第6話 NPC製スーツケース

 もうじき夜が明ける。

 薄暗い部屋にはテレビの画面が輝いている。

 ニュースに出ていない。何かおかしい。もう丸二日経つというのに。

 ブリウスはフゥッと息を吐き、また煙草に火を着けた。



「……おはよう」

 ベッドの上、眠っていたクリシアがブリウスの膝に擦り寄る。

「あ、ごめん……起こしたかい?」

「もう行くの?」

「いや、まだだ。寝てろよ疲れたろ」

「うん……。ねぇ喉乾いた」

 ブリウスはコップの水を口に含み、彼女に移した。

「おいしい……」

「クリシア……ジャックのことだけど……金のことで何か言ってなかったか?」

「何? お金?」

「九年前の話だけど」

「知らないわ。お兄ちゃん私を避けてたから」

「……それは違うよ、わかってるだろ? ジャックは指名手配で……仕方なかったんだ」



 クリシアは顔を伏せ、口を閉ざした。

 その背中を抱きしめるとブリウスはまたつらくなった……。


 ****


「三人とも始末しろ!」

 そう言ってウォルチタウアーは受話器を置いた。


 しばらくしてその部屋に一人の男が入ってきた。

 男の名はトミー・フェラーリ。

 かつて栄えたスプンフル・ファミリーの残党で、その破壊的で狂気じみた行動から〝暴走機関車〟〝壊れたフェラーリ〟などと呼ばれていた。


 無作法に入って来た彼を見るなりアーロン・ウォルチタウアーは怪訝な顔をした。

「あ。すまん、ノックでもすりゃよかったか?」

「……トミー。金は確かにその中か?」

 トミーの手には黒い革張りのスーツケース。

「おお、そうだ。見ろ、〝NPC〟のロゴ入ってる。開けてみてくれ」

 NPCとは闇組織ナピスの略称。

 そして見つめ合う二人。


「鍵掛かってんだよ。ほら、開けてみてくれ」

「……ちょっと待てトミー……ということは中を確かめてないのか?」

「当たり前だ。お前が持ってんだろ鍵」

「知らんぞ」

「え?」

「お前は『金を手に入れた』と電話でっ!」

 ウォルチタウアーの目がつり上がった。

「お、おい落ち着け、アーロン、入ってるよ! 持った重さでわかる、間違いねえ!」



 二人は地下工作室へ入った。

 鍵穴をいじっても駄目、トミー・フェラーリは次に無理矢理バールでこじ開けようとした。

 しかめっ面で黙っているウォルチタウアーにトミーは言った。


「そんな顔すんなよ。こうやって俺は一生懸命やってんのに」

「……あいつらを始末するように手配したんだ」

「ブリウスって野郎は何も知らねえさ」

 トミーはスーツケースをたんたん叩いて言う。

「九年……。俺は地下組織ソサエティのリーダー、ダグラス・ステイヤーを追い続けた。国中を駆けずり回った。奴の根城を探し当て、こうして! ……ついに手に入れたんだ」

「ああ。お前のことは信用してたさ」

 ウォルチタウアーはうんうん頷いた。


「ダグラスもジャックも諦めたんだろうよ。全然開かねえ。ビクともしねえ。まるで金庫だ」

 傷もつかない凹みもしない。

 ヤケになったトミーはバールを放り投げ、言った。

「ええい! バーナーで焼っ切るか!」

「待てトミー。やはり目には目をだ」

 そう言ってウォルチタウアーはトミーを制し、NPC製のレイガンを握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る