第10話

「あのさ、あんまり僕気にしてないで、そっちも何かしにわざわざここまで来たんでしょ。」


こちらを気にして、何やらまごまごしている相手に、僕はそう伝える。

別にみられたところで気にならないし、下手だと言われたところで、そもそも練習中。

それが当たり前としか言えない。


「え、あの、そうだけど。」

「うん、それじゃ、それをやろうよ。」

「いや、でも。」

「僕が気になるなら、後一時間くらいかな、練習したら戻るから。

 それくらいは待っていてくれると嬉しいかな。」


そうして話す間にも、指は動かし続ける。

僕は練習に来ているわけだから、そこは残念だけど譲れない。明日は祖父に聞いた結果を伝えるとして、さてその結果で僕はどうしようか。

そんなことを考えていれば、また話しかけられる。


「その名前とか。」

「え、今日はいいかな。」


言われてすぐに断ると、なんだか驚かれた顔をする。


「だって、明日、結果によっては祖父と一緒に、もしくは祖父だけで、君にここから出ていくように、そういう訳でしょう。多分私有地とか、それを示す看板くらいはあったと思うから。

 で、せっかく一人で止まる場所も用意して、それ、天体観測かな、それに向いた場所まで見つけたって言うのに、使うなって、言わなきゃいけないわけだし。だったら、名前も知らないほうが楽だから。」

「え、その。あなたは別にいいって。」

「僕はいいけど、此処は祖父の持ち物だから。僕は決められないよ。

 今直ぐどうこうって、それはしないって、それだけだよ。」


何か、相手に伝える言葉を間違えただろうかと、彼女に会ってから今までの言葉を振り返る。

大して話したわけでも無いし、思い出せたが。

もしかしたら僕からも祖父に頼んでみる、そんなことを言ったから、黙っていると、そう、考えたのだろうか。

だったら、もう一度はっきりと言っておかなければいけないだろう。


「うん。祖父には伝える。その結果を決めるのは祖父で、僕じゃない。

 一応、邪魔だとは思ってないから、続けてもいいんじゃないか、僕からは祖父にそれくらいは伝える。

 これで、はっきりと伝わるかな。」

「えっと、うん。はい。分かった、かな。」

「そう。ならよかった。」


そうして、僕はまた意識をギターに戻す。

指はあまり考えなくても動いているとはいえ、それでも全く意識せずに正しく動くほどでもない。

ずれた指を直し、もう一度同じ曲を繰り返す。


「その、私は、明日も来てもいいのかな。」

「どちらでも。許可が下りないってあきらめて、初めから来ないのも手間が省けるだろうし。

 許可が出ているなら、明日来ていれば続けられるし。まぁ、どっちもどっちかな。」

「あなたから見て、あなたのお爺さん、いいって言ってくれると思うかな。」

「さぁ。分からないかな。そっち側に何か危ないものがあるなら、無理だって言うだろうし。

 僕今日初めてここに上ったから、分からないよ、どう判断するかなんて。」

「そう、なんだ。」

「うん。」


そうして相手が黙れば、またギターに意識を向ける。

他にかけられる言葉もないし、そう考えるといっておいたほうが良いかな、そう思う言葉があった。


「えっとさ。」

「何ですか。」


こちらから声をかけると、相手は少し驚いたようなそぶりを見せる。

何をそこまでと、そう考えてしまうが、初対面の相手なら、そういう反応にもなるかもしれない。

加えて立場は僕の方が上と、相手にとってはそう見えているのだろうし。


「悪い方向に行ったら、今日が最後になるんだから、せめて今日くらいは、それ、やって置いたら。」


そういって僕はギターを鳴らす手を止め、そこから話して天体望遠鏡を指さす。

わざわざこんなところまで来たんだ、せめて一日くらいは、まぁ、いいだろう。

祖父にすぐに戻って話す気にもなれないし。


「その、あなたはいいの。」

「うん、だから決めるのは祖父だから。

 流石にこの時間に往復はしたくないから。」

「その、ありがとう。」

「許可が出たら、祖父にそう伝えておくね。」


そこで言葉を切って、僕はまた練習に戻る。

それから少しの間、彼女は黙って望遠鏡を覗いてノートに何かを書き込んだり、そんなことをしていると思えば、天体望遠鏡にスマートフォンを取り付け、暫く何かの作業をしたりと、そんなことをごそごそと暗い中行い始める。

カメラが付いているのは間違いないだろうが、そうやっても星空の写真は撮れるのだと、妙な感心をしてしまったりするが、そうやって、ぼんやりギターを弾いていれば、いい加減体も冷えてきた。

制服にスカート、そんな恰好の彼女も寒くなったのか、コートを着込んだりしている。

祖父母の言葉通り、もう四月も終わるというのに、随分と冷え込むものだ。

体が冷える前にと、そんな約束があるからと、僕は立ち上がって、片づけを始める。


「その、戻るの。」

「うん、寒くなってきたから。」

「そうなんだ、えっと、じゃあ、また。」

「うん、また。」


そういって別れて一人で山道を下る。

思えばこれまで、何度も祖父母の家に来ているけれど、人と会うことも会話をすることも初めてだった。

遠目に駅からの道で、誰かがそれぞれの家、その畑であったりで何かをしているのは見た事が有ったけれど。

それに、僕はここが終点、此処から先は何もない、そんなことを考えていたが、当然そんなはずがない、そんなことに改めて気が付かされた。

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