、帽子の上から数回頭を叩く。


「さ、行ってらっしゃい。難しいことはさっと片づけて。」

「うん。」


そう言われて祖母に背を向ける。


「今日片づけてしまえば、明日からはいつも通りなのよ。」

「そっか、そうだね。」


背中越しにかけられた祖母の言葉に、ただ頷く。

言われてみればそうだ、結果がどうなるかは分からないけど、とりあえず話すだけ話してしまえば、それで終わるんだ。

そして、終わってしまえばこの問題も終わり。

それ以上はないんだから。


「じゃ、行ってきます。」

「はい。行ってらっしゃい。体が冷えないうちに戻ってきなさいね。」


祖母からはいつも通りの言葉で送り出される。


「うん。でも、ばーさんは、どっちがいいの。」

「正直に言えば、どちらでも。一番いいのは、あなたが一番うれしい結果になる事ね。」


そのあたりは、祖父も祖母も変わらない。

僕が楽しいかと聞いても、二人はそれに応えず、じゃあやってみなさい。そうとだけ。

今回も、どうやら同じらしい。

僕がいいと思う、それをやりなさいと、そうとだけ背中を押される。


「うん。話して、聞いてみる。」

「そうね。」

「結果は、うん、また、話すね。」


そうとだけ言って、家を出て、歩き出す。

さて、今日も彼女はいるのだろうか。

ここ数日と同じように、望遠鏡を覗き込みながら。

昨日と同じように、僕は僕で、それなりに嵩張る荷物を持って歩き出す。

どう切り出そうかとか、どのタイミングで話してみようかとか、もう話すことは決めた物として、考えながら。

そして、歩きながらも、考えてみる。

他の親戚と、この家で合うことはない。母方の親戚は祖父母以外に見たことが無い。

だから、本当に、これまでなら僕がいつふらりと来ても、ここにはそれだけだった。

誘ってしまい、彼女が受け入れてしまえば、彼女が、それを厚かましいと言ったりはしないけれど、祖父母とやり取りをして、今後僕が来た時にいるかもしれない。

そして、気の良い祖父母が、彼女の部活に理解を示せば、それ毎、なんてことになるかもしれない。

離れていたものが、ここにもやってくる。

それを僕は受け入れられるのだろうか。

そして、そうなったとき、僕がもし寄り付かなくなったら、祖父母はどう考えるのだろうか。

新しく来た相手に、ちょっと複雑な感情を持つだけならいいけれど、原因だけ作って、後はと寄り付かなくなった僕が、もし、祖父母にどうこう思われてしまったら嫌だなと、そんなことを考えてしまう。

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