35
タンバリンを宇宙に放り投げると、クラゲの浮いた海になるように、夕陽を描いた画家のパレットが鏡の上で弾ければ、夜は地球を去ってしまう。
一 上の詩は英語を日本語訳したものであるが、原文を明記する義務を、だれも負っていない。
二 上の詩を
三 上の詩は、詩ではない。
四 もし「三」が正しいならば、これは小説である。
五 厳密にいえば、三は「三」と別である。だとするならば、四は意味をなさない。
六 あなたはこの詩について、ひとつ注釈を加えなければならない。
七 ……………………
俺はこうした実験的な小説を作らなければならなくなるくらい、焦っている。これは、死への恐怖でもある。
* * *
灯夏は、
携帯電話が鳴った。
「あ……
「はい。そうです」
「先ほど、灯夏さんを探している方がお見えになりまして……」
「お名前は」
「ええと……
「いまはどこに?」
「また明日来るとだけ」
「分かりました。あとはわたしが引き継ぎますので」
どうしてここが分かったのだろう。灯夏は暗くなった向こうの山を見ながら、明日なんてこなければいいのにと思った。そう思うと、この目の前の海に飛びこめばいいのではないかという考えが脳裏に
座標平面上で角シータに斜方投射されているのが人生だ、というようなイメージを抱く子どものような無邪気さと、地獄はロマン主義的な散文で満ちている、というような思春期の傲慢な思想こそが、生命を維持する上で必要な食糧だ。そして、真っ暗なスクリーン上に、ありはしないものを見出してしまうのが人というものなのだ。しかしその幻想が瓦解した瞬間、死というものが右手をひらひらと振って迎えにくる。
線香花火の
キャンバスの布を張るために使っていたハンマーが、灯夏の小指をかすめた。なぜか、左手の小指を立てていた。夕暮れの灯台を思いだした。そして重力抵抗をもろともせずに
コバルトブルーの絵の具が床に転がっていた。店頭に並べるはずのものだ。踏んでしまいたい。そんな慾望になんとか打ち克ち、清潔なタオルでついてもいない汚れを
「灯夏」――そのとき聞こえたのは、彼女を
声の持ち主は鷺――
* * *
筆者 「それでいいのか?」
二木 「…………」
筆者 「なにを怖れている?」
二木 「鷺でないと、時間軸も空間軸もめちゃくちゃになってしまう」
筆者 「おそれるな」
二木 「お前のこの小説が台無しになるぞ」
筆者 「ならない」
二木 「なぜ?」
筆者 「いずれ分かる。さて、あの人物の名前を、ここに書くんだ。そしてこれからは、筆者がその筆を引き継ごう。きみはもう、登場人物のうちのひとりに戻りたまえ」
* * *
声の持ち主は、鹿島だった。灯夏にとって、いつぶりの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます