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Nora
01話.[約束をしていた]
「
灰色に染まりかけている空を見ていたら女の子がやって来た。
彼女はそのまま横に座って「なにをしていたの?」と聞いてくる。
「雨が降りそうだなって」
「そうね」
仮にこのまま雨が降ってきてもこちらは構わない。
ただ、彼女が濡れてしまうのは困るから彼女の家に向かって歩いていく。
「用事は済んだの?」
「ええ、振ってきたわ」
「少しは考えてあげればいいのに」
「無理よ、その気がないのに返事までの時間を作れば作るほど酷じゃない」
そうか、振るのならすぐにしてほしいか。
どうせ無理だろうなと考えていても、心のどこかでは期待してしまうものだから。
「新、あなたなら私の家に住んでくれてもいいのよ?」
「遠いわけじゃないんだし大丈夫だよ」
「そう、あ、送ってくれてありがとう」
「うん、風邪を引かないようにね、それじゃ」
彼女は何度もそう言ってきてくれている。
理由は僕が家事をすることになっている、からだそうだ。
僕は別に嫌とは思っていない。
それのおかげで母や妹が少しでも楽に過ごせるということならそれで。
「ただいま」
「おかえり!」
そもそも母が頑張ってくれているおかげでここに住めているのだからそれぐらいは当然だ。
家事をしたところでお金を稼げるわけではないけど、ある程度育った人間がただなにもかもをやってもらうために待っているというのはできないことだ。
それに僕が彼女の誘いを受け入れて出ていってしまったらこの子はひとりになってしまう。
「
「えっ、や、やったよ?」
「本当に? じゃあ見させてもらおうかなー」
「うぐ……」
ご飯の前に終わらせるようにすると約束をしていた。
でも、たまにこういうこともある。
僕だって小さい頃は宿題を後回しにして本を読んでいたりしていたから強くは言えない。
「お、お兄ちゃんこそ十七時前には帰るって約束を破ったわけだけど……」
「ごめん、
「ゆりなちゃんと会いたいっ」
「じゃあ今度連れて来るよ」
「うんっ、あ、宿題をがんばるよ……」
こちらはご飯を作り始めることにする。
作ったら都にはいつも先に食べてもらっていた。
理由は簡単、就寝時間が遅くなると困るからだ。
それにご飯を食べるとすぐ眠たくなっちゃうタイプだからささっとお風呂に入ってもらわないといけないからかな。
「美味しいっ」
「そっか、それならよかった」
「お兄ちゃんはお母さんを待つんだよね? おなか空かないの?」
「大丈夫だよ、それより都は寂しくない?」
「がまんできるよ、わたしも成長しているからっ」
都が元気で真っ直ぐに生きてくれているから頑張れているところもある。
他にも大変な思いをしている人はいるだろうけど、結構大変なのは事実で。
「ねむい……」
「ははは、すぐにそれだね」
「おふろ……」
都の面白いところはここだ。
直前までハイテンションなのに食べるとすぐに駄目になる。
あと、面白がっていられないのはお風呂のときだろうか。
「大丈夫?」
「うん」
だからよく廊下から話しかけることをしていた。
単純に都が話しかけてくるからというのもある。
「ほら、ちゃんと拭かなきゃ」
「だいじょう……ぶふっ!」
「ほら、風邪を引いたらひとり寂しく家にいることになるんだからね?」
母が帰宅するまでは僕が親代わりだ。
だったらしっかり言わなければならない、させなければならない。
甘々でいればいいというわけではないのだ。
「それで宿題は終わったの?」
「終わったっ」
「じゃあ寝るまでの間、ゆっくりしていなよ」
洗い物は食べ終えた後にするからいいとして、お風呂に入ってきてしまおうか。
流石に入浴している間になにかが起きるというわけではないだろうから不安もない。
なにも起きないと考えて行動しているのは危険なものの、うん、ある程度はね。
