04話.[今日は帰らない]
「愛想が尽きたわ、どうしようもない子にこれ以上構っている時間はないの」
冷たい顔、冷たい声音。
歩いて行こうとする彼女を僕は止めなかった。
「さてと、勉強でもしていくかな」
どうせ残っているのならと道具などを机の上に広げていたら「と、止めなさいよっ」と彼女が慌てて戻ってきた。
「いや、なんかいきなりすぎたからさ」
「……少しは慌てなさいよ」
「仮に本当にそうなったとしても止めるつもりはないよ、縛っておきたいわけじゃないからね」
気に入っている子には楽しく過ごしてほしい。
他の誰かといることでそうできるということなら喜んで離れることを受け入れよう。
まあ、正直なところを言えばそんなことにならないのが一番だけど。
「勉強をやろうよ、テストが終われば自由だからさ」
「はぁ、そうね、茶番を繰り広げていても時間が無駄になるだけだものね」
時間の無駄とまでは言わないけどどうせ残るなら、という考えだった。
そこまで不安はない、それでも優秀な彼女とやっておけば必ず自分のためになる。
お礼はテストが終わってからでも遅くはない。
なにかを買ったり彼女の行きたいどこかに行ったり、結局はそれぐらいしかできないけど。
「じー」
「うん?」
「あなたって普通ね」
普通が一番だろう。
普通ということは大体のことを人並みにできるということだし。
能力の話でなくてもそう、普通ぐらいが丁度いいんだ。
モテればモテるほどいいというわけじゃない。
いいところばっかり見えているだけで実は面倒くさいことだってあるはずだからだ。
「そうだ、眼鏡をかけてみたらどう? はい、私のやつがあるからどうぞ」
「優莉奈は目が悪くないでしょ? どうして持ってるの?」
「眼鏡をかければ自分の魅力を隠せるかな、と」
「無理でしょ、寧ろ眼鏡キャラとして狙われるだけでしょ」
それにそれでは眼鏡をかけている人に失礼だ。
眼鏡はそういうアイテムじゃない。
「どんな対策をしようと滲み出るものだから駄目だよ」
「あら、結構高く評価してくれているのね」
「当たり前でしょ、一ヶ月に十回ぐらい告白される相手のことを低く評価なんてできないよ」
そもそも他者のことを評価しようとなんてするべきじゃない。
僕は他者のことをとやかく言えるような人間じゃないからというのもある。
「もっと具体的に言って」
「え、えっと……」
ヘタレと言われないためにも綺麗だからと勇気を出して言っておいた。
そもそもの話、あんまり他の男の子と仲良くしてほしくないと言えるんだからこれぐらいは言えて当然なんだ。
こういうタイプには積極的にいくしかない。
逆に褒めまくって圧倒させるぐらいの感じではないと馬鹿にされて終わるだけだった。
「ふふ、合格」
「べ、勉強をやるよっ」
「ええ、やりましょう」
それでも十八時前には学校を出た。
集中力が続かないからこれぐらいが効率がいい。
あとは都のためにご飯を作ってあげなければならなかったからだ。
「それじゃあね」
「ええ、あ、待ちなさい」
「うん? ……なんで?」
なんで僕は頭を撫でられているんだ。
普通は男の僕が彼女の頭を撫でるべきなのではないだろうか?
