06話.[似合っているね]

「ほらもう寝ないと」

「いやだ」


 都は二十時頃にはいつものあれで寝始めたというのに……。

 しかも宮本君も優莉奈ももう寝ているというのにこの子ときたら……。


「もう一時だよ?」

「……新くんはずっとおとまりできるわけじゃないから」

「家に来てくれればいつでも相手をするからさ」

「うそつき」


 優莉奈のそれといい、この嘘つき口撃には困ってしまう。


「……だって部屋にもどっちゃったら新くんはゆりなさんとふたりきりになっちゃう」

「あー、確かにそうだね」


 客間で寝ることになっているからそうなるのは決まっている。

 まあいまさらそのことで気にするような関係ではないからだ。

 なんなら明日から家事をするために帰ることはあっても優莉奈の家で過ごすわけだし。


「じゃあ客間で寝る?」

「いいの?」

「結ちゃんの家だからね、自由だよ」


 寝るということだったから電気を消して客間に移動した。

 電気を点けたら可哀想だから真っ暗な中、なんとか敷かれていたもう一組の方へ。


「結ちゃんは布団でね」

「……新くんがかぜを引いちゃう」

「大丈夫だから寝よう」


 無茶をしていたのもあったのかすぐに静かな寝息を立て始めた。

 こちらは普段めったにこんな時間まで起きないから眠たいものの、なんかテンションが上がっていて眠れそうになかったから玄関前に出てきた。

 ある程度ぼけっと過ごしてから客間に戻ったら腕を組んだ優莉奈が立っていた。


「ごめん、起こしちゃった?」

「それよりこれはどういうこと?」

「一時まで寝てくれなくてね、一緒に寝るならということになったからさ」


 都よりも相手をするのは大変かもしれないと分かった。

 結構頑固だ、宮本君は苦労しているのかもしれない。


「まあいいわ、それならこっちに入りなさい、結ちゃんの方は許さないわよ」

「入らないよ」


 安全のために優莉奈の左側に寝転んだ。

 結ちゃん優莉奈僕という風になっているから問題も起きない。

 あと、万が一トイレに行きたくなった際に入り口近くだから慌てなくて済むだろう。


「明日――今日から守りなさいよ?」

「守るよ、家事と都の様子を確かめるためにもずっといられるわけじゃないけど」

「それでいいわ、それに都ちゃんなら一緒にいてくれて構わないもの」


 これ以上話すと起こしてしまうかもしれないから寝ることにした。

 正直に言えばかなり眠たかったから仕方がなかった。

 無言で手を握られたことも、やはり熱い気がする彼女の手もそれに影響したと思う。

 そのおかげで朝までぐっすり寝ることができた。


「新くんのばかっ」


 起きた瞬間にこうならなければもっとよかったかもしれない。


「もう知らないっ」


 えぇ、なんか浮気したみたいになっているんだけど……。

 優莉奈はこっちの手を強い力で握りながら器用に寝ているから動けないし……。


「お兄ちゃん……?」

「おはよう」


 ああ、なんで血の繋がっている妹、家族というだけで落ち着くんだろう。

 大抵は妥協してくれる子だからというのもあるかもしれない。


「ふぁぁ~、……結ちゃんはここでねてたの?」

「ごめんね、ひとりで寝かせることになっちゃって」

「だいじょうぶ、朝までずっとねていたから」


 妹的存在に起こされたら嬉しいだろうからと頼んでみたら割とすぐに起きてくれた。


「……早起きね」

「ここでねればよかった」

「そうね、都ちゃんなら大歓迎よ」

「もう少ししたら義理の妹になるから?」

「そうね」


 そういうことをどこから学んでくるんだ……。

 あと、真顔で適当に「そうね」なんか言うべきじゃない。

 誰か好きな人ができたときに後悔することになるから。


「でも、お兄ちゃんはだめ、結ちゃんばっかり優先するから」

「そうね、悪い子よね」

「今日からはゆりなちゃんを優先するんでしょ?」

「そうね、一度交わした約束はしっかり守らなければならないものね」


 なにをどう言ったところで負けることは確定しているから黙っておこう。