「お兄ちゃん」
「どうしたの?」
「おかし食べていい?」
「うーん、ちょっとだけだよ?」
「うんっ」
本当なら食べさせるべきじゃないんだけど……まあ量とかは守ってくれるからある程度は許していた。
母が甘い感じではあるからきっと母がこの場にいても同じことを答えていたと思う。
「ただいまぁ……」
「お母さんおかえり!」
「ただいまぁ……」
しまった、これなら先に入ってもらえばよかったかもしれない。
というわけですぐに出た、単純にお腹が空いていたのもあったからだ。
「おかえり」
「……新、いつもありがとう……」
「こっちこそいつもありがとう、ご飯とお風呂、どっちを先にする?」
「ご飯かな、お腹空いちゃったから」
「じゃあ温めるね」
まだそんな時間も経過していないからいらないかもしれないけど、どうせなら温かい状態のものを食べてほしかった。
冷めている状態でも美味しいことには美味しいけどね。
「都、ちゃんと言うことを聞いてた?」
「うんっ、お兄ちゃんの言うことを聞かなかったことはないよっ」
え、それはどうだろうか……。
結構嫌だ嫌だ口撃の前にこちらが折れることが多いんだけどな。
ま、まあ、水を差すのもあれだから言わないでおいた。
「新」
「お、どうしたの?」
次の教科に必要な物を出していたら優莉奈がやって来た。
教室にはあまり入ってこない子だから少し珍しい感じだ。
あ、そう、残念ながら昔から一緒にいられている彼女とは初めて別のクラスになってしまったことになる。
「このクラスは賑やかね」
「そうだね、優莉奈のクラスは違うの?」
「んー、少し違うかもしれないわ」
彼女は賑やかなところがあまり得意ではないから廊下に行くことにした。
「今日も曇りね」
「そうだね、ぱっと晴れてくれればいいんだけど」
「私、雨は嫌いなのよ」
「最悪の場合は風邪を引いちゃうわけだしね」
それに都が帰宅途中とかに転ばないか不安になる。
ハイテンションになりすぎて周りが見えなくことがよくあるから余計にね。
親代わりだと言っても見られるのは家に帰ってからだから結構無力だった。
「あ、都が優莉奈に会いたがっていたよ」
「そうなの? それなら行かせてもらおうかしら」
「うん、優莉奈なら大歓迎だよ」
唐突だけど彼女はよく告白される。
最近っぽいなあと思ったのは同性に告白されたときだろうか。
異性同性問わず惹きつけてしまう魅力があるということだ。
対する僕は一度告白されたことがあるぐらいの人間。
断った理由は全く話したことがなかったし、実は罰ゲームだったということを彼女経由で知ったからだった。
「ちょっと疲れてる?」
「授業に集中しておかないとついていけなくなるからね」
「分からないところは私が教えてあげるわ」
「ありがとう」
彼女と話せる時間も僕にとっては癒やしだ。
それでもまだ授業があるからそれぞれの教室に戻る。
一応、クラスの子とも話せるけど……友達と言える子はいないかもしれない。
だからこそ彼女が来てくれるのはありがたいというわけで。
んー、なにかをしてあげたかった。
いつも彼女が優しくしてくれるからこちらからもたまにはなにかを返したい。
が、残念ながらなにも思いつかないままだというのが現状で……。
「新、お昼ご飯を食べましょう」
「あれっ、もう終わってた?」
「ええ、十分ぐらい前には」
いつも空き教室で食べるようにしていた。
その方が窓際に寄れるし、晴れていればいい風が入ってくるからだ。
外が灰色だろうが青色だろうがオレンジ色だろうが見るのは好きだった。
「そのお弁当、あなたが作っているのよね?」
「うん、母さんが作ろうかって言ってくれているけど朝も忙しいからね」
お腹がいっぱいになれれば中身はなんでもよかった。
だから僕程度の能力でも作ることぐらいは普通にできる。
が、たまに誰かが作ってくれたご飯を食べたくなるのが問題だろうか?