もっとも、彼女がそんなことを望むことはほとんどないけど。
「いつもありがとう、あなたがいてくれて助かっているわ」
「それは僕が言いたいことだよ」
「それでもいいじゃない、私がそういう風に感じているのだから」
……ああもう嫌だな、こうぐいっと引っ張りたくなってしまう。
それでも頑張って耐えてありがとうと言うだけにしておいた。
それ以上はなかったのか解散になったから家へと急ぐ。
「ただいまっ」
「おそいよっ」
「ごめん、テスト勉強をしててさ」
手を洗って調理を始めようとしたらそのタイミングで結ちゃんがいることに気づいた。
「結ちゃん、そろそろ帰らなくていいの?」
「……今日は帰らない」
なんでかは分からないから都を見てみたら「お兄ちゃんとけんかしちゃったんだって」と。
珍しいな、日曜日だって彼女を優先して行動するぐらいなのに……。
「ちょっと連絡してくるね」
「はーい」
ご飯を作ることよりもこっちのことをなんとかしないといけない。
「あー、佐々木さえよければ泊めてやってくれないか?」
「僕の家は大丈夫だけど……」
「明日、ちゃんと話し合うからさ」
「じゃあ代わるよ、それでちゃんと話し合った方がいいよ」
仮に泊まるのだとしてもだ。
明日会った際に意固地にならなくて済むようになるかもしれない。
どんな理由で喧嘩したのかは分からないけど、このままでは駄目なことを分かっているから。
「結ちゃんだいじょうぶかな?」
「大丈夫だよ、相手は宮本君だしね」
「そうだよねっ」
それでその間にご飯作りをしていたんだけど……。
「……お兄ちゃんが新くんに代わってだって」
「わ、分かった」
なんかいい方に向かった感じが伝わってこなかった。
こちらが少し緊張しながら耳に当ててみると、
「佐々木、今日は悪いけど頼むわ」
「う、うん、任せてよ」
結局、泊まることになってしまった……。
話させない方がよかっただろうか?
でも、もうこうなっているんだから仕方がないと片付けてご飯作りを再開したのだった。
「新くん」
声が聞こえてきたから目を開けてみたら目の前に結ちゃんの顔があった。
驚いてベタな反応を見せそうになったものの、我慢してどうしたのといつも通りの対応を心がけることに専念。
「……起こしてごめんね」
「いいよ」
「……お兄ちゃんに会いたくて」
メッセージを送ってみたら起きているようだったから連れて行くことにした。
ランドセルとかもそのまま持ってきているからちゃんと忘れずに。
「ちゃんと寝られた?」
「……ねられなかった、やっぱりお兄ちゃんといられないといやだ」
「そうだね、大切な家族だからね」
ちなみにまだ通話中なことは黙っておこう。
こういうところで吐いてもらっておけば多少はスムーズに仲直りできるかもしれないし。
「結」
「お兄ちゃんっ!」
いいね、仲良くできている方が。
家族との関係が上手くいっていればいっているほど、学校でも明るく元気でいられるだろうからそこは重要だ。
「昨日は悪かったな、朝食のときに醤油を取ってやらなくて」
「ううん、自分で取るべきだったから」
え、そんな理由だったの……。
そんな微妙になっている夫婦じゃないんだからさ……。
「えっと、これでめでたしめでたしかな?」
「ああ、悪かったな」
よし、それなら後は任せて帰って寝ようかな。
実はまだ五時とかそこら辺りの時間だから普通に眠たい。
「それじゃあ――え?」
「……新くんともいっしょにいたい」
「それは放課後になってからじゃ駄目なの?」
「うん、すねててあんまり話せなかったから」
宮本君を見てみても駄目だった。
一度こうなったら変わらないというのは都も結ちゃんも同じらしい。
「なにがしたいの?」
「新くんといられればそれでいいよ」
怖い怖い、こんな小さな頃から揺らすような力を持っているんだから。
「ほら、お兄ちゃんが寂しそうな顔で見ているよ?」
「相手をしてほしい……?」
「ははは、そうだな、こんな早くに出てきているんだし相手をしてほしいな」
そう、妹が他の人と楽しそうにしているのは複雑になるものだ。
別に恋愛感情があるというわけじゃない、仮にこの年齢差であったら不味いし。
それでも止められるようなことではなく、ただ見ていることだけしかできないのが苦しいところだった。
「結はあの子のことが好きなんだろ?」
「うん、優しくしてくれるから」
「あの子も結のことをそう言ってくれるといいな」
「言ってくれるかな……?」
あの子って都のことだよね?
