第9話

そこにいた先客を特に気にせず、ひとまず座ってギターを取り出す。

コード、決まった形で弦を抑えて、纏めて弾く、そう言った練習はせず、これまでと同じようにドの音から順に慣らしていく。

弾きたいのはあくまでいいなと思った曲のメロディーラインで、何処かのバンド、そのギターが奏でているものをまねしたいとか、そんなことではないのだから。


「あの。」

「なに。」


暫く、そうして一つ一つ、一定のリズムで音を鳴らして指を動かしていると、声をかけられる。

外はやっぱりそれなりに寒く、暫く弾いていれば指が寒くて動きにくくなっていくだろう。

そんなことを考えながら、ただただ繰り返していただけなのだが。


「その。聞かないんですか。」

「なにを。」


そう聞かれても、聞きたいことを僕はもう聞いた。

後は祖父に確認して、その結果を、この子に伝えれば、それでおしまいだろう。


「なにって。」

「聞きたいことは聞いたし。

 後は明日もここにいるなら、祖父にここ使ってもいいか確認して、それを教えるよ。

 一応僕からも頼んではみるけど、期待はしないでね。」

「えっと。ありがとう。」


話しながらでも、なるべく指は止めないようにと、動かし続ける。

決まった速度、確かピアノの練習用の楽譜にあったように、一つずつ順番に弾ければ、一つ飛ばして、途中で戻って、そんなことをスムーズに引けたら、少し速度を上げて、繰り返す。


「その、あなたは、このあたりに住んでるの。」


先ほどお礼を言われて、話が終わったかと思えば、また話しかけられる。


「さっき言わなかったっけ。こっち降りて行った先に、祖父母の家があるから。」

「あ、そうだったね。そこに住んでるの。」

「休みに来てるだけ。」

「そうなんだ。私、去年から休みの時にここにきてたけど、誰にも会わなかったから。」

「そう。」


そうして、話を聞いたら、またギターに集中する。

寒くて、動かす指も普段ならもう十分と、そう思えるだけ弾いていたはずだけど、まだ動きがぎこちない。

思いついた曲、聞いていいなと思った、少し古いテンポの遅い曲、そのメロディーラインを弾いていく。

ただ、そうしているとまた、声が聞こえる。


「あの。」

「どうかした。やっぱり、ランタン消したほうが良いとか。」

「えっと、そこまでは。」

「そう。」


そうして話を切って、またギターに戻る。

わざわざ天体望遠鏡迄置いているというのに、こちらを気にするばかりで、彼女はそれを使うそぶりも見せない。

なんだろう、言い出せないだけで、やはり明りがあるのがダメなのかと、ギターを弾く手を一度止めて、ランタンを切る。

ギターの弦の位置くらいは、流石に一度手に取ってしまえば、目をつぶっていても分かる。

一年も毎日のように触っていたら、それくらいは出来るようになった。

そうして、また弦を鳴らし始める。

動画サイトでたまたま耳にして気に入った、北欧のバンド、ライブでは男性一人が歌い上げていた。

何処か物悲し気で、英語の歌詞で歌っていたそれ、歌詞の意味まではきちんと調べていないけれど、聞き取れる部分だけでも、何となく頭に残ったそれをただ繰り返して弾く。


「えっと、私、邪魔かな。」

「別に。」

「そう、なんだ。」

「さっきも言ったけど、祖父がダメって言ったら、ダメだけど。」

「あ、うん。それは分かったんだけど。」

「その、僕が邪魔とか、そういう話かな。」


さて、そう言われてしまったらどうしようか。

どのみち祖父母の家出練習しても構わないけど、やはり音が鳴るものだから気になってしまう。

今日戻った後に、こうして離れた場所で弾いても音が気になるといわれればやめるつもりではいるが。


「いえ、そういう事ではなく。こんなところで、一人で、とか気にならないのかなって。」


言われて、少し考え、言葉を返す。


「別に。」


考えても特に気にならない。ただ初めて来た場所に先客がいた、それに少しがっかりしたことだけは否めないけど。


「あ、そうなんだ。」


そう答えれば、相手は驚いたようにそう頷く。


「祖父から、危ない動物とかいないって聞いてるし。」

「へー。」

「なら、いいんじゃない。」

「あ、うん。」


相手は、さて、こちらと会話をしたいのだろうか。

ここに来ている間でなければ、まぁ、いつも通りに気を使って話をしたり、続ける努力はするが。

ここに来ている時や、休みだと、そう思っている時にはやりたいとまで思えない。

体が冷える前には帰る、そう決めているけれど、そもそもこちらに来てから、まだそんなに時間も立っていない。

まだしばらく練習はしていたい。

それに、わざわざ泊ってとなると、彼女も暫くここに来る予定なのだろう。

そう考えて、少々面倒ではあるがと、まともに話しかける。

どうやら、向こうはそれを望んでいるようでもあると、それくらいは分かるから。


「そういえば、制服だけど。」

「あ、うん。うちの学校休みでも外出の時は着なきゃいけなくて。」

「へー、面倒だね。」

「えっと、同い年位に見えるけど。」

「うちは私服登校だし。」


そもそも、その学校がたまたま家から遠くない場所にあったから、去年一年ここに来ずに努力をしたのだ。

まったく努力などせずともいける、私服の学校もあったけど、そこは流石にと、希望者が県外からも集まってくる、そんな学校に、どうにか通う、そのために頑張ったのだ。

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