07話.[小学生のときは]
「おにーちゃーん!」
「見てるよー」
一緒にやって来た大きな女の子は陽に負けて日陰で休憩中だった。
放置はできないから都をちゃんと目視できる場所で同じように座っていることになる。
「大丈夫?」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ、休みたかったらゆっくり休んでくれればいいよ」
都には適度なところでこっちに来てもらって水分補給をしてもらっている。
いまの僕は親みたいな立場だからしっかりしなければならない。
幼馴染の魅惑的な肢体に目を奪われているわけにはいかないのだ。
「……やっぱり今年は暑すぎよ」
「ずっとそうだよね、毎年暑いから熱中症になる人も多いし」
「都ちゃんは化け物だわ、なんであんなに元気よくいられているの?」
「若いってことなんだろうね」
高校生の僕らもまだまだ若いけどあそこまで元気よくいられる子ばかりじゃない。
寒さにも暑さにも弱くなっていくのはなんでなんだろうか?
できることなら小学生時代にあった力を取り戻したいところではあった。
「お兄ちゃん、一緒に遊ぼうよ」
「見ておかないといけないから」
「ゆりなちゃんなら自分で判断して行動できるよ」
「そうよ、遊んであげなさい」
そうか、確かにそうだよね。
都とこうしてゆっくり行動できる機会というのもこれからはなくなるかもしれない。
もしそのときがきたら後悔するかもしれないから遊んでおこうか。
「じゃあここで遊ぼう、優莉奈のことも心配だから」
「なんでそこまで過保護なのっ」
「それは仕方がないよ、微妙な状態になっているんだからさ。都だって結ちゃんが調子悪そうにしていたら側にいてあげるでしょ?」
「あ……うん、そうだね、心配だからいないとって考えるかもしれない」
「そうだよね。だけど僕は都とも遊びたいんだ、だからここで我慢してくれないかな?」
水に触れることは無理でも砂で遊ぶことができる。
サラサラの砂だから水がないと崩れちゃうけどね。
「都はお祭りどうするの?」
「結ちゃんと行くよっ」
「ふたりきりじゃ危ないから宮本君に頼んでおくね」
「うんっ、って、お兄ちゃんはいっしょに行ってくれないの?」
「一緒でいいなら一緒に行こう、宮本君と結ちゃんと都と優莉奈と僕でね」
その日母も休みだったりしたら一緒に行きたいと思う。
昔はよく家族+優莉奈の形で行っていたから昔に戻れたみたいで絶対に楽しいから。
「あ、でも、お兄ちゃんがゆりなちゃんとふたりきりがいいよね」
「別にその後でも遅くないからね、優莉奈といられるだけで十分だよ」
「そんなこと言ってるけど、ゆりなちゃんとけんかしちゃっていたときにさびしそうな顔をしていたけどね」
「だから別に優莉奈と行けないわけじゃないからね」
結局のところお祭りの後に優莉奈の家に帰らなければいけないわけだから焦る必要はない。
だけど優莉奈がふたりきりがいいということなら悪いけど宮本君に任せるつもりだった。
でも、都も一緒でいいと本人が言ってくれたわけなんだからみんなで行けばいいのだ。
「都、なにがしたい?」
「せっかく水着なんだから水に触りたい」
「優莉奈」
「行ってきなさい、私は大丈夫よ」
「分かった、あんまり向こうにはいかないからさ」
ただ、スクール水着の女児と遊んでいると問題にならないだろうか?
