02話.[否定はしないわ]
「佐々木、ちょっといいか?」
「うん、大丈夫だよ」
大体、どんな内容なのか聞く前に分かった。
つまり彼は、
「優莉奈に興味があるということだよね?」
これ、僕に近づいて来る理由なんてこれぐらいしかない。
昔から多かったんだ、優莉奈に近づきたいからきっかけを作ってほしいとか言われることが。
だからその度に少しだけ協力するものの、強力な彼女によって全部無に……。
それから「余計なことをしないで」と言われるまでワンセットだった。
だけど協力してくれと頼まれちゃうとどうしても動いてあげたくなっちゃうんだっ。
「え? いや……違うけど」
「あ、ち、違うの? そうなんだ」
それなら係とか委員会系のことかと考えてみたものの、僕は彼と同じではなかった。
「佐々木には妹がいるだろ?」
「ま、まさか妹を狙っているのっ?」
「狙ってねえよっ、誰が小学生を狙うかっ」
えぇ、なんでこんなに把握しているんだ。
ああ、もしかしたら妹さんか弟さんの友達だったとか、そういうのだろうか?
「昨日、怪我を負わせたみたいでさ」
「え、そうなのっ?」
「ああ、だいぶ時間が経ってから言ってきてな、大丈夫か?」
「うん、泣いちゃったらしいけどね」
そうなんだ、じゃあ都が隠そうとしたってことなのかな?
優しさ……なのは分かるけどちゃんと言ってほしかったな。
もちろん相手を責めるつもりはない。
もしかしたら都が他の子に怪我を負わせちゃったりする場合もあるから。
ただそうなった際に隠してほしくないからね。
例えそれが友達を守るためであってもやっぱり……。
「悪いな」
「あんまり責めないであげてね」
「ああ、強く言っても怯えさせるだけだからな」
そう、怒鳴ったところで意味がない。
ちゃんとゆっくりなにが駄目なのかを言ってあげないと駄目なんだ。
「妹さんだよね?」
「おう、あんまり元気なタイプではないけどな」
それはまたなんとも都とは別タイプみたいだ。
どちらかと言えば動いていたいタイプだからなんか意外な気がする。
「新」
「あ、昨日も今朝もありがとう、送ってくれたんでしょ?」
「ええ、すぐに起きてくれなかったのが少し大変だったわ」
「あー、いつもそんな感じなんだよね」
寝ぼけているといつまでも離れようとしないところも困るんだ。
なにが困るって可愛いから困る、強気に対応というのはなかなかできないから。
「佐々木は風間と仲がいいんだな」
「うん、小さい頃からずっと一緒にいるから」
「彼氏彼女の関係なのか?」
「い、いや、あくまで親友って感じだよ」
踏み込むことができないわけじゃない。
多分、求めたら彼女は受け入れてくれるんじゃないかと思う。
だけど……家事とかをしなければならないからとかで避けているというか……。
だってもし求めて受け入れられてしまったら彼女ばかり求めてしまうだろうから。
そうしたらまず間違いなく適当になる。
それだけはあってはならないのだ。
だから都が中学生になってからならいいかもしれない。
もちろん、その間に誰かいい人を見つけてその人を選んでくれてもいい。
縛りたいわけじゃない、依存したいわけでもないのだ。
「すごいよな、風間はモテるんだろ?」
「告白されることは多いわね」
「振っている理由は?」
「大して知らないからかしら、一度も話したことがないのに告白されても困るわ」
それでも罰ゲームで告白されるよりはマシだよな、と。
断るのは大変だろうけど少なくとも惨めな気持ちにはならないから。
ああいうのはしちゃ駄目だ、簡単にダメージを与えられてしまうからね。
「あなたはどうなの? 人気者なのよね?」
「告白されることはあるな、俺も似たような理由で断るけど」
