【乗車記】男鹿線・五能線

 村上むらかみを発車した特急〔いなほ5号〕は、羽越本線でも景色の良い区間をガタゴトと行く。途中の桑川くわがわの辺りは「笹川流れ」という景勝地が有名で、観光のための快速列車も走っている。

 羽越本線には何度も乗ったことがある。山形県平田町(現:酒田市)では年に二回田んぼを使い、田植えと稲刈りの体験イベントを行っていた。どういうわけか私のところはほぼ毎年家族で応募して行っていて、現在はやっていないらしいが貴重な体験ができたとは思っている。そのとき御用達だった快速〔きらきらうえつ〕も今は無く、代わりに指定席料金のみいたずらに高い観光列車が走っている。


 新潟県最後の停車駅府屋ふやを発車し、列車は鼠ケ関から山形県に入る。

 あつみ温泉を過ぎると内陸部へルートを変え、米どころの庄内平野を突き進む。鶴岡、酒田で客の入れ替わりがあったが、それ以外はさしたる変化もない。7両編成の特急列車は小駅をすっ飛ばし、たまに停車し、1分と経たずに発車する。夕焼けが日本海を照らし始める。15時31分羽後うご本荘ほんじょう着。

 ここで私は7分後に発車する普通列車に乗り換えて秋田まで行く。村上から秋田まででは200キロを僅かに超えてしまい、特急料金が高くなるからである。2両のワンマン列車は7つの駅に粛々と停車し、秋田には16時23分に着いた。


 今日はここで終わりではなく、男鹿おが線に乗って終点の男鹿へ行き、戻って秋田に泊まるという計画である。行って戻ってくるだけで何が楽しいのかと思う人もいるかもしれないが、分かる人にだけ分かればいいことで、趣味の世界とはそういうものだ。

 そう思っていると、丁度男鹿線の普通列車が入線してきた。数えてみると5両も繋がっている。私は車両の運用を調べてくるほど熱心ではなく時刻表を頼りに来ていたから、これは運のいいことだ。県庁所在地である秋田市の近郊を走るというのに、日中は2両くらいしか繋いでいない。

 男鹿線を走っている車両も古く、これは今度の3月で引退する。秋田県と青森県の男鹿線、五能線、津軽線、奥羽本線にこのディーゼルカーは残っているが、後継車両が入るらしい。


 帰宅客を大勢乗せて、秋田を16時46分に発車。途中全ての駅に停まる。一番後ろの車両で、車掌から男鹿までの乗り越し切符を買うと、「これで記念に持って帰れると思うから」と秋田車掌区のスタンプを押してくれた。鉄道ファンが買いに来るのだろう。車掌もご苦労なことである。

 追分までは奥羽本線を走り、そこから男鹿線に入る。途中の二田ふただで上りの秋田行きとすれ違ったが、向こうは電車であった。正確には「蓄電池車両」と言い、最近JR東日本が非電化区間に続々と投入している。

 2月の日の入りは早い。どんどん闇が濃くなってくる。それに呼応するかのように、どの駅でも客が降りて家路へ散ってゆく。終点まであと三つという脇本わきもとで日は完全に暮れ、男鹿に着いた。10分後の折り返し列車で秋田に戻る。

 何か美味しいものでも食べようかとも思ったが、長居すると迷惑だろうし、明日は6時にホテルを出る予定だから、夕食は駅前で適当に取った。この時までは、あんな事態になるということは夢にも思わなかった。


 *****


 翌日、早朝に起きると、何か通知が入っている。スマホを目覚まし時計にしているので、起きたらすぐ見られるのだ。見ると、緊急地震速報ではないか。しかも震源は東北地方。これは非常にまずい。親からの心配メールも入っていたので、取り敢えず無事だと返信する。

 始発に間に合うように早めに起きたので、予定を繰り上げて秋田駅へ向かう。昨夜、夕食のついでにコンビニで今日の朝食を仕入れておいたが、これは結果的に正解であった。

 秋田駅の改札前では、駅員たちが今日の対応に追われていた。秋田新幹線の改札にはロープが張られ、既に表示は13時以降の列車になっている。新幹線は安全確認の後、昼過ぎから運転を再開するらしい。「五能線は?」と聞くと、駅員は「在来線は通常運転の予定です」と答えた。


 一番列車で東能代ひがしのしろへ向かう。予定を一時間繰り上げたが通常運転とのことなので、まさに一時間持て余し、一駅進んで能代へ向かった。バスケットボールのゴールがあったので眺めていたが、経験が無くても挑戦したくなる。

 折り返して東能代へ戻り、改めて弘前行きの普通列車に乗車する。係員たちが「さよなら&ありがとう」と入った表示板を付けた。流石に鉄道ファンと見受けられる人が多く、代わる代わる写真を撮っている。定刻7時23分に発車した。


 先ほど降りた能代を出ると、車掌が「一番後ろの3両目は、次の向能代むかいのしろから鰺ケ沢あじがさわまで締め切りとなります。向能代より先へお越しのお客様は前2両へ移動してください」という放送をした。引き続き車掌が乗るのに減車とはおかしいが、小さい駅が多く利用も少ない区間だから、1両くらいなら大丈夫なのだろう。

 能代から鰺ケ沢までは過疎化に伴い本数が削減されてきた区間で、途中の沢目さわめ陸奥むつ岩崎いわさきなどは行き違いの設備も取り払ってしまった。本数が減ったのだからしょうがないが、皮肉なことに沿線の白神山地が世界遺産に登録されてしまった。さあ大変である。観光列車を走らせようにも、行き違いの設備が少ない。それでも観光客を取り込むためには走らせるほかない。という訳で、以降は交換施設が減っていない。五能線の廃止などもってのほかだと言うように観光列車が行き交う。