 ある程度のところで甘えん坊になった結ちゃんと一緒に宮本君が下りてきてくれたからみんなでご飯を作ることになった。


「あー! 危ないってっ」

「だいじょうぶだから見ててっ、調理実習とかでやっているんだからっ」


 いざ実際に手伝ってもらったらこれだ。

 不安がるのはよくないことだけど、これだったらまだ僕がやった方が精神的にいい。


「結ちゃんは大丈夫?」

「うん、皮をむくぐらいできるよ」

「そっか」


 慌てれば慌てるほど危ないことになりそうだからやめておこう。

 あとは教えるのが上手な優莉奈に任せてソファに座っておくことにした。


「結ちゃんは毎日やってるの?」

「ああ、手伝いたいって何度も言ってくるからな、少しずつやらせているんだ」

「やっぱりその方がいいよね、今後のためにもなるし」


 これまでは母がいるとき以外は全部家事をやってきたけど、少しずつ教えて任せるのもいいのかもしれない。

 五年生だったらいっぱいお手伝いをしている子だっているだろうし。

 よそはよそという言葉はあるけど、本人がやりたがっているならそれでいいと思う。


「それより結が悪かったな」

「ちょっと困ったけど大丈夫だよ」

「結構、佐々木のことを気に入っているよな」

「それはありがたいけどね、近づいてきてくれるのは嬉しいし」


 問題があるとすれば大きな女の子が文句を言ってくるということだろうか。

 まあそこは上手く対応すれば困るようなことにはならないからそれでも問題はない。


「今日から泊まるんだよな?」

「うん、守らなかったらまたあの状態に戻っちゃうからね」

「それなのに付き合ってないってなんか不思議だな」

「だね、カップルよりもカップルみたいなことができているかもね」


 できたみたいだから運ぶのを手伝った。

 優莉奈が少しだけぐったりしているのはふたりのそれを見るのは大変だったからだろう。


「いただきます」


 それぞれがそれぞれの順番で食べ始める。


「美味しい」

「でしょっ? わたしはやっぱり上手なんだよっ」


 とはいえ、完全に任せるのはまだまだ先だけど。

 食べ終えたら洗い物などはやらせてもらった。

 動いていないとやっぱり調子が狂うからだ。


「さてと、これぐらいかな」

「もう帰っちゃうの?」

「長居してもふたりがゆっくりできないだろうからね、楽しかったよ」


 とりあえずはこのまま都ごと連れて優莉奈の家に行く、という感じかな。

 その後に自宅に戻って洗濯物などを干したりしなければならない。

 夜もそうだ、ご飯を作りに戻らなければならないから結構大変だった。


「上手だったね」

「これからはわたしに任せてくれればいいよ」

「少しずつね、そうしたら母さんも喜んでくれると思うよ」


 褒められたら誰だって嬉しい。

 優莉奈がいたとはいえ、あそこまで上手に作れたんだから任せていくべきだ。

 多分、頑張ってくれている母になにかをしてあげたいという気持ちもあるはずで。


「優莉奈、都のこと少しの間は頼んだよ」

「ええ、任せてちょうだい」


 家に帰ったらささっとある程度のことをしてしまうことに。

 とはいえ、普段からやっているから大変なことなんてほとんどない。

 三人分だから洗濯物が多いわけじゃないしね。


「し、新……」

「おはよう、今日は休みなんだよね」

「……ひとりで寂しかった」

「ごめん、なんかみんなで泊まることになってさ」


 流石にそこに母も誘うわけにはいかないから昨日夜まで残って話をしたんだ。

 ご飯作りをしたかったというのもあるし、母とゆっくり話すのも好きだったから。

 いや、いまで言えば結ちゃんは手強いから都、優莉奈、母といられる方がいいかな。


「都は?」

「優莉奈の家だよ」

「優莉奈ちゃんもライバルか……」

「帰ってくるよ、母さんのことが大好きだからね」

「でも、あの子のためになにかができているのは新だから……」


 それは違う。

 母が頑張ってくれているというそれがあるからなんとかなっているのだ。

