第5話 北を目指して

 ブリウスとライセンスは獣道を歩いていた。

「クリシアはしっかり者なんだ。俺たちはいつか結婚する」

「いつまでも待たせるんじゃないぞ」

 ブリウスは短く立った髪を搔き上げた。

「……ブリウスよ。その店で待ち合わせて、その後は?」

「すぐ町を出るさ」

「俺も連れてってくれるよな?」

「ああ。北上して国境を越えよう。ノースフォレストまで」

 そう言ってブリウスはいきなり立ち止まった。

「何だ?」

「……いや、俺の車は狭いからな。あんたデカイから」

「心配いらん。ずっと狭いところにいた。慣れてるよ」

「そうだな……ハハッ」



 再び歩き出す二人。辺りは暗い。

 虫や蛙の鳴き声が寂しく響いている。

 空は不気味に黒雲がトグロを巻いている。



「ウォルチタウアーにやられた傷、痛むか?」

 右肩をさするブリウスにライセンスは訊いた。

「ああ。だいぶ引いたがな……チッ! あの野郎! 今度会ったらタダじゃおかねえ!」

 木の枝をポキリと折り、その後ブリウスは呟くように言った。

「……今頃……報道されてんのかな」

「何がだ?」

「俺たちのことさ。トップニュースで」

「そうだな……確かに」


 やがて二人は国道へ出た。

 用心深く物陰に隠れ、五番通りへ向かった。


 ****


 午後十時。

 クリシアはpony-boysの前に車を停めた。

 そこはよくブリウスと通ったライブハウスだった。

 今はこじんまりとした楽器店だが〝R.J.ソロー〟のステージは今も目に浮かぶ。

 ソローのことは〝ボビィ〟と呼び、共に歌い、話を寄せた。

 いつも彼の歌を聴き、自分自身を見つめていた。

 カーラジオのボリュームを上げ、突っ走っていた。

 それが随分昔のことに思える。



 車を停めてから三十分は過ぎた。

 クリシアはラジオのチューニングを合わせ、ニュースに耳を傾けていた。

 ブリウスが何をしたのかわかっている。

 会いたいのはもちろんだが、どこか信じたくなかった。

 胸が激しく高鳴り考えがまとまらない。顔を洗いたい。髪もぐしゃぐしゃだ。

 落ち着こうと窓を開け、ブリウスが残した煙草に火を着けてみたが咳き込んでイラついて揉み消した。



 ふとサイドミラーを見るとブリウスが白い歯を見せて笑っていた。

「俺の大事な煙草をー、こらー!」


 ****


 ヘッドライトが車道を照らす。

 行き交う車は少ない。

 町を抜け、辺りは黒い山々が続いてきた。

 もう百キロ以上走っただろうか、クリシアは少し速度を落とした。

「……ねえブリウス、自分が何をしたのかわかってるの?」


 三回目だ。ブリウスは口を尖らせた。

「……運転代わろうか?」

 少しずつ落ち着きを取り戻すクリシアだったが、あまり話す気になれなかった。

 後部座席の大男のことが気になっていた。

 ライセンスは申し訳なく言った。

「すまないね……邪魔だと思うが」

「……いえ」

 恩人ではない。罪人だ。

 だが、穏やかで紳士的な態度の彼に対してクリシアは何も言えなかった。

 ただ前を見て走った。ひたすら、北を目指して。


 ブリウスはたずねた。

「クリシア……どう? マルコさん相変わらず」

「元気よ。よくしてもらってる」

「最近……何か変わったことは?」

「……ないわ。どうして?」

「いや、特になけりゃいいんだ」

「そうね、隣りのアンジェリーナがあなたのことが忘れられないって。寂しがってるわ」

「ハハハ……あの犬か」



 午前一時、モーテルに車を駐め、シャワーを浴びた。

 ライセンスは車内で休むことにした。

 クリシアはブリウスの腕の中で涙を零した。

 求め合う鼓動は狂おしく寂しさを埋め尽くした。




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