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鹿島の後ろに群生する顔のついた
「置炬燵の上に倒れたら火事になってしまいますから、隣の部屋へ持っていってくれませんか」
「お目覚めのついでに、あなたがしてはいかがでしょう」
「まだ、考えたいことがありますから」
覗き眼鏡に目を当てると、
鹿島が彼女に慾情しないのは、彼女に妖艶さを見出すことを虚構化する悟性的なものが、
「筆はうまく動いてくれないみたいですね」
「筆は悪くないのです。責任を負っているのは、自分ですから」
鹿島の率直な言葉に、彼女は母性を入れ込んだ微笑をした。
年の離れたふたりは――彼女はまだ、高校生である――しばらく黙然としていたが、「廊下にいると寒いですよ」という鹿島の言葉を
彼女は、特別な感情を鹿島に抱いている。もちろんそれは、恋情である。彼女が首を振ろうとも、一方通行の恋心が芽生えているのは自明だ。
しかしその恋情は、うまく輪郭を浮かび上がらせることができていない。恋心を囲もうとする輪郭線が、母性という
「キスをしてあげましょうか?」
彼女はもちろん、冗談としてこの言葉を受けとった。そして、冗談として受けとられたことで、この言葉は、鹿島にとっても冗談として成立した。それは、彼女にとっては、残念なことであろうか。しかし少なくとも、鹿島は後悔を覚えた。
この言葉の含意の総体が、彼女の部分的な受け取りにより、切り崩されたことが、時間の経過とともに後悔を累進させた。一方で、唇の
「お土産のところを、留守にするわけにはいきませんから」
彼女は障子の方へと身体をねじりながら立ちあがると、
鹿島は寝返りを打つと、彼女のことを考えはじめた。正確には、ぷっくりと膨らんでいる紅い唇のことを想像した。そこに、性的な含意はなかった。彼女のルージュを通して、彼女を彩るものの総体について
そそくさと去っていったはずの彼女は、冷たい廊下に足を
鳴らぬ、鹿威し。雪曇りの空に、鳥は一羽もいない。風に身をまかせて、
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