05話.[これでいいかな]
七月二十日になった。
終業式を終えて教室に戻ってきた。
こうなったら後はHRだけで特に問題は起きようがない。
それでそのHRもいつも通りな感じで終わるだけで。
「佐々木、帰らないのか?」
「うん、ちょっと課題を終わらせてから帰ろうかなって」
「お、じゃあ俺もやっていくかな」
「うん、一緒にやろう」
わざわざここでやらなくても七月中には終わらせるつもりだから別に問題はない。
ただ、急いで帰ったところで都もいないから仕方がないのだ。
本来であれば優莉奈とファミリーレストランにでも行っているんだけど……。
「佐々木、本当は風間となにかがあったんだろ?」
「なにもないよ」
「そうか?」
「うん、なにかがあったら慌てているからね」
都には少しだけ怪しまれている状態となっている。
夏休みに入ってからもいまのままを続けていると恐らくすぐにバレる。
何故なら優莉奈が特に予定もなく家に来たりすることが多いからだ。
もしそうなったら仲直りしなよという流れになって、僕がしないことを貫いていたらそれに納得ができなくて喧嘩に、なんてこともあるかもしれない。
「結ちゃんは元気? 都はハイテンションすぎて少し不安になることがあるけど」
「普通に元気だな、外で遊ぶのは少し苦手だから本ばかり読んでるぞ」
「やっぱりタイプが違うよね、都は遊んで汗をかくのが好きだからさ」
水分補給だけはしっかりするように言ってあるけど、熱中していたら忘れてしまうかもしれないから不安だった。
大人のいない場所で倒れられたりしたら困る。
同性の子といることが多いと言っていたから運べもしないだろうからね。
中学生ならともかくとして、都達はまだ小学五年生だから成長率も微妙だし。
男の子といてくれればいいんだけどそればかりは都達次第だから……。
「そういえばまた泊まりたいって言ってたぞ」
「それなら都を任せようかな」
「あ、俺らの家にか? 俺は別に構わないぞ、母さんも結の友達なら大歓迎だろうし」
……なるべく嫌なことにはならないように対策しなければならない。
都と喧嘩にさえならなければ優莉奈とこのままでも……まあ我慢できる。
誰かと仲良くなって付き合ったって別に構わない。
珍しく強がりではなかった、それを目撃したときにどうなるのかなんて分からないけど。
「口をはさみたくなるからその間は佐々木の家に泊まらせてもらうかな」
「はは、いいよ、軽いご飯と飲み物ぐらいなら提供できるから」
寝床は……諦めてもらうしかない。
いやもう本当にトイレとお風呂が別々なうえに寝室があるだけマシだろう。
毎日疲れている母にはベッドで寝てもらいたいし、母とあまりいられない都にはゆっくり一緒に過ごしてほしいから僕は別に床でもよかった。
「とりあえずはこれぐらいかな」
「短いな」
「いいんだよ、これぐらいちょっとずつで」
どうせ時間だけは沢山余るからこれぐらいでいい。
僕に必要なのはその莫大な時間をつぶせる手段を見つけることだ。
課題、昼寝、読書、そういうことしかできないから頑張らなければならない。
「それじゃあまた夏休み後に」
「おいおい、泊まる話はなくなったのか?」
「あれ、本気だったの?」
「冗談みたいなところはあったけど完全になかった風にされると傷つくぞ」
「じゃあ連絡してよ、いつでも大丈夫だから」
歩いているだけで汗が出てくるようなそんな中、ひとり歩いていた。
寄り道をしたところで暑いだけだからさっさと帰ることにする。
家に着いたら自分が熱中症になったら馬鹿らしいから水を飲んだ。
「ただいま!」
「おかえり、今日も元気いっぱいだね」
いい点はここだろうか?
