第5話 第一勝負! 相撲対決(前編)

 尾久太士。通称フトシ。

 相撲の天才児で怪力の持ち主。


 ただし、少し気弱名ところがたまにきず。

 現在彼は、わけのわからない場所で、わけの分からない女の子を前に、わけのわからない事態に巻き込まれていた。


 場所は赤い水に囲まれた小さな島。女の子は閻魔王女と名乗りこう言ってのけた。


「みなさん、地獄へようこそ! 心から歓迎するよ!」


 わけがわからない。

 それはフトシと一緒にここに連れてこられたクラスメート達――カケル、カオリ、ケイミ、ツヨシの4人も同じだろう。

 カケルはさりげなくカオリの前に出て彼女をかばっている。カオリとケイミは必死に状況を分析しようとしている様子だ。ツヨシは閻魔王女をにらみつけている。


 そしてフトシは――

 ――何もできずに、震えていた。


 そんなフトシ達に、閻魔王女が語る。


「みんなにはね、鬼の子ども達の遊び相手になってほしいんだ」


 閻魔王女はニコニコ笑っている。だが、その笑みはどこか冷たく感じる。

 ツヨシが閻魔王女をにらみつけたまま尋ねる。


「鬼の子ども達の遊び相手だと?」

「そう! 地獄っていうのは娯楽が少なくてね。みーんな、暇を持て余しているんだ。だからさ、君たちを地獄にご招待したんだよ」


 閻魔王女の言葉に、ケイミが言い返す。


「ご招待? 誘拐か拉致の間違いじゃないの?」

「ははっ、そうとも言うかもね」

「否定もしないのね」

「まーね。そんな言葉遊びはどうでもいいし」

「それで、鬼の子供と遊ぶっていうけど、どこに鬼がいるのかしら?」

「わからない?」


 言われ、ケイミは少し考える。

 ケイミが答える前に、カオリが言った。


「この扉の向こうかしら?」

「せいかーい。さすがは将棋の天才カオリちゃん。推理力もあるね」

「こんなの推理じゃないわよ」


 閻魔王女はさらに説明を続けた。


「君たちにはこの扉の向こうで、鬼と五番勝負をしてもらう」


 カケルが尋ねる。


「何の勝負だよ?」

「君たちからすれば、とっても有利な勝負さ」


 そこで、閻魔王女は言葉を句切った。

 フトシ達5人をじっくりなめ回すように観察し、そして言う。


「相撲勝負、フラッシュ暗算勝負、将棋勝負、空手勝負、そしてマラソン勝負」


 ケイミがうっすら笑う。


「私たちの得意分野でってこと?」

「そうだよ。5番勝負で3勝すれば、君たち五人を元の世界に戻してあげる」


 なんとなく、話は見えてきた。

 だけど、気になることが1つ。

 フトシは恐る恐る尋ねる。


「もし、僕たちが負けたら……?」


 閻魔王女は笑う。これまでで一番残酷な笑みだ。


「正式な地獄の住人になってもらうよ」


 正式な地獄の住人。それはつまり――

 フトシだけでなく、五人ともその意味をさとったようだ。

 カオリが少し声を震わせながら尋ねる。


「そんな勝負、受けたくないと言ったら?」

「その時は今すぐ、地獄の住人になってもらうよ」

「選択肢はないわけね」

「いいや、勝負して元の世界に戻れるよう頑張るか、最初から諦めるかの2択だよ」


 そう言われ、フトシ達は顔を見合わせる。

 答えは決まっていた。こんなの選択肢じゃない。

 カケル、フトシ、ケイミ、カオリが口々に言う。


「俺はやるぞ。挑戦せずに諦めるなんて俺の文字にはない」

「オレも、どんなときでも前に進む」

「答えは最初から1つしか無いわね」

「やるしかないか」


 そう、やるしかない。

 覚悟を決めるしかないのだ。

 フトシはゴクリと唾を飲み込んだ。


「僕もやるよ」


 5人の答えに、閻魔王女は満足げにうなずいた。


「OK!! じゃあ、扉を開けちゃうよん」


 閻魔王女がそう言って指をパチンとならした。その瞬間、重そうな鉄扉がひとりでに開いたのだった。


 -------------------


 扉の先はスポーツ会場のような場所だった。

 中央に正方形の舞台、反対側にはフトシ達がくぐったのと同じような扉がある。

 周囲には観客席があり、そこにいたのは――


 フトシは思わずつぶやく。


「鬼……」


 そう、鬼だった。赤青黄色、あるいは黒や白。様々な色の鬼達。

 頭にはつのが生え、口からは牙が伸びている。

 おそらく、100人はいる。鬼を『○人』と数えるならばだが。

 小さな鬼と、大きな鬼が、会場内にやってきた5人の人間を見つめていた。


 と。


 閻魔王女が再び上空に舞い上がる。


「さあ、始まりました! 人間の天才児VS鬼の子どもの五番勝負! 実況はアタシ、閻魔王女がおおくりしま~す」


 いきなり実況を始める閻魔王女。

 盛り上がる観客席の鬼達。どうやら小さな鬼が子どもで、大きな鬼はその保護者らしい。

 このイベントが鬼の子ども達が楽しむためのものであることは間違いなさそうだ。


「これまで、人間の子どもVS鬼の子どもの戦いは、毎回鬼側の勝利。そこで今回は人間に有利なルールにしました~」


 再び湧く会場。だが、先ほどとは違って少しブーイングも混じっているっぽい。


「今回の人間達は各界の天才児です。まずはマラソンの天才、先崎翔くん!」


 その言葉と共に、どこからかカケルにスポットライトのような光が当たる。


「次に、フラッシュ暗算の天才安西計見ちゃん、続いて将棋の天才坂原香ちゃん、さらには空手の天才戦馬剛くん、最後に相撲の天才尾久太士くん!」


 紹介された人間の子ども達を、鬼の子ども達がよだれを垂らしながら観察する。


「例によって、人間達が負けたら、会場の皆には美味しい美味しいステーキをごちそうしちゃうよ♪」


 そこで、閻魔王女はフトシを見てニヤリと笑う。


「特に相撲少年なんて脂がのっていて美味しそうよねぇー」


 その言い方――


(まさか、美味しいステーキって……僕ら!?)


 恐怖に震えるフトシ。泣きたくなる。いや、すでに涙が出そうになっている。

 そんなフトシの背中をツヨシが叩く。


「フトシ、気弱になるな。泣くんじゃない。不安なのはみんな同じだ。そんなときこそ胸を張れ。おまえだって格闘家だろう」


 ツヨシの言葉。

 それは、フトシが初めて相撲の大会に出たとき、親方に言われた言葉と似ていた。

 あの時の親方もどーんと叩いて送り出してくれた。


 そうだ。

 気弱になったらダメだ。

 前を向いて叫ぶんだ!


「僕は――僕らは負けない!」


 フトシのその言葉は、期せずして鬼達への挑戦メッセージになったのだった。


「おお、勇ましい! さすがは天才少年!」


 閻魔王女は会場内をあおる。


「それでは早速第一勝負を開始しましょう。まずは相撲勝負! 今、さけんだフトシくんが人間側の代表です! 対して、鬼の代表は……」


 向こう側の扉がゆっくりと開き、フトシの対戦相手が現れた。

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