08話.[冗談じゃないよ]
夏休みが終わってしまった。
でも、今年の夏は過去一番で楽しめた気がするから気にならない。
それに学校は嫌いではないし、自宅で過ごせるというのもいい点だった。
「よう」
「おはよう」
都や結ちゃんとはゆっくり過ごせない日々の再開でもある。
それでも都や結ちゃんにとって僕は優先されるようなことではないから気にしていないだろうけども。
「風間はどうしたんだ?」
「いるよ、拗ねているから来ていないだけで」
後半からずっと彼女の家で過ごしていたのにあれでもまだ足りなかったらしい。
だから学校では行かないと拗ねてしまっているのだ。
僕としては約束を守ったわけだから気にしないようにしているけど……。
「おいおい、また喧嘩したのか?」
「ううん、そういうのじゃないよ」
結局不安になってきてしまったから彼女の教室に行くことにした。
今日は表に色々なそれが出ているのか誰も近づいていなかった。
「優莉奈」
「……知らないわ」
「いいから来てよ」
関係が前進したようなしていないようなそんな微妙な状態だった。
ただ、大人しく付いてきてくれる辺りがあの頃とは違う感じがする。
「僕はちゃんと約束を守ったよ?」
「……あなたは大変かもしれないけれど私の家で過ごしながらも家事をできたじゃない、それなのに駄目なの?」
「結構大変なんだよ、それに母さんともゆっくり過ごしたくてさ」
大きければ寧ろこっちが彼女を家に誘っている。
が、そうではないし、そうでなくても母が頑張ってくれているおかげで普通に過ごせているんだからこれ以上負担を大きくしたくないという考えがあった。
「……あ、あなたは私のことが好きなのでしょう? だったら優先しなさいよ」
「うん、だからなるべく優先するよ」
泊まることは無理でもできることというのは結構ある。
それに自分が優莉奈といたいんだからそうしないともったいないわけだし。
「抱きしめて」
「ここで? 分かった」
あれからこちらからするように求めてくるようになっていた。
だからこんな教室から出てすぐのところでするのはあれだけどしておいた。
「満足できたわ、後でまた相手をしてちょうだい」
「うん、分かった」
それで結局前に進むためにはやっぱり僕が頑張る必要がある……んだよね?
そうか、だけどタイミングというのが難しいな。
付き合っていないいまでも抱きしめたりとか手を繋いだりとかしちゃうから新鮮さというのはなくなってしまっているし……。
「宮本君だったらどう踏み込む?」
「俺だったら……やっぱり余計なことをしないで好きだとぶつけるな」
「すごいね、そっか、確かにそれがいいかもね」
自惚れでなければ優莉奈もそれを待ってくれているはずで。
よし、それなら今日頑張ってみよう――って、頑張る必要なんかないのか。
僕は優莉奈のことが好きなんだからそれを吐くだけでいい。
勘違いしていただけでもし振られてしまっても友達ではいてもらえばいいよね。
というわけで放課後、あまり人が来ない場所で言うことにした。
「好きなんだ」
「え……」
口にするのは物凄く簡単だった。
でも、彼女が黙っている時間が増えるごとに怖くなっていった。
友達でいてもらえばいいなんて簡単に考えたけど、実際はそう上手くはいかない。
これまでの通りの距離感ではいられなくなることが確定しているからだ。
「……なにも学校でなくてもいいじゃない」
「ごめん、外にすると言わないで帰るってことになりそうだったから」
「あ、でも、学校で告白されるのも……悪くはない……かしらね」
それに仮に受け入れられた場合は思い切り抱きしめるだろうから人目がある外だとね……。
「と、とりあえず、帰りましょう」
「え、返事は?」
「……言わなくても分かるでしょう? 誰にでも一緒に寝たりとかそういうことを許可するわけではないわ」
そりゃ……そうか、それに許可していたら嫌だし。
だけどできれば聞きたかったんだけどな。
ま、まあ、いいか、好きだと言えたんだから満足している。
「……あなたから言ってくれるとは思わなかったわ」
「優柔不断な僕でも流石にこればかりはね、優莉奈を誰にも渡したくなかったし」
「でも、住めないのよね?」
「まあそこはね、それに都に寂しい思いをさせたくなくてさ」
僕も優莉奈もある程度は我慢しなければならない。
学校に行けば会える、放課後だってある程度は一緒に過ごせる。
ただ、家に帰らないとなると母及び都とはゆっくり過ごせないことになってしまうのだ。
優莉奈は大切だ、だけど家族ももちろん大切で。
「ごめん、そこは我慢してほしい」
「……分かったわ」
「たまに都を連れて家に行くからさ」
「ええ、待っているわ」
とりあえず今日のところでこれで終わりだ。
たまには早く帰って都とゆっくり過ごしたい。
「新」
「うん?」
「あなたが好きよ」
「ありがとう」
嬉しい言葉も貰えたからなにも問題はなかった。
今日からまた家事を頑張ろうと決めたのだった。
