第三話 年越し

 ご〜ん


 一月一日――新しい年の始まりを告げる鐘の音が町を包む。周囲の人々の新年を祝う言葉が聞こえる。


「ねえ優?

「ん〜?」


「――――だよ」


 マフラーに顔をうずめた凛が言う。ささやく声は、最高の不意打ち。もちろん効果は抜群、急所にもあたった。見事あたしの心にクリティカルヒット。

 十点満点。

 胸が嬉しさと恥ずかしさで、きゅーっと辛くなる。幸せな苦しみ。


「――まずはあけおめだろ」


 照れ隠しの言葉だった。


「ああああ! ずるいー! 私言ったんだから、優も言ってよ!」 

「いつも言ってんじゃんか」


 さっきまでと違って、体がポカポカしている。


「いいじゃん、もっと聞きたいの〜」


 ――なんで凛ってこんなに暖かいんだろ――


「はぁ……。――、――――――」


「――――うん、これからもよろしくね。今年も、来年も、その次も、ずっと!」


 凛はえへへと笑みを浮かべる。


「どうしよっかなぁ~」


 誤魔化した。恥ずかしすぎて、凜が可愛すぎて。果たして抑えきれているだろうか、このニヤニヤを。すでに優の頭からは煙が出そうになっている。

 ――いや、出てる。


「うわ、そんなこと言うんだ! 帰ったら優のお風呂覗くから、絶対」

「うそだって、うそうそ。うそだからよろしく、これからもよろしくね、うんほんとに」

「あははっ、慌てすぎ。優ってほんと――おバカさん!」


 隣に立つ優の脇の下をムニュムニュとくすぐる。


「やめんかい!」

「いでっ! いつもより強かったぁ!」


 頭を抑えた凛が隣でプンプンとしている。

 かわいい。


「ほら順番来たよ。おいてくぞ〜」

「優のいじわる」



 *



「あ、どうしよ」


 財布を覗く凛がこちらを向く。


「小銭……五百円玉しかない」


 投げちゃえ投げちゃえと、優の口がパクパクと動く。

 投げちゃうか、凛の口も続けてパクパク動く。


「なにお願いする? 一緒のお願いしようよ」

「いや言ったらダメだろ」

「優は真面目だねぇ」


 二人の投げた小銭が、並んで弧を描く。


 ガランガランガラン――

 パンッ、パンッ――


「…………」


 沈黙の時間が流れる。

 凛はなにをお願いしているのだろうか。身長とか体重について? スイーツいっぱい? 億万長者? どうせそんなところだろう。


(じゃああたしは――)


「――よし。お願いできた?」

「うんっ」

「じゃ、帰りますか」

「おみくじ、引かなくていいの?」

「うん大丈夫」


 小吉が出たら嫌だから。

 

 二人は神社を後にした。

 帰り道、時刻はまだ一時前。

 街灯に照らされる夜道を並んで歩く。


「で、なにお願いしたの?」


 ニヤニヤとした顔を、こちらに向けながら凜は言った。


「だから言わないって」

「なんでなんで~、なんでだよ~」


 恥ずかしいからに決まってる。


 ――凜と、これからもずっと――


 神様に言うのすら恥ずかしかった。


「私はね! これからも優と一緒に居られますようにってお願いしたんだっ」


 パッと笑顔を咲かせる凛を見て、思わずふふっと吹き出してしまう。スイーツの事、お金の事、自分に素直で、貪欲なお願い――そんな予想はまるっきり外れていた。


「一緒だよ、同じことお願いしてた――」


 ある意味自分に素直で、貪欲なお願いなのかもしれない。


「――ねえ凛?」


 付き合い始めた頃から、ずっと聞いていなかった質問。


「はーい、なんですかー」

「なんで凛はあたしのこと好きなの?」

「えっ、なになに今更」

「いや、知りたくなって」


 凛は口をすぼめ、少し考える。


「じゃあ私が言った後に、凛も私の好きなとこ言ってよ?」

「いいよ、何度でも言ったげる」


 あたしが告白したあの日から何度も言ってきたことだ。今更渋る話ではない。


「約束だからね!? じゃあ私から言うね、んーっとね」


 今日はあいにくの曇り空、月は出ていない。

 だがそんな事には気づかない。君が隣を歩く限りは――――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る