兄妹だから気にしなくていいのは分かっているけど社会的に死にたくはなかった。
「お兄ちゃんにはいてほしいけどゆりなちゃんを優先してくれればいいからね」
「変な気を使わないの、小学生なら甘えておけばいいんだよ」
「わたしももう大人だから」
「それはそうだね、都は偉いからね」
手伝おうとしたりそうやって他人のことを考えて動けたりね。
みんなが当たり前のようにできるというわけじゃないから余計に偉く見える。
僕が小学生の頃なんて……いやいまとあんまり変わらないか。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「いつもありがとね、お兄ちゃんのおかげで楽しく過ごせているから」
「それはこっちが言いたいことだよ、母さんと都がいてくれているおかげで楽しいから」
「ゆりなちゃんも、でしょ?」
もう駄目だ、都の中では=としてそうなっているからどうしようもない。
確かに優莉奈も大切だけど家族が一番なことには変わらないんだから勘弁してほしい。
そこまで欲望まみれで行動しているわけではないのだ。
当たり前のようで当たり前ではないそれに感謝して生きている。
「あっちに戻るからゆりなちゃんといてあげてよ」
「もう……」
「ううん、わたしが少し休みたいだけだから」
まあそういうことならいいか。
こんな感じのままで終わっていいのかが分からないけど。
「優莉奈」
「ん……あら、戻ってきたのね」
「大丈夫?」
「ええ、少し眠たかっただけよ」
都が満足できたのであればここで帰ってもいいかもしれない。
「わたしは帰ることになってもいいよ」
「本当に?」
「うん、結ちゃんも連れてくればよかったって少し後悔しているけど」
「あー……思いつかなくてごめん」
「いいって、ゆりなちゃんが心配だから帰ろ?」
なんか不安になったから夜まで自宅にいることにした。
状態が微妙な彼女には寝てもらっておく。
「なんでゆりなちゃんのお家に行かなかったの?」
「なんか都が遠くに行っちゃう感じがしてね……」
「行かないよ、わたしはいつだってここにいるから」
足と足の間に座って「わたしはお兄ちゃんの可愛い妹だから」と。
女の子は成長するのが早いって聞くけど確かにその通りな気がした。
僕が小学生時代のときよりも遥かにしっかりしている。
「そうだね、都は可愛くて大切な自慢の女の子だよ」
でも、あんまりに急成長しすぎて離れていかないでと願っておいたのだった。
「ごめん、なさい……」
「気にしなくていいよ」
途中退場することになった。
そうでなくても体調が悪かったところに人の多さに圧倒されて戻してしまったのだ。
宮本君には悪いけど優莉奈にこれ以上無理はしてほしくなかったから仕方がない。
「……ひとりで帰れたのに」
「駄目だよ」
花火なんかどうでもいい。
一緒に来ている子の体調が悪いと分かっている状態で楽しめなんてしない。
風間家に着いたら再度口を洗わせてから転んでもらった。
「僕はここにいるから寝てよ」
「……ええ」
母は休みじゃなかったし帰宅時間も遅いみたいだから結局昔みたいには無理だったのだ。
都も結ちゃんと宮本君と楽しそうにしていたから問題ない。
僕が楽しめるかどうかは彼女のことより優先されることではない。
「……あなたと宮本君に申し訳ないことをしてしまったわ」
「そんなこと思ってない」
「でも――」
「大丈夫だから、来年も一緒に行ってくれればそれでいいから」
体調の悪さが勝ったのかある程度のところで寝始めてくれた。
いるとは言ったけどずっと側にいられるのは微妙だろうからと寝室を出た。
その際に改めてアプリでも宮本君に謝罪と感謝と任せる的なことを送っておく。
で、なにかがあっても嫌だから寝室の床に寝転んで待機していた。
ただ、転んだりなんかしたら寝てしまうよねという話で……。
「はっ、えと……」
現在はまだ二十三時半のようだった。
確認してみても優莉奈は普通に寝ているだけだ。
ちゃんと呼吸をしているし、そこまで寝苦しそうな感じではないからほっとした。
びっくりさせちゃうかもしれないけど額に濡れタオルを置いておく。
「……新……」
「ここにいるよ」
「……一緒に寝ていてちょうだい」
「分かった」
ベッドに転んだらぎゅっと横から抱きついてきた。
体調が悪いときはとにかく不安になるだろうから特になにも言わないでおく。