 秋田県最後の駅岩館いわだては、能代~深浦間で列車の行き違いが出来る唯一の駅で、6分ほど停まって上り列車を待つ。向こうは新型車両であった。

 列車は青森県に入るが、景色はあまり変わらない。曇り空の下、左手に日本海が見え、時折プワンと警笛を鳴らしながら3両編成の列車は走る。朝方だからか途中の駅からの観光客はあまりいない。白神岳登山口しらかみだけとざんぐち十二湖じゅうにこ、ウェスパ椿山つばきやまと過ぎるが、いずれも乗ってきたのは数人だった。尤も、普通列車は本数が少なすぎるから、自動車か観光列車を使うのだろう。


 かつて五能線では、乗ってきて去っていった列車がまた戻ってくるという、何ともヘンテコなダイヤを組んでいた。臨時快速〔リゾートしらかみ〕が、先述した観光地の最寄り駅にいくつか停まった後に深浦まで行き、再び岩館まで戻って、再度深浦方面への下り列車となるのだ。

 この辺りは本数が少なく、観光のために降りても次の列車までは何時間も空いてしまうから、それを少しでも解消するための措置らしい。つまり、同じ〔リゾートしらかみ〕が、一日に2回、下り列車として同じ駅にやって来る訳だ。こうすれば、2時間ほど観光した後に同じ列車に乗り込み、そのまま次の目的地へ向かえる。JRもなかなかよく考えたものだと思う。が、現在はそんなややこしいことはしたくないのか、それとも利用客が伸びなかったのか、その「蜃気楼ダイヤ」と呼ばれた運転形態はなくなっている。


 列車は深浦に着き、ここで13分停車する。能代から先は無人駅ばかりだったが、ここは深浦町の代表駅で、駅員が配置されている。快速列車も停まる。

 駅舎にあるスタンプを押しているうちに出発時刻になり、再び北へ向けて列車は歩を進める。驫木とどろきという賑やかな字面の駅を過ぎたところでスマホを見ると、ニュースが入っていた。

「東北・北海道・山形・秋田新幹線は終日運休」と情報が変わっている。つまり、この後津軽線に乗って、本州の果て三厩まで行こうかと考えていたプランは、見事に崩されたわけだ。上越新幹線は運休していないらしいから、新潟廻りで帰るしかない。まだ朝の10時なのに、少し慌ただしくなってきた。

 そうはいっても、この鈍足列車が速くなることなんてなく、それでもきっちりダイヤを守って走る。鰺ケ沢から再び3両営業になり、五所川原ごしょがわらで上り深浦行きと交換し、川部かわべに定刻11時39分に着いた。川部は五能線の終点で、乗ってきた列車は弘前まで直通するが、私は青森方面へ向かうため、ここでお別れである。

 これから乗る奥羽おうう本線は電化路線だが、今度の青森行きはなぜかディーゼルカー2両連結でやって来た。しかし線路はよく整備され、揺れも五能線に比べると少ない。2駅走って浪岡なみおかに着いた。このまま青森まで行きたいが、そうすると今日中に帰れなくなる。


 今日中に帰り着くための逆算をする。

 東京行き最終の上越新幹線が新潟を発車するのは、21時35分。

 羽越本線特急〔いなほ〕の上り最終が秋田を出るのが、16時35分。

 そうすると秋田には、15時28分着の特急〔つがる4号〕か、16時01分着の普通列車でないといけない。

 現在の時刻は12時。この後に浪岡から発車するのは、12時23分の普通大館おおだて行きと、13時06分の秋田行き特急〔つがる4号〕で、この〔つがる〕に乗らなければ、今日中に帰ることができなくなる。

 浪岡駅のみどりの窓口は時間を区切っての営業で、12時から13時までは休止と書いてある。既に12時過ぎだったが、シャッターは開いていた。それと、明らかな旅行スタイルで見た目が若い奴が降りたからか、わざわざ「きっぷ、ご購入されますか?」と言ってきてくれた。若い女性駅員と、年配の男性駅員のコンビであった。

 新幹線特急券、乗り継ぎの〔いなほ〕、そして〔つがる〕の特急券を購入し、乗車券の経路を変更する。「ありがとうございました」と言うが早いか、すぐにシャッターが閉まった。休憩時間を割いて対応してくれたわけで、申し訳ない気持ちよりは感謝の気持ちが大きい。


 手早く対応してくれたおかげで12時23分の普通列車に間に合い、この列車の終点である大館まで向かう。特急券代は少しでも節約したい。

 ローカル列車は2両のワンマンかもしれない、席は果たして空いているか――などと思ったのは杞憂で、5両編成で車掌も乗っていた。弘前で切り離すわけでもなく、県境を越えて秋田県に舞い戻り、大館13時26分。どうも過剰輸送のような気がするが、運用の都合だろうか。

 14時15分の普通列車で行けば、最終の〔いなほ〕に間に合うのだが、こんな状況では自由席は混んでいるかもしれない。とすれば、秋田に早く着いて並べば良い。そんなわけで、〔つがる4号〕を選択した。

 定刻15時28分、秋田着。〔いなほ14号〕の自由席は、果たして空いているか。

 ……賢明、あるいは詳しい読者ならお分かりだろう。〔いなほ〕は、まだ入線していない。

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