「お兄ちゃん、ちょっと話があるんだけど」
「うん、どうしたの?」
翌日、学校から帰ってきたらどこか神妙な顔で都がそう切り出してきた。
ついに好きな子でもできたのかと考えていたら、
「ゆりなちゃんとお付き合いを始めたの?」
と、言われてそっちかーとなった。
昨日、別に言ったりはしなかったけど雰囲気で気づいたのかもしれない。
隠しても仕方がないからそうだと答えたら何故か腕をつねられてしまった。
「どうして言ってくれなかったの? お母さんだって喜んでくれたと思うけど」
「ごめん、言われても困るかなと思ってさ」
「見くびらないで」
うぐ、なかなか攻撃力のある言葉だった。
だけど自分勝手に生きるよりはまだマシなはずだ。
相手のことを考えて行動することができているというわけだからそこは評価してほしかった。
「それよりどうやって気づいたの?」
「昨日のお兄ちゃん、なんかすっごく嬉しそうだったから」
「なるほど、これは恥ずかしいところを見せてしまったわけか」
都が嬉しい、楽しい、悲しい、などといった気持ちを表面に出してしまうのは仕方がない。
ただ、高校生にもなってそれだと恥ずかしいなとしか言えないわけで。
別にそれが悪いことだとは言わないけど……一応大人に近づいている身としてはね。
「それより久しぶりの学校はどう?」
「話を逸らさないで」
「ごめん、お願いだから許してよ」
チャンスを貰えないということならそれはもう仕方がない。
それでも学校でのことは教えてもらう。
なにかがあってからでは遅いからだ。
母は帰宅しても疲れていてすぐに寝ることが多いから兄兼親として動かなければ。
「……学校はいつも通りだったよ、結ちゃんも元気よくてよかった」
「そっか、なにか変わったこととかはないよね?」
「まだ二日目だからね、よく分からないかな」
「教えてくれてありがとう」
こっちも普通だった。
宮本君と話したり、授業を受けたり、優莉奈と一緒にご飯を食べたりしただけ。
学校で求めてくることはなかったな、それが少し意外だったかもしれない。
でも、少しだけ不安になってくるのは何故だろうか。
いざ実際に彼氏彼女の関係になったらはっと気づいてしまったんじゃないかとかそういうの。
そもそもあの子はよく僕の近くにいてくれたなと思う。
告白だって沢山されてきたのにその中で敢えて僕を選んでくれるなんて一生分の運を使ってしまったんじゃないかとすらね。
「都だったらどんな子が恋人になってほしい?」
「え? んー、優しい子かな」
「優しくしてくれると嬉しいよね」
「うん、あと……実は気になっている子がいるんだ」
「そうなのっ? 仲良くなれるといいね」
小学生だろうが誰かに恋するのは普通だ。
僕の場合は学校へ行って授業を受けて優莉奈と遊ぶ、ことしか頭になかったけど。
あのときはそういう意識がまるでなかったんだよなあ。
そこの違いはなんなのだろうか?
「足が速い子でね、そういうところも格好いいなって思って」
「学年にひとり以上は速い子がいるよね」
「それをじまんしたりすることもなくてけんきょなところもいいというか……」
確かに馬鹿にしたりしないで理解してくれる子というのは貴重だ。
球技のチーム分けの際にも誘ってくれそうな感じすらする。
別に自慢することを悪いことだと言うつもりはない。
自信を持てているということはいいことだし。
だけど馬鹿にするというところまでセットになってしまうと価値を下げてしまうわけだ。
「もうからかわれても気にならないぐらいその子といたいんだ」
「うん、気にしなくていいよ、大事なのは都とその子の気持ちだから」
「……お兄ちゃんとゆりなちゃんみたいになりたいな」
うーん、確かに仲はよかったけど難しいところもあるから近すぎない方がいい。
変に近すぎると高校生になってから~とかになりかねない。
もし人気な子であればあっという間に他の女の子が集まるだろうから余計にね。
「お兄ちゃんとゆりなちゃんっておさななじみ?」
「そうだね、幼稚園の頃から一緒にいたから」
「いいなあ、それでここまで友達でいられたのもすごいね」
「それは優莉奈が合わせてくれたからだよ、そうじゃなければいま頃ひとりぼっちだ」
だから仲良くしておくことは悪くないと言っておいた。
その先で付き合えなくても友達としてならいつまでもいられるから。
ただまあ、彼女ができてしまった場合には少し難しくなるかもしれないけど。
「わたしは合わせられるようになりたいな」
「そうだね、それができたらよくなるからね」
とはいえ、合わせすぎるのもあれだから適度な感じがいい。
自分勝手に行動してはいけない、ブーメランになってしまうけど仕方がない。
「……お兄ちゃんみたいにあの子を抱きしめたい」
「ぶふっ、な、なんで僕っ?」
「だってよくゆりなちゃんを抱きしめていたから」
なんでだ、都達がいるところではしていなかったはずなのに。
あと、抱きしめたいと考えるのはいいことなのだろうか?