「どうして? 試しに付き合ってみたらいいじゃない」
「なんか上手くイメージができないんだよ、相手と付き合って楽しそうにやっている自分がな」
「なるほどね」
僕からしたらよく分からない会話をしているふたり。
よく分からないから聞いておくことだけに専念していた。
「それに妹の世話をしてやらないといけないからさ、それどころじゃないんだよ」
「新と似ているのね」
「まあ、両親が忙しくて小さい妹とか弟がいる人間はそうだろ」
「私はひとりっ子だから」
それでもそれが羨ましいとは思えなかった。
母がいて都がいる、その生活が僕にとっての当たり前だからだ。
そのうえで彼女がいてくれるのが物凄く支えとなっているわけで。
「それで宮本君は新になにか用でもあったの?」
「ああ、妹のことでな」
「そうなのね、接点が見つからないからどうしてかしらって気になっていたのよ」
一応気にしてくれているのかそうじゃないのか分かりにくかった。
彼女は昔からこういうところがある。
来てくれたり相手をしてくれるところは好きなんだけど。
「話は終わったのよね? 新は借りていくわよ?」
「おう、あ、佐々木」
「うん?」
「今度、なにか菓子でも持っていくわ、怪我をさせてしまったのは事実だからな」
「あー……それだったら妹さんに都と仲良くしてほしいって言っておいてくれないかな」
もし渡すのだとしても妹さんが直接渡してくれるといいかな。
仲を深めてほしい、怪我をきっかけにするのはあれだけど……。
「わ、分かった」
「うん、じゃあよろしくね」
トラブルにならなくてよかった。
あと、地味に優莉奈に興味があると言われなくてよかったな。
「お兄ちゃんっ」
「わっ、危ないよ」
なんか迎えに行くのが当たり前になってしまった。
学校で友達と遊びたいという気持ちと、一応僕といたいという気持ちがあるらしい。
「そうだ都」
「んー?」
「宮本って子と友達――ど、どうしたの?」
「な、なんでもないよっ、あっ、お友達だけどっ」
なるほど、嘘をついてしまったから気にしているのか。
別に責めるつもりはないということを伝えるためにそっかと言って頭を撫でた。
撫でられてる都的にはなんで……? と疑問に感じただろうな。
「き、昨日は楽しかったよっ」
「そっか、母さんは少し寂しそうだったけどね」
「もう不良娘になったのか……」とか言って泣いていた。
そんなことないって言っても「だけど優莉奈ちゃんの方がいいんだよね?」とか言ってね。
ちょっと面倒くさかったからご飯を食べさせたうえにお風呂に入らせて寝させたけど。
「だいじょうぶっ、今日はたくさん話すから!」
「どうせ眠くなっちゃうでしょ?」
「ね、ねむくならないからっ」
それなら頑張って起きてもらうとしよう。
明日は休日だからそうだね、二十一時ぐらいまで起きてもらうとしようか。
いつも十九時五十分辺りで再度眠くなって負けるからどうなるのかは分からない。
それで結果は、
「都、眠たいならベッドで寝ないと」
二十時半までは頑張れたけどそれ以上は無理、といった感じだった。
もう動く気がなさそうだから運んでしまう。
「お母さんは……?」
「まだ起きてるって、明日は珍しく休みらしいから」
「それならいっしょに遊びに行く!」
それでもいいからと寝させることにした。
夜ふかしでもして明日楽しめなかったらそれこそ後悔するだろうから。
「都はなんだって?」
「母さんと遊びに行きたいだって」
「そっか、雨ばっかり降っているけどたまにはちゃんと相手をしてあげないとね」
お酒ではなくて炭酸ジュースを飲んで休んでいるところが面白い。
