03話.[仲良くするよね]

「よう」


 扉を開けてから数秒の間、理解しようとしたもののできなかった。

 彼は再度「よう」と言ってきてくれたけど……。


「佐々木ー?」

「あ、よ、よく来られたね?」

「妹が知っていたんだ、ゆい


 が、妹さんは彼の後ろに隠れるだけでなにも言わないままで。

 彼はそんな妹さんの頭を撫でつつ「恥ずかしがり屋なんだ」と笑っていた。


「あ、そうそう、佐々木の妹はいるか?」

「うん、リビングでゆっくりしているよ」


 どうせならと上がってもらうことにした。

 優莉奈以外を家に上げるというのもなかなかしないから少し緊張していた……かな。


「あー! どうして結ちゃんがいるのっ!?」


 妹さんに気づいた都は大興奮。

 都のことは信用できるのか手を繋いで嬉しそうにしている。


「いきなり来て悪かったな」

「ううん、都も嬉しそうにしているから」

「ちょっと外に行かないか?」

「分かった」


 今日も雨が降っていないから問題もない。

 あ、ちなみに優莉奈との出かける約束は来週になった。

 急用ができたとかで朝に帰るように言われてしまったのだ。

 それで今日は日曜日だということになる。

 都とゆっくりしていたら彼らがやって来た、というところかな。


「もう少しで七月になるな」

「そうだね」


 七月になったら今度は暑くなると。

 そうなったら体臭とかが気になり始めるから少し遠慮してほしいかな。

 近年は気温がどんどん上がっているから多分この願いも無駄に終わるけど。


「結は雨が嫌いだから早く降るのが当たり前のいまが終わればいいんだけどな」

「あ、都はわざと水たまりに入って靴を濡らしてくるから僕的にもその方がいいかな」

「ははは、やりがちだな」


 でも、長靴を履いて行けるのが嬉しいのか雨は結構歓迎しているみたいだ。

 蒸れるとか履きにくいとかでたまに履かないで行くのも面白い。


「元気そうだったな」

「うん、元気いっぱいだよ」


 元気がない=なにかがあったということだから気づきやすくていい。

 ただ、兄としてはそんなことが起こらない方がいいに決まっているわけで。


「あー……」

「うん? あ、やっぱり優莉奈に興味があるって?」

「それは違う」


 って、別にそんな食い気味に否定しなくても。

 あの子は魅力的な子だよ? まあ、興味を示してくれない方がいいけどさ。


「メッセージアプリってやっているか?」

「うん」

「交換、しないか?」


 全く問題ないから交換してもらうことにした。

 いやまさか僕に対してこんなことを言ってくるとは思わなかった。

 もしかしたら優莉奈と仲良くしたいからなのかもしれないけどね。


「結が佐々木の妹のこと気に入っているみたいでさ、またこうして遊ばせてやれたらって思っているんだ」

「あ、そうだね、都も喜んでいたからいい関係だね」


 そのタイミングで妹達が出てきた。

 結ちゃんが彼に抱きつくのは普通だけど何故か都も抱きついている……。


「結ちゃんのお兄ちゃんっ」

「お、おう、結の兄だ」

「結ちゃんのことが好きだから結ちゃんのお兄ちゃんのことも好きっ」

「あ、ありがとよ」


 なっ!? ……子どもってすぐこうやって無自覚に言っちゃうから困るよね。

 同じ兄の立場としてはかなりショックだった。


「むぅ、お兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんだからっ」

「でも、ひとりじめするのはだめだと思う」


 仕方がない、敗北者は去ろう。

 が、彼に都も任せて家の中へ――はできなかった。


「じゃあ……都ちゃんのお兄ちゃんをもらうから」

「いいよ」


 えぇ、なんでそこでいいって言ってしまうんだっ。

 あと、なんか緊張するな、喋ってくれたのは嬉しいとしか言いようがないけども。


「ちょっと歩くか」

「歩く歩くっ」


 ということなので、何故かこの組み合わせで動くことになった。

 都の手とほとんど変わらないけど本当の妹ではないから気になってしまう。


「ゆ、結ちゃん」

「……な、なんですか?」

「敬語じゃなくていいよ、都と仲がいいの?」

「はい、あ、うん……いつも遊んでくれるから」


 僕からしたら優莉奈みたいな存在かもしれない。

 彼女は違うだろうけど、僕だったらひとりぼっちだった可能性がある。

 そういうときに明るい人、引っ張ってくれる人というのは重要なのだ。


「あら」

「よう、結構近くに住んでいるんだな」

「ええ、それよりも……」


 言いたくなる気持ちは分かる。

 普通はねえ? ちゃんと血の繋がった兄と手を繋いで歩くべきだ。

 いやそこは重要じゃないけど、仮にそういうことになったのならという話だ。


「妹さんを交換したの?」

「いまだけな」

「結ちゃんは大丈夫なの? 恥ずかしがり屋というか人見知りするタイプなのに」

「大丈夫だと思うぞ、いまだって普通に手を握ったままなんだからな」


 確かにそうだ、これは僕からしたわけではない。

 自己紹介だってできそうになかった彼女、結ちゃんにしては大胆な行為だ。

 もっとも、勢いとかヤケになっているところはあるのかもしれない。

 結構負けず嫌いな子なのかな? という感想を抱いていた。

 というか、なんで優莉奈は知っているんだろうか?

