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莉緒の母は――彼女は、パラソルを真深く下ろした。二人は恥じらうことなく衆目の前で、息継ぎさえ惜しいように、濡れた舌を絡め合い撫で合いした。それは衆目からは一輪の華のように見えただろうし、目ざとい人からは、茎と花弁のほかに、僅かな枝が見えたかもしれない。そして何人かは、その枝を二、三度撫でた彼女の手の動きを見て、幹を生やさんばかりの激情に駆られたかもしれない。しかし二人は、それを知ることはない。
「下、
彼女はパラソルの下で鹿島にもたれかかりながら、そう囁いて彼の
「もう少し人がいるところで、めくってくれると、
彼女は、心からの自分の注文が叶えられないことに苛立ちを覚えながらも、だからこそ、ひとりの人間を愛しているのだという気持ちになることができた。思い通りにコントロールすることが不可能な、自分と同じ人間であるという実感こそが、不倫の定義を満たし娯楽として成立させていた。だから、甘えてもつれなくされるという繰り返しの中に、彼女の淫猥な心地を
「あなたは、どんな映画が好きなの?」
映画館の前を通り過ぎたとき――そこはホテル街まであと少しのところだった――鹿島はふと口を開いた。夏の暑さに
「好きな女優さんがいてね、そのひとの出演している映画の中でも、ことさら冷淡なタイトルのものが好きなんだ」
「倒錯的ね」
彼女の頭は熱を帯びていて、短い返答しか許さなかった。
「合理的だよ」
今度はなにも言い返さなかった。いまの彼女には、映画のことなどどうでもよかったし、鹿島の
「冷淡なタイトルは、わざとらしいウソをつかないから」
遠くでうっすらと蝉が泣く音が聞こえてくる。それは彼女の故郷にある山から響いてくるようだった。影をも焼こうとする夏の陽、失恋に泣いた遠い故郷の
* * *
鹿島は夕方まで、彼女を執拗に攻め続けた。夫からは得ることのできない愉悦が体内を駆け巡り、次から次へと慾望が噴出していった。ふたりは、こころというものを下着より遠くへ
「いま買ってきても、もう遅いかしら」
「遅いよ。もう、帰ろう」
鹿島の腕を枕にして
* * *
夏の夜とはいえ彼女のスカートの中はひんやりとしていた。電飾の
車の行き交う音も、電車が発着する轟きも、人々の話し声も、独り言も、すべてが
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