終わる時間が高校に比べれば比較的早いからひとりにならなくて済む。
「結ちゃんも連れてきたよっ」
都の手を握りながら少し隠れ気味の結ちゃんだった。
最初はいつもこんな感じだ、だから特に気になったりはしない。
「こんにちは」
「こんにちは」
飲み物を注いでしっかり飲ませておく。
結ちゃんはともかくとして、都は飲むのを忘れていそうだからだ。
「お兄ちゃん、わたしは結ちゃんを夏休みの間ずっとゆうかいするよ」
「宮本君に頼んで向こうに泊まってもらおうとしたんだけど」
それこそ僕も邪魔をしたくないからというのもあった。
ここは個人の部屋というのがないからどうしても同じ空間に存在することになってしまう。
その点、宮本家なら自分の部屋もあるだろうから内緒話というのもできるだろうし。
「え」
「うん? 結ちゃんどうしたの?」
「いや……」
なんだろうか? 物凄く不満といった感じの顔をしているけど。
もしかしてここが好きなのだろうか? 気に入ってもらえるのは嬉しいかな。
「……わたしは新くんといたかった」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、都とふたりきりでゆっくり楽しんでほしいからね」
まあ、最悪の場合は彼の家に泊まらせてもらう、ということになるかな。
というか、いつもの悪い癖が出て強気な姿勢を見せることもできないだろうし……。
「都はどっちがいいの?」
「わたしとしてはここの方がいいな、お母さんもお兄ちゃんもいるわけだから」
そりゃまあそうか、仲のいい子の家でもトイレとかお風呂とかを使用する際には気になってしまうわけなんだから。
ご飯を食べさせてもらうのだって引っかかるだろうし、できればこっちの方がいいよね。
「でも、結ちゃんに合わせるよっ」
「そっか」
偉い、偉いから頭をわしゃわしゃと撫でておいた。
そしたら「ぐしゃぐしゃになるっ」と乙女みたいなことを言ってくれたからやめたのだった。
「もう八月だな」
「そうだね」
今日は宮本兄妹と一緒にプールに来ていた。
都と結ちゃんが浅めのところで遊んでいるところを見ながらゆっくり会話をしていた。
もちろんなにかがあったらすぐに行ける場所だから問題ない。
「やっぱり嘘をついてたな」
「……実は優莉奈と全く話せてないんだよね」
「だろ? おかしいと思ったんだよな、都もよくそのことを口にしていたし」
ということは僕の前では我慢してくれていた、ということか。
それのおかげで喧嘩にならずに済んでいるわけだから感謝しかない。
本当なら今日のこれも優莉奈がいてくれればよかったんだけど……。
「ある程度遊んだら風間の家に行こう、仲直りした方がいい」
「ブーメランだよね、お前が言うなって話だよね」
偉そうに仲直りした方がいいとか言っておきながら自分はこうなんだから話にならない。
「はは、そうだな」
「……結ちゃんと都がいれば謝るしかなくなるわけだからね、そういうパワーが必要かも」
丁度そのタイミングでふたりがこっちに来たから宮本君が説明していた。
都は元気よく「任せてっ」と言ってくれたし、結ちゃんはゆっくりと頷いてくれた。
情けない、年下よりもしっかりしていない年上ってなんなんだろうか。
「だけどその前に遊ぼうっ」
「そうだね、行こうか」
人がとにかく多いから気をつけないといけない。
「お兄ちゃんっ、肩車してっ」
「危ないよ、手を握っておくからさ」
やっぱり都といると落ち着くなあ。
でも、体力管理をしっかりしておかないと真剣に危ないからちゃんと握っておく。
行動を制限することになっちゃうけどなにかがあってからでは遅いから。
「やっぱりゆりなちゃんとけんかしてたんだ」
「うん、なんかよく分からない理由で怒られちゃったんだよね」
「わたし、理由分かるよ」
「え、なに?」
「結ちゃんとばっかり仲良くするからだよ」
同じようなことを本人から言われた。
だけどあれで終わったはずだったのにまだ駄目だったのだろうか?