この状態でも寝られないなんて初な感じではないから問題もない。
「大丈夫だよ、僕はちゃんといるよ」
「ええ……」
今日は彼女の親代わりだ。
でも、彼女のご両親もこういうことは許してくれないと思うけどね。
僕らが付き合っているなら一切問題ないんだろうけど違うから。
「……好きよ」
「ありがとう」
特に力になってあげられるわけじゃないから困る。
これぐらいなら別に僕でなくたってできてしまうわけで。
腕を抱かれながらなんだかなあと考えながらも眠気に負けて朝まで寝た。
そういえばと思い出した後に確認してみたら都を泊まらせるという内容のメッセージがきていて安心する。
「優莉奈、起きて水を飲まないと」
もう少ししたら買い物に行ってなにか消化にいい食べ物を買ってこなければならない。
それはまだ不可能だからいまはとにかく水分補給をさせなければ。
「新……?」
「うん、僕だよ」
そうしたら目を大きく見開いて布団の中にこもってしまった。
えぇ、そんな変質者がいたみたいな反応をされるとこまるんだけど……。
「あ、水、飲んでよ」
「……き、着替えたいから出てて」
「分かった、ここに置いておくからね」
そっか、寝汗とかもかいているだろうから気持ちが悪いよね。
その状態で異性が近くにいたらそりゃ気になるよねという話。
「……汗臭くなかった?」
「うん、全然平気だったよ、それより体調は?」
「寝たからマシになったわ」
よかった、体調が悪い状態の優莉奈を見たくなかったから。
彼女にもいつだって元気でいてもらいたい。
優柔不断だとか言ってくれてもいいからね。
「でも、今日は休むわ」
「うん、そうした方がいいよ」
「……あなたを抱きしめていたらもっと早く治るかも」
「それならそうした方がいいね」
いや、たまにはと考えて自分から抱きしめることにした。
そうしたら何故だか物凄く体を固まらせている優莉奈が出来上がってしまったけど。
「優莉奈?」
「……大胆ね」
「早く治ってほしいから、元気なきみが好きなんだよ」
友達としても、女の子としても。
こうなることは決まっていたのかもしれない。
まあ本人次第だからどうなるのかは分からないけど。
「……都ちゃんは?」
「宮本君の家に泊まっているよ、もしかしたらもう帰っているかもしれないけど」
「それならほら……家事をしなければならないでしょう?」
「大丈夫なの?」
「ええ……帰ってきてくれれば大丈夫よ」
そうか、確かに一度帰らなければならないのか。
ちゃんとここにも帰ってくるということを伝えるために頭を撫でた。
伝えるというか触れたかったというのもあるかもしれない。
とにかく、家事はやると約束しているからするために家を出たのだった。
「酷えよな、頼むばかりでなんにもしてくれないもんな」
「ははは……ごめんよ」
確かにそうだ、夏休みは彼にお世話になってばかりだ。
そろそろ優莉奈の家で過ごせる時間も終わるから余裕というのはできるけど……。
「それに結局泊まるのはなしになったよな」
「僕がそっちに泊まっちゃったからね」
「ま、それはいいわ。でも、なんかしてもらわないと不公平だよな」
僕にできることならなんでもするよと言っておく。
「あ、だけど優莉奈は譲れないかな」
「だから狙ってねえよ、そうだなあ……」
僕らは仲がいいとかそういうのではないから難しい。
親友みたいな感じなら奢る奢られるぐらいで済ませられるんだろうけど。
「俺と結に飯を作ってくれ」
「それでいいの?」
「おう、なんか同じのばかり作ることになっててな」
それはある。
自分で考えているとすぐに同じ料理が回ってくるのだ。
だからそういう意味でも他者に作ってもらうのはいいのかもしれない。
って、この場合は僕が作ることになるんだけどね。
というわけで早速移動を開始する。
彼の家は遠いわけじゃないからすぐに着いた。
「お邪魔します」
「新くんっ」
「こんにちは」
宮本君の場合は両親がいるだろうけど少し似ている気がする。
小学生の妹がいてご飯を作ったりしているところとかね。
「結ちゃんは宿題終わった?」
「うん、お祭り前には終わらせたよ」
「偉いねー、よしよし」
都も似たような感じだった。
去年は遊びすぎて最終日付近まで残ってしまっていて泣きながら急いでやる羽目になったから今年はそのようにはならないようにと頑張ったのかもしれない。
