訪問記

【訪問記】ターミナル

 ターミナル。

 1回は聞いたことのある単語ですよね。この言葉を聞いて、真っ先に何を思い浮かべるでしょう。ある人は新宿や池袋などのゴミゴミした光景を、またある人は高速道路や交差点を思い浮かべるかもません。最近、といっても数年経っていますが、「バスターミナル」から名付けられた「バスタ新宿」なんてのもありますね。

 それはさておき、鉄道でのターミナルとは、一般的に「主要駅」「拠点駅」あるいは「都市部にある駅」といったイメージを抱く方が多いと思います。

 ここで英和辞典を引いてみましょう。英語では「terminal」と表記し、意味は「名詞:(鉄道・バスなどの)終点、終着[始発]駅、発着所、ターミナル」と書いてあります。

 ここまで書けばお分かりでしょう。英語での「terminal」には、単なる「終着駅」という意味も含まれるのです。車内放送に耳を澄ますと「The next station is Mitake terminal.」というように、次が終着駅になるときには語尾に「terminal」を足すよう一括して自動放送にプログラミングされています。たとえそこが、カタカナ語で言う「ターミナル」でなくとも、終点はそう放送されます。

 え? ミタケ駅ってどこなのかって? 調べればすぐに分かりますよ。

 という訳で、とあるターミナルの物語、始まり始まり。


 *****


 7分ほど遅れて、終着駅に着いた。ここは広島県庄原しょうばら市の備後落合びんごおちあい駅だ。出雲市から来るときに山陰本線の荘原しょうばら駅を通ったから、今回の旅行では都合二つの「しょうばら」に来たことになる。

 ここは三方向から線路が集まるところで、そういう意味ではターミナルと言ってもいいかもしれない。しかし発着する本数を見ると、これは日本語でいう「ターミナル」には程遠いばかりか、その機能は全く無いように思える。


 何しろこの備後落合から発車するのは一日11本。「1時間」ではない。一日の全てでこの本数なのだ。しかも、広島県の三次みよし、岡山県の新見にいみ、島根県の宍道しんじから列車が来るこの駅が、である。これら定期列車に、私が乗ってきた列車の折り返しとなる臨時〔奥出雲おろち号〕を含めても12本。随分と寂しい「ターミナル」で、一体主要駅とは何なのかと思わされる。

 しかし、その本数の少なさとは裏腹に、駅にはそこそこ人がいる。列車が到着するとホーム上も賑わうが、奥出雲おろち号が汽笛を残して折り返していくと、その賑わいもピタリと止んだ。広い構内に蝉の声が響いている。次の列車は1時間半ほど後で、列車待ちと思われる十数人のうち、ほとんどの客が駅舎かホームの待合室にいた。

 ではその他の人はどこから? と思うだろうが、駅前には自動車が何台か停まっている。列車の本数が少なすぎるから自家用車で来る人がいるのである。


 途中で買った蕎麦の弁当を食べ終え、することもなく構内をぼうっと見渡していると、夫婦と思わしき二人組がやって来て何やら話していて、聞くと「広島から」と言う。ここも一応広島だが、広島市内から来たということだろう。これからどちらへ? と聞かれたので、芸備線で三次へ、と言うと「お気をつけて」と返してくれた。社交辞令だろうが、見ず知らずの旅行者はこういうことで嬉しくなるものである。


 駅舎の中を見てみると、昔の白黒写真から最近のカラー写真まで様々に掲げられている。ここは今は無人駅だが、国鉄時代は駅員どころか保線区や機関区まであったという。それが今はすっかり落ちぶれてしまい、駅前には家や商店すらない。

 ここまで書くと、お前はナニ懐古趣味ばかりしてるんだ、そもそもそんなところ昔っから田舎だろう、という声が聞こえてきそうだ。そこで、備後落合の栄枯盛衰を表すデータ――といってもお粗末なものだが――をご覧に入れよう。発車する列車を方面別に記したものである。なお、芸備線の「下り」は三次・広島方面、「上り」は新見方面で、カッコ内はそのうち優等列車(急行)の本数である。


 ◆◇◆


 1983年12月 芸備線下り12本(3本)・上り8本、木次線8本(2本)

 1987年3月 芸備線下り10本(1本)・上り8本、木次線6本(1本)

 1993年6月 芸備線下り10本(1本)・上り7本、木次線4本

 2001年10月 芸備線下り10本(1本)・上り4本、木次線4本

 2005年9月 芸備線下り7本・上り3本、木次線3本

 2016年12月 芸備線下り5本・上り3本、木次線3本


(いずれも日本交通公社及びJTBの時刻表より)


 ◆◇◆


 手元にあった時刻表を基にしているので、年代が空いているところがあるのはご容赦願いたい。

 見てみると、元から本数が少なかったわけではなく、徐々に本数が減ってきている。広島から山陰への、ほぼ唯一のルートだったからだろう。本数減少の理由としては、勿論沿線人口の減少が挙げられるだろうが、中国自動車道(1978年開通)や奥出雲おろちループ(1992年開通)も無関係ではないだろう。1990年には急行〔ちどり〕の木次線乗り入れが廃止され、芸備線に残った〔たいしゃく〕は2002年に、〔みよし〕も2007年に姿を消した。そして2016年からはこの本数で推移し、これに〔奥出雲おろち号〕が加わっても12本、となるわけである。


