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彼女の母を待つ鹿島からしてみれば、その気配を察知しないわけにはいかなかった。灯りのない部屋へ、彼女の母は忍んでやってくる。雪と月光で、中庭を巡る渡り廊下は明るくなっている。履物は薄らと積もった雪を踏んでいく以上、がらんどうの
噴火口から嘔吐されるマグマは、今日も彼女の母の
鹿島の目線はもちろん、障子の隙間に眼を当てている彼女に向けられていた。彼女の母は鹿島により征服されており、同時に彼は籠絡されており、そして彼女は解放の歓びに浸っている。この美しいポリフォニー。月光は
むかし、彼女が
「あれから、フランス文学を読みましたか」
事後、彼女の母に
「短いのを四つほど読んだわ」
「退屈でしたでしょう」
「どうして」
「短篇を四作、という風に言いませんでしたから」
「そんな気どった言い方、わたしは嫌いだわ」
「自分は好きです。
彼女の母は
「解いてほしかったら、もう一度、もう一度だけ、
鹿島は否定もしなかったし
こうしているうちに彼女はもう、ひっそりと障子を閉めて逃げ去っていた。屈辱を与えられた気分だった。短篇を四作――その言葉を母に求めることに、彼の
「くたばってしまえばいいのに」
自分の部屋に戻り枕に顔を押しつけて声を殺して泣く彼女のことを、喇叭を持った天使が本棚の上で足を組んで見下ろしている。……
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