第7話 鬼数字の罠!? フラッシュ暗算勝負!(前編)

 安西計見。通称ケイミ。

 フラッシュ暗算の天才児。

 フラッシュ暗算とは画面上に高速で次々と切り替わって表示される数字を計算する競技だ。

 計算能力と画像記憶能力が必要な競技。

 ケイミは中学1年生ながら、世界トップクラスの選手だ。


(負けるもんですか!)


 たとえ、相手が地獄の鬼だろうとも。


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 相撲勝負に負けたフトシが、ケイミに言った。


「絶対に勝って。プレッシャーをかけるようで悪いけど、ケイミとカオリのどっちかが負けたらそれで終わる」


 ケイミはうなずく。


「分かっている」


 さっきの相撲勝負。

 フトシが弱かったわけじゃない。

 才神学園に相撲の天才として入学したフトシが弱いわけがないのだ。


 だが、それは人間同士であればである。

 鬼という、人間とは別の生物と戦えば話が違う。

 フトシの巨体を3メートル以上の高さに投げ飛ばした鬼の子ども。

 あんなこと、プロの横綱だってできない。

 二足歩行をして言葉を操っていても、鬼の力は人間とは別物だ。


 そして――そうであるならば。

 ケイミはツヨシをちらっと見る。


 空手勝負は無理だ。

 人外の力で殴られたら、いくら空手の天才児でも命が危ない。

 フトシは速攻で投げられたから助かったが、もしツッパリ勝負でも挑んでいたら首の骨とかを折られていたかもしれない。

 鬼と人間が格闘技勝負なんてできるわけがなかったのだ。


 ケイミは上空でニヤニヤ笑っている閻魔王女をにらむ。


(何が『君たちにとっても有利な勝負』なんだか)


 少なくとも、フトシに勝ち目は無かったし、ツヨシは棄権すべきだ。

 だとしたら。


(私とカオリが勝つしかない)


 頭脳勝負のフラッシュ暗算や将棋ならば、鬼相手にも勝機がある。

 その後は――


(カケル、頼むわよ)


 ――鬼相手に、マラソンで勝てるかどうか。

 いや、今はその心配をすべき時じゃない。

 私が負けたら全ては終わるんだから。


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 閻魔王女の力で、土俵は再びステージに変わり、フラッシュ暗算用のモニターも設置された。

 ケイミと相手の鬼がステージ上で向き合う。

 ケイミの相手は青鬼の子ども――ユングだった。

 フトシの戦ったグドルに比べると、少し痩せている。

 よだれを垂らしたり、むやみに挑発してきたりもしなかった。

 鬼の子ども達の中では頭脳派なのかもしれない。

 ユングはにっこり笑った。


「どうも、お手やらかにお願いしますよ」


 そう言って、右手を差し出してくる。ケイミも思わず握手する。

 鬼の手は氷のようにヒンヤリ冷たく、ゴツゴツと固かった。


「相撲勝負みたいにいくとは思わないことね」


 肉体勝負なら鬼が断然有利。だけどフラッシュ暗算なら、自分が勝つ。

 そう思ったのだが。

 閻魔王女が思い出したように言い出した。


「そうそう、ケイミちゃんに一つ説明し忘れていたわ」

「何?」

「鬼の世界で使う数字は、人間界のモノとは違うの」

「それってどういうこと?」

「鬼の世界ではね、こんな数字を使うのよ」


 閻魔王女が指を鳴らすと、ケイミの前に一枚の紙がひらひら落ちてきた。

 それを受け取り、ケイミは思う。


(そういうことね)


 そこにあったのは鬼の世界の数字の説明。

 例えば『☆』に似たマークが人間の世界での『1』、『♪』のようなマークが『2』、『★』が『3』といった変換表である。


(しかも、10進数じゃなくて12進数か)


 見慣れぬ数字、しかも普段使っている10進数でなく12進数。

 10になったら繰り上がるのではなく、12で繰り上がる数え方だ。

 ここまで普段と違う数字、計算方式だとケイミが相当不利。


(なるほどね)


 閻魔王女をにらむ。

 相撲勝負の時点で思っていたが、やはりそうだ。

 閻魔王女は人間達に勝たせようなんて気ははなっからないのだ。


「……随分とそちらに有利なルールを持ち出すのね」


 ケイミの言葉に、閻魔王女は笑う。


「だって、ケイミちゃんはフラッシュ暗算の天才でしょう? それとも、棄権する? ケイミちゃんが棄権しても、他の3人が全勝できるかもしれないよ?」


 そんな言葉を投げかけてくる閻魔王女。

 将棋はともかく、空手やマラソンは鬼側が明らかに有利だと分かっているはずだ。その上でこんなことを言ってきている。


(いや、これはむしろ……)


 ケイミはニヤッと笑ってやった。不利なときこそ笑え。


「かまわないわ。確かに丁度良いハンデよ」

「すばらしい! さすが天才少女ケイミちゃん!」


 そして、フラッシュ暗算勝負が始まった。

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