【乗車記】2階建て新幹線

 今回は新幹線のお話、というか乗車記ですね。

 10月に引退したばかりなので、記憶に新しい方も多いと思います。

 少々のハプニングを交えますが、どうぞお楽しみ下さい。


 *****


 埼玉県の大宮おおみやから、8時14分発の上越新幹線で新潟にいがたへ行く。東京からではないのは、単純に私が住んでいる家から一番行きやすい新幹線の駅が大宮だからである。

 上越新幹線には「Max」と呼ばれる二階建ての新幹線が走っており、速度の向上とかで引退するらしい。今回はこれを狙って来ており、要するにお名残乗車というわけだ。

 ちなみに実行日は2021年(令和3年)の2月13日から14日である。読者の皆様は、この日付を覚えておいてほしい。


 指定席を取ってあるから慌てる必要はなく、2階席へ歩を進める。土曜日の朝、さぞかし混んでいるだろうと思ったらそうでもなかった。

 後で分かることだが、このMaxが引退するのは10月の始め。まだ鉄道ファンらしき人影はいない。8ヶ月前に行けばこういういつもどおりの雰囲気を味わえるのに、なぜ皆してわざわざ直前に行くのかが分からない。

 もちろん、私も廃止の直前に行ったことがある。しかし混雑しているのは目に見えているからそういうのは数えるほどだ。引退の噂なんて数年前から流れているのだから、空いているときに乗ったほうがゴミゴミせずお得に感じる。尤も、最後に乗ることを目的とする人もいるから一概には言えないが、私はそういう方針である。


 列車は関東平野を北上し、群馬県の県庁所zゲフンゲフン、大都市高崎たかさきを過ぎて上越国境に近づいてゆく。かつて上越線が主役だった頃は、温泉地である水上みなかみが入り口で機関区もあったというが、今は駅の方はすっかり落ちぶれている。

 水上はイベントの時に不正乗車が多いことで知られる。初乗りの切符を手に入れておいて、何事もなかったかのようにすり抜ける輩が後を絶たないという。そのために1つ手前の上牧かみもくに臨時監視員を置くくらいなのだから、鉄道ファンの風上にも置けない奴らが一定数いるということだ。誠に嘆かわしい。

 閑話休題。上毛高原じょうもうこうげんでは登山客らしき人が下りてゆき、列車は長い長い、本当に長い上越国境のトンネルに入る。次の越後湯沢えちごゆざわのすぐ手前まで、景色は全て真っ暗になるのである。この区間に乗ったことがある人ならば、外が見えなくてつまらないと感じたこともあるだろう。しかし厳密に言うと「全部がトンネル」というわけではない。


 地理や気候に詳しい人なら良くお分かりだろうが、日本海側の冬は厳しく、雪が降る。雪は鉄道の大敵で、道路の整備事情が良くなってきた昨今でも鉄道の方が雪には強いが、日本海側、特に秋田県から福井県の辺りまでは、水分を多く含んだ重い雪が降る。雪が重くて列車がはねのけられずに立ち往生してしまうと、通れないから運休になる。山間部ほどそれが顕著になっている。新幹線はトンネルが多いので運休は少ないが、それでも雪で遅れることはある。

 ここまでが前提で、上毛高原~越後湯沢間の種明かしをすると、この区間にトンネルは「つき夜野よのトンネル」と「大清水だいしみずトンネル」の二本がある。一本に感じるのは、二本のトンネルの間にシェルターを設けているからである。この二つのトンネルの間の地上に出る区間は僅かしかないから、雪の影響を考えて設置しているのだろう。つまり、外が一秒も見えなくなる代わりに定時性を確保しているのである。


 雪が積もっている越後湯沢を9時09分に発車。私の乗っている13号車2階席には、私以外誰もいなくなった。越後湯沢までは一定数の客がいたが、スキー客なのだろうか、ほとんどが降りてしまったのである。することもないので車内を歩き回ると、デッキの横にガシャポンを発見した。「Max限定・駅名標マグネット」とある。私は限定の品に弱い。つい一つ購入する。

 高崎から全ての駅に停まって最後は越後平野を突っ切り、新潟には9時56分に着いた。越後湯沢から先はあまり乗客の入れ替わりがなかったところをみると、スキー客のための2階建て列車なのだろうかと思わせられる。16両編成1634席、その収容力は偉大である。

