第10話 最強の敵はAI!? 将棋勝負(後編)

 将棋盤の向かい側にアレンが座る。


「……駒はアナタが動かすの?」

「ああ」


 カオリは皮肉に笑う。


「なるほど。鬼には駒を指す機械は作れなかったわけね」


 2014年のプロ対AI将棋の対決では、AI以外にもう1つ注目されたことがあった。AIの示した手を、ロボットの手が器用に動かして見せたのだ。

 一部の機械技師からは、将棋AI以上にすばらしい技術だと称えられたという。

 鬼達には、あのロボットを再現できなかったのだろう。


「あなたの作ったAIは人間の技術に追いついているのかしら?」


 そう。

 確かに人間界の将棋AIはプロを超えている。

 だが、目の前に座った鬼の少年が作ったAIが、それと同等の強さとは限らない。


 先手後手は閻魔王女が振り駒で決めることになった。

『歩』の駒を五枚転がして、表の『歩』が多ければカオリの先手、裏の『と』が多ければAIの先手。

 結果、『歩』が三枚、『と』が二枚。

 カオリの先手で対局が始まった。


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(強いわね)


 カオリは盤上をにらむ。

 勝負はすでに中盤戦の後半。

 相手の王将を攻める準備と、自分の王将を護る準備を同時に行う。一番手が広い――つまり、変化する余地の多い場面だ。


 カオリはアレンの作ったAIの強さに驚嘆していた。

 人間の作った最新のAIと同じか、あるいはそれ以上の強さだ。

 将棋のルールを知って半年でこのAIを作り上げたというならば、素晴らしい技能だと思う。尊敬すらしてしまいそうだ。


(このままなら、ケイミの言うとおり負けるわね)


 勝ちに行くなら2つに1つの局面だ。


 1つは真っ向勝負。

 まだ勝ち筋はある。すでに不利な状況ではあるが、逆転を目指して戦えない形成ではない。

 人間相手なら――奨励会員やプロ相手であっても、カオリは迷わず真っ向勝負を選んだだろう。


 だが、相手はAIで。

 ケイミの言うとおり命がかかった勝負。

 しかも、自分の命だけじゃない。

 将棋は個人種目。故に勝っても負けても自分の責任。


 だけど、今回は。

 今回だけは。

 団体戦なのだ。

 ここで負ければ、ツヨシとカケルが両方勝たねばならなくなる。


(負けるわけにはいかない)


 だから、カオリはおもむろにその手を指した。

 人間相手ならば悪手とすら言える一手を。


 かつて。

 2013年のプロ対AIの五番勝負。

 そこでは将棋の対局結果として前代未聞の一戦があった。


 すなわち『引き分け』だ。


 プロの対局で引き分けはない。将棋そのものには、同じ局面を繰り返してしまう『千日手』や、双方の王将が相手陣地に入ってしまう『相入玉』など引き分けやそれに類する結果はおこりえる。が、プロの対局では、直後に先手と後手を入れ替えて指し直しになる。


 だが、あの時。

 プロは『相入玉』を狙った。当時のコンピューターにとって、『相入玉』の将棋は苦手とするところであり、圧倒的不利な状況からプロは引き分けにまで持ち込んだのだ。


 プロ同士ならば『引き分け』の後は指し直しだ。

 しかし、人間は疲労するがAIは疲れを知らない。指し直しは明らかにプロが不利という判断で、そのような場合は『引き分け』にするとあらかじめ決められていた。


 カオリは自玉を一歩、また一歩と前に進める。

 目指しているのは相手の陣地。そこに逃げ込めばカオリの王将は『入玉』できる。入玉してしまえば、事実上、負けることがなくなる。

 人間相手ではこの局面からの入玉は難しいが、相手がAIであるならできるかもしれない。


 もちろん、最新のAIは『入玉』や『相入玉』の将棋にも対応している。

 だが、アレンは半年で開発したという。

 ならば、『入玉』にまでは対応し切れていない可能性もある。

 だから、カオリは人間相手ならば、まだ狙うべきではない形成のうちから、あえて『入玉』を狙う手に出たのだ。

 そのことに、アレンも気がついたらしい。


「なるほど、『入玉』か」


 対局中、対局者が盤面についてつぶやくのはマナー違反だ。

 だが、カオリはそれをとやかく言うつもりにはなれなかった。

 カオリの対局相手はAIであっってアレンではないのだから。

 盤面は、その後も少しずつ動いていく。


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(だめか)


 盤面は明らかにカオリが不利だった。

 というよりも、これはもう投了――降参すべき状況だ。

 アレンのAIは、確かにカオリが『入玉』を目指してから少し弱くなった。


 だが。

 それでも。

 カオリの王将は相手の陣地まで届かなかった。


 強烈なカウンターで、カオリの王将は追い戻されてしまったのだ。

 もう、カオリの王将の首に刀が突きつけられているような状況だ。

 一方、相手の王将は――金銀四枚にがっちり護られていて手がつけられない。

 次の一手で終わる。

 いや、実際にはもう終わっている。


 人間相手なら――まだ万が一があるかもしれない。

 極端な話、相手が『二歩』などの反則手を指す可能性を祈ることもできる。だが、AIはそんなことは絶対にしない。システム上のエラー――いわゆるバグがあれば別だが、ここまで見るかぎり、アレンのAIにはそんなものはなさそうだ。


 AIの指示に従い、アレンがカオリの王将の頭上に持ち駒の『金』を打つ。


(詰み、か)


 ここからどんなに上手く打っても、カオリの王将は十九手後にどこにもいけなくなる。

 そうなれば負けだ。


 十九手の詰め将棋。

 アマチュアの人間ならば間違える可能性が高い長手数。

 奨励会員やプロでも失敗はありえる。

 だが、AIは――詰み将棋を絶対に間違えない。

 だから、カオリはこう言うしかなかった。


「負けました」


 人間側の1勝2敗が決まった瞬間だった。

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