ちょっと飲みたい気持ちになって一緒に飲んでいたら都が起きてきて「ずるいっ」と。
いまに始まったことではないから母と一緒に笑ってしまった。
「新ー、お菓子食べたーい」
「食べたい食べたいっ」
「こんな時間に食べたら太るよ?」
「「うぐっ」」
都も同じように気にする辺り、何歳からでも乙女なんだなと。
まあ僕だって太りたくはないから引っかかることもあるかもしれない。
でも、食べたいと言うのなら母のお金で買ってきているんだし出そうか。
「はい、どうぞ」
「み、都から食べなよ」
「お、お母さんから食べて? いつもがんばってくれているわけだから」
「そ、そう? じゃあ……」
結局、誘惑には勝てないのだということを学べた気がした。
邪魔をするのも申し訳ないからジュースを持って外に出た。
それから優莉奈に電話をかけて数秒待機。
「どうしたの?」
「珍しく都が起きててさ、いま禁断の行為をしているよ」
「なるほど、夜ふかしとお菓子を食べているということね」
「すごいね、よく分かったね?」
「ええ、昨日も起きていたい、お菓子を食べたいって何度も言ってきたから」
ただ残念ながらそこは優莉奈と優莉奈の家で。
お菓子もなければ遅くまで起こしておくことなんてしない。
彼女は夜ふかしをせずに朝早くに起床して活動するタイプだから不可能だと言える。
「新、いまから会いましょう」
「それなら家で待っててよ、危ないからさ」
「分かったわ」
終わらせようとしたらこのままでということになったから事情を説明して家を出た。
いまは雨も止んでいるから面倒くさいなんてこともない。
あと、地味に寂しがり屋な子だから相手をしてあげないといけないのだ。
「早かったわね」
「うん、寂しがり屋な女の子を待たせていたからね」
「そうね、だからこそあなたの教室に行っているわけだから否定はしないわ」
彼女の家から近い川のところまで行くことにした。
川の水の量が増えているとかそういうのはないから危なくはない。
あとはちゃんと街灯もあるから大丈夫だろう。
「きゃっ」
「えっ!?」
「ふふ、冗談よ、こうしたかっただけ」
「質が悪いな、本当に危ないときに助けてもらえなくなるよ?」
背中に感じる柔らかい感触から意識を逸しつつもっともなことを言わせてもらった。
対する彼女は「あなた相手にしかしないから大丈夫よ」と反省した様子はなかった。
嬉しいような嬉しくないような……という感じ。
いやでも……他の子、人相手にされるよりはいいか。
「……本当に好きな人ができたときに後悔しないようにやめた方がいいよ」
「仮にそうでも上手く片付けるわ」
まあ確かに過去に付き合っていたりする人もいるからそういうものか。
中には過激な行為だってしている人もいるかもしれないからね。
「明日、私の行きたいところに行きましょう」
「はは、すごい誘い方だね」
「行きたいところがあるわ」という誘い方なら分かるけど。
でも、そういう約束だからこれ以上余計なことは言わないでおいた。
「あら、あなたが言ったんじゃない」
「うん、じゃあ朝に行くよ」
「泊まっていけばいいわ」
体を離して終わりではなく、手を握って珍しくにこっと笑ってきた。
……こういうところがずるいんだ、単純に断れない性格も影響しているけど。
「……まあ、お風呂にも入ったわけだから」
「ええ、行きましょう?」
別にいまさら彼女の家に泊まるぐらいで緊張したりはしない。
ただ、他にもこういう風に誘っていたら嫌だなというだけで。
「はい、ゆっくりしてちょうだい」
「うん、もう連絡もしたからね」
ここは特に家具があるというわけじゃないのに寂しさを感じることはない。
それはやっぱり彼女がいてくれるからなのだろうか?