「そうだ、お弁当だけでも私が作るのはどう?」
「いや無理だよ、そんなことになったら申し訳ないし」
「いいじゃない、私が言っているんだから」
「優莉奈がひとり暮らしをしていたとしてもそのお金はご両親から出ているんだからさ」
「あなたって頑固よね」
いや、普通はここで断るべきだろう。
困窮しているというわけでもないんだから甘えてばかりではいられない。
大体、いまやっていることぐらいで不満を吐いていたら駄目だ。
僕よりもなにかもかもをやらなければならない人だって沢山いるんだから。
「優莉奈がいてくれているだけで十分だよ」
「その割にはヘタレよね」
「そ、そこは許してよ」
恋人同士というわけじゃないんだからできないことはいっぱいある。
昔なんかには一緒に寝たりお風呂に入ったりなんかもしたけどさ。
お互いに成長しているわけだから気恥ずかしいというのもあるんだ。
「そもそも優莉奈のことを好きな人が沢山いるわけだからね」
「そんなの関係ないわ」
「じゃあ僕とそういう関係になりたいの?」
「んー」
おぇ、そこでそういう間を作られると結構複雑な気持ちになることを知った。
いつものように即・切・断! じゃないだけマシなのだろうか?
「美味しいわ」
結局、答えてくれることはなかった。
ま、まあ、どうせ振られていただろうからこれでいいと片付けておこう。
「ごちそうさまでした」
いよいよ本格的に雨が降ってきそうだ。
それも仕方がない話かもしれない。
何故ならもう六月に突入しているわけなんだから。
「ごちそうさまでした」
「優莉奈、今度雨が降っていなかったらどこかに行こうよ」
「どこに行きたいの?」
「優莉奈が行きたい場所かな、いつも支えてもらっているから少しぐらいはさ」
お小遣いを結構貯めてあるから多少は出すことができる。
そこでなんらかの物でも買ってあげられたらいいなと考えていた。
もちろん、それは僕にとっての理想だからどうなるのかは分からない。
「それなら考えておくわ」
「うん、よろしく」
できれば都ともたまには出かけたかった。
帰宅時間が異なるから寂しい思いをさせてしまっているから、ということで。
牧場……とかに行って動物を見たりアイスを食べたりするのもいいかもしれない。
色々と考えるだけでも楽しかった。
「新、じっとしていなさい」
「えっ? わっ、な、なにっ?」
「いいから――はい、取れたわよ」
こ、これはかなり恥ずかしい反応を見せてしまった。
とにかく、ありがとうと伝えて窓の向こうに意識を向けていたのだった。
「分かった、いまから行ってくるよ」
どうやら五時間目の体育で怪我をしてしまったみたいだった。
母はどうしても抜けられないということだから代わりに行くことになった。
小学校は終わる時間が少し早いから待たせてしまっているわけだけど、そこはまあ仕方がないと片付けてもらうしかない。
「あ、お兄ちゃんっ」
「怪我は大丈夫なの?」
校門のところで待っていてくれて助かった。
だって敷地内に入ったら完全に不審者になってしまうわけだから。
「うん……痛くて泣いちゃったけど」
「おんぶするよ」
「ありがとう!」
だけど本当なら僕に、ではなく母に来てもらいたいだろうな。
親というのは重要だ、小さい頃であればあるほど余計に影響を受ける。
それだというのに唯一の親とほとんど一緒にいられないんだから……。
「友達がみんな先に帰っちゃった」
「ごめんね、さっき終わったばかりだからさ」
「ううん、ちょっとさびしかっただけだから」
でも、今日は優莉奈もいるから多少はマシになるはずだ。
先に家に行ってもらっているからわあ! となってくれるはず。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「ゆりなちゃん!」
「ふふ、ええ、優莉奈よ」
まず間違いなく食後に負けるだろうけど構わなかった。
都が楽しそうならそれでいい。
優莉奈もどこか嬉しそうにしているからいい関係ではないだろうか。
「怪我は大丈夫なの?」
「うんっ、全然平気だよ!」
はは、まあいいか、強いアピールをしたい年頃なんだよね。
一瞬だけ優莉奈は見てきたけど、空気を読んで「そうなのね」とだけ言って微笑んでいた。
