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二木の応募作はなんら結果を得ることもなく、いままで通り
地球が切り刻まれて、出鱈目なパズルになれば、出会えなかったひと――出会えるはずがないひとと、遭うことができるのに。そんな感傷的な妄想に対して、冷評を加える者は、残念ながらいなかった。それは、彼のなによりの不幸だった。駅のない線路を走る子鹿のように、二木は停滞と焦燥に粘着されていた。
「三十を過ぎたら、俺はもうこの世にいないだろう」
べつに、そうした宿命があったわけではなく、漠然とした気持ちでしかないのだが、自ら生の期限を定めることにより、自分を奮い立たせようとした。しかしそれとは逆に、残すところあと少しの人生だとしたならば、夢なんて諦めて、自分のしたいように生きればいいのではないかという、諦念に駆られることもあった。
二木は、『公孫樹子爵夫人』が獲得できなかった賞を主催した文芸誌を、二度と読むことができなくなった。手に触れただけで、炸裂した檸檬を全身に浴びるような心地になってしまうのだ。あの一篇は、自分の手を離れたあと、どれくらいの屈辱を味わったのだろうかと、二木は考えてしまう。
「今日はひとりで眠りたい気分だな」
しかし、その数時間後の彼は、海王星の衛星の名前に近い女性と、ダブル・ドッペルゲンゲル・ラヴ――両者が各々の満足を優先し相手を自らの慰めとしてしか利用しない再帰的な性交を表わす単語がないからこう言う――を演じていた。しかしこのラヴは、ひとりで眠ることの言いかえに違いなかった。
衛星が眠りに落ちたあと、二木は彼女のスマホの充電器を使用し、新しい小説を書きはじめた。しかし筆は進まない。物理的な孤独のなかでしか、書くことができない。二木はスマホを放り出すと、彼女をそっと抱いた。二木の孤独は、
あの宮子は、自分とは非対称の人間に相違ない。そう、二木は漠然と考え、海王星の衛星を抱いたまま眠りに落ちた。
* * *
筆者は過去、二木が幸福を勝ち得るための軌跡を描くと記した。しかしそれは、確定されたことではない。
というのも、わたしたちは一秒後、すべての言葉の定義を書き換えられた世界にいる可能性があるからだ。多くの「認識論者」が主張するように、この仮説は容易に
しかし筆者はいまだかつて、書き換えられた後の世界にいた経験はない。いや、書き換えられたのだけれど、そのことを忘れきって、新しい世界に生きているのかもしれない。
眠りから覚めた二木くん、君は筆者の変わりに、少しだけ彼女のことを書いてあげてくれないか。
筆者はこんな認識論の議論を知らなければ、もっとはやくに本作を完成させたことだろう。しかし、もうそういうわけにはいかない。筆者は、自明だと思っていたものを自明だと思えなくなった。
二木くん、きみはきみ自身を記述できないだろう。しかしどうか、もうひとり、筆者が幸せを掴みとると予告した彼女を、ほんとうに幸せにさせる序文を書いてほしい。
筆者はしばし、抵抗しなければならない。
きみが序文を書いたあと、きみから筆を引き継ごう。そして、ふたりを幸せにしよう。
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