 はっ!? やっぱり裏では宮本君と仲良くしているということなのかっ!? と大混乱。


「それなら私も結ちゃんの手を握らせてもらおうかしら」


 というわけで五人で歩くことになった。

 目的地などは設定されていない、とにかく自由な感じで歩いていく。


「残念ね、都ちゃんが取られてしまって」

「いいよ、いつかはああやって誰かを気に入って離れてしまうものだからね」


 相手がいい子やいい人であればとやかく言うつもりはない。

 枕を涙で濡らすかもしれないものの、それとこれとは別だから。

 兄として、家族としてできることは見守ることだけだった。


「お、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「あ、……都ちゃんのお兄ちゃんに」

「どうしたの?」


 これではまるで僕がそうさせているように見えるからちょっとやばい。

 だけどいちいち「都ちゃんのお兄ちゃん」と呼ぶのも面倒くさいだろうから……。


「紛らわしいから新って呼びなさい」

「し、しし、新……お兄ちゃん」


 ぐはっ!? ……今度は別の意味で少し危なかったけど頑張って抑えた。

 都とはまた違った感じなのは確かなようだ。


「あ、もしかして歩くのが速かった?」

「……ち、ちがう」

「手を握り返す力が強かったとか? 新は一応男の子だものね」

「ち、ちがう」


 一応って……やっぱり男として意識されていないよね。

 そうでもなければ一緒に寝るよう誘ってきたりはしないだろうし。

 と、別のところでショックを受けていた。


「わたし、都ちゃんともっと仲良くしたくて」

「うん」

「でも、都ちゃんにはたくさんのお友達がいるから近づきにくいこともあって」

「周りに人がいると迷惑なんじゃないかって思うわよね」

「うん……」


 その都はこちらを一切気にせずに宮本君と歩いている。

 こういう感じで、もしかしたら教室では見ていることだけが精一杯なのかもしれない。

 僕だって優莉奈のクラスに行った際に優莉奈が他の子と会話をしていたら後にしようと考えてやめることがあるから気持ちは分かった。

 都は多分人気者なんだ、明るいからみんなが周りに集まる。

 来てくれているからなんとかなっている、のかどうかは分からないけど、積極的に行くことができないタイプの子だったりしたら焦るかもしれない。

 もしかしたらこのまま来てくれないんじゃなかって不安になるかもしれない。

 勇気を出して近づけばいい、だけど、それが簡単にできたら苦労はしないのだ。


「それなら丁度いいじゃない、いまならふたりきりになれるわ」

「……どこかに行っちゃうの?」

「いいえ、近くで待っていてあげるわよ」


 優莉奈は宮本君を呼んで足を止めさせた。

 都の耳に情報が入ったら微妙なためか、耳打ちして恐らく事情を説明。

 それから留まっても迷惑にならない場所に移動した。


「結が誰かと仲良くしたいと言えるようになるとはな」

「でも、言ってきていたのでしょう?」

「ああ、もう何度もな。だけど、どこに行くにしても俺か両親に引っ付いているような子だったからさ、なんか意外でな」


 都はどちらかと言えば引っ張るような子だった。

