第12話 空手勝負へのインターバル(後編)

「第四勝負、空手対決! 人間の代表は空手の天才ツヨシくん! 対する鬼の代表は黒鬼のゴゴウくんです!」


 ツヨシの対戦相手、黒鬼のゴゴウは筋肉隆々の鬼だった。

 間違いなく、鬼の子どもの中でも力自慢なのだろう。

 フトシと相撲対決した赤鬼のグドルよりも、さらに力強そうに見える。

 ゴゴウはツヨシを一瞥し、舌なめずりする。


「ぐふふふっ、お前が俺の獲物か。運が悪かったな、俺は他の鬼達のように甘くはない。俺の大好きなモノは人間の子どもの悲鳴だ。楽に終わると思うなよ」


 その様子を見て、ツヨシは思う。


(小物が)


 確かに、ゴゴウは強いのだろう。

 自分よりも力も体力もある。

 それでも、ツヨシはゴゴウを軽蔑する。

 相手を弱者だと侮り、舌なめずりなど、本当に強い格闘家は絶対にしない。


 こんな相手と交わす言葉は何もない。

 ツヨシはただ、力強く相手をにらんだ。

 恐れる様子がないツヨシにイラついたのか、ゴゴウが閻魔王女に言う。


「閻魔王女様、アレをお願いします」

「いいわよ」


 閻魔王女が指を鳴らすと、空から丸い金属の塊が落ちてきた。大きさは人間の頭蓋骨ほど。鉄ではない。銅でも銀でも金でもなさそうだ。

 ご丁寧に閻魔王女が解説する。


「それは地獄鉄。人間界の鉄の百倍の堅さと重さがあるわ」


 ゴゴウは地獄鉄の塊を片手でヒョイっと持ち上げた。

 さらに、両手の力を込め、地獄鉄を潰そうとする。

 いや、実際に潰れていく。

 球体だった地獄鉄の塊が、お皿のように平らになってしまった。


「グフフフ、お前の頭もこうなる。いや、そうなる前に潰れて跡形もなくなるかな」


 ゴゴウはそう言って笑う。

 が。


(くだらんパフォーマンスだ)


 ツヨシにはそうとしか思えない。

 元々、鬼が本気を出せば人間の頭を潰すなど簡単だ。

 そんなことは、相撲勝負の時点で理解している。

 こんなパフォーマンスを見せられてビビるくらいなら、最初から逃げることを考えている。


 だから、ツヨシは言った。


「それがどうした?」


 その言葉に、ゴゴウはキレた。完全に頭に血が上ったようだ。


「きさま、楽に死ねると思うな!」


 ゴゴウの戯れ言は聞き流す。


(死ぬつもりはないからな)


 それよりも、だ。

 確認すべきことがあった。


「閻魔王女」

「なにかな、ツヨシくん?」

「試合のルールはどうなっている?」


 一口に空手といっても流派によって試合のルールは細かく違う。

 大きく分けるならば、伝統空手とフルコンタクト空手。

 伝統空手は『寸止め』が基本。実際には相手に攻撃を当てないことが前提。

 一方、フルコンタクト空手は『寸止め』ではない。実際に相手に拳や蹴りを当て一本を狙う。


 ツヨシはフルコンタクト空手の選手である。

 さらにいえば、フルコンタクト空手でも流派によってルールが違う。

 例えば肘打ち禁止の流派もあるし、投げ技禁止という流派もある。

 一方で、肘打ちも投げ技もOK、さらには顔面攻撃すら限定的に許可する流派もある。


 これまでの3つの勝負で、閻魔王女は様々なルールを直前に切り出してきた。

 この戦いでもツヨシの流派のルールがそのまま適用されると思い込むのは危険だろう。そもそも、どんな流派の空手でも、相手に『楽に死ねると思うな』などと言えば、その時点で指導対象だ。


「そうねぇ、どうしようっかなぁ……ツヨシくんに希望はある?」


 ニヤニヤ笑う閻魔王女。

 俺が何というと思っているのだろうか。


「寸止めルールにしたいとか?」


 確かにあのパフォーマンスの後では、そう考える者もいるだろう。

 だが。


「まさか。俺は伝統空手の選手じゃない」


 別に伝統空手を侮っているわけではない。試合中に『寸止め』で技を決めるのは、実際に当てるのとは異なった技術が必要だ。そんな技術は持ち合わせていない。故に、寸止めルールを求めるなどありえない。

 むしろ……


「ここには専門の審判がいない」

「たしかにねぇ。私も厳密な『一本』とかは判定できないかな」

「だから、シンプルなルールにしよう」

「ふーん?」

「攻撃は武器を使わない限り、なんでもあり。投げ技も、肘打ちも、頭突きも、顔面や金的への攻撃も。時間は無制限。戦闘不能になるか『まいった』と言ったら負け」

「……それ、自分で自分の首絞めているって分かっている?」

「かもな」


 理屈で言えば、せめて顔面攻撃と金的攻撃は禁止にすべきだ。

 それらは人間同士でも危険だから、ほとんどの流派で禁止されている。

 まして、鬼に顔面を殴られれば、それはイコール命の危険だ。

 時間無制限というのも体力で勝る鬼に対しては圧倒的に不利。

 そもそも、空手の試合で時間無制限など通常ありえない。

 ツヨシの提案したルールは試合ではなく死闘とすらいえる。

 ゴゴウは牙を向いて言う。


「俺はそれでかまわん。ブチのめしてやる」


 どうやら相当怒りにまみれている様子だ。

 閻魔王女はうなずき言う。


「選手2人がそれでいいなら、私に否はないよ。それじゃあ……」


 ツヨシは構える。ゴゴウは構えも取らないで余裕顔。


「第四勝負スタート!」


 ツヨシの死闘が始まった。

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