結ちゃんが宮本君と喧嘩をしてしまって仲直りの手伝いをした後だったわけだけど……。
「……それにわたしもちょっと怒っているからね、結ちゃん相手にデレデレして」
「え、してないけど……」
「それに優しすぎるし」
「それは当たり前だよ、家族じゃないんだからいつものようにぶつかれないし」
柔らかくいかないと怯えさせてしまう。
そうしたら宮本君から敵視されてしまうかもしれないから仕方がない。
ではなく、普通はそうするのが当たり前だろう。
「とにかく、ゆりなちゃんと仲直りして」
「都も成長したね」
同級生の子から言われているような気持ちになった。
一日ずつ僕より分かりやすく成長しているんだなって思った。
それと同時に少しの寂しさも感じたかな。
どんどんと兄離れしてしまうときが近づいていることを考えるとさ。
「馬鹿にしないで、お兄ちゃんが考えているよりもしっかりしているから」
「都がしっかりしているのは分かってるよ、ただ、それなら手伝ってくれるとありがたいかな」
「うっ、す、少しずつがんばるから」
「嘘だよ、元気よくいてくれればそれでいいよ」
ある程度のところでご飯を食べるために施設をあとにした。
ここで問題だったのはそのご飯の前に謝れと言ってきたことだろうか。
数的に負けることは必至だから優莉奈の家に行くことに……。
インターホンを鳴らして少し待つと、
「なんで来たの」
夏だというのに寒く感じてくるぐらいの冷たさMAX優莉奈が出てきた。
しかもいてくれると思っていたのに宮本君達は先に家に行ってしまったという……。
「な、仲直り……」
「私はしたくないわ、さようなら」
ぴしゃりと扉を閉じられて駄目になりました。
帰っても文句を言われるだけだろうから別のところに留まることにした。
無理だったことを宮本君にメッセージを送って空を見上げた。
「なにをしているのよ」
「なにって休憩だよ、家には宮本君達がいるからね」
「それなら行かなければならないじゃない」
「僕がいなくたって都がいれば大丈夫だよ」
でも、プールは楽しかったからこれでいいかな。
夏祭りは……宮本君に頼んであるから大丈夫。
これで都も楽しめない、なんてことにはならない。
「宮本君達、ということは結ちゃんもいるの?」
「うん、一緒にプールに行ってきたんだ」
「は?」
プールか海のどちらかには絶対に行きたかったから助かった。
都と結ちゃんがいてくれてよかったとしか言いようがない。
「……なんで一言も言ってこないのよ」
「顔を見せるなって言ったのは優莉奈だからね」
隠そうとかそういう風に考えたことはなかった。
いきなり決まったことではあるしなにより喧嘩状態だから言われても冷たい声音で切り捨てられるだけろうからと言わなかったのだ。
仲良しの状態なら絶対に言う、どうせなら優莉奈とも行けた方がいいからね。
「立ちなさい、早く行くわよ」
「どこに?」
「どこにってあなたのお家によ、早く」
結局のところは帰るしかないから従った。
少し前を歩く彼女はいまどのように感じているのか。
「開けなさい」
「うん」
一軒家のように開けたらまず玄関、みたいな感じではないからすぐにみんなが見えた。
都が元気よく近づいてきて「おそいよっ」と言ってきたから頭を撫でておく。
「無理なんじゃなかったのか?」
「それがどうしてかお姫様の方から来てくれてね」
「はは、難しい人間だ」
本当にそれだ。
いつもは柔らかく優しいのに一度こうなるともう大変。
ただ、こうなってくれたのは嬉しいような嬉しくないようなという感じだった。
「宮本君、優莉奈のことを貰ってくれないかな?」
「佐々木のじゃないだろ、それにそんなの無理だ」
「そっか、多少は面倒くさいけどいい子だから――痛いっ!? な、なんでつねるのっ」
「静かにしなさい、小学生の子の前でみっともないわよ?」
……邪魔をしてもあれだから部屋に引きこもろう。
プールで地味に疲れていたのもあって転んだら凄く楽になった。
やっぱり家が一番だ、外にいると暑いだけでいいことなんてほとんどない。
「よいしょ……っと」
「ぐえ、あっちにいなよ」
「賑やかなところは苦手なのよ、ここはそれに比べて暗いじゃない?」
「物理的にね、ここは午前とかお昼でもなんか微妙なんだよね」
照明をつけないと読書などには向かないそんな場所だった。
「いつも通りだね」
「そんなわけないじゃない、煮えたぎるそれを出さないようにしているだけよ」
「なにに怒ってたの?」
彼女は立ち上がってこっちのお腹を踏みつつ「内緒で結ちゃんを泊めるからよ」と。
ああ、確かに宮本君に言うだけで言ってなかったな――って、言う必要があるのかな……?