「はい、膝を貸してあげる」
「都と違って僕は高校生――」
「いいから」
「はい……」
ああ、枕ほどではないけど柔らかいな。
運動少女というわけではないから筋肉質で硬いということもない。
「……いい匂いがする」
「お風呂には入ったから」
「優莉奈は意外と柔らかいよね、冷たいときがないというか」
「それはそうよ、あなたに冷たくする必要がないじゃない」
都にも優しくしてくれるところが好きだった。
その反対にばっさりと振ってしまうところは怖いなとしか言えない。
もしその気になって告白をしたとしても「そんなつもりでいたわけではないわ」とか言われてこれまで積み上げてきたものが否定されそうだから。
いや、もしかしたらそのときになってなんにもなかったことに気づいてしまうかもしれない。
「いつも頑張っていて偉いわね」
「うん、だって頑張らないと都が可哀相だからさ」
僕は男だったからある程度は耐えられた。
でも、都の場合は小さい頃に父が出ていって母と僕だけが味方という状態で。
母は都が小学生になってから仕事の時間を増やしたからもっと僕が見てあげなければならなかったんだ。
「本当は興味があるよ、優莉奈とふたりきりで過ごせたら楽しめるだろうからね」
「ええ」
「でも、やっぱり都のことを考えるとそれもできなくてさ」
お腹を空かせているだろうし、ひとりで寂しいだろうし。
母が帰ってくる時間は毎日ほとんど同じだとは言っても小学校が終わる時間からは三時間半とか四時間ぐらいの時間はあるわけなんだからね。
「都ちゃんが中学生になったらどう?」
「せめて中学二年生かな、その頃になったらいまみたいな可愛げのある感じでは多分なくなるだろうから」
「ふふ、都ちゃんが新に反抗的な態度を取るところが想像できないわ」
僕だってそんな想像なんてしたくはないけど事実そうなる可能性はあるんだ。
中学時代の友達なんてみんな親が嫌いとか言っていたから。
僕と都にとっては母が全てだったし、普通に好きだったから気持ちは分からなかった。
一緒にいればいるほど仲良くなれる、というわけではないんだろう。
寧ろ一緒にいればいるほど小言とかも増えて反発心が生まれるのかもしれない。
「僕は優莉奈といつまでも一緒にいたいよ」
「嘘つき」
「嘘じゃない。神様に誓ってもいいよ、離れたら死んでもいいぐらい」
母と都になにもしてあげられなくなるからそれはまだまだ先の話だけど。
あれだ、とにかく離れなければ死ななくて済む話だ。
もちろん彼女が離れることを選択した際には応援するつもりだった。
「優莉奈、僕が逆にしてあげるよ」
「そう? それならお願いしようかしら」
この距離感のままでいたかった。
いつだって彼女の中で一番は無理でも優先されるような人間でありたい。
「髪、綺麗だね」
「綺麗にしておく方がメリットが多いもの」
「そうだね」
都だってそうしているからやっぱり女の子として生まれた瞬間から乙女なんだ。
僕は伸びたら自分で切る、普段もシャンプーだけであまり気を使わないタイプだからどれぐらい大変なのかも分からない。
「あんまり他の男の子といてほしくないな」
「驚いた、そういうことを言えるのね」
「うん、優莉奈が離れてからじゃ遅いから」
それに都が会いたくなったときに他を優先していて会えないかもしれない。
都が悲しむのも嫌なのだ、それと同じぐらい優莉奈がどこかに行くのが嫌だった。
「そろそろ部屋に行きましょうか」
「そうだね――ん? いや、僕はここでいいけど」
いまは季節的にも寒くはないから問題はなかった。
床でも寝られるタイプというか、自宅では自分の部屋なんてないからそれが普通で。
「駄目よ、六月でも熱が出てしまうかもしれないじゃない」
「いや、優莉奈は寒がりだからブランケットとかあるよね?」
「駄目よ。いいから来なさい、ヘタレじゃないなら来られるでしょう?」
床で寝ればいいか。
過剰に守ろうとすると逆効果になりかねないし。
「なにをしているの?」
「え、床で――」
「駄目よ」
て、手強い。
こんなことを許しておきながら他の子にも言っていたら許さないぞっ。
そんな風に勝手に内側で怒っていた。
そんなことにはならないように願っておこう。
「か、仮にベッドで寝るんだとしても二十二時になってからでもいいでしょ?」
「そうね、それなら許してあげるわ」
まったく、僕がその気になったらそれこそ逃げられないというのに……。
線引きはちゃんとできているから絶対にそんなことにはならないけどさ。
「そういえばあなたって昔とあんまり変わらないわよね」
「そうだね、身長とかもあんまり伸びてくれなかったから」
「私としてはもう少し大きくなってほしいわ」
僕だってできることなら彼女より大きくなりたい。
でも、そう願っていても小学四年生のときを最後に彼女を超せたことがないから……。
「牛乳とかたくさん飲んだらどう?」
「どうやら骨が強くなるだけみたいだからね……」
そこだけは諦めてもらうしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます