第13話 死闘! 空手勝負!

 第四対決。空手勝負。

 始まった瞬間、黒鬼ゴゴウは両手を広げて襲いかかってた。


「『参った』などと言わせる暇はあたえんぞ!」


 その行動には、おおよそ型などというものはなく。

 ただただ、力任せに飛びかかってきているだけだ。


 ゆえに、ツヨシは簡単に躱す。

 別に大きく飛び退く必要もない。

 こんな直線的な攻撃、かるく横跳びするだけで十分だ。


 ゴゴウは危うく舞台から落ちそうになる。別に舞台から落ちたから負けというルールは作っていないが。


「人間がぁ、よけるんじゃねーよ!」


 叫ぶゴゴウ。


(いや、よけるだろ)


 相手の攻撃をわざわざくらう理由なんてない。


 ゴゴウは再び突っ込んでくる。闘牛の方がまだマシなほどに、力任せに、一直線に!

 当然、ツヨシは再びよけるだけだ。

 ゴゴウは、今度は舞台から落っこちてしまった。


 ツヨシは閻魔王女に言う。


「おい、ステージから落ちちまったぞ」

「そうだね。でも、ステージから出たら負けとは言っていないし」


 などと言っていると、ゴゴウがステージへと戻る。


「だが、対局範囲を広げすぎるのも問題だろう」

「確かに。よし! じゃあこうしよう」


 閻魔王女はまたしても指を鳴らす。

 すると、ステージの周囲を鉄格子が囲んだ。


「これで、勝負が終わるまで、2人ともそこから出られないよ」


 なるほど。


(まさに死闘会場ってわけか)


 ここから出れるのは勝ちか負けか決まったとき。

 いや、負ければ地獄行きなのだから、勝ったときだけということだ。


(いいだろう、やってやるさ)


 ゴゴウが叫び狂う。


「ちまちまよけやがってうざったい! もうゆるさんぞ!」


 牙の間からよだれを垂らし、目を怒(いか)らせる。

 確かに、よけているだけでは勝てない。


(攻めて試すか)


 ツヨシは一気にゴゴウとの間合いをつめた。

 力任せの突進とは違う、空手家の精錬された動き。

 ゴゴウは慌てて拳を大きく振りかぶる。


(おせーよ)


 ツヨシはゴゴウの腹に全力の中段正拳突きを喰らわせる。続けて、脇腹に回し蹴り。

 どちらも真っ正面から決まった。

 相手が人間なら、悶絶してもおかしくないほど見事に。

 その手応えと共に、ツヨシはいったんゴゴウから距離を置く。


(やっぱり、コイツ、格闘技は素人だな)


 空手を知らないだけじゃない。ボクシングもムエタイも柔道も相撲も知らない、力自慢の乱暴者。

 それがゴゴウだと、ツヨシはすでに看破していた。


(とはいえ、やはりまずいか)


 正拳突きも回し蹴りも、間違いなく決まった。それこそ、完璧に。

 人間ならば、大人であっても立ち上がれなくなってもおかしくない。

 というか、人間相手ならば正拳突きでやめている。それで『一本』になるし、それ以上やれば相手を過度に傷つけてしまうからだ。


 だが。


 ゴゴウはまったく苦しんでいる様子がない。

 ツヨシの攻撃を受けても、ダメージは0。怒りのボルテージだけがぐんぐん上がっている。


 それどころか、ツヨシの拳や足がジンジン痛む。

 もちろん、突きや蹴りをすれば、攻撃側にもある程度のダメージはある。だが、これは……


(まるで、鉄かダイヤモンドでも殴ったみたいだ)


 鬼の肉体はそれほどにも強固らしい。

 これでは攻撃してもツヨシの拳と足が痛むだけだ。


「キサマぁぁ、もう許さん!」


 ゴゴウは頭から湯気を出さんばかりに、怒りを沸騰させる。

 それはかまわない。

 怒らせれば、それだけ相手の攻撃はさらに大振りになる。

 攻撃を躱すのがより簡単になるのだから、むしろ歓迎だ。


 とはいえ……


(いつかは当たるだろうな)


 ツヨシの体力がなくなるか、舞台の端に追い詰められるか、あるいはまぐれか。

 いずれにしてもこちらの攻撃が効かないならばいつかは負ける。ゴゴウの一撃を食らえばそれで終わりだ。


(……なんだけどな)


 ゴゴウが再び力任せに襲いかかってくる。

 ツヨシはまた躱す。


 ただし、今回はほんの少しだけ。

 ゴゴウの拳がツヨシの左の肩をかするくらいに。

 かすっただけでも強烈だった。

 あるいは骨にひびが入ったかもしれない。

 だが、致命傷ではない。


 攻撃を当てた瞬間、ゴゴウに決定的なスキが生じる。

 ツヨシは全力の横蹴りをゴゴウの顔面へと放った。

 普段ならば反則を取られる顔面への蹴り攻撃。

 だが、今回のルールではアリだ。


 ツヨシのかかとがゴゴウの鼻の頭を叩き潰す!

 ツヨシがあえて死闘ルールを提案したのはこのため。

 鬼に通常の拳が聞かないなど予想の範囲内。ならば通常は反則になる攻撃を交えて勝負するしかないと考えたのだ。


 強靱な肉体を持つ鬼とはいえ、顔面への蹴り込みはさすがに痛いらしい。

 ゴゴウは顔を押さえてのたうち回る。


(素人が)


 その程度の痛みで苦しむなら、最初から空手勝負など挑んでくるなよ。

 ツヨシの肩の痛みは、おそらくゴゴウ以上だ。

 それでも、ツヨシは相手に痛がるそぶりなど見せない。

 今度はゴゴウの膝の裏から蹴り込む。

 乱暴者の鬼はバランスを崩して床に倒れ込んだ。


(普段の勝負なら、これで勝ちなんだがな)


 ここまで見事に倒せば『一本』だろう。

 いや、それをいいだしたら、顔面蹴りをした時点でツヨシの反則負けか。

 いずれにせよ、今回のルールではこれでは決まらない。

 ツヨシは倒れたゴゴウに馬なりになった。


「き、キサマぁぁぁ」


 ゴゴウが叫ぶがツヨシは、顔面、それも鼻先を狙って殴りつける。


「がっ……」

「降参しろ。これ以上痛い目を見たくなかったらな」


 相手に馬乗りになって顔面を痛めつけるなど空手家のすることではない。

 できることなら、降参してほしかった。


 だが。


「じょうだんじゃねー」


 ゴゴウは叫ぶ。

 こうなると、ツヨシが決めたルールがあだになってくる。

 降参しないというならば、勝ちを確定するためには戦闘不能にしなければならない。


(できれば、やりたくないんだけどな)


 ツヨシは人間と鬼に共通する、もっとも弱い部分を攻撃するしかなかった。


 すなわち、目。

 鼻を殴っても降参しないならば、目潰ししかない。

 他の場所は攻撃しても効かないのだから。

 ツヨシが右手を振り上げて目潰し攻撃に転じようとすると……


「……ま、まて、待ってくれ!」


 ゴゴウが叫んだ。


「なんだよ?」

「降参だ、降参する! こんなお遊びで目を潰されてたまるかっ!」


 ゴゴウはそう言った。

 ツヨシは閻魔少女を見上げる。


「だ、そうだが?」


 閻魔少女はにっこり笑った。


「そうだね。この勝負、ツヨシくんの――人間側の勝利!」


 これで人間対鬼の戦いは2勝2敗のイーブン。勝敗は最後のマラソン対決で決まることになったのだった。

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