第2話 男はライセンスと名のる

 ウォルチタウアー刑務所長はソファに座っていた。

 テーブルには葉巻とティーカップ。

 ブリウスは冷めた横目で流す。

 ウォルチタウアーは薄ら笑いで言った。

「座りたまえ。ブリウス・プディング君」

 しばらく突っ立っていたがブリウスは開き直って座ることにした。


 葉巻に火を着けるウォルチタウアー。

「君もどうかね? 舶来の上物だぞ」

「いえ。結構」

「紅茶でも飲みたまえ」

「いえ。嫌いなんで」

 ウォルチタウアーは睨み、舌打ちした。

「態度が悪いな。……まあいい。呼んだのは他でもない。きたいことがあってな。ジャック・パインドのことで」

「彼は死んだ」

「知ってるとも。あれは警察側のミスだ。若い命を、殺すことはなかった」


 ウォルチタウアーは目頭を押さえ肩を落とす。

 白々しさに虫酸が走り、ブリウスは顔を背けた。

「君は運転手をしていたらしいが金は二人で山分けか? 他に仲間がいたのか?」

 ブリウスは答えない。

「セントラスト銀行の私の預金で何を買うつもりだった? 高級車か? 豪邸か?」

 ブリウスは顔をしかめて言い返した。

「あんな汚れた金じゃ何も買えない」

 ウォルチタウアーの口が尖った。

「ほぉ! 言ってくれたな! 君は模範囚だと聞いていたが、どうやら違っていたようだ」

「何だってんだ? ジャックのことだろ?」

「……九年前、ジャックは私の使いの男から金を奪った。知ってるはずだ」

「さあ」

「二億ニーゼ。特殊なスーツケースに入っていた」

「知りませんね。ジャックから聞いてたのはあんたの裏の顔は奴隷商人だってこと。それだけだ」


 ウォルチタウアーは葉巻の火を揉み消し立ち上がった。

 そして懐に手をやり、拳銃を取り出した。



 ブリウスは右肩を撃たれた。

 それは野望の渦に追いやる麻酔弾――。


 ****


 目が覚めるとそこは暗く狭い独房だった。

 天井から滴る水が足首を濡らしていた。

 突き抜ける痛みは殴られた痕。

 歯噛みするブリウスはやがて一般牢に移された。



 浮かび上がる人影。

 そこには大男が一人横たわっていた。

 その白く光る目がブリウスを捉える。

 だが威圧ではなく、認識に過ぎない。


「やあ……ブリウス・プディングだ。よろしく」

 力なく腰を下ろす。

 大男は読みかけていた詩集を閉じ、身を起こした。

 灯りを点け、岩のような顔を突き出した。

「酷くやられたな」

 左の瞼が腫れているブリウス。腕には痣も。

 撃たれた肩の手当てはされていた。

「ああ。大したことないさ」とブリウスが答えると、大男はまじまじと見て言った。

「お前さん……いい瞳をしておるな」



 大男――盛り上がった肩の筋肉。樽のような腕。

 隆々とした巨躯に上着ははちきれんばかりだ。

 そこから伸びた太い首は角ばった顎をガッチリ支え、目は力に溢れ絶えず周囲を見渡している。

 彼はかつて何人もの人を殺し、異常者として扱われたという。

 だがブリウスにはその大男はいたってまともに見えた。

 確かに危険な臭いがするが、声は穏やかで礼儀をわきまえていた。

 丸刈りの頭を撫で、古びた本を大事そうに摩っている。

 ブリウスがそれに関心を示すと彼は照れ臭そうに首筋を掻いた。


「詩は癒しだ。ものの見方は一つだけではないことを教えてくれる。ここで許される唯一の自由は想像だ」と言い、あらためて名のった。

「俺はライセンスだ」

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