 高速バスに客を取られた格好であるが、ここまでは仕方ないにしても、JR西日本も手をこまねいている感は否めない。奥出雲おろち号は運転されているが、この列車に備後落合から乗ろうとすると、新見や三次で宿泊しなければならないうえ、折角せっかく備後落合に辿り着いても何時間も待たされるダイヤになっている。

 しかも、現在運転されている寝台特急〔サンライズ出雲〕で宍道まで行っても、宍道発の奥出雲おろち号にはタッチの差で逃げられてしまうのである。30分や1時間くらいならあきらめもつくが、その差は17分、どうにかならないだろうかと思う。

 新見からは1時間25分、三次からは1時間16分ほどあれば行けるのだから、いっそのこと奥出雲おろち号に接続する臨時列車でも出したらどうだろう。「新見11時14分→備後落合12時39分」と「三次11時31分→備後落合12時47分」という形で、別々の方向から2便出すのである。

 これならば12時57分発の木次行き奥出雲おろち号に間に合うし、東京からも鹿児島からも日帰りが可能になる。木次に着くのが16時前だから、土日休みを使って1泊2日旅行をするという客も出てくるだろう。さらに、備後落合でこの2本が接続してそれぞれ逆方向に折り返せば、地元の客も少しは乗るかもしれない。

 しかし、ここまで書いてふと思った。仮にこの2本を走らせたところで、一体どれくらいの観光客、地元民、もしくは鉄道ファンが利用してくれるだろうか。奥出雲おろち号の運転日だけでも臨時列車を走らせれば収益も上がりそうだが、そもそもトロッコ車両は1両だけで席数も限られているから、1~2本の普通列車をサービスしたところで雀の涙ほどの収益しか入らない。となれば、現状のダイヤで静観を決め込むしかないのだろうか。


 駅ノートに自分の宣伝を兼ねてこそこそ書き込んでいると、一人のおじさんが指し棒を携えてやって来た。かつて芸備線で機関士をやっていた永橋則夫さんという方で、ここ備後落合が無人駅となった現在でも、ほぼ毎日駅にやって来て駅や路線の解説をしているらしい。「日本には他にも落合とつく駅がありますが、これらは皆地名です。対してこの備後落合という駅名は、三方向から路線や列車が『落ち合う』ことからつけられました」というような、駅名の由来まで事細かに話してくれた。

 私は列車の時間が来てしまうのではないかと腕時計を何度か見たが、そこは元鉄道マンで、列車が入線する5分ほど前に話を終わらせた。ただ、その話の中で私が印象に残ったのは、賑わっていた頃や木次線のスイッチバックの話ではなく、今現在の話だった。

東城とうじょうから備後落合までは僅か3往復です。客が乗らない。1日の平均通過人数は10人ほどです。そこで『列車が少ないから乗らないんじゃないのか』という意見が出まして、去年実験をしました。新見から備後落合までを1往復増やしたんです。それでも乗らない。客は増えなかった」


 私が乗る三次行きの列車が入線してきた。これで備後落合を後にする。

 14時台は、1日に1回だけ、三方向から列車が『落ち合う』。三次、宍道、新見への、3つの列車が互いに接続するのだ。そのどれもが、過疎地域を象徴するような1両編成だった。

 1日1回の光景だから、3本の列車をカメラにおさめる人の姿もある。3本とも20分ほどで折り返す。2時間弱の待ち時間に話を聞けて良かったと思う。

 そして、まず37分に新見行きが発車。続けて4分後に木次線が発車し、その2分後の14時43分、私の乗った三次行きが最後にホームを離れた。全て定刻での発車で、のんびりしている田舎の駅でも正確さは健在である。永橋さんは3本の列車に大きく手を振り続けていた。


 *****


 はい、山間の「ターミナル駅」の訪問記でした。

 勘の良い方、というか、読んでくださった方は分かるでしょう。今回は、以前公開した「青い大蛇」の続きです。

 少し補足をすると、途中で列車の本数を記していますが、載っていた列車から「1週間に1日以上運休する列車」は除いてあります。それでも昔は、急行列車を含めて直通があったんですね。

 ちなみに時刻表を見たところ、臨時列車ではかつて〔三井野原スキー号〕というのが設定されていました。これは名前の通り、木次線の三井野原駅近くにある三井野原スキー場へ行くための列車です。今はスキー人口の減少もあってか、設定はありません。それどころか木次線自体が冬期運休になることもあるくらいです。

 調子に乗って勝手に臨時列車の提案までしましたが、実現するかはまた別の話ですし、私にはコネも権力もないので、読み流して頂いて構いません。

 最後に。備後落合駅の写真が見たい! という方、検索すればいくらでもヒットしますので、ぜひご覧ください。

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