それなら大丈夫だ、なにも問題はない。
だから大丈夫だって言ってみたら「本当に……?」と聞かれてしまった。
「大丈夫だよ、都はちゃんと結ちゃんのことを見てるよ」
と、言ってから少し不安になってしまった自分。
表面上では凄く嬉しそうに見えるけど実際のところは都にしか分からない。
あくまでクラスメイトとか友達の内のひとりというだけかもしれない。
余計なことを言ってしまっただろうか?
「佐々木、都って呼んでも大丈夫か?」
「大丈夫だよ、なんか宮本君のことを気に入っているみたいだから」
「……お兄ちゃんはあげない」
その心配もいらない。
なにをどうしたって家族なのは結ちゃんだ。
歳を重ねれば都が彼と付き合う可能性はゼロではないけど、恐らくそうなる前に彼は別の女の子と付き合い始めるだろうからね。
「都ぐらい元気になってほしいな」
「……学校ではすごく元気だよ?」
「ほう、じゃあいま見せてくれ。ほら、佐々木を相手に見立ててな」
その無茶振りにどうするのかと考えていたら走り去ってしまった。
ああ、喧嘩の理由になりかねないから気をつけてほしいとしか思えなかった。
「はは、まあいきなりは無理か」
「それは無理だよ、僕らだってすぐには変われないんだから」
「佐々木も風間としかいようとしないしな」
「宮本君を除けばそうだね、優莉奈がいてくれればいいんだよ」
僕にとってそれだけは絶対に譲れないことだった。
優莉奈がいてくれるからこそ頑張れる、いてくれるからこそ楽しめる。
その前提が崩れてしまったらもうどうにもならないだろう。
はっきりと言うと依存している。
それでもあまり迷惑をかけないようにって行動しているけどね。
「宮本君にとっての支えってなに?」
「んー、やっぱり結が元気よくいてくれることかな」
「家族は大切だよね」
「そうだな、ふたりでいる時間が多いから余計にな」
一緒にいればいるほど問題になる家庭ばかりじゃない。
寧ろ一緒にいられれば仲も深められるわけなんだから。
ただ、そうしていると他に優先したいことができたときに寂しくなってしまう。
そこを上手く割り切れるかどうかと問われれば、難しいとしか言いようがなかった。
「嬉しいのは作った飯を美味しいって食べてくれることだな」
「それは嬉しいよね」
「それだけでやってよかったって思えるんだよな」
彼は苦笑気味に「だからこんなことで喧嘩になると思わなかった」と言った。
僕も意外だったから、再度そうだねと返しておいたのだった。
「今日は俺も一緒にやっていいか?」
「駄目」
いま答えたのは僕ではなく優莉奈だ。
彼は再度言ってきたものの、彼女が断ってしまった。
僕としては別に構わないから一緒にやることに。
いくら彼女を優先するといってもできないことだってあるのだ。
「あなたは失格ね」
「そう言わないでよ、宮本君のことを敵視しても仕方がないでしょ?」
「ふんっ」
ああ、不機嫌になってしまった……。
それでも帰らないのが彼女らしいと言えばらしい、かな?