 僕なんか自分のやり方で少し家事をやっているだけでしかない。


「母さんが母さんでよかったよ」

「新になんてもっとなにもできていないわけだけど、我慢させることになっちゃったし」

「僕はいいんだよ、欲とかもあんまりないからね」


 どこかに出かけたいとかそういうのはほとんどなかった。

 最低限の道具も揃えてくれた、それだけで十分なんだ。

 ご飯だってちゃんと食べられていたしね、家だってちゃんとあるんだからこれ以上望むことは贅沢というやつで。


「ただ、都はそうじゃないだろうから相手をしてあげてほしいかな」

「うん、なるべくね」


 あのとにかく元気な感じは装っているだけかもしれない。

 本人が言わない限りは見て判断するしかないから難しい。

 変に気を使えたりしちゃうから怖いね。


「母さんは再婚とか考えてないの?」

「また同じようなことになったら嫌だから、だから新にはまだまだ迷惑をかけるけど……」

「僕はいいよ、家事ぐらいならできるからさ」


 あとは買い物もか。

 仕事が終わった後に行かせるのは駄目だ。

 言ってしまえば学校が終われば暇人なんだから僕が行けばいい。

 たまに都と一緒に行ったりして楽しんでいるからそれでよかった。


「よし、もっと頑張ってもっとお金を稼がなくちゃっ」

「程々にね、倒れられたら嫌だから」

「大丈夫っ、これでも体力には自信があるからっ」


 中学生時代には四日連続で徹夜をしながら学校に行ってたとかドヤ顔で言ってくれた。

 なにをしていたんだろうか……? あ、勉強面で不安なところがあったとかだよね?


「でも、新も都も元気よく過ごしてくれていて嬉しいよ」

「そうだね、都が元気だとこっちも力を貰えるからね」

「ところで、新は優莉奈ちゃんが好きなの?」


 急な話題変えだった、まあ親なら気になるというところか。

 優莉奈といられなきゃ嫌だけど、どうなんだろうな。

 彼女になってほしいのか、それとも、いまのままでも似たような状態だから構わないのか。


「優莉奈次第だからね」

「なんかないの?」

「僕は優莉奈といつまでも一緒にいたいよ」

「なるほど、いままでその距離感で居続けてきたから悩んでいるんだね?」

「それもあるかな、いまのままでも心地いいからね」


 最近の彼女は難しいけど結ちゃん相手より強気に出れるから問題もなかった。

 分かるのはそのときの自分だから、どうなるのかは分からないと言っておいたのだった。




「新」

「うん?」


 あっという間に一日が終わっていく。

 もう十日、というところまできてしまっていた。

 お祭りが目の前にあるから嬉しいと言えば嬉しいけど、なんか寂しい気持ちもあった。

 あ、彼女の家で過ごすことはなにも問題はない。

 色々見慣れているからいまさら緊張したりはしないからね。

 ただ、ちゃんと胸を張れるような悔いのない一日を過ごせているかどうかと問われれば、どうしたってうーんって考えることになってしまうような感じだったのだ。


「お祭り、一緒に行ってくれるわよね?」

「うん、優莉奈がいいなら」

「都ちゃんは新と行きたいのかしら?」

「結ちゃんと行きたいんじゃないかな、仮に行くって言ってきたら一緒でもいい?」

「ええ、それは構わないわ」


 もしそうなったら宮本君も誘おう。

 というか、結ちゃんが行くとなれば自動的にそうなると思う。

 もっとも、気になる異性とか一緒に行く同性の友達がいれば別だけど。

 その場合はしっかり僕らが見ておかなければならない。

 治安はいいはずだけど当日にどうなるのかなんてそのときにならないと分からないわけで。


「ねえ」

「うん? はは、なんか寂しがり屋度が上がってるね」

「違うわ、甘えん坊になっただけよ」

「それはまたなんともギャップがある感じだね」


 見た目は綺麗で中身は可愛いって強いな。

 普通でいい、十分だと言った自分だけど、もし彼女みたいな感じだったらどうだったのかな。

 偉そうにするようなことは……ないよね?