いまさらになって都との時間を増やすことがいいことに繋がるのかが不安になってしまったのだった。
「という感じでさ」
「気にしなくていいわ、好き同士なら抱きしめたくなるのは普通じゃない」
まあ確かにそうなんだけど人目があるところでやるのはやっぱり駄目だ。
キスじゃないから大丈夫とかそういう話じゃない。
「と、とりあえず、やるなら家でやろう」
「まあ、やらしい言い方ね、まるでキス以上のことを外でしているみたいじゃない」
「常識としてね、外では見られる可能性があるんだから」
ずっと同じ距離感だった僕らの関係が変わったいま、どうなるのかは分からない。
これまで通り同じ感じに、とはならないだろう。
恋人同士じゃないからと断ってきたことだってするかもしれないし……。
「それにしても都ちゃんに気になる男の子、ねえ」
「くるとは思っていたけどこんなすぐにくるとはね」
「そうね、いつだって新のことが大好き女の子だったから意外だわ」
中学生になってからでも遅いような、小学生のいまだからこそ自由でやってほしいような。
お兄ちゃんとしてはやはり複雑なものの、都の人生なんだからやっぱり楽しんでほしい。
恋することでいいこともあれば悪いこともあるかもしれないけど、だからといってマイナスな面ばかりを見てなにもしないんじゃもったいないから。
もちろん、それだけが全てではないから心配しなくていい。
部活を真面目にやってもいいし、勉強を頑張ってレベルが高い高校を狙ってもいい。
僕が社会人になったらお金を出せるようになるから多分そうなっても大丈夫だ。
「そういえば優莉奈はなんでひとり暮らしをしているんだっけ?」
「あなたと一緒にいるためよ、引っ越すことになったけれどそれでは我慢できなかったからこうさせてもらったの」
「それはなんかごめん」
「なんで? これは仕方がないことよ、あなたのいない毎日なんて耐えられないもの」
こっちを抱きしめつつ「親の都合で子どもを振り回すべきではないわ」と。
とはいえ、両親、もしくは父か母が稼いでくれているから生きられているわけで。
お金を出せない身としてはどうしようもない、本来なら付いていくしかないわけだ。
「よくそんな理由で許可してくれたね?」
「それまで一度もわがままを言ったことがなかったのがよかったのかもしれないわね、それに両親があなたとある程度の時間を重ねていたのもいい方に傾いた理由のひとつかもしれないわ」
「お世話になったからね、空気が読めていなかったとも言えるけど」
朝から遊びに行ったりもしていた。
笑顔で歓迎してくれていたように見えたけど、実はそうじゃなかったかもしれない。
「というか、昔からってわけじゃないよね?」
「いえ、昔からあなたが好きだったわ、小学一年生の頃からね」
「恋するのが早すぎるっ」
「ふふ、そういうものよ、私はこれでも乙女なんだから」
優莉奈が乙女であることぐらい知っている。
可愛い物とかが好きだからこれまで何度もプレゼントしてきているわけだし。
「というわけで新君、キスをしましょうか」
「えー」
「あなたはじっとしていてくれればいいわ、これまで抑えてきたものを全部ぶつけてあげる」
好きにされている間、こんな風にならないでほしいと願っていた。
いやまあ積極的になれるのはいいことだ。
だけど肉食系の域にまで入ってしまうとそれはもう事情が変わってくる。
「っはぁ、大満足よ」
「そ、そうですか」
正直な感想を言うと健全ではない、というものだった。
放課後だからなんか余計によくないことをした感が上がる。
「そろそろ帰らないと」
「まだいいじゃない」
「家事をやらなきゃ」
「それなら私も行くわ」
その前にと口周りを洗ったら「失礼ね」と言ってくれた優莉奈。
いやこのまま帰ったら口の周りを涎でベタベタにしている怪しい人間になってしまう。
あと、都の教育に非情によろしくないから仕方がない。
「ただいま」
「おかえ――お兄ちゃんのばか」
「えっ?」
帰った瞬間にこれで僕にはどうにもできず。
優莉奈は「新は馬鹿よね~」なんて言っている。
納得ができないけどこれはもう負けることが決まっているからなにも言わずにいた。
「冗談よ、ねえ?」
「ううん、冗談じゃないよ」
「あ、あら……」
「ゆりなちゃんも悪いんだから」
そうだそうだとは言えず。
ふたりでしゅんとすることになったのだった。
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