第6話 第一勝負! 相撲対決(後編)

「鬼の子どもの中でも力自慢! 赤鬼のグドルくんです!」


 扉の向こうから現れたのは赤鬼の子どもだ。青い相撲まわしを身につけている。

 グドルは牙を怒らせフトシを挑発する。


「グフフフッ、『負けない』か。人間ごときが鬼によく言ったな。すぐに負かせてやる」


 鬼の威嚇に背筋が凍る。

 人間の子ども相手なら――いや、大人相手だって負けない自信はある。

 だけど、相手は鬼だ。

 鬼と相撲をとるなんて考えたこともない。

 閻魔王女が会場をあおるように実況する。


「おーっと、はやくも両者火花を散らしております。ですが、少々お待ちください。まずはフトシくんに着替えてもらいます」


 閻魔王女が右手を挙げると、フトシの頭上にどこからか相撲まわしが現れ、地面に落ちた。

 フトシは拾ってみる。


「これって、僕の?」


 いつも稽古で使っている相撲まわしだった。


「特別に取り寄せてみました。とっとと着替えてね、フトシくん」

「わかった」


 うなずきつつも、フトシは4人のクラスメート――とくに、ケイミとカオリを見る。

 閻魔王女は「ああっ」と声を上げる。


「そうだったね、人間って裸を見られるのが嫌なんだっけ。じゃあ、はい!」


 閻魔王女が指を鳴らすと、会場内に小さなプレハブ小屋が現れた。


「更衣室よ」


 ケイミがつぶやく。


「物理法則もなにもあったもんじゃないわね」


 いずれにしても、こうしていても始まらない。

 フトシは更衣室に入った。

 更衣室の中は特に何も無い。別に何もいらないが。

 いつも稽古場で着替えるのと同じように、フトシは相撲まわし姿になる。

 まわしを身につけると気合いが湧き上がってくる。


(そうだ。僕は負けない。相手が人間だろうと鬼だろうと、絶対に!)


 拳をぎゅっと握って更衣室から出る。

 すると、いつのまにやら舞台の上に相撲の土俵が出現していた。

 きっと、閻魔王女なら指を鳴らすだけで可能なのだろう。

 フトシは土俵の中へ。

 グドルも同じく。

 2人はにらみ合う。

 カケル、ツヨシ、ケイミ、カオリがフトシに声をかける。


「フトシ! 頑張れ」

「全力でいけよ!」

「負けたら承知しないからね!」

「頑張って」


 フトシはグドルの肉体をあらためて観察する。

 人間よりもずっと発達した筋肉。

 牙を光らせよだれを垂らす口。

 そして、角の生えた頭。


(頭からのぶつかり合いは無理か)


 さすがに角の生えた鬼と頭突き勝負はできない。

 ならば――

 その時だった。


「はっけよーい、のこった!」


 閻魔王女が叫び、フトシはグドルと組み合った。

 互いに相手の相撲まわしをつかむ。


(このまま投げ飛ばしてやる!)


 そう思った、次の瞬間だった。


(え?)


 フトシの体は宙を舞っていた。


(僕、投げられたの?)


 気がついたとき、フトシの体は上空3メートル以上の高さにあった。そして、そのまま土俵の外へと落下。

 すさまじい衝撃がフトシの体を襲う。

 当然だ。

 3メートルの高さから落ちたのだ。

 学校の2階から突き落とされたようなものだ。


「フトシ!」


 カケルがフトシにかけよる。


「大丈夫か!?」

「……う、うん、なんとか……」


 言って立ち上がるが、右手首が痛む。もしかすると軽く捻挫したかもしれない。

 だが、そのことは言わない。


 1番手であっという間に負けてしまった自分にできるせめてものことは、2番手以降のカケル達を不安にさせないことだ。


 土俵の上ではこちらを挑発するようにグドルが勝利を宣言している。相撲のマナーとしてはありえない。

 だが――

 もっとありえなかったのは。

 フトシは残る4人の顔を見て思う。


(まずい、これはまずいよ)


 この1敗でフトシは気づいてしまった。残る4種目の中に、すでに敗北が濃厚な勝負が1つある。

 そんなフトシをよそに、閻魔王女が実況を続ける。


「あれあれ~、相撲の天才少年君はあっさり負けちゃいました~、残念! それでは次はフラッシュ暗算勝負といきましょうか」


 次はケイミか。

 ならば、言っておかなければ。


「ケイミ」


 フトシはケイミに言う。


「絶対に勝って。プレッシャーをかけるようで悪いけど、ケイミとカオリのどっちかが負けたらそれで終わる」


 フトシの言葉に、ケイミは「分かっている」とうなずいた。

 そう、この五番勝負、ツヨシは絶対に勝てない――いや、戦わずに棄権すべきだと分かったのだから。

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