新友

 高校の入学式も終わり、本格的に瑠璃の高校生活が始まった。優は三月中に既に仕事が始まっていたので、朝食当番の瑠璃も一緒に起きる生活を送った。そのおかげで、久しぶりの早起きに苦戦するということもなかった。

 優と一緒に家を出て、それぞれの場所へ向かう毎日も慣れてきた頃合いだった。

 親子二人は今日もいつも通りに家を出た。

 優が以前言っていた通りこの街の子は同じ高校へ行くようで、瑠璃の歩く通学路では何人か自分と同じ学校の制服を着た生徒を見かけた。同じ制服というだけで知り合いな訳でもないのだが、まだこの街について知らないことも多い瑠璃にとってはこうして同じ場所へ向かう人がいるというのが心強かった。

 新しい制服は紺のブレザーにチェックの入ったスカートで、中学がセーラー服だった瑠璃にとっては最初は戸惑うこともあった。しかし、毎日来ているうちに違和感は消えた。今では新しい自分の姿が、嬉しいくらいだった。

 東京から来たことで何か言われるんじゃないかと心配していたが、逆にそれで皆興味を持って話しかけてくれた人も多かった。

 順調に高校生活のスタートを切り、毎日を過ごせていた。

 もう大丈夫、今度はあんな事になったりしない。

 瑠璃は心の中でそう唱えた。

 しばらく歩いていると校門が見えてきた。生活指導の先生が門の前に立ち、生徒たちは軽く挨拶をして校舎の方へ向かっていく。

 瑠璃も校門の前に着き、同じように挨拶をして校舎の方へ向かっていく。少し前までは怖くて仕方がなかった校舎が近づいても、もう何も感じない。

 ああ、私はもう踏み出したんだ。

 瑠璃はそう実感しながら、校舎に入っていった。


 教室は既に人が溢れていた。

 この学校は同じ中学校だった人たちが多いらしく、入学直後でもクラスには活気がある。瑠璃にとっては新天地に顔なじみが多いというのは少しだけ羨ましかった。しかし、それではここに来た意味がないことがわかっている。瑠璃はそんな自分を笑った。

 すれ違う人たちがくれた挨拶に答えながら、瑠璃は自席に着いた。窓側の後ろから三番目の席が瑠璃の席だった。

「あ、おはよう瑠璃」

「おはよう志帆ちゃん」

 挨拶をしたのは後ろの席の和久井志帆だ。瑠璃が東京から来たことを自己紹介で言ってから興味を持って仲良くなった、高校で初めてできた友達だった。

 短くて真っ黒な髪、背も高く手足も長い、いわゆるスタイル抜群の少女で、平均身長で明るい髪色の瑠璃にとっては、そんな姿が憧れだった。それだけでなく、持って生まれた体に加えて彼女は笑顔が素敵だった。太陽みたいな笑顔、とは彼女のことを言うのだと瑠璃は思っていた。

「ねえ瑠璃、今日から仮入部期間始まるけど瑠璃は部活何か入るの?」

 志帆が持ち前の明るさを存分に振りまきながら、瑠璃に問いかけた。

 昨日のホームルームで担任が話していたような気がしたが、瑠璃はあまり覚えていなかった。自分には関係のないことだと聞き流していた部分だったからだ。

「私は家のこと手伝ったりしなきゃいけないから部活はいいかな」

 部活に入ってしまうと、どうしても家のことがおろそかになってしまう。特に夕食の準備が間に合わなくなってしまうのが気がかりだった。父は仕事から比較的早く帰ってくるから、夕食は一緒に食べることができる。仕事で疲れた父に食事を用意させるのは申し訳ない。中学生の時も同じ理由で部活には入らなかった。

「志帆ちゃんは何か入るの?」

「私はやっぱり陸上部かなー。特別続ける理由もないけど、だからと言って、辞める理由もないからさ。それに、部活入ってないとなんもやることないもん、この街」

ほんとなんもなーい、と志帆は不服そうに言う。瑠璃にとってはいうほどでもないと思ったのだが、彼女は違ったようだ。

「瑠璃はこっち来たばっかりだから知らないかもしれないけど、ほんっっっっとに何にもないのよこの街!駅の方に行かなきゃ遊ぶものもないしさ。昌平もそう思うでしょ?」

 志帆が呼びかける先は瑠璃の隣の席、長岡昌平だった。細縁の眼鏡と短髪が印象的な、背が高く線の細い志帆の幼馴染だ。二人は同じ中学どころか小学校からずっと同じで、今までのクラスもほとんど一緒だったらしい。

 昌平は嫌そうに志帆の方を向くと、

「いきなり振るなよ。....まあ、退屈なのは否定できないけどさ」

と、返した。

 それを受けて、でしょー、と志帆が頬杖をつきながら呟いた。志帆はそのまま外に視線を移した。その視線を追うように瑠璃も窓の向こうを見る。

 窓からは街がよく見えた。学校が高台にあるから2階でも十分に街全体を見渡すことができるのだ。瑠璃にとっては思わず写真を撮りたくなる景色だった。山も街も見渡せる上、遠くにはうっすらと海も見える。十分素敵な景色だったが、彼女にとってはそうではなかったらしく、

「渋谷に行きたい」

と、しみじみ呟くばかりだった。


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