「この前、母さんから優莉奈のことが好きなのかって聞かれたんだ」

「どう答えたの?」

「優莉奈次第だからとしか言えなかったよ」

「優柔不断ねえ、大事な場面でも同じような感じで逃げそうよね」

「いまの状態でも凄く心地いいからね」


 そうでもなければずっと泊まったりはしない。

 家事をやらなければならないから一旦は帰らなければならないわけで、普通はそういうことが連続すると嫌気がさしてくるはずなのにそれが全くないんだから。

 だから僕も優莉奈とこうして暮らしたかったのかもしれない。


「たまには新の方から甘えてほしいけれどね」

「常に甘えているようなものだよ」

「馬鹿」


 情けないけどあれでいられないと無理だってまた分かったわけだからね。

 だから僕にとっては一緒にいられること自体が重要だということだ。

 そしてこうやっていられている以上、これは甘えているのと同じこと。


「キスしましょ」

「なんで急に?」

「できないの?」


 できるかどうかで言われればできると言える。

 ただ、していいかどうかで答えるならするべきではないだろう。

 距離感的に勘違いしそうになるけど、僕らは別に恋人同士というわけじゃないんだから。

 世の中には付き合わずに体の関係だけを築く人達もいるけどそれだけは嫌なんだ。

 欲求を満たすためだけに優莉奈を使いたくなかった。


「お腹空いたからご飯を作ろうよ」

「はぁ」

「大丈夫、僕はいつだっているからさ」


 焦らなくたってこれからも変わらない。

 変わるとすればこの前のように優莉奈が動いた場合にのみだ。

 他の男の子を好きになってどこかに行ってしまっても応援するだけだ。


「優莉奈みたいな感じにしたいんだけど……ちょっと濃くなりがちなんだよね」

「夏なら濃いぐらいがいいわよ」

「そうだけどさ、母さんや都にも食べてもらうことを考えると不安になっちゃって」

「何度も食べたことはあるけれど問題ないわよ」


 夏だからこそと片付けるのは簡単だけど……。

 まあいいか、時間だけはあるから色々意見を取り入れて変えていけばね。


「ごちそうさまでした、この後はどうする?」

「あ、海に行きましょうか、私はひとりだけ誘ってもらえてないから」

「それなら都も誘っていいかな?」

「ええ、行きましょう」


 準備を済ませてから家に行ってみたら……。


「ぐぅぇ~」


 なんか部屋の中央で唸っている妹がいた。

 事情を説明したらすぐに直ったけど、なんだったのだろうか?

 あれが妹流のストレス発散法とかなのかな?


「お兄ちゃん、やっぱりさびしいよ」

「ごめんね、大きなお姉ちゃんが許してくれないんだよ」

「わたしもゆりなちゃんといたいけどお母さんともいたいからなあ」

「一日に二回は必ず家に行くからさ」


 とりあえずそういうのはこういうときに発散してもらうことにする。

 どうしても戻ってきてほしいと思うのなら優莉奈を説得するしかない。


「わたしとゆりなちゃん、どっちが大切なの?」

「どっちも大切だよ」

「ゆうじゅうふだん……」


 いいのか悪いのか、優莉奈から色々な影響を受けているようだ。


「そ、そういえばいまさらだけど水着はあるの?」

「あるよっ、スクール水着がね!」


 そりゃそうか、寧ろそれ以外を持っていたら驚く。

 後ろを歩いている静かな女の子は持ってきているのかな?

 まあ海に行ったからって水着姿にならなければならないわけじゃないからね。


「新」

「えっ」


 なにも持っていなかったからまあそうだとは予想していたけど……。

 あれだなあ、都と結ちゃんとしかプールに行っていないからこれは刺激が強い。

 いま物理的な接触をされたら絶対にまずいことになる。

 ただ、言うと絶対にやってくるからなんとか抑えて似合っているねと言っておいた。


「いいなあ、わたしもそういうのがいいなあ」

「これからだよ、焦らなくても大丈夫だよ」

「成長……するかなあ?」

「するよ」


 優莉奈だって最初からこうだったわけじゃない。

 中学生になってからこうだからまだまだこれからという話だ。

 だから焦らないでいてほしかった。

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