僕なんか小さい頃に怪我をした際にはわんわん泣いていたからその差にもなにかを感じたのかもしれない。
そういうところも彼女は見てきているわけだからね、それなのによく一緒にいてくれるよ。
「痛いの痛いの飛んでいけー」
「だいじょうぶだよっ」
「女の子なんだから気をつけなければ駄目よ」
「うっ、ちょっとはしゃぎすぎちゃって……」
「ふふ、それは元気でいいことだけれどね」
まだ足でよかった。
いやまあどこでもよくないけど、顔とかだったら傷跡が残った際に目立つかもしれないし。
それに顔から血が出てしまったら周りの子的にも怖いだろうから。
「あ、私も手伝うわ」
「優莉奈は都と遊んであげてほしいな」
「そう? それなら都ちゃんと一緒に遊んでいるわ」
あと問題があるとすれば十七時とか十八時前にご飯を食べているのに眠くなることだ。
お風呂に入れば意外と回復できるものの、大抵は負けちゃうことが多いから困っている。
夜中とかに起きちゃってそこからハイテンションにっ、なんてことも多いからだ。
疲れているだろうから母が起きてしまうようなことは避けたかった。
「できた、ほら都――寝ちゃったんだ」
なんか静かだと思ったら優莉奈の膝を借りて寝てしまっていた。
別に広い家というわけでもないのに見えていないのが問題だとしか言いようがない。
「あ、優莉奈の分も作ってあるから食べてよ」
「いいの? ありがとう」
「さてと、じゃあ僕は鬼になろうかな」
このままではご飯を食べられないから起こした。
それはもう怖い顔で、逆らったらやばいという――なんてことはなく普通に。
「……おいしい」
「そっか、それならよかった」
眠そうだけどこればかりは仕方がない。
食事と入浴を済ませてからゆっくり休んでほしい。
「食べたら送るよ」
「ええ、ありがとう」
「わたしも送る……」
が、ここでこう言ってくるのが都という子で。
「眠たくないの?」
「ねむたくないっ」
「分かった分かった、じゃあそういうことだから」
「ええ、ありがたいわ」
お風呂に入ってゆっくりしておけばいいのに。
そうでなくてもはしゃいで疲れているみたいだからさ。
明日も元気よく過ごすためにも休んでほしかった。
「手を繋ぎましょうか」
「うんっ」
それから彼女はこちらも見てきた。
「あなたも都ちゃんの手を握ってあげなさい」
「はは、そうだね」
これじゃあまるで家族みたいだ。
兄と姉と妹、……旦那さんとお嫁さんと娘という見方もできるけど。
「わたしもいつかいい男の子と出会って、ゆりなちゃんとお兄ちゃんみたいな関係になりたい」
「出会えるわよ、いい子はいっぱいいるもの」
「でも、ちょっと不安なんだ、あとはあんまり男の子と一緒にいないから」
理由は恥ずかしいかららしい。
あと、男の子側が女の子と遊んでいると馬鹿にされてしまうからだそうだ。
僕らのときにもそういうのはあったけど、僕と優莉奈は全く気にしていなかったな。
一緒にいたい子と一緒にいてなにが悪いんだって開き直っていた。
「ゆりなちゃんはお兄ちゃんのこと好き?」
「好きよ、たまに……だけれど」
「えっ? 聞こえなかった」
「まあ大丈夫よ、いつか好きな子ができるわ」
いまヘタレと言われた僕としては微妙な気持ちになってしまった。
し、仕方がないじゃないか、手を繋いだりとか昔じゃないから普通にはできない。
もう泣き虫だった頃の優莉奈じゃないんだから。
仮にいま頑張って手を握ったりしたとしても真顔で見られるだけだ。
「あら、もう着いてしまったわね」
「ゆりなちゃんとねたいっ!」
「それなら一緒に寝る?」
「ねるっ!」
これはどうしようか。
優莉奈なら問題もないだろうけど母も話したいだろうし……。
「お、お兄ちゃん? 手をはなしてよ」
「駄目、今度の土曜日とかにしなさい」
「いやだっ、ゆりなちゃんと寝るんだからっ」
「新、私なら大丈夫だから」
「それは分かってるよ? だけど母さんも都と話したいだろうからさ」
連れてくるんじゃなかった。
そこからも説得を試みたけど無駄だった。
無駄だったから任せてひとり寂しく家に帰ったのだった。
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