第20話
昨夜は少し遅い時間に帰ったこともあって、そのままお風呂に入ったっきり眠ってしまった。
祖母には一応お礼なんかは伝えたけれど。
そして、少し遅かったからだろうか、目が覚めたのも少し遅い時間となってしまった。
あのまま一人で星を見た彼女ほどではないと思うけれど。
「おはよ。」
「ああ。別に、のんびりしてもいいんだぞ。」
「のんびりやるよ。」
そう答えて祖父と並んで盆栽に手を入れる。
「名前と、連絡先、聞いてきたよ。」
「ああ、ありがとう。」
「ノートに書いてもらったから、後で渡すね。」
「頼む。まぁ、何があるという訳でも無いだろうが。」
「結構荷物持って、山登りしてるみたいだから。」
僕がそう伝えると、祖父は暫く黙って、珍しく盆栽を触る手を止める。
「そうか。もし、お前が嫌でなかったらだが。」
気が付けば道具を一度おいた祖父が、こちらをまっすぐに見ていた。
だから僕も同じように道具から手をはなし、祖父を見る。
「もしも、構わないそう思ったなら、うちに誘って見なさい。
向いよりは、家からの方が近いだろうからな。」
その言葉は、意外と、そう言うほどのものではないが、僕が決めるんだと、少し意外に思ってしまった。
「その、僕が嫌じゃなかったら、なんだ。」
「ああ。先にいたのはお前なんだ。だからお前が優先だ。」
「そういう問題、かな。」
「そういう問題だ。少なくとも、今はな。どの程度の間、こちらに居るんだ。」
「えっと、学生だし、僕と同じくらいだと思う。」
「そうか。向こうまで、いや実際にはどういった道を通っているか分からないが、危険なところも道を外れなければ無い。谷もないし、意図して脇道に逸れなければ、大事にはならないだろう。」
「でも、誘うくらいには、危ないってこと。」
僕がそう祖父に尋ねると、こちらを見たまま少し黙った上で、改めて口を開く。
「杞憂でしかないが。」
「うん。」
「それこそ重い荷物を持って、行き来している、そんなときに張り出した根に躓いて、身動きが取れなくなる。
それだけで、人が死ぬには十分だからな。
もし、居ると、そう分かっている間に、うちに来ないとしても、あえなくなったら、言いなさい。
その時は探しに行かなければいけないからな。」
「うん。分かった。」
「うちの土地、ではある。管理も必要だからな。」
「そっか、大変だね。」
「簡単ではない、そういう事だな。」
「うん、わかった。彼女が続ける気なら、僕がいないときにも来るなら、一度会っておいた方がいいと思うし、一度ついて来てもらうように頼んでみる。」
「そうしなさい。」
祖父とこれだけ一度に長く言葉を交わしたのは、初めてだなと、そんな事を考える。
それと同時に、色々と気を回す人なんだなとか、僕は、あの子が、見知らぬ、名前も聞こうとしなかったあの相手が、僕がここにいるときに、この家にまでいてもいいと、そう思えるのか、そんなことを考えて、手入れを再開する。
これまでなら、アレをしようとか、こうしたらどうだろうとか、思いつくこともあれば、考えることもあるのに、今日はそういった事が全くなかった。
昨日拾ってきたものを並べても、どうしても納得がいかず、そもそもなんで良いと思って拾ってきたのかも分からなくなってきた。
これまでは、実際に置いてみて気に入らないなんてことはあったが、こんなことは初めてだ。
仕方なく、最低限の手入れだけをして、庭の一角に作られた、僕が拾い集めた石や草を置く場所へと向かう。
元の場所に戻すのもどうかと、草は乾燥させて焼くこともあるのだが、祖父にひとまず置いておけばいいと、そう言われた場所に、何となく並べて置きだせば、そこはそこで楽しい空間になった場所に持っていき、今度はそちらも手を入れる。
だがやはり、あまり気が乗らない。
広い庭の小さな一角ではあるけれど、自分だけの場所にしゃがみこんで、そこをぼんやりと見る。
どうにも、判断は任されてしまったけれど、どうしたらいいのかも難しい。
僕だけで決めるよりも、祖父母の事もある。
祖父は不安だからと、そう提案したけれど、そうであるなら、ひょっとして僕以外、見知らぬ誰かが祖父が管理しなければ、行方不明などと、そんなことになれば、騒動の種になるような、そんな相手は、ひょっとしたら断りたかったのかもしれない。
祖母にも迷惑をかけている。
そもそも、祖父は快く承諾したのではなく、僕がそうして欲しいと、そう考えていることをくみ取ってくれた、それだけなのかもしれないのだから。
だが、祖父に尋ねてしまえば、答えは決まっているだろう。
ただ、問題ない、気にするなと、そう返ってくるに決まっている。
では、どうすれば、どうするのが良いんだろうかと、並べた石を一つ、指先で揺らしながら考える。
ただ、不思議とこうしてのんびり考えるのは、悪い気分ではない。
自分がどうしたいのか、祖父は、祖母は、本当はどうすべきと考えているのか。
それを考えるのは嫌いじゃない。
ただ、あの子はどうなんだろうか、あの子がここにいる事、それを僕はどう思うんだろうか。
そして、それが僕がここに来なくなる理由になったとしたら。別の場所を探す理由になったとしたら。
そういった事を考えると、どうしても落ち込んでしまうけれど。
結局、あってから決めようか、そう決めた。
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