「でも、お祭りいっしょに見て回りたかった」
「ごめんね、優莉奈が心配で仕方がなくてね」
元々、行く前からあんな体調だったのだ。
が、僕が残ると言ったのが悪かったのか無理して出た結果があれとなっている。
毎年行っていたんだからちゃんと行かなければ駄目的なことと、宮本君はともかく都と結ちゃんが悲しむから的なことを言われていたけど、楽しめる自信がなかったから納得できなかった。
なのに体調が悪かったのに行くことになって、お祭り特有の人の多さの前にさらに悪化させてしまったわけだから反省していた。
「お手伝いする」
「ありがとう」
冷蔵庫とかに気軽に触れないから普通に助かる。
まだお昼だから軽い感じに仕上げたいのもあったので、結ちゃんになにが食べたいかを聞いてみたら「新くんが作ってくれたらなんでもいい」と言われてしまった。
なんでもいいは結構大変なんだよねえというのが正直なところで。
「冷ご飯があるからチャーハンとかでいいだろ」
「あ、それでいい? じゃあそうしようかな」
さて、玉ねぎを任せるか任せないか、どっちにしようか。
正直これが終わってしまえば後は炒めるだけで終わってしまう。
家もそうだけどチャーシューとかがあるわけじゃないから余計にね。
「玉ねぎの皮をむくよ」
「あ、じゃあお願いしようかな」
本当にシンプルな感じで十分だ。
細かく切った玉ねぎが入っているだけで十分に美味しいから。
ほ、本格的なものが食べたいならお店にでも行けばいい。
結構敗北しているみたいで切ることまではしなかったから後は任せてもらうことにした。
いいよね、上手じゃなくたって炒めれば美味しくなるんだから。
ただのご飯も美味しいけど炒めるだけでそれはもう満足度が――……やめよう。
「できたよ」
「美味しそうっ」
それで食べてみた感じ、そこそこという感じのレベルだった。
どうせなら過去一番ぐらいのよさをふたりに見せつけたかったけど……。
「美味いな」
「ありがとう、だけどこれは誰が作ってもある程度は美味しくなるからね」
それにマンネリ化を防ぐためにはなっていない気がする。
チャーハンとかオムライスというのはよく組み込まれる料理だからだ。
外食で済ませるようなお金に余裕がある人ならともかくとして、限られた中で作っている人なら分かると思う。
「結、佐々木になにかしてほしいことってあるか?」
「たまに相手をしてほしい、かな」
「そんなのでいいのか?」
「うん、だって新くんはゆりなちゃんのことが好きだから」
だから邪魔したくないと結ちゃんは言う。
事実そうだから否定はしないものの、なんとも言えない気持ちになるのも確かだった。
そんなに出ているのか!? と驚いているのも多少はある。
「そういえばさっき譲りたくないって言ってたな」
「うん、やっぱり優莉奈は渡せないかなって」
「なるほど、まあ距離感が既に彼氏彼女のそれだったからな」
なんか恥ずかしい。
結局僕が勇気を出せていなかったからこそ中途半端な状態が続いていたわけだし。
優柔不断とか言われても仕方がないぐらいの感じでいた。
「結ちゃんは好きな子とかいるの?」
「都ちゃんから聞いたと思うけど男の子とあまりいられないんだ」
「あー、仲良くしたらからかわれる……んだっけ?」
「うん、だから女の子とばかりいるよ」
嫉妬とかもあるのかもしれない。
自分は勇気を出せないから勇気を出せて近づいている子が羨ましい的な感じで。
「俺らのときもあったよな」
「あったあった、僕は気にせずに優莉奈といたけどね」
「小学生の風間とかイメージできないな」
「あのまま小さくした感じだよ、昔から髪は長かったからね」
ただ、小学生のときは綺麗よりも可愛い系だったと思う。
……って、僕の意識が優莉奈にしかいっていなかったことでもあるから恥ずかしいけどね。
「結ちゃんも髪を伸ばしているよね、それはどうして?」
「お母さんのかみがきれいだから」
「なるほど」
都も母の真似をして伸ばしていないからそういうものなのかもしれない。
父親も大切だけど母親が特に大切な気がする。
大人の女性だから色々なところを真似をしたいと考えるだろうからね。
少し偉そうだけど、母にはいつだって都の理想のような存在でいてほしかった。
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