 この後は秋田県へ行き、ローカル線にいくつか乗る予定である。今日中に秋田まで行ければいいので、乗るべき特急列車までは十分すぎるくらいの時間がある。そういう訳で、Maxとゆっくり別れを惜しんだ。といっても見ていただけだが、間もなく引退の身、もう会えない可能性が高い。そう思っていた、翌日の朝までは。




 翌日(2021年2月14日)午後4時、私は再び秋田駅にいた。

『お客様に繰り返しご案内致します。昨夜の地震の影響により、秋田新幹線は終日運転を見合わせます。東京方面へお出でのお客様は……』

 正確に憶えている訳ではないが、駅の放送は大体このようなものだった。

 そう、記憶に新しい人も多いだろう。2月13日深夜、東北地方で大きな地震があったのだ。私は、秋田のビジネスホテルに宿泊していながら、地震の時は爆睡していたという図太い神経の持ち主だが、結構大きい地震だったらしい。

 秋田を早朝に出る時は「新幹線は安全確認が終わり次第昼過ぎに運転再開見込み」とのことだった。これから五能ごのう線(東能代―川部)と津軽つがる線(青森―三厩)に乗って東北新幹線で帰る予定だった私としては、胸をなでおろすような情報だったわけだが、その後「東北・北海道・秋田・山形新幹線は終日運休」と変わった。つまり、今日中に東京へ帰るには、新潟へ戻って上越新幹線に乗るしかない。そこから逆算すると、秋田から東京へ行ける最終は16時35分発〔いなほ14号〕となり、要するに津軽線への乗車は諦めるほかなくなったのだ。

 しかしこの際、帰れれば文句は言わない。奥羽本線の浪岡なみおかで泣く泣く途中下車するまでは津軽線に未練があったが、いざ特急券を変更すると、なんとしてでも帰らねばという気持ちが強くなってきた。特急券代や宿泊代を無駄にしたくないという貧乏根性が混ざっている自覚はあるが、とにかくそんな気持ちだった。


〔いなほ〕には自由席が付いている。満席になるほどではなかったので、楽に席を確保できた。だが車内放送で『この列車、混雑する場合があります』と言っているのを聞くと、普段よりは多いのだろう。とすると、いつもはガラ空きで秋田を出発しているのだろうか、それとも指定席の客が多いのだろうか。

 列車は羽後うご本荘ほんじょう仁賀保にかほ象潟きさかたと停まっていく。有耶無耶うやむやの関を越える辺りで日はほぼ暮れ、山形県の鶴岡つるおかに着く頃には真っ暗になった。それでも列車は、新潟を目指して走り続ける。

 村上むらかみの手前で車内が暗くなり、数十秒ほどでまた明るくなった。なんだか希望の灯が心もとなく消えたり点いたりしているみたいだが、これは電源切り替えのために電気が流れない区間を走るからである。


 そして定刻20時09分、〔いなほ14号〕は遅れもなく新潟駅の新幹線乗り換えホームに滑り込んだ。隣に待ち構えている巨体は20時20分発〔Maxとき348号〕で、今度は8両編成だ。席を確保しようと気が急いたが実際はそんな必要もなく、乗車率50%ほどの1階席へありつけた。つくづく2階建ての座席数は恐ろしい。一応言っておくが、これは褒め言葉である。

 どうせ外は見えないからと、適当にまどろんでいる間に上越国境を過ぎ、後ろにいた男女3人組の「シーッ! 寝てる人いるから」という声で目が覚めた。高崎の手前であった。

 高崎でなぜか〔Maxたにがわ〕8両を前に繋ぐ。運用の都合なのか定かではないがとにかくそういうことになっていて、連結を済ませた16両編成は22時02分、大宮に着いた。改札口で駅員にきっぷを見せると「随分廻ってきましたねぇ」と驚かれた。


 *****


 いかがだったでしょうか? ニュースにもなったので、上越新幹線の「Max」の引退は、知っている方も多いと思います。

 乗ったのが引退の8ヶ月前だったので引退ムードはどこにもなく、観光や都市間の輸送に、大きな巨体を走らせ従事する2階建て新幹線の、普段の姿を感じることができました。

 最後の方は駆け足になったばかりか、Maxのことほとんど書いてないですね。すみません(汗)。取り敢えず帰れるかどうかで焦っていたのは確かなので、そんななか目的地の大宮まで定時運転をしてくれたことは本当に感謝です。行きはよいよい帰りはドキドキ、そんなドタバタ旅の中でMaxは(文字通り)大きな存在でした。

 ちなみに「ローカル線に乗った」とサラッと書きましたが、機会がありましたらそちらの方も書こうと思います。それでは。

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