 ある程度見て回っていてもまだ行こうよとか言ってスタミナの多さを披露してくれていた。

 でも、実際のところはそのときに使い切っているだけで帰りとかはもうボロボロだった。

 だから元気じゃないと心配になるんだ。

 なにかがあったと分かるのはいいけど、できればそうはなってほしくはない。


「聞きたいことあるんだけど」

「なんだ?」

「……優莉奈と宮本君ってなんか仲いいよねって」

「仲良くないぞ? たまに遭遇することがあるだけで」


 う、嘘くせえ……。

 仲良くないのに妹さんのことまで知っているとかありえないでしょうよ。

 もしかしたら優莉奈が言わさせないようにしているのかもしれない。

 どうせ男扱いされていないからね、裏では格好いい子とかと仲良くするよね。


「ふふ、嫉妬してしまったのね」

「ち、違うよ、でも……気になったから」

「大丈夫よ、私達の間にはなにもないわ」

「そうだぞ、嘘をついたってなんにも得がないだろ?」


 じゃあそういうことにしておこう。

 会話もそこそにしてふたりを見つめる。

 結ちゃんの方はとにかく真剣だったものの、都の方はなんとも言えない感じだった。


「終わったの?」

「うん、だって言われなくてもわたしは仲良くするつもりだから」


 今度は結ちゃんの手を握って歩き始めた。

 結構影響されやすいのかもしれない、……そういうところは僕によく似ているね。


「可愛いわね」

「そうだね、若いって感じがするよ」

「はは、佐々木も若いだろ?」

「うーん、だけどこれぐらいの歳になると真っ直ぐにぶつかるのが気恥ずかしくなるからさ」

「あー、なるほどな、確かにそういうのはあるかもしれない」


 ああやって気持ちを伝えられるのはすごいことだ。

 どうしたって素直になれなくて上手くいかないことが多いから尚更そう思う。

 年上なんだからしっかりできるようにしたかった。




「海を見に行きましょう」


 唐突に現れた優莉奈がそう言ってきたのが三十分前の話。

 そして歩くと意外と遠い海が見える場所に着いたのが十分前の話。


「雨ね」


 天候が悪いのにどうしてこうしたんだろうと疑問に感じたのがいまの話だった。

 どちらかと言えばインドア派だから少し困っている。

 いや、優莉奈の行きたいところに行こうと言ったのは自分だから守るけどさ。


「なにか嫌なことでも――」

「あったわ」


 宮本兄妹と一緒に行動した日からほぼ一週間が経過しようとしている。

 つまり学校でなにかがあったということだろうか?

 あ、告白をよくされる子だから女の子からやっかまれているのかもしれない。


「それはあなたが原因よ」

「なにかしたっけ?」


 宮本君とは話すようになったけどそれ以外は優莉奈を優先している毎日。

 なにか急用ができて約束を守れなかったとかそういうことは一切ない。

 じゃあ……なんだろうか?


「あなたが結ちゃん相手にデレデレしているからじゃない」

「待って待って、それは先週の話でしょ?」

「そうね、一応大人のつもりだから口にはしなかったのよ」


 彼女は腕を組みつつ「小学生の子の前で醜く嫉妬なんてできないじゃない?」と。

 でも、小学生の子に嫉妬しているということだからそれはいいのだろうか……?