「分かった、次からは言うから許してよ」
「……仕方がないから許してあげるわ」
「ありがとう」
これ以上は怪しい雰囲気になりかねないから普通に座り直した。
暗いから向こうへ続く扉を開けてもらう。
「今日から家に来なさい、断るなら再度絶交状態の開始よ」
「分かったよ」
都達が泊まろうとしたときには合わせるつもりだけどそれ以外は優莉奈に合わせよう。
そうしておかないと都が可愛く見えてくるぐらい大変な相手だから仕方がない。
「もう喧嘩なんかするなよ?」
「うん、したくないからね」
「新くん」
「うん?」
ところで、泊まるのはいつするのだろうか?
もう八月だからそんなにいうほど余裕があるわけじゃない。
都は宿題も終わっていないから泊まるならなるべく早くがよかった。
友達が頑張っていたら私もってなるはずだから。
「そろそろ……とまりたい」
「結局こっちにするの?」
「うん、新くんともいたいから」
怖い怖い、こんなこと言われたら断れなくなってしまう。
後ろの怖いお姫様を見てみてもいまはあくまで普通といった感じではあるものの、どうせふたりきりとかになったら爆発するんだろうなと諦め気味でいた。
「それなら俺らの家でいいだろ、広いから佐々木の母さんに迷惑をかけることもない」
「お兄ちゃんがいてくれればいいんでしょ? 結ちゃんのお家にしようよ」
「……新くんがいてくれるなら別にいいけど」
嫌ではないからそれで決定にした。
ただ、母のためにご飯を作りたいから僕だけ夜まで残ることにした。
都は宮本君に頼んでこちらで待機することに。
「優莉奈も行ってよかったんだよ?」
「駄目よ、私はあなたがいてくれないと嫌だもの」
「顔を見せないでちょうだいとか言っていたのは優莉奈なんだけどね」
「いまは私があなたを独占したいのよ」
そういうことなら付き合ってもらうとしよう。
母の帰宅時間は結構遅いからいてくれるのは普通に助かる。
「ひとりでなにをしていたの?」
「課題とか掃除かしら、あとは枕を涙で濡らしていたわ」
「えぇ、悪いのは優莉奈なのに?」
「あなたはどうだったの?」
僕は……沢山余った時間を前にどうすればいいのかと悩むことになった。
優莉奈はすぐに来てくれるから意識しなくて済んでいたことに対面することになった。
「時間がありすぎて困ったよ、優莉奈といられないとやっぱり駄目だ」
「嘘つき、それなら仕方がないとすぐに片付けてしまったくせに」
「優莉奈離れをしてみようと思ったんだけど駄目だったんだ」
そもそも僕が気にしていないふりをしても都や宮本君が気にするから駄目なんだ。
もしかしたら分かりやすい人間なのかもしれない。
「まだまだこれからもお世話になるよ」
「嫌よ、たまには私のために動きなさい」
「じゃあご飯を作ってあげるよ」
そういえばお昼ご飯を食べていなかったことを思い出したのだ。
ご飯を食べるために僕の家に来たのに宮本兄妹には申し訳ないことをしたと思う。
いやまあ、その前に謝れとか言ってきたところも悪いから……仕方がないかな?
「……離れたくないからくっついておくわ」
「暑くないの?」
「私が暑がりではないことをあなたは知っているでしょう?」
これは馬鹿なことを言ったのかもしれない。
そうだ、彼女は夏でもひんやりとしているから全く問題ないか。
「あれ? なんか今日は熱いね」
「……いいからやりなさい」
「包丁を持っているときにこれじゃ危ないよ」
「いいからやりなさい」
宮本君、そして主に結ちゃんには見せられないような感じだった。
都にもそうかな、絶対に「いけないことしてるっ」とか言われるだろうからね。
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