なだめることよりもやらなければならないのは勉強だからそちらに集中をする。
「馬鹿」
「そ、そんなこと言ってやるなよ」
「あなたは関係ないわ、悪いのは新よ」
後でいくらでも相手をするからと言ってみてもその後も「アホ」とか「優柔不断」などと言われてしまい、とてもじゃないけど集中できるような空気ではなくなってしまった。
「じゃあ俺は帰るよ」
「いいよ、宮本君はなにも悪くないんだから」
「けどな……」
大丈夫だからと言って再度集中しようと努力をする。
きちんとやっていたのもあって聞かなくても分かるから問題もなかった。
十八時……まではできなかったものの、なんとか十七時十五分頃まではやって学校を出る。
「ありがとな」
「うん、こちらこそありがとう」
「でも、風間の相手をしてやってくれ、それじゃ」
申し訳ない……。
横を歩いていた彼女の方を見てみても今日は上手くいかなさそうだった。
「優莉奈、ああいうのは駄目だよ」
「うるさい」
「そもそもどうして?」
「どうしてですって? はぁ、あなたはなにも分かっていないのね」
そりゃまあ……なにも該当するようなことがないから仕方がない。
ただ、僕を責めるのは別にいいけどああいうのはしてほしくなかった。
だって断られる側は複雑だろう。
僕がされたら嫌だからこれからもああいうことがあったら止めるつもりでいる。
「はぁ、もういいわ、一ヶ月ぐらい顔を見せないでちょうだい」
「それなら仕方がないね、それで満足できるということならそうしよう」
あの対応だけは擁護はできない。
直してほしいところがあったとして、それを言う価値すらないと判断したのならこうするのが一番だろう。
顔を合わせてもイライラするだけだろうからね。
何度も言っているけど縛りたいわけじゃないんだ。
珍しくひとりで帰路に就きつつ、一ヶ月となると夏休み終わりぐらいまでかと考えていた。
じゃあもうその間に誰かいい人でも見つけてくれればそれでいいかな。
依存したままだと困る、絶対にいつか迷惑をかける。
「ただいま」
「おかえ、……なにかあったの?」
「なにもないよ、結ちゃんと宮本君を仲直りさせることができて嬉しいぐらいかな」
ささっとご飯を作っていつも通り都に食べてもらった。
最近は色々なことがあって都とふたりでゆっくり過ごせることもなかったからこういう時間を大切にしておこうと決めた。
だってテストが終わればすぐに終わるし、予定がないから家に多くいるんだからね。
「そういえば結ちゃんがお兄ちゃんの話ばかりしてた」
「仲良しだからね」
「ちがうよ、お兄ちゃんのことっ」
僕のか、結ちゃんもまた優柔不断とかそういう風に思っているんじゃないかな。
自分を守るために行動したことも多い。
あれは結ちゃんのためとかじゃなかったのだ。
「都は結ちゃんと仲良くできてる?」
「うん、仲良くできてるよ」
「ならよかった」
あれ、そういえば今日は眠たくなっていないんだな。
小学五年生だから少しずつ成長しているのかもしれない。
そうしてひとつずつ歳を重ねて、そしていつかは他ばかりを優先し始めるんだろう。
もしそうなったら泣いてしまうかもしれなかった。
だってなんだかんだ言っても家族が一番大切だ。
少なくとも母と都のためにって考えて動いてきたんだから。
大切じゃなければ中学時代のあの子達のようにクソババアとか可愛げのないことを言って家に遅くまで帰っていなかったかもしれない。
「授業中はちゃんと集中してる?」
「してるっ、真面目にやった方が絶対にいいもんっ」
「偉いね、これからもそれを続けてね」
元気いっぱいな内にお風呂に入らせてこちらは少し休憩することにした。
いつもここの床で寝ているから寝転んでゆっくりとね。
そうしていたら宮本君から『大丈夫か?』とメッセージが送られてきた。
『大丈夫だよ、なにも起こらなかったから』
『そうか、それならいいんだけど』
『今日はごめん、僕らのせいで気分を悪くさせちゃったよね』
『いや、風間は佐々木とふたりきりでやりかったんだろ、空気を読めていなかった俺が悪い』
違う、こういう風になるから嫌なんだ。
悪くはないのに悪いって言わなければならない雰囲気というか。
『そんなことないよ、明日も一緒にやろう』
『いいのか……?』
『うん、僕的にはその方がありがたいから』
適度なところで終わらせてお風呂に入ることにした。
母はどうやら帰宅時間が遅れるみたいだから前回みたいにはならない。
「……お兄ちゃん」
「眠たいの?」
「今日はいっしょにねたい……」
「じゃあ部屋の床で寝ようか」
「うん……」
リビングで寝るよりは寂しくなくて済むか。
都は温かいからぽかぽかとした気持ちになれるからよかった。
「ただいまー」
「おかえり」
「新っ」
「うわっ!? な、なにっ?」
いきなり大声を出されたら本当にびっくりする。
母は普段静かだから余計に驚くのだ。
「いつもありがとう」
「は、はあ」
ご飯を温めて一緒に食べることにした。
紛らわしいからお礼を言うときは静かに言ってほしいと頼んでおいた。
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