「あとは学校でのことよ、自分から全く来てくれないじゃない」

「それは行こうとする前に優莉奈が来ちゃうから――はい、すみません……」


 あとこの前も考えたように行っても誰かと話していて邪魔をしたくないと思ってしまう。

 こればかりは強メンタルというわけではないから仕方がないかと片付けてほしかった。

 僕だってできれば優莉奈といたいんだからね。


「だから今日、誘ったのよ」

「よく今日まで我慢できたね」

「ええ、大人だから」


 今度はつもりではなく断言してきた。

 確かに慌てたりすることなく物事に向き合えるところは大人な感じがする。

 フォローの仕方とかね、多分あのときに彼女がいなかったら結ちゃんは都に気持ちを伝えられないままだったかもしれない。

 そうしたら学校でも上手くいかなくて一緒にいられなくなっていたかもしれないから、彼女の存在というのは本当にありがたかったと思う。


「あなたが女の子と仲良くしていようとそれは自由だわ、だけど、その際に私といるときより楽しそうにされるのが嫌なのよ」

「一緒にいられている女の子は優莉奈と都ぐらいなだけだよ」

「これからは分からないじゃない」

「罰ゲームの対象に選ばれるぐらいなのに?」


 しかもあれを考えたのは女の子だったって後で分かったぐらいなのに?

 好かれるような対象じゃないんだ。

 それどころか揶揄して反応を見て笑われるぐらいの人間で。

 だから根っこのところでは家族である都以外は優莉奈しか信じられていないんだ。


「それは素直になれなかっただけよ」

「え?」

「本当はあの子、あなたのことが好きだったのよ。でも、私が切ったの」

「そ、そうだったの? 全く分からなかったな……」


 き、切ったってあくまで精神的にというかそういう感じに……だよね?

 そんなやばい子ではないから疑う方が失礼かと片付けておいた。


「当たり前じゃない、そういう風に行動したんだから。それと、なんで好きな子を傷つけようとするのかが分からないわ」


 確かにあのときは惨めな思いになったからなあ。

 あの後で好きだと言われていても信じられなかったと思う。


「好きなら好きと真っ直ぐにぶつけるべきよ、この前の結ちゃんみたいにね」

「そうだね」

「もっとも、あれは告白ではないけれど」

「似たようなものだよ、自分の気持ちをぶつけているわけだからね」


 どれも緊張することだから頑張れた結ちゃんは偉い。

 学校でもそうやって積極的にいけたらもっとよくなるはずだ。

 ただまあ、それができるかどうかはその日の自分次第という曖昧なことで。


「雨ね」

「はは、また振り出しに戻ったね」

「ふふ、いいのよ、これぐらいの緩さで」


 空が灰色だと海は汚く見える。

 足を踏み入れようものならあっという間に侵されてしまうことだろう。

 だけど怖さや寂しさを感じないのは側に彼女がいてくれているからだ。


「私達だけしかいないというのもいいでしょう?」

「どうせなら七月に来たかったな」

「あら、ふふ、あなたも男の子なのね」

「違う違うっ、水着が見たいわけじゃなくて――」

「あら、誰も水着だなんて言っていないわよ?」


 僕はただ晴れている状態のときなら近づけるしいいと思ったんだ。

 遊泳禁止というわけではないからテトラポットがあるわけでもない。

 そうしたら砂で遊んだりとか、少し水で遊んだりとかもできる――って……。

 ……なんか子どもみたいな感じするから言うのはやめようと決めた。


「もう今日は帰ろう、これ以上酷くなったら危ないからね」

「そうね、都合が悪くなったらそうしたくなるわよね」

「違うから……」


 都や結ちゃんの応援をしている場合ではなかった。

 頑張らなければならないのは寧ろ僕の方だった。

 知らない内に不機嫌にさせている可能性もあるから気をつけないといけない。

 優莉奈がいなくなったら学校生活も楽しくないものになってしまうから。


「あなたの気持ちで帰ることにしているんだから次は私の気持ちを優先してくれるわよね?」

「どうすればいいの?」

「このままあなたのお家に行かせてくれればいいわ」


 それなら全く構わなかった。

 それにこのまま解散では少し寂しいから。


「あなたはもっと私のために時間を使いなさい」

「なるべく優先して動いているよ」

「足りないのよ、寂しがり屋を相手にしているのだからその二倍ぐらい相手をしなさい」


 こういう子が大人しく寂しがり屋だと認めるのは珍しい気がする。

 って、優莉奈ぐらいしか知らないんだから意味のない思考なんだけどね。

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